63・あれ? その名前って前にどこかで聞いたよね?
総次郎が僕に言った。
「キリシタンってのは教えで自害を禁止されてる。自害すれば神の教えには背いたことになるんだ……つまり、ぱらいそには行けない」
「ねえ……みんなこの間言っていたよね? フランシスコ殿が自害をしたっていうあの噂……あれは自分たちが流したんだって……」
今度は忠次郎が頷いた。強く、強く。
「そうすれば、フランシスコは改宗したことになると思った。キリシタンなら自害なんてするはずがない。フランシスコの兄上だって元はキリシタンだったが、改宗したんだ。もしかしたらその時に一緒に改宗していたかもしれないと……そういう噂に仕立てる予定だったんだ」
「改宗していたフランシスコに責め苦を与えていたなんてことにでもなれば、問題になると思ったんです。だって、そもそも学寮内ではそういうーー生徒同士の争いは禁止されているもの!」
そうなのだーーこの辺のところは僕ら鶴寮の三名が一番よくわかっているよ。なにせそれを守っていないという理由でしょっちゅう怒られているんだからね。
「《噂を流す》だの《仕立てる》だの……そんなことがそう都合よく上手くいくわけ?」
忠郷が尋ねると、忠次郎は笑みを浮かべて言ったよ。
「ここの生徒たちはみんな噂好きだし、御殿の主さまたちは常にそういう情報には敏感だ。実家にもここでの出来事を文に書いて送るし、女の姉妹がいればその姉妹たちがまた姫様たちの集まりの時にここの噂話をする……」
そうやって広められていくのか、悪い噂話がーー僕も気をつけよう。
「大体上手くいったじゃねえか。南の御殿の連中のひどい虐めに耐えかねて実家で自害したなんていう噂で盛り上がって、果ては坊様まで呼ばれたんだろ?」
「うん。でも、さすがにもうばれちゃった。将軍さまが各地の大名たちにフランシスコたちの話をしたんだって。そのせいなのかな……フランシスコの兄上までここへ来るとは思わなかった」
「フランシスコの兄上は南の御殿の生徒全員に話を聞きたいらしい。面会に応じていないのはもううちの寮だけだ。二度も断ったのに、また面会の申請を入れられてる。さすがにもう会わないわけにはいかないと思う」
すると、孫平太がずっと抱え持っていたそれを僕に差し出した。布に包まれた包み。
「それはなあに?」
すると、総次郎が忠次郎を見つめて言った。その表情は僕より忠郷より何かを知っているという確信に満ちていたよ。
「……フランシスコはお前らに一体何を託したんだ?」
「えっ? フランシスコが?」
「なんですって?」
孫平太は僕にそれを渡してくれたよ。
ちっとも重くない。上に下に動かしてみたけれど、まるで紙束みたいな重さだよ。おまけに中からカサカサ音がする。
「フランシスコが実家に帰る前に僕らにこれを渡して行ったんだ。預かってほしいって……そう言ってた」
「そうです。守って欲しいとも言っていました」
「預かる? 守る? 誰から? 一体どうして?」
忠郷は堪え性がないのだと、僕は最近気が付いたよ。
だから本を読むのも嫌いだし、食事は一番好物を先に食べて、残りは全部いらないとか言う。たぶん総次郎はもっと早くに気付いていたとは思うんだけど。
「……だーかーらー……」
総次郎の声は呆れや怒りに満ちていたよ。けれども忠郷はそんなことはちっともお構いなしなのだ。彼は堪え性がない上、僅かな例外を除けば場の空気は読まないことにしているから。
「流れ的に見て、何をどう考えたってこいつはフランシスコの兄貴が狙っているから、絶対に渡すなということじゃねえかよ! フランシスコは実家に戻る直前にこいつを同寮の連中に託した。そうしてフランシスコの死後にやってきたのがフランシスコの兄貴……どこまでおつむが弱えんだ、てめえは!」
「ああら! 強いとか弱いとか……今はそういう問題じゃないでしょ? あたしは抱いた疑問を素直に尋ねただけよ。いつも千徳だってそうしているじゃない。ねえ? あんたも少しは何か言ってちょうだいよ」
僕は二人のいつもの口論にほっとしていたよ。
あんな鬼が現れて僕らはめちゃくちゃ絶体絶命だったけど、それをなんとか切り抜けて、またこうして元の日常が戻って来たんだもの。
「ねえ、これ……中身はなんなの?」
僕は忠郷のことは放って、蟹寮のみんなに尋ねた。
「文だ」
「文? フランシスコ宛の……文?」
忠次郎が頷いて言った。
「月に一度くらいの頻度でフランシスコには面会が来ていた。あいつの実の母親だよ。でも、実際に母親に会ったと本人が言っていたことは一度もなかったな。具合が優れなくて使用人だけがやってきてすぐに帰る。そうして面会から帰ってくると、フランシスコはいつも手に文を持っていたんだ」
「当然私達は母上からの文だと思いました。面会に来られなかったその代わりに文を書いて使用人にもたせてくれたんだろうと。でもそうじゃなかったんです」
その時、僕は思い出したよ。
どんどんと記憶の底から浮かび上がってくるそれを共有しようと思って、僕は総次郎の名前を呼んだ。
「ちょ、ちょっと……ねえ? これってあれじゃない? あのさ、ほら……あの、めちゃくちゃ早口の客間係頭が言っていた……」
「あーあ……間違いねえぞ。フランシスコには頻繁に面会に来ていた人間がいて、いつも文を渡していたと……あの客間係は言っていた」
「なんなの? 一体何の話よ!」
「忠郷、僕ら客間係の上役から同じ話を聞いたんだよ。そう……確か、面会に来ていた人間の名前が……」
ーーべんとう!
僕と総次郎の声はぴたりと揃った。
忘れるわけがないよ。
だって、面白い名前だなあって……心の中でうっかり笑っていたもんね!




