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65・保科勝丸、千徳の実家に謝罪に行くこと《壱》

 千徳が完全に目を覚ましたーーという典薬寮からの報告があちらこちらへ齎された時、保科勝丸は千徳の実家にいた。


 江戸城は小田原口のど真ん前ーー上杉家の上屋敷に。


 屋敷の入り口は恐ろしく静かだった。

 人の気配が全くない。

 一足先に火車の奴に自分が行くという伝令を頼んではいるから、屋敷の人間が全員不在ということはないはずだった。


「はああ……初めて顔を合わせてする話が、息子さんが鬼に食われましたとは……シャレにならんぜ」


 本当は千徳の従兄弟にあたるという学寮の目付役・上条長員も一緒に連れてこようと考えていたが、


「は、はあああああああ!? なに言うとんじゃボケ!! なんでわしが叔父上にそないなことせなあかんのじゃ! そないなことしくさったら、まるでわしのせいで喜平次鬼が食われたみたいやんけ!!」


 などと青い顔をして叫ぶので早々に諦めた。


(よっぽど千徳の父親が怖えのか……)


 火車も怯えていたなーー勝丸は思い出す。確かに今の上杉家の当主についてはあまりいい評判は聞いたことがない。


 勝丸の育て親ーー保科正光曰く、とにかく無表情で言葉が少ないらしく、人らしい感情というものを感じないらしい。楽しいとか嬉しいとか、そういうものは特に。


 黄昏時をとうに過ぎた上屋敷の門の前に、青い炎が揺れている。人ならざる化物が使う炎のまじないーー勝丸には術者の姿が容易に見えた。


「お前さんはいつぞや、夢の中にいた刀の付喪神だな。現世でも案内をしてくれるのかね?」


「まあね。もう日も暮れたし」


 若い少年の付喪神の隣には痩せた男の姿をした付喪神がもう一人いる。


「ご安心ください。今、屋敷にいる人間はご当主さまと近習だけ。他の家人やうちの旦那さまはやかましいから、鱗屋敷に追いやっておきました」


「そりゃあ助かるね。あの御仁は大層口が立つんだろ? 俺じゃあ勝てんわな」

 心配ごとがひとつ減って、ほんの少しだけ首がつながる。あくまでもほんの少しだけ、だけど。


「お前さんもあの夢の中にいたな。帰りに道案内をしていた付喪神だ」

「ええ。水神切り兼光、と申します」


 そう言って腰を折ると彼は再び道案内役を買って出た。それに長船景光の短刀の付喪神が続く。


 勝丸は気配を感じて視線を向ける。

 屋敷の入口の隅には盛り塩と何やら見たことのない呪詛の札が置かれていた。

 屋敷の周囲は澄んだ空気に満ちている。

 

 だから余計に感じるのだ。

 屋敷の中から漂う、嫌な気配を。


(こいつは……呪詛の類だな)


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