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15・鶴寮の三人、客間で幽霊探しをすること《弐》

「ええと……客間って、どこの客間だろう? 部屋っていっぱいあるよね」


 客間の廊下は学寮で一番つるつるしている気がする。よく掃除されているからだよねえ、きっと。でなきゃ、僕ら生徒を走らせないためかもしれない。

 僕は暗がりの中をきょろきょろと見渡した。灯りもない夜の客間はどこもみんな同じ部屋に見える。

「月見草の客間ですって。ええと……ああ……どこかしら?」

 忠郷は荒く呼吸をくりかえしながら言った。忠郷は運動や身体を動かすことが極端に苦手らしい。廊下を走っただけで息が上がるくらいだもんね。だから武芸の授業はほとんど見学しているくらいだ。

 そんなことも大御所様の孫なら許されるのだから、どうにも僕や総次郎はどうも納得出来ない。

「おお! こっちだこっち!」

 自分の長い二本のしっぽをくるくると追いかけ回していた火車が急に飛びはねた。火車が燃える前脚で指すと辺りが明るくなる。

「気配がするよ! そばにいる!」

「気配って……お、怨霊か?」

「ちがうちがう。こいつはただの幽霊だな」

 火車は客間の戸を指して言った。

 僕も頷いたよ。これは悪い気配じゃない―—目を凝らすと、確かに客間の入り口の脇の壁に《月見草》という札が下がっているのが見えた。

 僕ら三人は顔を見合わせて、一度頷き合った。火車が頷いて脚の炎を消すと、辺りは真っ暗で僕らは互いの顔もわからなくなる。

「すこーしだけ戸を開けて、中を見てみたらどうだ?」

「そうよ。あんたなら幽霊が見えるじゃない。早く見てみて!」

 なんだか僕ばっかり働かされている気がしないでもないけれど……それは仕方ない。もともと長員にこの仕事を頼まれたのは僕だけなのだし、二人はただのおまけのようなものなのだから期待はしないでおこう。

 僕は探り探り客間の戸に手を掛けて、おそるおそるほんの少しだけ動かした。

 静かに……静かにね。音を立てないように。

 そうしてほんの少しだけ出来た隙間を僕はゆっくりと覗き込んだ。足元がふわふわするから、火車も覗き込んでいるに違いない。

 静かに、静かに……自分の心臓の音の方がよっぽどうるさく聞こえるよ。

「絶対ここにいるぞ。おいらわかるもん。気配がする!」

「……そりゃあ気配はするけど……真っ暗でなーんにも見え……」

 僕はそこまで呟いて言葉が続かなかった。

 中庭に続く外廊下の雨戸が締め切られていて、客間は部屋の外以上に真っ暗だ。 

 

 だけど、その暗闇の中にぼんやりともやもやしたものが、何かいる。


 よくは見えないけれど、確かに客間に何かがいることがわかって、僕は火車を呼んだ。

「いるよ! いる! この客間にいるよ!」

「そうだろう? やっぱり怨霊や悪霊なんかじゃないな、こいつは」

「だけど、部屋が暗すぎてぜーんぜんよくわかんない。人の姿をしているかどうかもみえないんだから」

「それじゃあ、おいらたちが外廊下の雨戸を開けてくるよ。そうしたら今日はお月さまが出てるだろうから、きっともうちょっと見えるようになるんじゃないか?」

 この間の市がそうだったように、学寮には生徒の保護者や実家からの面会もよくあるよ。客間はいくつかあるけど、全てが中庭に面した場所にある。そうして客間の外廊下から中庭に出る事が出来るんだ。

「ちょ、ちょっと……おいら《たち》って……なんなの? あ、あたしは行かないわよ! 幽霊がいる部屋に乗り込むなんてごめんだわ!」

 忠郷が僕の背後から肩を掴んでいる。

「馬鹿か、お前は。客間の隣の控えの間から外廊下へ回るんだよ」

 言うが早いか、すぐ隣にいた総次郎の気配が遠ざかるのがわかった。火車の声もしなくなったから一緒について行ったんだろう。僕はもう一度戸の隙間から客間を覗き込んだ。

「ね、ねえ千徳? 幽霊は……ここの客間で一体何やってるの?」

 忠郷が小さな声で背中から僕の耳元に囁いた。あんまり強く肩を掴まないでよ。

「何って……なんだろうなあ。暗いからぜんぜんよくわかんないんだよ。なんかウロウロ歩き回ってるみたいだけど……」

「ど、どうしてこの客間に現れるのかしら?」

「んもう! そんなのまだわかんないってば」

 すると、突然月見草の客間が明るくなった。

 総次郎と火車が外廊下の雨戸を何枚か開けたんだ! 中庭から差し込んだお月さまの光で、ほんの僅か客間に満ちた闇が薄くなる。

「いる! いるよ! 生徒だ……子供の姿……見える! ほら見てよ忠郷、幽霊だよ!」

「せ、千徳? その生徒、あんたより少し背が大きくて、長い髪を低い位置で一つに縛っていて……いつも手に数珠を巻いてたらしいわよ」

「じゅず?」

「そうよ。南の御殿にいる義弟から聞いたんだから間違いないわ。どう? そんな感じ?」

 月の光に照らされて朧気に現れたその幽霊は、僕ともそう歳の変わらない少年だった。長い髪を低い位置で一つに縛っている。

 噂は本当だったんだ!

