78・鍋島元茂、北の御殿の生徒と関わること《弐》
「あざらしは北の海にいる毛の生えたけだものなんだ。見た目はまるまると太ってぬるりとしているんだけど、肉は油がのっていてすごく美味しいよ。君にも干し肉を分けてあげよう」
「け、毛が生えてぬるりとして……ほ、本当にそれは魚ですか? まるで化物のような……」
「魚というより、クジラを小さくしたような感じだね。丘に上がっても息が出来る、美味しい化物さ。流氷に乗って蝦夷の島近くまでやってきたりするんだ」
「りゅうひょう?」
元茂の故郷はずっとずっと南にあるのだ。海が凍ったところなんておそらく見たこともなければ想像も出来ないだろう。
もっとも、そんなものは僕だって見たことなんかないけどさ。
「私が治める蝦夷の大地の北は遥かこの世の最果て。冬になると海も大地のように凍ってしまうんです。それが春になると暖かくなって氷が溶けて、割れて、蝦夷の島の周辺にまで流れてくるーーその上に、海豹が乗っていることがあるね。群れでは暮らしていないけど、うまくすれば何匹も捕まえられるよ」
「やったあ! 楽しみだね、元茂殿。元茂殿はあざらし、食べたことある?」
「い、いえ……今日、今ここで初めて知りましたので……」
甚五郎は僕らの反応に気をよくしたのか、にこにこしながら言葉を続けた。
「初夏の季節になると北の流氷が溶けて、いろんなけだものが捕れるようになるんだ。今度の上覧試合にはおじいさまが島の近海で捕まえたもっとすごいけだものを持ってくるよ。将軍さまと大御所様への献上品さ。最高級品だよ、ものすごいのが捕れたらしいからね」
最高級の献上品ーー甚五郎の実家である松前家が治める蝦夷の島は寒すぎて稲が育たないらしく、その代わりに海豹とか海産物など、色々な品を江戸へ献上しているのだということは僕も甚五郎から話に聞いていた。
これはものすごいものが送られてくるに違いない!
「あざらしよりもっとすごいもの? くじら?」
甚五郎は顔に笑みを浮かべたまま「楽しみにしててね」と言った。
「くじらなんかよりももっとずうっとすごいけだものだよ。滅多に捕れない、めちゃくちゃ貴重なけだものなんだ。明や朝鮮ではめちゃくちゃ高く売れる。なにせ……その肉を食べると不老不死になれるなんて噂があるくらいだからね」
「不老不死?」
「ふろうふし! 人魚の肉だ! 僕、聞いたことあるもん! う、うわあ……す、すっごおおおい! 本当にあるんだ!」
いつだったか、直江山城守がそんな話をしていたよーーもっとも、それは確かそういう伝説があるとかっていう話だったけれども。
「うちが任されてる北の海流の龍脈を操って、捕まえた獲物を海路で運んでるんだ。上覧試合の日に生きたままお城へ運んで江戸と駿府へ献上することになってるから、二人も楽しみにしててね」
あれもすごく美味しいよ、と付け加えると甚五郎は「じゃあ、海豹は部屋へ持っていくね」と言って自分の部屋へ熊千代と帰っていった。
「美味しいって……甚五郎は人魚の肉、食べたことがあるのかな……?」
「しかし……それでは彼は……不老不死に……」
僕らはわけがわからず顔を見合わせることしか出来なかった。




