(2)
学食の利用率は20パーセント程度でガラガラの食堂内に間隔を空けてポツ、ポツと学生が座っている。それでも涼川姉妹の席へ移動すると周囲がざわついた。この二人は目立つから当然こうなるのだが、注目を浴びると怖気づいてしまう。
俺は茜の隣りに座る。
挨拶をしようと蒼さんを見るが俺の方を全く見てくれなかった。いつものことだ。
反対側に座っている蒼さんは怖ろしい程に美しく、化粧もしていないのにここまで整った顔立ちをしていると本当にこの人は高一なのかと疑いたくなる。美人過ぎるから一緒にいても緊張感を通り越して別次元の存在だと感じるだけだった。もしかしたから地上に降りた天使もしくは、……悪魔なのかもしれない。
「カフェオレね」
そう言って隣に座る茜は100円玉を机の上に置く。振り向くと彼女は口をへの字曲げでツンとした顔をしていた。
約束では絶対服従することになっている。……買ってこいってことか。取り敢えず逆らうのはやめておこう。
100円玉を握ると俺は蒼さんに笑顔で尋ねた。
「涼川さんは何がいい?」
「……」
蒼さんはこちらを見ることもなく、首を小さく横に降って返事をする。
いらないってことだよな……。
俺は内心では溜息きを吐き、諦めて席を立とうとした瞬間、急に目眩がした。
ジェットコースターに乗った後の100倍は激しい乗り物酔いの様な感覚が脳を襲う。座ったまま動けず、目を閉じて歯を食いしばった。
「くっ」
「ちょっと、どうしたのよ?」
茜の声が聞えるが、どうあがいても返事はできない。このままだと嘔吐する。こんなところでさっき食べたうどんを吐いたら恥ずかしくてもう学校に行けなくなる。
耐えろ!耐えろ!耐えろッ!
目眩と酔いは幸いにも直ぐにスッと消えた。息も絶え絶えだが、なんとか堪えることができた。
茜(はぁ?何、怒ってるの?まぁ飲み物なんて自分で買いに行けって話よね。でも、今日一度も話し掛けてこないのが悪いんじゃない。うー……もうッ、やっぱり自分で行こうかな)
蒼(成海くん顔色が悪いような……、体調悪いのかな?保健室に連れて行った方がいいよね。でも自分からじゃ言えないよ。茜ちゃん……)
茜はジト目で俺を睨み、蒼さんは相変わらずの落ち着いた様子で茜を見ている。
驚いた。二人の考えが頭に入ってくる。
「………」
「早く買ってきなさいよッ!」
茜(バカバカ、私ッ!)
え?え?バカバカ私?
茜(……違うでしょ。どうしてそんな言い方しかできないの。別に買ってきて欲しいわけじゃないのに。あーん、どうすればいいのよ)
蒼(そんな言い方したら失礼だよ。せっかく付き合えたのに嫌われちゃうよぉ。成海くん怒ってないかな?大丈夫かな?絶対、気分悪くしてるよね?)
蒼さん滅茶苦茶俺のこと気に掛けてるー。
「す、すまん。直ぐに買ってくるよ」
俺は慌てて席を立た。食堂内の端に設置されている自販機へ歩き出す。
まだ少しフラフラするからゆっくりと移動しているのと、横を通り過ぎる生徒達の思考が次々に飛び込んでくる。
(お前誰?)(皆の涼川姉妹ぞな)(ちっ、放課後ヤるか)(アイツとダチになれば蒼様とお近付きになれるんじゃね?)(何こいつダサッ)(ガチャあと10回回して出なかったら諦める)
怖い怖い。皆こんなこと思ってるの?