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7・千徳、交流会に挑むのこと・弐

「はああ……もう、交流会なんてなくていいよ」


 池のほとりにある大きな岩にもたれかかって、僕はなんとか呟いた。

 僕の声を拾ってくれるのは足元でしっぽを揺らす火車だけだよ。

「元気を出せよ、玉丸。お前はよく戦ったじゃないか。全敗だけど」

「今回も大負けだよ。僕は前回よりも上手く戦ったかなあ?」

 火車を抱き上げて長い毛を撫でた。ふわふわと舞い上がる毛並みがすごく気持ちいい。

 父上もこうしてよく火車の毛並みを撫でていたと言っていたっけ。落ち込んだ時は特に。


 するとどこからか声がして、僕は顔を上げた。勝丸がこっちに向かって歩いてくる。

「勝丸だー。どうしたの?」

「……どうもこうもねえや。俺は主務なんだから、お前らの護衛の為に庭を警備してんだよ。すっかりしょげちまって、見ているこっちが凹むわな」

「だってさあ……全然うまくいかないんだもん。忠郷や総次郎はもう決まった許嫁がいるからいいけど、僕なんて、話をしようにも実家の名前を出したとたん、相手がドン引き。真っ先に改易されそうな家、だって」

 火車を地面に放して池を眺める。

 大勢の生徒たちがお姫さまと楽しそうにお喋りをしている。一緒に庭を眺めていたり、楽しそうに茶席にいる人影もある。仲良くなった二人に茶の湯の指南役がお抹茶を振る舞ってくれるんだ。


 どうせなんだかんだ言ったって、忠郷も総次郎も楽しくやっているに違いないよ。

 しかしこの調子じゃあ僕がお抹茶を誰かと一緒に呑むなんて夢のまた夢のような話だ。てんで仲良くなんてなれやしない。

「みんなそんなに嫌いなのかなあ……うちのこと。そりゃあ確かにうちは徳川の家とは揉めたし……今じゃてんで貧乏だけど……」

「女なんてのはみんな高望みしてやがるんだぜ、千徳。少しでも金持ちでいいお家柄の若さまと仲良くなりたいんだろ。そりゃあそうだ。女ってのは自分で立身出世なんてのは難しいんだから仕方ねえさ」

 しかし、それにしたってフラれすぎて立ち直れない。お姫さまと仲良くなるのがこんなにも難しいことだったとは。

「しかし、上杉の家なんてのはそれでもまだ国持ち大名なんだから立派なもんだ。おまけにどえらい名家じゃねえか! 元気を出せよ。おまえはそのどえらい名家の跡取りなんだぞ」

 そうだよ。上杉の家はけっこうな名家だ。そもそもが勧修寺という都の貴族の流れを汲む藤原北家の家柄で、僕は母上だって都生まれの貴族である。

 昔の上杉家は関東を治める管領を任された家柄だったし、謙信公も関東管領の務めを任されていた。帝や室町の将軍からもすごく頼りにされていたと聞いている。

 

 だけど、そんな名家も今じゃすっかり貧乏だ。

 謙信公が死ぬ前はうーんとお金があったらしいけどさ。

 

 おまけに、僕の父や謙信公は上杉家の当主……とは言っても、代々関東を治めていた山内上杉家の正式な血統を継いでいるわけではないけれども。


「もっと自信を持ちな、千徳。十や二十、女にフラれたからってくよくよしてんじゃねえよ。男は家柄なんかじゃねえ。腕っ節だ!」

 勝丸はむきむきした腕を突き上げて吠えるように言った。

「……あんたのようなちんちくりんは好みじゃないって、言われたんだもん」

 そうだよ。おまけに僕はてんでちんちくりん。

 背もちっちゃい方だし、剣術も稽古をがんばってはいるんだけど、体格の差はどうにもならない。

 おまけに僕の場合、何せ大叔父が《無敵の軍神》だもんだから、それを思えば「なんであんたはそんななの?」っていう反応は仕方ないかもしれないよ。ちっとも強そうに見えないのだ。

「あーあ……もっと背がうんと高くて、男らしく格好良くないとだめなのかなあ……」


 すると、勝丸は大きくため息を付いて僕の肩を叩いた。小さな声で言う。


「……客間に一人お姫さんがいるから、行ってみな」


「ええ? どうして客間なんかにいるの? 交流会は?」

「なんでも、見知らぬ男の前に出るのが嫌なんだとさ。それで交流会には毎回参加しねえらしい。他所の家の若様を品定めする絶好の機会なのに変わってるだろ。そういうお姫さんなら、お前も仲良くなれるかもしれねえじゃねえか?」

