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異世界は電気ネズミの夢を見るか

ツンデレ乙女とツッコミの第九話。

「いつから気付いていらっしゃったんデスカ」

「最初から全部だよ。この家穴だらけだからね」


 家の中は外から見るよりもっと狭かった。置いてあるのはテーブル一つに椅子が二脚、隅っこにベットが一つ。それと、カマドというにはこぢんまりとした三つ石組みの『火をおこせる場所』が一つ。そしてその小さな焚き火がこの家の明かりのすべてだった。


「文句の一つも言おうとしたら、服を脱ぐだの脱がないだの。それですっかり顔を出しづらくなっちまってさ」


 椅子が二脚しかないのでミューズは僕の膝に乗ったままだ。


「白湯しかないよ。カップ出しな」

「えっ」

「なんだいあんた、旅してんならカップくらい持ち歩いてんだろさ」


 そりゃカバンの中に入ってはいるが。もう少しお客扱いしてくれてもいいのではないか。まぁ、郷に入っては郷に従えといいますし、出しますけど。怖いし。


「あの、ごめんなさい」


 ミューズが申し訳なさそうにいう。

 そういえば彼女はどう見ても手ぶらだ。両手がなくても手ぶらといっていいのだろうか。どうでもいいか。


「ボクと一緒につかおう。嫌じゃなければだけど」

「うん、ありがとう」


 彼女の反応を見るに、人の食器は使わない、というわけでもないようだ。単にコップは個人で持ち歩くのが普通なんだろうか。異世界はわからん。


「あの、ボクはマーライク。こっちはミュ……」

「ミューテリュシカ。ミューズでいいよ」

「知ってるよ、聴いてたから。あたしはヨハンナ」


 ヨハンナはそっけなく名乗りながらミューズの方をチラチラと見ている。

 ほしい? あげない。


「あんたら今日の寝床は?」

「とくに。街があるらしいから、そこに行こうかなと」

「もう日が暮れるよ」

「あー、じゃあ遅くならないうちにお暇して……」

「服が乾いてないだろ、雨だってまだ降ってる」


 なんだろう話が見えない。早く出ていけ、というわけでもないらしい。


「その、ミューズ? あんたの話、あれさ、続きをやってくんないかい」


 そういやマーライクの冒険がまだ途中だった。そうか、この娘はお話が好きなのか。


「そしたら、寝床と、一人分しか作ってないから少ないけどさ、飯ぐらい食わしてやるよ」


 なんでいちいち恩着せがましいんだこの娘。一晩泊まるくらいなんだってんだ。


「有名な話じゃないの? 神様なんでしょ?」

「あんただって知らなかったじゃないか」

「そうだけど」


 ボクの場合は特殊な事情があるのだ。

 旅行かばんから出したカップに湯を注ぎながらヨハンナが続ける。


「そりゃあたしだって“黄泉がえりのマリー”とか“靴紐のマジナイ”とか、それくらいは知ってるさ。でも頭からケツまでなんて聞いたことないよ。それに誰かに話してもらうのはやっぱり楽しいんだ」

「本とかないの?」

「本? 貴族じゃあるまいし。それに字なんか読めないよ。ねえ、それより、マーライクとお姫様はあのあとどうなったんだい?」


 目付きの悪かった少女の顔が一転してにこやかになる。というか夢見る乙女のまさにそれになっている。その食いつき方は、立場が違えば金払ってでも聞きたいという感じだった。

 紙や印刷の技術が発展するまで本は貴重だった、程度の知識はボクにもある。識字率も低いようだ。文字媒体の娯楽に限っても、読みきれないほど溢れている世界から来たボクには想像が難しいが、マーライクの冒険のようなお話が口伝で伝わるものだとしたら。その手の知識というものは、なかなかに貴重なのではないか。


「ミューズだって別に“頭からケツまで”知ってるわけでもないんだろ?」

「しってるよ」

「ほら知ってる……知ってんの?」

「しってるよ?」


 ミューズは特別お話がうまいわけではないが、出てくる人物の名称やセリフも詳細だし、ストーリーの統合制もしっかりしている。本を読めない盲目の彼女は当然、誰かから聞いてそれを覚えているのだろうが、一字一句丸暗記したというふうでもない。つまり、人によって千差万別に断片化した要素を、一度頭の中で整理して要点をまとめた上で単純化しているのだ。

 記憶力も凄いけど、頭いいんじゃないかこの娘。


「話しておくれよ」

「ええ、もちろん」


 当人がいいというから黙って聞くことにする。ヨハンナは鍋をかき混ぜながら、ボクはミューズと交互に白湯で唇を濡らしながら。

 ミューズが虫の音の声で語る間も、雨は降りつづいた。


「ちょっとまって」

「もう、なんだい! いいところだったのに!」


 お姫様の愛を知り元気になったマーライクは、自らの愛する心を取り戻すために、恋の花を求めもう一度黄泉の国へ向かう。お姫様の美しい髪で紐を作り、力を取り戻した魔法の靴を片方づつ履いて、二人は黄泉の女王の魔の手をかいくぐり無事に花を手に入れる。相思相愛となった二人は手に手を取って逃避行。相変わらず追いかけてくる黄泉の女王から逃げ続け――つまり“寿命の宿命”から逃げ続け、二人はそれから永遠に、今もどこかを旅しているのだという。どんとはらい。

 マーライクが“マリー”のままだが、見事なハッピーエンドである。それで終わりかと思っていた。


「だって、おかしいじゃん!」

「なんだいさっきから、なにが気に食わないのさ!」


 ここまでで第一部完ということらしい。二人の旅はまだまだ続いた。もしかしたら神話としてならここで終わるのが正しいかもしれないが、マー君は意外と有名人らしい。人気のモチーフなのだろう、誰かが勝手に作った尾ひれハヒレ、そういったものが追加で伝わることもあると思う。

 だがこれはおかしい。


「どうしてっ?! どうしてマー君が五人の仲間と巨大ロボに乗るのっ?!」

「星降の魔物と戦うためだよ? あとロボじゃなくて鋼鉄のゴーレム。ねえ、ロボってなぁに?」


 違うミューズ、そこじゃない。わからないのはそこじゃない。


「どうしてマー君が悪の組織に拉致されてバッタの改造人間になるのっ?!」

「なんだいカイゾウニンゲンって? イナゴ教の生贄にされたけど心を失わずに強い足を手に入れた、って話だろ?」


 違うヨハンナ。ディテールでなくアウトラインの話だ。あと赤いマフラーつけて必殺キック放つのもだめだ。


「日曜の朝八時前後かよっ!」

「ちょっと! なに興奮してるかしんないけどテーブルバンバン叩くんじゃないよ!」


 おかしい、この異世界はおかしい。いや、標準的な異世界がどんなものか知らないけど、これはおかしい。


「じゃあなに? お姫様と二人で格闘戦主体の魔法少女になるの? なにキュア? なにキュアなの?!」


 ミューズが答える。


「えっと、よくわからないけど。このあとマーライクは、いかずちネズミの魔物を連れて世界一の魔物使いを目指すの」

「わあ! そいつは面白そう!」


 ヨハンナが無邪気に食いついた。

 ああ、きっと気に入るよ。大人気だからね、その黄色いの。


具体的な名前出してませんし。

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