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13・共同戦線!

 僕が再三反論するヒマもなく、忠郷は早速南の御殿へ出かけていった。自分の妹の婿殿に幽霊の話をしに行くためにね。

 こんな感じで机の上にとっちらかってる文の山もさっさと確認しちゃえばいいのに。

 

 幽霊はまず気配がして、目を凝らすとだんだん見えてくるようになる。

 黒く影法師のようにぼんやりしていたり、うっすらと透けて見える人の姿をしていたり。江戸のお城の中にも結構いる。

 中には怪我をしていたり、血を流したりしていて、僕もびっくりする時があるよ。ものすごく怖い形相で睨みつけてきたり、話しかけてきたりする奴もいるんだからさ!


 だけどそういう多くの《幽霊》たちは特に悪さをするということはない。


 だから、僕も普段はあんまり気にしていない。

 その方がいいって火車や父にも言われてる。小さい頃から見えたり気配がしたりするもんだから、僕はもう慣れちゃってるしさ。

「江戸のお城もそうだけどさ、だいたいこういう大きな建物……例えば神社とかお寺なんかは、結界を張ってそういう悪いものが集まらないような工夫がされてるものなんだよ。だから江戸のお城もあんまり強い悪霊とか怨霊のたぐいはいないと思うんだけどね。怖い奴らがいる気配はしないもん」


 いつだったか、直江山城守が言っていたよ。

 江戸の街は要所要所にちゃあんと寺が配置されていたりして、色々と工夫がされているということ。結界が張られているらしい。


 疑うような眼差しで僕を見つめていた総次郎が不意に声を掛けたよ。

「……お前、どうも時々誰かと喋っているような気がしたが……それはつまりそういうことか?」

「ええっと……そういう、って?」

 けれど、総次郎は首を振ってそれ以上の説明はしなかった。

 代わりに別のことを尋ねてきたよ。

「お前、例の南の御殿の怨霊の話はどこまで知ってるんだ? 本当にそんなものが見えるのか?」

「どこまでって? 忠郷から聞いた話しか知らないよ。だって生徒が死んじゃったのは僕がここへくる前のことでしょ?」

 総次郎はじっと僕の顔を見つめていた。一体なんだろう? 彼が何か考えているような気がして、僕もじっと総次郎の顔を見つめ返した。


「……その生徒は自害したらしいぜ。宿下がりして、じぶんちの屋敷で自害したんだ」


「宿下がりして……自害? 実家で死んじゃったの?」

 僕は驚いて自分の文机の前に座る総次郎へ駆け寄った。

 

 宿下がり、というのは実家へ帰るということだよ。

 生徒は申請を出せば実家に一時帰宅することも出来る。もちろん学寮から断られたら出来ないし、あまり長い期間の宿下がりは特別な理由がないと申請が下りないらしい。

「ああ。生徒には秘密にされていたが、どこからか話がもれて御殿中が大騒ぎになってんだよ。学寮に恨みがあって自害したらしいってもっぱらの噂だ。だから祟りや怨霊じゃねえかって話なんだよ。なにせ、南の御殿の連中は死んだそいつを学寮でずいぶんいじめてたって噂だからな」

「ええ? そうなの!?」

「ああ。西の御殿の生徒の情報だぜ。西や東の御殿の生徒は今でもそいつはいじめを苦にして自害したんじゃねえかと噂してる。いじめられているところを見たって生徒がけっこういるらしいからな」


 自害? 自ら死を選んだってこと?


