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7・千徳、交流会に挑むのこと・壱

 お城に通いでやって来るお姫さまたちは花嫁修業をしているらしい。

 いずれ僕らのような将来の藩主のところへお嫁に行く時に、行った後に、必要となるような作法だとか仕来りだとか、お茶にお花……あとはちょこっと武芸なんかをさ。

 僕は実家の次の当主になるための修行をしているまさに最中なので、まさかお姫さまたちもそういう修行をするとは思わなかった。


 だけど、中にはもう実家同士が話をして縁談の相手を見つけちゃってる例もある。

 忠郷や総次郎なんかがそうだ。二人共六十万石の領国の跡取りだから無理もない。縁談ってのは家同士の繋がりだからね。だから必然的に、大藩の大名家にとっては跡取り息子の嫁をどこの家から貰うかなんてことが一番の関心事になったりする。

 総次郎はまだ「そうと決まったわけじゃねえから!」なんて言ってるけど、お互いが顔合わせまで済ませてるってことはもうほぼ間違いなく決定事項なんだろうと思うよね。

 事実、交流会でもずうっと一緒にいるんだし。

 まあ……一言も会話はないみたいだけどさ?


「今日こそお姫さまたちと仲良くなるぞ! 前回は失敗しちゃったからね」

「そうだそうだ。結局この間はおんなどもに振り回されて終わってたもんな」

 火車が「きしし」と笑いながら言った。

「前回はああいう女の子と話すのも初めてだったし……これからだよ! これからが本番!」

 大きな池の周りにはたくさんお姫さまがいた。

 だけどもう大体が学寮の生徒と話をしている。さすがに仲良く話をしている途中で僕が突然割り込むのはかなりウザいだろう。

「誰か、僕みたいに一人でいる人はいないかなあ……」

「おお! あいつらはどうだ? ほら、あの松の木の下にいるやつ。あれは女だけだぞ」

 火車の声が聞こえて僕は顔の向きを変えた。確かにお姫さまが二人、松の木の下の木陰で休んでいる。

「ようし! 先手必勝!」

 僕は急いで駆け出した。足が速いのは僕の自慢の一つだからね!

「こんにちは、お二方!」

 僕が背後から声を掛けると、お姫さま二人がゆっくりと振り返った。よくよく見ると顔がよく似ている。

「あら、ごきげんよう」

「どちらの寮の方ですの?」

「僕、二月前に北の御殿に来たんです。鶴の寮! 千徳といいます」

 やったあ! 大収穫だよ! 僕は飛び上がりそうなほど嬉しい気持ちを押さえて頭を下げた。

 前回はとにかく僕が一方的に喋るばっかりで、結局誰とも話が出来なかった。

 その反省を踏まえて、今回はとりあえず最初は挨拶だけにとどめておいたのが正解だったのかもしれない。まずは周囲の様子をよく観察することが重要だと、いつだったか父上も言っていたし。

「北の御殿……?」

 右側にいたお姫さまがちらりと隣のお姫様を見た。

「鶴の寮ってあれよ? ほら、会津の……」

「ああ、忠郷のこと? 僕、一緒の寮です。ご存知ですか?」

 やったあ! ますますいい感じ。知り合いが話題に出るなんて、会話が弾みそう!

「ご存知に決まっていてよ。だって家康公のお孫さまなのよ?」

「会津六十万石の藩主……素晴らしいわ」

 姫さまたちは代わりばんこに喋り続けた。

「将来安泰よ。素晴らしいお家柄ですもの。お嫁に行ける皐姫どのが羨ましい。さすが、お父上が大御所様のお気に入りだと違うわね」

「それに加えてあの美貌、あの容姿! 素敵だわ……知らないわけがないじゃない。今日はどちらにいらっしゃるの?」

 お姫さまたちはどこか遠くを見つめてうっとりしてる。


 前回の交流会でもわかったことだけど、忠郷ってばお姫さまの人気がすさまじい。

あんなにわがままで高飛車でうるさい性格なのに、お姫さまにはちょーモテるのだ! 

びっくりするくらいに!

