2話 シークレットラン(1)
夜、自宅のリビングのソファーに座り自身に起きたことを振り返っていた。
飼い猫のクロが時折頭を擦り付けに来るが、飽きると何処かへ行ってしまう、という行為を繰り返している。クロはシャム猫。昔、親父が知り合いから貰ってきた猫だ。
今日の出来事を整理するにも余りの情報量の多さに頭が追いつかない。
茜は言った。俺のことは何とも思っていないけど、男女交際に興味があったから付き合ってもいいと。
そして刮目すべきはこのやり取りであろう。茜から見た視点だとこうなる。『あんたが私に絶対服従するなら』(付き合ってあげてもいいわよ)『……わかった。それでいいよ』(だから付き合ってください)。控え目に言って、茜を超愛しているドM野郎……だな。(真顔)
つまり、茜視点ではこの時をもって俺は茜の彼氏になり、茜は俺の彼女になったってことか……。
だがこの時点でなら、まだ引き返すこともできたのかもしれない。俺が告りたかったのは、お前の姉で、手紙は間違えて入れてしまった、と言えば済んだのだ。
しかし、そのあとの……キス。二回目は舌まで入れてしまった……。(顔面蒼白)
「これはもう間違えましたとか、謝罪とか、土下座レベルじゃ済まないよね?クロさん」
「にゃ~~」
「……」
今日、茜と別れてから手紙を入れた時のことを何度も思い出していた。涼川蒼の下駄箱は左から3番目、上から4番目。茜はその右隣り。確かに並んでいるし、両方の下駄箱には涼川のネームが貼ってある。でも間違いなく涼川蒼の下駄箱に入れたと思うんだよな……。やっぱり間違えていたのか……。
俺はこれから、どうすればいいんだろう……。
ガチャッ
そんなことを考えていると玄関が開く音が聞えた。従姉の雨乃さんが帰って来たのだ。
俺はリビングの戸を開けて玄関へ顔を出す。
「おかえりなさい」
「ただいま」
COOLな雨乃さんはどこかの研究所に勤める25歳。パンツスーツ姿でヒールのあるパンプスを脱ぎながら落ち着いた声で返事をする。
「夕飯はまだできていなので、先にお風呂に入っちゃってください」
「空人さん。私は、ご飯にする?お風呂にする?それともオ レ ?を期待して帰って来たのに、夕飯もできていないなんて残念で仕方ありません。……今日は何かあったのですか?」
「俺、今まで一度もそんなこと言ったことないですよね?」
「あらそうでしたか。それで何があったんですか?」
彼女は感が鋭い。度々、俺の心を的確に読んでくる。
雨乃さんに相談する手もありか……。いやダメだ。からかわれて、心を抉られるだけだ。
「な、何もないですよ……?」
「そうですか。女関係ですか。アオハルですね」
「なんでわかったんだッ!」
「空人さん。こんな簡単な誘導尋問に引っ掛かるアホ、……失礼しました、低能なのですから、女遊びは大概にしないと泥沼になりますよ」
「は、嵌めやがったな!しかも言い直してもディスってるじゃないか」
クロが玄関へやってくる。
「にゃ~~」
「クロさん、ただいま帰りました。今日もお留守番ありがとうございます」
「俺の扱ってクロより雑?」
「さて、では先にお風呂をいただきますか。ん?まだいたんですか?一緒に入りますか?」
「……、は、入らないです」
「何ですか?今の間。冗談もわからないんですか?可哀想に」
俺は暴れたくなる気持ちをグッと堪える。
雨乃さんは巨乳でスタイルが良い。が、この女は最悪だ。だから弱味を握られる訳にはいかない。
一緒に風呂になんか入ったら、どれだけ後悔する人生が待っているのか想像もできない。
俺が中学に上がる時、両親がアフリカへ単身赴任することになった。たまたまそのタイミングで従妹の泉並雨乃さんがこっちで就職を決め、この家に住んで俺の世話を焼くことになったのだが……。この人は家事が全くできない。特に料理はクソ不味くてとても食べれない。だから家事は俺がやっている。