 それが本当なら大変だよ。一大事だ。

 それなら死んだ生徒には何か……恨みや悲しみの気持ちがあったのかもしれない……そういう気持ちを抱いて死んだ人間は、悪霊になったり、怨霊になったりすることが多いって火車が言っていた。


「忠郷はともかく、総次郎もこういうのが好きだとは思わなかったよ」

 すると、総次郎は僕を睨みつけて言った。

「……俺じゃねえ! 親父殿が好きなんだよ。学寮の中でどんなことが起きているのか知りたがってる。手紙に書いて知らせろと言われてんだ」

 そのためにここへ来たんだからな、俺はーーそうふてくされたように呟いた総次郎は、なんだかいつもとは少し様子が違って見えたよ。

「ははーん、なるほどな。情報収集してるぞ、政宗のやつ! さすが天下を狙う奴はちがうよなあ」

 

 背後から声が聞こえて僕は振り返ったよ。 

 はやーい!! 火車の奴、もう戻ってきたんだ! 流石、化け物はあっという間だよ。

 火車はもう炎は纏っていなかった。ぴょんぴょんと畳の上を跳ねるようにして僕の所へ駆け寄る。

「屋敷にいた連中にちゃんと話をしてきたぞ! おいら、仕事は出来る方だからね」

 僕は足元の火車を見つめて無言で大きく頷いた。

 

 火車の言うことはもっともだ。

 学寮にいる生徒は大名家の若さまばかりだよ。だから、そこで起きた出来事を知ればなにか他所の大名家の秘密や弱みを知るきっかけになるのかもしれない。


(……なるほど、さすが総次郎のお父上はただ者じゃあない感じがするよ。気をつけなくっちゃね……)


 僕はピンと来て総次郎に尋ねた。

「じゃあさ、もちろん総次郎もその幽霊を見に行くの参加するよね?」

「はあ!? 俺が?」

「そう。だって知りたいでしょ? 学寮の噂話を調べてお父上に報告しないとマズくない? 南の御殿の噂話の真相、知りたいでしょ」

 僕がそう言うと、総次郎はしばらく無言で視線を彷徨わせていたよ。

 だけどようやく観念したように、

「……幽霊をなんとかするのはお前の役目だからな。俺やあいつは間違ったってそんなものは見えねえんだぞ。勝ち目はあるんだろうな?」

 と聞いて、僕をもう一度睨みつけてきた。

 よーし! これはつまり参加するってことだよね。

「やったあ! じゃあ決まりね。実は僕も学寮の噂を調べたり解決したりしないといけないんだよ! ちょっといろいろと事情があってさ」

「はあ?」

「だから、協力しよう? 一緒に学寮の噂話を調べるの。総次郎も色々と話を知っていそうだし、僕ら協力すれば絶対上手くいくと思うもん。うちの父上と総次郎のお父上だって、利害が一致すれば手を組んで協力してたでしょ?」

 僕は総次郎に手を出した。総次郎はしばらく考え込んでいたけれど、

「……まあ、利害が一致するなら……仕方ねえ」

 と言って僕の手のひらをパシンと叩いた。


 やったあ! これは思わぬ味方を得たよ。僕は火車と顔を見合わせて頷き合った。


「それにしたって……お前、幽霊なんて本当に見えるのか? そういうのは修行を積んだ僧侶とか修験者とか……そういう連中にしかわからねえもんだと思ってた」

「ふふーん、見えない人はみんなそう言って疑うよね」

 僕は胸を張って言った。

「それなら教えてあげようか? 総次郎のそばにもたまにいるよ。きれいな着物をきた女の子の幽霊が」

「な、なに?」

「僕、何度も見てるもん。ああ、悪さする感じはしないから平気だよ。僕よりずっと年下の女の子の幽霊だから、きっと小さい頃に亡くなっちゃったんだ。総次郎のことが好きなんだよ、きっと」 

 総次郎は目を丸くしたまま固まっている。おおよそ幽霊初心者ってのは、自分にも幽霊が付いているなんて言うとおよそみんな揃ってこういう反応をする。

「総次郎ってさ、もしかしたら死んじゃったお姉さんとか妹がいたんじゃない? 総次郎の傍にいるってことは、総次郎のことを知ってるってことだと思うよ。だから傍にいるんだと思うけど……」

「姉も妹もいるけど、死んでねえぞ。ぴんぴんしてる」

「いやあ……きょうだいにしてはあの子、顔はぜんぜん総次郎に似てないじゃないかあ?」

 火車がしっぽを振りながら言った。

「すっごくきれいな着物を来たお姫さまみたいな女の子だから、伊達家のお姫さまかなあって思ったんだけどなあ」

「……つまり、その幽霊に俺は恨まれてるってことか? そいつも怨霊なのか?」

 てっきりまた疑ってくると思っていた僕は目を丸くした。総次郎ってこんなに素直に僕の話を聞いたことなんかあったっけ?

