魔女の心臓 一節①
絵本作家になるのが夢だった。
私の父はデザイナーで、私のために手作りの絵本を作ってくれた。私はそれが大好きで、本を読んでもらうために早く寝ようと両親を急かしていた。
らしい。
正直その頃の両親の記憶はほとんどない。私の両親の記憶は父の会社が不渡りを起こし倒産してからというもの罵詈雑言をぶつけ合う姿から始まっている。
それからというもの母は私に勉強を押し付けた。自分の時間は捨てて受験勉強に全てを注ぎ込むように教育された。
ノートの隅に落書きでもすれば母からきつく叱責を受け、いつしか絵を描くことを辞めた。
そうして高校3年の冬を迎えた私は受験まで辿り着き、そこで失敗した。
失敗した。
結果はまだ出ていないが感覚で分かる。
ありがちな絶対に満点をとらせないために作られた難問。本来であれば捨てて然るべき問題にまんまと引っかかってしまった。
解けない焦りから問題に固執しペースを乱され、それからは連鎖的に崩壊していった。
帰りの駅のホーム。周りには同じ受験者と思しき人達がいる。
「大丈夫…。これは第一志望だけど二日目は法学部もあるし、まだまだ滑り止めも残ってる」
大丈夫。
そう言い聞かせた。
大丈夫。ここまで頑張ってきたんだから。
大丈夫。沢山捨ててここまで来たのだから。
捨ててきた…?
そうだ。私は友達も青春も夢も捨てて今まで頑張ってきたんだ。
「そこまでしたんだから…」
周りの受験生同士の会話が耳障りに思考を遮る。
そうまでした結果はなんだ。
捨てられたんだ。今度は私が。私の努力に。
そんな思いが脳裏を掠めた瞬間、抑圧していた感情が堰を切ったように止めどなく溢れ出し、脳に血液が昇るのを感じた。自分の感情と思考をかき混ぜられる感覚に前後不覚となり口の中に不快な酸味が広がるのを自覚した。強烈な嘔吐感が押し寄せる。
そして、そう知悉した瞬間、私は口から吐瀉物を吹き出した。それが自分の中に抑圧された汚物だと理解する前に意識のスイッチがプツンと切れた。
私の身体はホームの地面に強く叩きつけられ転がり落ちるように線路へと落下していった。
列車の到着を告げる抑揚のないアナウンスと相反するように喧しい悲鳴だけが最期の記憶。
鉄の車輪は私の頭蓋を粉砕し通り抜けていったのだった。




