壊れた世界 : Part 1
──おい! 起きろ!
誰かの掛け声で、重たく閉じていた瞼は開く。
──早く起きろって!
初めに、瞳に映ったのは曇り空。陽射しを遮る曇天を見て、呼び掛けた声は焦りを募っているのか。
次に、横へ目をずらした途端、顔色は変わる。
「……火?」
「寝惚けてないで起きろって! 逃げるぞ!」
遠くの景色は火で染まっていた。
燃え盛る火の上は赤い幕で空を濁している。
「……なにが、なにがどうなっているんだ!?」
ぼやけた意識は戻り、もう一人に聞こえる音量で言った。
「知らねぇよ! 俺も目が覚めたら、こんな状況だった! とにかく逃げるしかねぇ!」
(逃げるって……?)
もう一度、遠くで燃え上がる炎を凝視する。
「逃げるのは分かったけど……顔、真っ青だよ……大丈夫? 火がこっちに来ないなら、そんな慌てなくても──」
「良いからさっさと逃げるんだよ!! 此処に居たら不味いんだって!!」
──訳は後で話すから早く!
言葉の最後に付け加え、手振りして付いて来るよう促した。
(一体、どうなっているんだ?)
切迫感のある慌てぶりに、首を傾げつつ跡を追いかけた。
坂道を下り、火の手が回っていない方向へ走る。
「走りながらでごめん。こっちも状況が良くわからないんだが……」
「ええ!? 覚えてないのか!?」
「目が覚めるまで、何が有ったんだ?」
表情を変えずに訊いてくるので、どうやら何も覚えていない様子だ。
「変な光が何処か遠くから突然迫ってきて……町全体を包み込んだんだ。目が覚めて、気づいたらこういう状況……ってこと」
「簡潔で短くて助かる」
「細かいことは置いて、とにかく町から離れるんだよ!」
町から一刻も早く脱出を急ぐ。
身辺の状況を見ても、ただ事でないのは確かだ。
(けど、腑に落ちないな……)
互いに無言のまま、しばらく走り続けると、ある場所に指先を向ける。
「よし……あ、あそこでちょっと休もうぜ」
寂れた小屋を適当な休憩所として、其所へ目指そうとするが……突然進路を変えてしまう。
「どうしたの?」
「誰かが歩いていたのを見えたんだ。ちょっと見に行ってくる」
「気のせいだよ」
「しかしな……」
気にかかることは早めに解決したい。
何一つわからない状況でも、二人以外に人が居たとするなら、情報は少しでも欲しいと判断した。
「えーっと、この道を真っ直ぐ歩いていような」
「曖昧に見えたのなら引き返そうよ」
「でも見たんだ。ちゃんと確認しないと」
進もうとする道の先は広場に繋がっている。
警戒しながら進んでいくと、何か唸る声を聞き、人影も見え、二人は崩れた煉瓦の壁の裏に隠れた。
「あ、あれって……」
「エルフだ……こんなところで何してんだ?」
長い耳が特徴の種族であるエルフが二人。大人のエルフと子どものエルフ。
そこへ、取り囲むように四人の男性が現れる。
「上物だねぇ、ヒヒッ」
「見れば見るほど美しさが眩しい。やべぇわ」
汚ならしい言葉が口から連発。
距離を詰められ、子を守るように抱き締めて身構える女性のエルフ。
「お母さん……」
「離れないで……ね?」
「二人揃っていると絵になる。なるべく傷つけるなよ? ああぁ……綺麗な肌がたまらない!!」
「全くもってその通り! 涎出そうだわ!」
欲望を垂れ流す男たちを見て、隠れて様子を伺っていた二人は拳を握りしめる。
「状況がわかんねぇのかあいつら! エルフをまじまじ眺めてる場合じゃねんだぞ!」
「どうするの? 助けるにもこっちは丸腰だよ……」
「なにか武器になるものは……おい、ちょっと待て」
隠れた場所で辺りを見回していた途端、動作が止まってしまう。
「え、どうしたの?」
「誰か来るぞ……」
二人のエルフを囲んでへらへらと品性のない笑みを浮かべる男たちへ……近づいて来た。
それらは、涼しげな顔で見つめ、その隣は眉一つ動かさない。
「ごきげんよう」
微笑んで、挨拶の言葉を放った。