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1話 勘違いから始まる恋人関係

 俺には好きな女の子がいる。

 その子はスレンダーな体型でサラサラ黒髪ロングの超絶美少女だ。初めて彼女を見た時、背筋が凍る程の端正な顔立ちに強烈な衝撃を受けたことを今でも覚えている。

 クラスメイトの彼女は無口キャラで、同じクラスの、ある一人を除いては全く会話をしない。そのミステリアスな性格と圧倒的な容姿せいでクラスでは浮世離れした存在となっていた。


 そして今日、俺はその子に告白する。


 同級生にとどまらず、先輩や他校の生徒、それも物凄いイケメンやスポーツで名を馳せた人、そんな有名人達が何人も玉砕している。だから俺みたいな陰キャじゃ相手にされないことは分かっていたけど、それでも告らなければ一生後悔すると感じてしまい行動を起こすことにした。


 で、現在は休み時間、昇降口でキョロキョロしながら周りに誰もいないことを確認している。

 これから彼女の下駄箱に手紙を入れる。しかし、そんなところを誰かに見られれば、カースト最下位に属している俺みたいなヤツは周りから何て言われるかわからない。きっと途轍もなく残酷な誹謗中傷を受けることになるだろう。

 彼女が誰かに言う分には諦めがつくが、自分から誰かに知られる訳にはいかないのだ。


「おいッ!」

 背後から男の声が聞こえて俺の体はビクリと反応する。

 不味い。見付かったッ!!


「んだよ?」

「次、移動教室だろ?急ごうぜ」

「だな。って、おい、待てよッ」


 そんな会話をしながら男子生徒が二人、足早に去って行く。俺を呼んだわけではなかった。

 あ、あっぶねー。滅茶苦茶ドキドキした。心臓に悪いぜ。早くミッションをコンプリートしてここから離れよう。


 周囲を確認しながら足早に彼女の下駄箱を通り過ぎるタイミングで手紙を入れた。その動きはまさに電光石火。そして何事も無かった様にその場を立ち去る。



 手紙を入れてからは冷静になった。どうせ振られるし、その前提で文書を書いていたからだ。


 以下、手紙の文書。

『涼川さんへ。

 同じクラスの成海です。突然ですが俺は涼川さんが好きです。叶うことならお付き合いしたいです。

 今日の放課後、気持ちを伝えたいので、もしよかったら屋上に来てもらえませんか?ただし迷惑なら来てくれなくてもよいです。それが答えだと諦めます。』


 という内容だった。ポイントなのは手紙で既に告っていて、屋上に来なかったら諦めると言っているところ。つまり、わざわざ振りに行かなくても、シカトしていれば自動的に振ることができるシステムになっている。(ドヤ顔)


 俺も楽できる。何故なら涼川さんは絶対に来ないから。放課後、屋上で鼻くそをほじりながら空でも眺めて夕方まで待機していれば、それで振ってもらうことができる。こんなに楽な失恋はない。

 俺は振らる。ならばダメージは少ない方がいいに決まっている。



――――――――――――



 放課後。


 万が一にも律儀に屋上に来た時のことを想定して、トイレで髪をセットする。洗面台の鏡を使うと誰かに見られてしまうので今日は家から手鏡とワックスを持ってきて個室トイレでセットした。


「よし、行くか」

 そう呟くとトイレの中で顔を引き締めた。



 屋上へ出る扉を開くと、もう10月だというのに強い日差しが視界へ差し込む。そして外へ出ると秋のそよ風が鼻を擽った。

 この時間、屋上には誰もいないはずなのに先客がいた。その来訪者は屋上の端のフェンスから景色を眺めていた。

 特徴的な後ろ姿から人物の特定は簡単だった。

 短いスカートから伸びる細くて白い足。金髪に染めた髪をサイドポニーにしている。ブラウスを肘まで捲り、華奢な腕には派手なピンクのシュシュ。


 うちの高校は進学校の部類に入る。校則で髪の色やスカートの長さに規定はないが、生徒は皆、自主的に真面目な格好をしている。こんなギャルっぽい格好をした生徒は一人しかいない。


 彼女の名前は涼川茜。俺が手紙を渡した涼川蒼の妹。


 そうか………、そう言うことか。茜がここにいる意味を直ぐに理解した。


「待たせたな」

 俺の掛け声に一瞬ビックリした茜は振り返りこちらを強い視線で睨み付ける。

 顔が姉に似ているだけあって茜も身の毛がよだつ程の美少女。恐ろしく端正で凛々しい顔が睨みを利かすから、まるでトラやライオンといった猛獣に威嚇されているようなプレッシャーを受ける。


