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89・蒲生忠郷、深夜の自主稽古をしようとする《壱》

今日は夕餉が遅かったということもあって、僕らが食事を終えてひとしきり事件のあらましを再確認したりしていたらあっという間に消灯の時間になっていたよ。


 ただ、勝丸はなにかと忙しいらしく鈴彦だけが部屋の灯りを落としに魅惑魔見回りにやってきた。


「ねえ、鈴彦? 僕、急いで会いたい人がいるんだ。二人共学寮にいると思うから、明日呼んでくれないかなあ」


「学寮に? もしかしてあの……目付役という御方ですか」


「そうそう。鈴彦も知ってるの?」


「主務殿から千徳さまのお身内だと伺いました。それと、駿府のお城から来ている西国訛りの旗本の方も」


「そうそう。二人共僕のいとこなんだ。父上のお姉さんの息子ね。二人に話があるから呼んでほしいんだよ」


 鈴彦はわかりました、と言うと頭を下げて部屋を出て行ったよ。


 僕らの寝間は布団を四枚敷き詰めているからぎゅうぎゅうだ。いつもよりみんなの距離が近いのがなんだか楽しい。


「……いつも以上に人間が多くて息苦しいわよ、この部屋。どうしてこんなことになるわけ? うちの小姓だってもう少しましな部屋で寝ていると思うわ」


「そうかなあ。別に僕は息苦しくなんてないけど……元茂殿は大丈夫?」


「ええ……自分はなんとも……」


「そりゃあね、あんたたちはそうでしょうよ。でもあたしはもともとここへ来た時は一人でこの部屋を使っていたの。それが今じゃ四人で一つの部屋に寝ているのよ!?」


 枕を思い切り叩いて忠郷。まったく、ちっとも眠れやしない。


 すると忠郷はそのまま寝間着の上から羽織を引っ掛けて立ち上がった。


「どうしたの? 厠?」


「違うわよ! 鬼だ化け物だの騒ぎですっかり忘れていたわ……」


 何が、と僕が尋ねるよりも早く、忠郷はさっき鈴彦が閉めて行った外廊下の雨戸に手を掛けた。


「どうしたの? 外へ出るの?」


「いちいちうるさいわねえ。あんたは寝てていいわよ、もう!」


 稽古をするのよーーと忠郷は言葉を続けた。


「稽古?」


「そうよ、稽古。剣術の自主稽古。もう上覧試合まで日がないんだもの。師範殿ももうあたしばかり特別に稽古を付けるわけにはいかないなんて言って、個別に指導はしてくれなくなったし」


「わあ、そうなんだ! こっそり練習するんだね!」


 すると総次郎がため息を付いて言った。


「ろくに木刀も竹刀も握ったことがねえ奴が闇雲に自主練なんかしたところでどうにかなんてなるもんか」


「じゃあどうしろと言うのよ、腹立たしいわね本当に!」


 忠郷は思い切り雨戸を蹴飛ばして叫んだ。

 外廊下は隣の寮の部屋とも繋がっているから、あまり大きな音は出さない方がいいと思う。まったく……忠郷は頭に血が上ると何をするかわからない。


 しかし、忠郷はそれ以上は大声を上げなかった。


 開いた雨戸の隙間から夜空を見上げている。欠け始めた白い満月ーーこの世にいつまでも満ち続けているものなんてない。


「……じゃあどうすればよかったのよ。あたしは一体どうすればよかったの。ある日唐突に男に戻されて、刀を差して政をしろだなんて言われて……あたしに一体どういう道が残されていたというの?」


「忠郷……」


「そりゃあそうよね。ろくに剣術の稽古をしたこともないんだから、お母様に何と言って啖呵切ったところで試合になんか勝てるはずがない。蒲生の、徳川の恥を晒すだけだわ……柳生の師範殿にも上覧試合への参加を何度も確認されたもの。あの主務は何も言ってはこないけど、よっぽど母が学寮へ煩く文句を言っているに違いないのよ」


「どうして忠郷の母上はそんなに忠郷を試合に出したくないんだろうね?」


「あんたバカなの? 千徳。何度も言わせないで。あたしはろくに剣術の稽古なんかしたこともないんだから、試合になんて勝てるわけないでしょ。だから試合に出したくないに決まってるじゃない。恥をかくだけだわ」


 それでもーー僕はいまいち忠郷が言っていることの意味がわからなくて再度尋ねたよ。


 恥をかく?


 一体どうして?


 どうも僕にはわからない。

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