「怨霊じゃないよ。ねえ、火車?」

 僕は火車にたずねた。もちろん、総次郎は不思議そうな顔をしてる。

 そりゃあそうだ。総次郎にも火車が見えないんだからね。

 火車は僕の返事には応えず、ぴょんと畳を蹴って僕の肩の上に乗った。

「ねえ、火車? これから僕ら幽霊を探しに行くんだよ? もうそろそろ鶴の寮の二人には姿が見えてもいいんじゃない?」

「えええ〜? 本当に? おいらなんだか心配だなあ……あいつの父親にさっそく報告されるに決まってるじゃん。面倒なことになるんじゃないか? おいら、お前のお父上に怒られるのいやだよう……こわいもん」

 そう言うと火車はしっぽを丸めて小さくなってしまった。

 

 火車だけじゃないよ、僕の父上はけっこうおっかない人なので、わりとみんなこういう反応だよ。皆怒られるのが死ぬほど怖いらしい。


「大丈夫だよ。お前をここへ連れて来る時に、ちゃんと父上とも話をしたもんね。火車のことが学寮にいる人間にばれたらどうするか、ってさ。父上は、それはお前に任せるって言ってたもん! だから僕だって色々と考えてるんだよ。お前の飼い主だから」

 そりゃあこんな化け物のことは大勢にバラさない方がいいに決まってるよ。

 だいたいの人間は化け物がどういうものであるかを問わず、化け物ってやつが嫌いなんだから。

 だから、僕は今まで火車のことは学寮の誰にも言わずに秘密にしていた。

「忠郷と総次郎は同じ鶴の寮の生徒なんだから特別だよ。だって二人とは学寮でいつもいっしょにいるんだもん。だから二人にだけはお前のことを教えてもいいかなあって思ってたんだ」

「ふーん……そんなもんかなあ。だって、蒲生や伊達なんてさ、ついちょっと前まではお前のお父上と戦をしていたような奴らなんだぞ?」

「今はもう大丈夫だよ。だって僕、忠郷や総次郎とは戦してるわけじゃないもん。とりあえず、今のところはね」

「まったく人間ってのはよくわからないよなあ」

 火車は僕の肩の上から飛び降りると、畳の上で大きく飛び跳ねて総次郎の頭の上に飛び乗った。細かな蝶の鱗粉のようなきらきらしたものが火車からこぼれ落ちて、総次郎に降りかかる。


「怨霊と幽霊ってのはぜーんぜん違うんだぞ。怨霊なんかに付きまとわれていたらお前、今頃とっくに頭がおかしくなって、どうにかなっちまってるよ」


 総次郎が勢い良く首を振ると、火車はちょこんと総次郎の膝の上にのった。

 総次郎は火車をじっと見つめていたよ。僕が学寮へ来てから、一番驚いた顔をしている。

 人の言葉を喋る火車の声が聞こえているのだ。


「……ね、猫か? たぬき? それにしちゃあ毛が長くて太って……」


「ぜんぜん太ってなんかないじゃん! 今は仕事をしてないからちょっと運動不足なだけだもん!」

 

 総次郎が恐る恐るそっと火車の頭を撫でる。

 化け物なんて単純だよ。

 さっきはあんなに総次郎のことをいぶかしんでいたくせに、火車は頭を撫でられてすっかりのどを鳴らしていたんだから。


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