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81・鶴の寮に役者が戻る《壱》

「熊千代殿の占いはけっこう当たると思うんだ―。忠郷なんて、じぶんから占って貰ったくせに結果を聞いて悲鳴をあげていたもん」


「忠郷殿というのは、北の御殿の主さまですね。あの時、後から助けにやってこられた……」


「そうそう。忠長殿にえばっていたあの生徒」


 すると刹那、部屋に声が響き渡ったよ。まるでその時を待っていたかのようにさ。


「ーーあたしが一体なんですって、千徳?」


「ああ、おかえり忠郷」


 部屋へ入って来た忠郷は不満そうに僕を見下ろしていたよ。僕が元茂ほどに驚いていないのが気に食わないんだろう。

 僕は人の気配には敏いので、突然現れたなんてことにいちいち驚いたりはしないのさ。だって気配で自分に近付いてるってことがわかるんだもん。


「僕と総次郎が南の御殿のぬしさまから呼び出された時、忠郷が助けに来てくれたって話をしてたんだよ」


「ーー別に俺はこんな奴には助けられちゃいねえけどな」


 忠郷の背後には総次郎。僕は彼にも「おかえり」と声を掛けてから尋ねた。


「うちの実家どうだった? 父上、元気にしていた?」


 一瞬、総次郎と忠郷は顔を見合わせたよ。そうして二人で意を決したように僕を見た。


「……あんたは人の気配には敏感だから、あたしたち程度じゃ嘘を付いたところで雰囲気ですぐにばれると言われて……だから言うけど……」


「……結論から言うと、お前の親父さんは元気ではあったぜ。ただ、顔には怪我をしていた。だからここへ面会には来れなくて、俺たちの方を呼びつけたんだ」


「ええー! 怪我? なんで?」


「呪い返しだと言っていたわ。そういう呪詛の類を掛けているから、って……」


「ああ……そういう奴かあ……」


 僕はなんとか理解が追いついて頷いた。

 僕も父がそういう術を謙信公から習っていたことがあって、上杉の家に災いがないようにそうしたことをしているのだという話は聞いたことがあったから。


「……ってことは何? 父上が代わりに怪我をしたってことは……上杉の家に何か悪いことがあるかもしれなかったってこと? ええー? この期に及んでまだ悪いことなんてある? 今でも十分貧乏なのに!」


 信じらんない! と僕が叫ぶと忠郷が珍しく僕をなだめるように言った。


「でも、心配ないわよ!  なんだかよくわかんないけど、勝丸の幼馴染の狸ががあんたの父上を手当してくれていたわ」 


「狸?」


 すると、今度は部屋にもう一つ気配が近付いているのがわかって僕は部屋の戸へ目をやった。

 僕らの寮の主務ーー保科勝丸。


「どうやら具合の方はもうすっかりいいみてえだな、千徳?」


「うん、大丈夫。上杉千徳喜平次、只今戻りましたー!」


「それだけ飯をばかすか食えりゃあ、そら大丈夫だろうよ」


 勝丸は空っぽになった飯櫃を指した。


「ねえ、勝丸? 父上、大丈夫だった? 怪我をしていたんでしょ」


「ああ……まあな。でも俺の古い馴染の狸が手当をしたから、二、三日もすりゃあよくなるだろ。上覧試合には間に合うだろうぜ。あの臭え狸、お前さんの大叔父の兄弟子だったんだ。だから化けることなんざ造作もねえと……そういうわけさ」


「狸って、この間幽世にも来ていたってあの狸? いいなあ、僕も見たい!」


「お前さんのことがあったから、指の一、二本ぐれえはと覚悟をしたが……お父上は全然なんてこたあねえ御仁だったぜ。話のわかるお人だ。別に怒ってもいなかったし」


「そうでしょそうでしょ。みんな必要以上に父上のこと怖がってるだけなんだよ。ちょっと顔が怖いのと、あんまり喋んないからとっつきにくいってだけで」


 すると勝丸は元茂を呼んで部屋を出て言った。


「今後のことを決めなきゃならんからな。お前さんたちは部屋で大人しく夜を過ごしな。暴れたりすんなよ!」


 さすがは勝丸であるーー僕らに念を押す事も忘れない。

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