87・鶴の寮の三人と鍋島元茂、事件のことを振り返ること《参》
結局、僕らは四人で鶴寮の寝間に布団を敷いて眠ることにしたよ。
これ以上いらぬ争いを産むのは得策ではないと僕も総次郎も思ったからだ。
ただ、忠郷だけは最後まで不満そうだったよ。不満ついでに元茂にいらいらとした調子で尋ねた。
「あんたって、キリシタンなの?」
「自分ですか? 違います」
「それじゃあ身内にいるとか……」
蟹寮の生徒らのことがあるし、僕も聞いてみたよ。しかし元茂は首を振る。
「聞いたことはありません。父も祖父も、父の兄弟や母も信徒ではないはずです」
「へえぇ……そうなの。フランシスコと仲良くするなんて、てっきりそういうことなんだと思ったわ」
忠郷は元茂を睨みつけていたよ。腕組みをして怖い顔付きで元茂をじっと見つめている。
「あたしたち、死んだフランシスコをこの部屋に呼び出したの。そんな事が出来るとは普通思わないでしょうけど、現にフランシスコはこの部屋に現れたのよ。そうしてあたしたちに警告をしてくれたわーー変な勧誘をされていたから、気をつけるようにって」
「か、勧誘……」
声が上擦っている。
表情と一緒に彼の気配が強く強ばるのがわかった。注意をそちらへ向けていなくてもわかるくらいの気配の変化。強い心の動揺だ。
「大阪の豊臣家に味方をすれば、信仰を許すーーフランシスコの奴はそう勧誘されたと俺たちに言ってたぜ。そうしてフランシスコに面会に来ていたのはやつの兄貴の元嫁の父親、ベントー……大御所様に味方せず関ケ原の戦の後で処刑された、小西行長の実の兄貴。当然キリシタンだ。十中八九、フランシスコはそのじいさまに大阪の豊臣家に味方するよう言われて、あのやばい石を貰っていたんだ」
違うか? と総次郎が尋ねたけれど元茂は俯いただけで何も言わなかった。
「僕も話を聞いたよ。大阪の豊臣家がほうぼうで浪人を集めている、って。闇の龍脈の石は都の御所で管理されている以外には大阪の豊臣家しか持っていないって話も聞いてる。少なくともそんな、他人に分けるほど沢山はね。ベントーや豊臣家の息の掛かった人間たちは、自分たちの味方をする代わりに強い力がある闇の龍脈の石を分けてあげると、そう声を掛けて勧誘していたんじゃないのかなあ?」
「あんなものすごい鬼を生み出せる石があれば、劣勢の戦だって覆せそうだものね。味方の数が少なくたって関係なくなるかもしれないわ。だって、あんな化け物がうじゃうじゃ現れて、もし暴れでもしたら……」
元茂はしばらく俯いて黙っていたけれども、不意に口を開いた。
「……確かに、豊臣家の話は聞きました。勧誘もされたことがある」
忠郷の息を呑む声が聞こえたよ。けれどもすぐに元茂が叫んだ。
「ーーだが、それは当家の内々でのことです! フランシスコは関係ない!」
「どういうこと?」
「私の家来の一人が……ここへそういう話を持ってきたことがありました。私は廃嫡となり、鍋島の家は継げなくなった……ならばいっそ、豊臣の家に味方をすれば実家が治める国よりもっとずっと大きな領国さえ賜ることが出来るだろうと……そういう話です。当然断った! 当然です! 二度とそんな話をするなと言って、その男は家をクビにしました。疚しいことなど断じてありません」
元茂の剣幕に圧されて、忠郷はなだめるような声になったよ。
「……そ、そうよね。当然だわ。徳川の家を裏切るなんて……」
「……フランシスコと仲良くなったのは、面会に来た家臣とそんなやり取りをしていた時のことだったんです。自分の身の上を話すと同情したのか、彼は不思議なさざれ石をくれました。黒い水晶のような……雨粒のような、綺麗な石だった。強い力があって、願えば自分の意のままに物事を運ぶことが出来るらしいと言っていた。望みを叶える力がある石だと。それならきっと、化け物に取り憑かれた母の具合をよく出来る、実家や父との関係も上手くやれるようになると……そう思って……実家の母へ贈り、お守りのように自分でもいつも肌み離さず持つようになった」
「どこで手に入れたとかって……そういう話はしていた?」
「いえ、確か……やはり、知り合いから貰ったと言っていました。彼が持っていた石はすべて自分にくれたようです。自分にはいらないものだと言っていましたので……」
「そんな眉唾ものの石を人にあげたりするものかしら?」
「最初っからそういうつもりでベントーのやつから石を貰っていたのかもしれねえぜ。ベントーの奴はフランシスコに石を渡し、学寮の中で豊臣家への勧誘をさせようとしていたのかもしれねえ」