「もういいよ……どうせまた同じようなこと言われるもん。謙信公はずっと独身だったんだからさ……僕だってそんな感じで……」

「ほうら、そんな女々しいことを言ってんじゃねえや。それでもお前さんは、上杉の若様か?」

 僕は背中を思い切り「ドン!」と勝丸に押されて、数歩飛び出した。

 振り返ると、勝丸が早く行けと手のひらを翻している。

「お前も軍神の一族なら、負け戦にも勇ましく出陣しな。そのお姫さまは、夕顔の客間にいるから」

 そう言われて、僕は足元にいる火車と顔を見合わせた。

 火車もうんうんと頷いてる。

「ようし……行こう! 今度こそがんばるぞ!」

「だけど……大丈夫かあ? おかしな姫さまだったらどうすんだい、玉丸? ぶすじゃ士気が上がらないんだろ?」


 その時僕はピンとひらめいて、走りながら火車に尋ねた。

「ねえ、火車? お前はさ、何百年も生きて、ずうっと死んだ罪人を運ぶ仕事をやっていたんでしょ。人間のことにも詳しいじゃない? それならどんな人間がモテると思う? どういう男なら好かれるか知ってる?」

「うーんと……そうだなあ。例えばさ、お前の親父の義理の兄貴なんかはえらくモテていたよ。越後中のおんながきゃあきゃあ言ってたぞ」

「義理のお兄さん? ああ、父上が跡目争いで戦った叔父上のことね」

 そうだよ。自分に足りないものは補う努力をするしかない! 我ながらこれは名案だと思う。

「叔父上はどうしてそんなにモテたのかなあ?」

「いやあ……どうしてって……顔が良かったからねえ、あいつ」

 何を今更、と言わんばかりに冷たく火車が言った。

「めちゃくちゃ男前で、それで景虎も気に入っちゃって養子にまでしたんだもん。おまけに実の父親が関東の大領主だとかで、血統も折り紙付きとか言ってたかな。それでじゃないかい?」

「……あのさあ、火車。お前みたいな化け物が場の空気を読む生き物じゃないってのは僕もよくわかってるけど、今僕はそういう……先天的なものじゃなくて、後天的にどうにか出来るモテ要素を探してお前に尋ねたんですけど。生まれつき見た目がいいとか血統とか家柄とか、そんなアレじゃなくて!」


「でも大丈夫だぞ。おいら人より長く生きているから、見た目もイマイチで血統や家柄も全く自慢出来ない人間がどうしたらいいかちゃあんと知ってる」


「本当? どうすればいいの?」


「そういう男はね、見た目がイマイチで血統も全く自慢できない女と夫婦になればいいんだーー!」


 火車が得意げに叫んでいる。きっと僕以外誰にも聞こえてはいないとは思うけど。

「……あっそう。何の役にも立たない情報をどうもありがとう」

 何百年も生きているとは言ったって、所詮化け物の知恵なんてのはこの程度なのだ。火車の言うことは話半分に聞くように――とは、父から言われている僕だけど、たしかにそれはその通りと日々痛感するよ。

 そんなことを考えていたら、僕の母上は随分な変わりものだったのだと気がついた。


 僕の母上は都生まれの都育ちで、父親が権大納言という名家のお公家さまのお姫さまだよ。

 おまけに超が付くほどの美人! よく似た母上の妹が御所へ上がると僕も話に聞いている。御所には出自確かな美人のお公家様の娘たちが沢山お仕えしているのさ。典侍、というらしい。


 父上が手に入れたにしては、母上は過ぎたる者と思うこともある。

 だって……何度も言うけど、うちは天下人に喧嘩売った斜陽の大名家なんだもの。家柄が良くて美人なら、典侍の他にももっといい縁談だってありそうな気がするよ。

「元気出せよ、玉丸。お前の親父なんて斜陽な上にあーんなおっかない面してろくに喋りもしない。それでもそういう男がいいなんて言う変わり者の女がいるくらいなんだからさ、お前みたいな奴でも誰かこの世に一人二人くらいなら好いてくれる人間がいるかもしれないじゃないか? 室町みたいな変わり者がさあ」

 火車はきしし、といつもの笑い声をあげた。まったく、ちっとも慰めの言葉に聞こえない。

「うーん……あのお姫さまたちの反応を見る限り、父上が一体どんな手を使って母上を手に入れたのか……一度それを聞いてみる必要がありそうだよね」

「えー? あれはお前が使うにしては難しい手だと思うよ。源氏物語みたいなやり口だから」

「源氏物語?」

「そうそう。源氏の女房に紫の上っていただろ? あれと同じだよ。小さい頃から囲っておいて、自分に慣れさせるんだ。顔の美醜とかまだよくわからないうちから仲良くなっておいてそのまんまずーっと仲良くしていれば、それなりに好いてもらえるだろうというわけさ。娘ほどに年の差がないと使えない手だよねえ。お前の親父の奥方ってのが超切れ者でね、自分の代わりに跡継ぎ産ませようと考えて見つけてきたのがお前の母親ーー室町ってわけ」

「そんなの、僕にはぜんぜん真似出来ないじゃん!!」 

「だからそう言ったじゃないか」

 

 母上は僕を生んですぐに死んでしまった。

 それはやっぱり寂しいけど、今でも父上は母上のことを話す時は嬉しそうにしているよ。士気が上がるってのは、きっとそういうことなんだろう。

 僕もそんなお嫁さんが欲しいもんね! 


 この際見た目はともかく、貧乏で斜陽の上杉でもいいというーー母上みたいなお嫁さんを見つけよう!

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