「で、では僕のこともぜひ!」

 僕は胸を強く張って叩いた。若様ってやつはビビっていたら駄目なのさ。こういう時は自信があるように見せないと!

「それで、あなたは……どこの家のどなた?」

 右側にいたお姫さまが扇子を広げながら尋ねる。左側のお姫さまは既に扇子で風を送っていた。

「某は上杉千徳と申します。父が米沢の藩主をしています」

「うえすぎ……?」

 お姫さま達が呟いたのは同時だった。ちらりちらりと二人は視線をかち合わせる。

「そうです! 某の大叔父は上杉謙信公。むちゃくちゃ戦に強かった無敗の毘沙門天の化身だよ。知ってる? 軍神、なんて呼ばれるくらいうーんと戦に強かったんだよ」

 お姫さま達は僕よりも少し年上かもしれなかった。僕は見上げるようにして二人の顔を覗き込む。


「……上杉ってあれでしょ? 家康さまに楯突いて喧嘩売った挙げ句ボロ負けして……」


「それで今じゃ超ド貧乏……」


 何か、汚いものをみるようなこの二人の眼差しには覚えがある。

 前回の交流会の時と大体同じ反応。漂うこの空気には既視感しかない。

「そうだそうだ。家康の奴にケンカ売って今じゃちょー貧乏だ! 大当たりだな」

「違うよ! そりゃあケンカは……売ったというか、買ったというか……でも、うちは負けたわけじゃないもん! あの時は大御所さまが別の方の戦にいったから、うちとの戦なんてなしになったの! だから負けじゃないの! そりゃあ……貧乏ってのは……大体そうだけど」

 僕は火車に向かって言ったつもりでうっかりしていたよ。

 だけどお姫さま達は、自分達への言葉だと思ったらしかった。

「……だけど、関ヶ原の戦は西軍の味方をしたのでしょ? 西軍て負けた側よ? 命からがら生き永らえて、今じゃすっかり斜陽と聞いたわ」

「そうよそうよ。三成と謀って大戦を引き起こした諸悪の根源」

 僕は心の中でため息を付いた。

 また、この話……僕は学寮に来てから何度も同じ事を言われて、正直ウンザリしている。  


 今は駿府にいるという大御所――家康公が幕府を開く前、日本を支配していたのは大阪にいた秀吉という人だった。


《太閤》なんて偉い位についていた天下人——豊臣秀吉。


 その太閤殿下が亡くなった後、日本中を巻き込んだ大きな争いがあったんだよ。

関ヶ原の戦い、なんて呼んだりするらしい。

家康公がそれに勝って江戸に幕府を開き、次の天下人となった。

「うちは関ヶ原の戦には参加してないです。石田三成殿と謀ってもいないし」

 僕の父上が関ヶ原の戦の前に大御所様と一悶着あったのは確かだ。

 だけどそれにしたってうちの父上は、「売られたケンカを買っただけ」なんて言っている。

 何も悪いことをしてないのに、あれやこれやいちゃもんつけられてどうして頭を下げなきゃならないんだ――というのが父の言い分。

 

 だけどそれをこのお姫さま二人に言うことはやめておいたほうがよさそうだ。

 だって、それを言ったらきっと前回の交流会と同じようなことになるに決まってるもの。

 

 何を正しいと信じるかは人に寄るーー自分の正義ばかり語っていても争いの種になるのだということを、僕はここへ来て学んでいる真っ最中なのだ。

 

 僕は気を取り直して、別の話をすることにした。自軍が形勢不利な時には立て直しを図らないと!

「た、確かに米沢は会津や仙台と比べたら貧乏だけどさ、うちの家来はみんな優秀だし、まじめだよ。今もみんなうんと働いてくれているから心配は無用です」

「……だけど貧乏なのでしょ? 新しい着物も買えない暮らしなんてごめんだわ」

「大御所様に喧嘩なんか売っておいて……あなた、この先徳川様の天下で一体どうやって生きていくおつもりなの? 真っ先に改易されそうなお家なんて御免だわ」

 お姫さま二人は勢い良く扇子を畳むと、連れ立ってさっさと歩いて行ってしまった。


 僕は……大失敗した前回の交流会とほぼおなじ光景を見ている。


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