「ふんッ!べ、別に待ってなんかないから」

「そっか……、なら良かった」

 ヘラヘラ笑いながら頭を掻くと彼女は片方の眉をピクリと動かし眉間に皺を寄せる。

「なによ、その態度。キッモ!」

「ははは……、だよな」


 茜もクラスメイトだ。一学期、とある事件をきっかけに仲良くなった。その出来事以来、俺達はよく会話をするし、こうやって軽口を言い合ったりもする。

 因みに姉の蒼は4月1日生まれ、妹の茜は3月31日生まれなので年子で同学年になる。


「こんな美少女を待たせて、謝罪もないなんてありえないから」

「さっき待ってないって言ってたけど……」

「あ゛ぁ゛ァ?」

「す、すみません」


 謝ったのに不機嫌な顔がなおらない。しかしその視線が俺の髪へ向かうと、プンプンしながらも疑問の表情を浮かべる。俺は自分の髪を摘みながら――。

「髪をセットするのに時間が掛かったんだよ。少しでも格好良く見られたくて……」


 茜の色白の頬が急に赤く染まる。

「は、はぁ?バ、バッカじゃにゃいにょ、……ほんとキモいんだからッ!そういうの!」

 早口で呂律が回っていない。胸を抑えて苦しそうだ。


 バカ……か。その通りだ。

「振られるってわかってたけどさ……」

「……」


 俺みたいなヤツ、相手にされる訳がない。なのに浮足立って僅かに期待して。髪型なんかセットしてさ。本当にバカらしい。絶対に叶わないのに……。


 涼川蒼が唯一親しくしているクラスメイトは妹の茜。

 茜は姉に相談されて、俺を振りにきたのだろう。茜を寄越すくらいならシカトしてくれた方がよかった。


 茜は悪くないのに俺は彼女を睨んだ。ただの八つ当たりだった。

「だけどさ……、好きなんだよ……。しょうがないだろ。好きなんだからッ!」

「ふにゃ」


 ふにゃ?茜は茹でダコのように顔を真赤にして頭から湯気を出している。


「おい茜、鼻血!鼻血出てる」

「でッ、出てないわよッ!」

「いや、出てるから」

「ひゃッ」

 癇癪を起こす茜の鼻に急いで自分のハンカチを当てた。すぐ背後には屋上のフェンスがあり、逃げ場のない茜にかなり密着している。壁ドンして迫った状況になったが、鼻血がブラウスに垂れたらシミになる。だからそれどころではなかった。


「は、はにゃれなさいよ」

「わかったからハンカチ自分で持って」

 茜は弱々しく抵抗するが、混乱しているのかハンカチを受け取ってくれない。それどころか何故かハンカチではなく俺のワイシャツの胸の辺りを両手で掴む。


「……保健室行くか?」

「……行かない」

 まぁ鼻血なら大事にはならいと思うけど……。てかワイシャツを放してくれないかな?


 茜とは反対に俺は冷静だった。だからハンカチで鼻を抑えながら彼女の耳元で問いかける。

「告白、断りに来たんだろ?」

「何でそうなるのよ」


 えっ?何でそうならないの?どういうことだ??


「違うの?」

「あ、あんたのことかんか、ななな何とも思ってないけどぉ、……そういうの興味あるっていうか、何事も経験だし、だから……」

「だから?」

「うぅー、だからッ!……だいたい付き合うって何するのよ?」

「そ、そりゃデートしたりとか……、キキキキキスとかぁ?」

「キキキキキシュッ!?」


 まぁ付き合うのだから当然キスくらいするだろうし……。って何この状況?まだ可能性が残っているのか?

 あの事件以来、俺と茜は結構仲が良い。茜は姉とべったりで、しかもこんな見た目だから校内では浮いた存在だ。男子はおろか女子にも友達はいない。唯一の友達は俺くらいだと思う。

 もしかして妹の友達なら付き合ってみてもいいってことなのか!?


「条件があるの」

「条件?」

 その条件に従えば涼川蒼と付き合えるってことだよな……。


 茜は視線を上げて上目遣いで俺をじっと見詰める。

「あんたが私に絶対服従するなら」

「……わかった。それでいいよ」

 茜のパシリになるってことか。それで、あの超絶美少女の涼川蒼と付き合えるのならチョロいもんだ。


「じゃ、じゃぁ……、キッ、キス、しなさいよ」

「えっ?はぁ?」

「嫌なの?」

「い、嫌じゃないけど……」

「てか絶対服従って言ったよね?イエス以外の答えなんてありえないから」


 バ、バカな。何で茜とキスすることになるんだ!?こんな見た目だけど真面目なヤツだと思っていたのに。ビ……ビッチなのか?

 いや……、違う。茜を見るとさっきまで俺を睨んでいたのに今は不安げな表情をしている。どうしてこうなったのか分からないけど、コイツはビッチなんかじゃない。

 もう訳が分からない。


「初めてなんだけど……?」

「わ、私だって初めてなんだから」

「……」


 鼻を押さえていたハンカチを下げると、もう血は出ていなかった。茜はゆっくりと目を閉じる。

 ダメだ……。この状況を打開する方法が見つからない。もうやるしかない。


「んっ」

 唇をそっと重ねると茜から吐息が漏れた。


「これでいいか?」

「もう一回」

「……」


 もう一度唇を重ねると、彼女は少しだけ唇を開いていて、だから俺も……。


 ファーストキスは血の味がした。




 キスが終わると茜は急に機嫌が良くなった。

「あと、二人でいるときはハニーって呼ぶこと!」

「ハ、ハニー!?」


 絶対服従だから従わなきゃいけないのか……。二人でいるなんて状況今後あるとは思えないし、別にいいか……。

「わかったの?」

「はいはい」

「はいは一回ッ!」

「わかりました」


 それから茜は手紙を取り出す。俺が涼川蒼の下駄箱に入れたヤツだ。

「あと……、これ私の下駄箱に入ってたんだけど」

「えっ……?」


「手紙なんて下駄箱に入れないで直接言いに来なさいよ」


 ここでようやく事の次第に気が付いた。手紙を入れた時、誰かに見付かるまいと焦っていた。

 今この瞬間まで忘れていたが、茜と蒼の下駄箱は隣り合っている。しかも名前が同じ『涼川』。俺は間違えて茜の下駄箱に手紙を入れていたんだ。



 もう10月で日没は早い。気付けば空は茜色に染まっていた。彼女は夕日を背に弾けるように微笑んだ。


「でも……、嬉しかった。これから宜しくねッ!ダーリンッ」







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