 ただ、手首には何も巻いていなかったけれど。

「数珠……なんて巻いてないみたいだけどなあ……」

 目を凝らしても、幽霊の細い手首には何もない。僕は意を決して、客間の戸を思い切り開けた。

 忠郷の悲鳴が部屋に響いたから、僕はすぐに

「大丈夫だよ! いなくならないで!」

 と声を掛けたよ。

 部屋の中でひとり、ぼんやりと佇んでいる―—彼に。


「お前、こんなところで何してんだい? 本当なら、もうとっくにあの世に行ってるはずだろ」


 僕の言葉に続いたのは火車だ。長い二本のしっぽをゆらしながら僕の足元へ跳ねてくる。

「おいらはね、悪いことをした罪人を地獄へ連れて行く仕事をずうっとしていた化け物だよ。だから、お前みたいな悪いことしてない奴にはなんにもしない。今は仕事も休職中だしね。ただ、ちょおっと話を聞こうと思ってさ」

「僕はこいつの飼い主だよ。学寮の北の御殿の生徒なんだ」

 僕が火車を指して言うと、幽霊の生徒がこちらを見た。

 青白い死人の顔だ。幽霊はみんなそうだよ。そうして僕ら普通の人間よりも姿は透けていて、形はもやもやしている。幽霊の中には手足や頭のない者もいるけれど、彼は見たところどこも欠けてはいなかった。

「お前はもう死んじまったんだぞ。学寮にいたって勉強することも出来ない。それはわかるかい?」

 幽霊が一度大きく頷くのが見えた。

 僕の視界のすみっこに総次郎がいる。彼は腕を組んで幽霊をじっと見つめていた。その視線は明らかに幽霊を捉えている。

 総次郎にも彼が見えるんだ! これはきっと火車の力の影響を受けたに違いないよ。忠郷もいよいよ強い力で背後から僕の両肩を握りしめてくるから、きっと同じものを見ている。

「死んでもなおここへ来るってことは、何か理由があるんだろ? 心残りかなにかがあるなら教えてみなよ。こいつに出来ることなら、なんとかしてやらんでもないぞ」

「ええ、僕?」

「馬鹿だなあ、玉丸。そのために来たんだろ」

 まあ、そりゃあそうなんだけど……そこまで直接的に言うこともないじゃないか。僕に何とか出来ることなんてあるの?

「君は、南の御殿にいた生徒なの? どうして学寮に現れたりするの? 何か心残りがあるんでしょう?」

 すると、幽霊が少しだけ僕に近付いた。両手をお椀のようにして前に差し出している。

 僕は忠郷の手をどかせると静かに彼に近寄って目を凝らしたよ。火車も飛び上がって僕の腕の中に収まると、同じものを見つめた。

 幽霊が両手の掌に乗せていたのは、小さな珠だった。二種類の大きさの珠が小さな掌の上に沢山乗っている。

「これは……ああ、もしかしてこれ、数珠? いつも君がつけてるっていうやつ?」

 そうか! 

 僕はほんの少しだけ後ろを振り返った。

「忠郷、この幽霊、手首に数珠を付けてるって言ってたよね?」

「そうよ。生きてた頃から、肌身離さずいつも付けていたって聞いたわ」

「それ、壊れちゃったみたいだよ。珠がばらばらになってる」

 僕はもう一度ばらばらになった数珠に目を凝らした。

 珠と一緒に一つだけ不思議な形をした石がある。銀色をした十字の不思議な形をした飾りだ。


 ——なくしちゃったの―—


 小さな掠れたような声が聞こえて、僕は顔を上げた。

「何をなくしちゃったんだい? それが心残りでお前、あの世へ行けないのかい?」

「学寮へそれを探しに来てるの? ぼ、僕らが探してあげるよ。どんなもの?」


 ——大事な……オが……こわれちゃって……足りないんだ——


 僕は火車を見た。声はあまりにも小さくて掠れていて、途切れ途切れで上手く僕も拾えない。


 ——あれが、ないと……あれがないと……いそ、に行けな―—


「いそ? 磯って……海のこと? 君はどこかへ行きたいの? 何をなくしちゃったの?」

 すると、部屋に再び暗がりが戻った。総次郎が外廊下から中庭を見上げる。

「月が雲に隠れちまったんだ」

 幽霊の姿がどんどんと闇の中に溶けていくのがわかったよ。

「探してあげる! 僕がそれを探してあげるよ。だから……」


 それは一体なんなんだ?


 だけど、僕の言葉は間に合わなかった。彼は完全に闇の中に溶ける刹那、どこかを指して消えて行った。

 僕もその方角を目で追ったけど、光もない暗がりの客間で彼が一体何を指したのかはわからなかった。


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