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魔女の心臓 2節⑤

差し出された服はピンクのワンピースに黒いカーディガンを合わせたもので、ルインの方が身体が大きい分少し窮屈な感じがする。

「魔法がある世界だからなのかしら、時代感の割に縫製技術がしっかりしてる気がする。近世の庶民達はこんなモダンな服を着る事はあったのかしら」

言われたようにリビングへ向かい、扉を開けるとモルグと父のトミックが向い合せで机の椅子に座っていた。

ここに座れとモルグが自分の隣の椅子を軽く引いたのでそれに従うことにした。

「えと…おはようございます」

「あぁ、おはよう。一晩寝て疲れはとれたかな?アンデッドは本来睡眠を必要としないらしいんだが、君の場合は無理した事で内蔵魔力が枯渇したのだろう」

「そう…なんですか。というかやっぱり私はアンデッド?ってやつなんですね」

私の乏しいファンタジー知識に照らし合わせればアンデッドとは「生きた屍」を指す言葉のはずだ。

「そう。ウチの馬鹿娘が君の身体を使ってアンデッドを作り上げたんだ。だが、そのお陰でこの町は助かったことも事実、まずはそこについて礼を言わせて欲しい」

机に額をつけんばかりに深く頭を下げる。こういう所は父子の似てる部分だなと思った。

「そんなっ、頭を上げてください。私は流れでそうなっただけで」

居心地の悪そうなモルグをフォローすべく、モルグの指示が良かったからと付け足しておいた。

「まぁ…そう…だな。モルグもよく頑張ってくれた」

「いや〜はい」

「はぁ…ウチの娘はなんでこう…。それはそれとしてまずは君の状況を説明してほしい。君はその身体の持ち主ルインとは別人と聞いている」

「ルイン?え、えぇ…私は多分この世界とは違うところから来たのだと思います」

昨夜名前を告げた時に不思議な顔をされたのはこの身体の持ち主と私の本来の名前が奇妙な類似を見せたためか。

「この世界…?別世界から来たってこと?そんな事ありえるの?」

「恐らく…。私の世界には魔術なんて無かったですし」

二人揃って驚いた顔を浮かべる。

「この国でも300年前に魔女が魔術を伝えるまでは存在していないものだった…が、そういう話とは違うようだね」


自分の生い立ちの詳しい話はぼかしながら二人に自分自身の事を伝えた。興味深くも半信半疑という顔で二人は聞き入っていた。


「うん…。確かに私達の知っている世界とは違うみたいだけど」

「信じがたいのは私も、恐らくルイ君も同じだ。だが、魔術の世界には次元魔術と呼ばれる別次元からエネルギーを得る技術がある事はモルグも知っているだろ?なら魔術の世界ではそういう事もあり得るのかもしれない」

「次元魔術ねぇ…。私も魔術書すら見たこと無い秘伝の術式のはずなんだけど」

「すまない話が逸れた。君の事はよく分かった。色々と気の毒だったと思う。だが、君の身体の事についても聞かせてもらえるかな?」

「はい。どうやら記憶自体は脳に残っているようなので私はそれを記録として観る事が出来るみたいです」

それなら私自身の本来の記憶はどこに記録されているのか疑問だが、魔術という理外の存在がある世界において既存の知識で推量する事ほど無意味な事もあるまいと諦めた。

「ほう。後でそれは記録として書き出したほうが良いかもしれない。記録的価値もあるが、君自身の本来の記憶と混同しないように分別する意識はあった方がいいだろう。後で新品の日記を持ってくるよ」

「ありがとうございます。それで…ルインという人は北部の町で生まれ、父の仕える領主の元で働きながら騎士へ叙任されたようです。その後…いくつかの騎士団で戦った後にユーベル大聖堂で魔力紋章を戴いたのだそうです」

「貰い物だったんだそれ。結構な俸給だよね」

「あぁ…。魔力紋章は本来かなり高価な代物だ。よほど戦果を上げたか地位のある騎士だったんだな」

「その後、あ…これが一番重要ですね。ここに来るまでの話です」

恐らく自分も含め全員が気になっていた部分だろう。強張った雰囲気が流れる。

「続けてくれ」

「はい。どうやらルインら騎士達はユーベル大聖堂司教の命で魔女の心臓を求めて遠征を行ったようです」

「魔女の心臓…!?」

二人して驚きの声をあげる。

「ご存じ…というか有名なんですか?」

「伝説の代物だ。かつてこの国に魔術を伝えたと言われる三人の魔女、そして彼女らのもっていた無尽蔵に魔力を生み出す心臓。それが魔女の心臓」

「はい。そしてそれを求めて長い遠征の末についに魔女の心臓を手に入れる事に成功しました」

「信じられない…この300年間探し続けたものだよ」

「ですが、魔女の心臓は溢れ出す魔力から周囲の魔物を凶暴化させる事があり…」


ーあっ


そう言った瞬間に三人共一つの真実に辿り着いたのであろう、張り詰めた空気が漂いはじめた。しかし、まだ誰もそれについて言及しないのは憶測を避けているのだ。

「つ、続けます。そのため騎士団は長い遠征と魔女の心臓を手に入れる戦いで疲弊し、その帰路にて壊滅的被害を受けました。そのため、魔女の心臓をルインと少数の兵に託し彼女らを守るために残りの騎士たちは襲い来る魔物たちと戦い死亡しました」

「それで…魔女の心臓はどうなったの…?」

静かにルイは自らの左胸を指す。

「ここに…あるようです」



モルグたちとの口裏合わせ、もとい状況把握が済んだ後に町長、領主と合わせての会合の場がもたれた。

異世界から来た事は話の複雑化を招くため話すのを避け、魔女の心臓の件については領主のみに話をした。

理由は魔女の心臓が高度に政治的判断を要する代物であることから情報の拡散、風説の流布を防ぎ、意思決定の一本化を図るためである。


ー実際は私の身を案じてくれているのだと思うが。


ひとまず村に魔物退治のための兵力を送るように要請するため、その間に対応を決めるということで落ち着いた。

「ルイ、そろそろだよ」

「別に私は出なくても良かったのに…」

重たい扉を押し開けると薄暗い地下に地上の光が差し込めた。

村がこんな状況であるため、村人を刺激するのをさけて表を歩くことは避けようと思っていたのだがモルグが地下墓所を抜けていけば村の外まで出られるとしつこく誘うので渋々ながらここまで歩いてきた。

「昨日が雨だったから今日は天気がいいね」

「ほんとだ…」

昨日の出来事が嘘のように澄み切った青空、遠くに見える山稜。アルプスの高原とはこのようなものなのだろうか。

「綺麗…」

「私はあまり外には出ないけど、たまに気分を変えたくなった時ここにくるんだ。って言ってもちょっと周りを見れば墓地がぼちぼちあるんだけど」

「クスッ、確かに…」

昨日はあまり気付かなかったが墓石に書かれている文字も見たことが無いものだ。にも関わらず、自分の脳みそはそれを読める文字と認識している。

「やっぱり別の世界なんだな…」

自分はアニメや漫画には明るくない。この西洋ファンタジー然とした世界観もゲームに慣れ親しんでいれば親近感も湧いたのかもしれないが、自分にとってはやはり無縁だ。

「でも、これは…」

だが、不思議と今の状況に既視感はあった。デジャヴュと言うよりは児童文学か何かでこういう状況に覚えはあるような気がした。

「たしか…そう、異世界転生モノ…だったかな」


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