マーライクの冒険、あるいは密着する生尻
名乗って語ってツンデレする第八話
ボクが恋の喜びに打ち震えている間に雨雲もだいぶ薄くなり、今はもう余韻のような雨粒が屋根をシトシトと奏でる程度になっていた。
少女はボクのむき出しの膝に乗って、ほんのかすかに聞こえるほどに、小さく鼻歌のようなものを歌っている。ボクは彼女のお腹あたりを抱きかかえ、銀色の髪に顔を埋めながら、寝たフリなんかをしていた。
至福だ。
少女はオーバーサイズの『根性Tシャツ』を袖もとおさずに羽織っている。だが、下にはなにも履いてない。履いていないのだ。
生の尻が、ボクの太ももに、密着っ……! 圧倒的密着っ……! まさに至福っ!
「わたしの名前はミューテリュシカ・ヘイヘリオース。みんなミューズって呼ぶわ。あなたの名前は?」
「ひゃん」
突然話しかけられておかしな声が出てしまった。いけない、幸せな世界にトリップしていた。我に返ってよだれを拭く。
「マーライク。エルフのマーライクだよ」
「まあ、すてき。私を助けてくれた人が旅の神様と同じ名前だなんて」
ああやっぱりそうなのか。加護がどうとか言ってたもんな。神様の名前を名前にするのってどうなんだろう。おかしくないよね?
「そうなんだ、だから子供の頃から、旅をしていろんなところを見て回ろうって思ってて」
適当にそれっぽいエピソードをでっち上げる。特に行くあてもないので後半は本当だ。
「へえ、すてき。でも、どうして女の人なのに男性神の名前なの?」
おっとそうきたか。かわいさの足りない名前だと思っていたけど、男の神様だったとは。
「……父親が変わった人でね」
この言い訳は少し苦しいかな。
「そうなんだ」
セーフ。細かいことは気にしない娘なんだろうか、と思っていると、小首をかしげて彼女がたずねる。
「どうしてマリーじゃないのかな?」
「マリー?」
「だって、マーライクは黄泉がえりして女になってからマリーって名乗ったもの」
シンパシー。なんだかその神様、他人とは思えないんだが。
「ずいぶんと波乱万丈な神様だね」
「自分の名前なのに知らないの?」
御もっともでございます。
「神話に興味なかったんだよねー。教えてくれる?」
「うん。いいよ」
無知をごまかすために話をそらすと、彼女は簡単に乗ってきた。ほんとうに素直だなこの子。
「昔々、星降の夜に生まれた美しいお姫様がおりました。お姫様に一目惚れした悪い魔法使いは、マーライクに魔法の靴を与えると、黄泉の国に咲くという“恋に落ちる魔法の花”を採ってくるよう命令します。でもマーライクはお姫様を魔法使いに渡したくありませんでした」
昔話形式か。幼稚園の読み聞かせの時間をを思い出すな。
「彼もお姫様のことが好きだったんだね」
「うん、そう。それを知っていた魔法使いが『自分のものにならないのなら、姫など死んでしまえばいい』といいました。マーライクは仕方なく黄泉の国にいって花を手に入れましたが、帰る途中で魔法の靴の靴紐が切れて帰れなくなってしまいました。困ったマーライクが黄泉の国の女王様に相談すると『愛する者の命と引き換えに帰してやる』といいます。マーライクはもっと困りました、自分が帰っても帰らなくてもお姫様は死んでしまうからです」
「究極の二択だ」
「マーライクは黄泉の国の女王に『私は自分のことが一番愛おしゅうございます、だから私の命を差し上げます。でも三日だけ待ってください。必ず戻ってまいります』といました。疑り深い女王は呪いをかけてマーライクを女にすると『約束通り戻ってきたら、お前の姿を戻してやる』といいました」
女になったのはマー君にとって不可抗力らしい。よかった、彼があの耐え難い喪失感に苛まれるところなど見たくはない。
「黄泉の国から帰ったマーライクは、大急ぎで魔法使いに花を渡すと『真の愛を知るものだけが、花の魔力を授かるでしょう』といって鏡を見せます」
メロスのごとき男気を見せたかと思えば、今度はペルセウスばりのファインプレー。これで魔法使いは自分に恋しちゃうわけだ。
「やるじゃんマー君」
「マー君?」
「マーライクだからマー君。あ、続けて」
同じ名前だからだろうか、妙に肩入れしちゃう。
「それからマーライクはお姫様のところへ行きます。彼は女になったことを悟られぬようにマリーと名乗って、お姫様を連れて三日三晩逃げ続けました。でも黄泉の国の女王からは逃げられません。怒った女王はマーライクに“誰も愛せなくなる呪い”をかけてしまいました。お姫様への愛を失ったマーライクは『ただ愛することができたなら、貴女と添い遂げられずとも構わなかったのに』と嘆き悲しみます」
せつねえ。一途で健気なマー君。
「悲しみに暮れるマーライクに、お姫様は道端の名もない花を渡すと『真の愛は花に宿らず』といいます……意味わかる?」
ここでクイズか。
さて、なんの変哲もない花を渡して、この花には力がないといった姫君の真意とは。
「うーん。マーライクが魔法使いに言った『真の愛を知る者だけが――』っていうのと、姫様のセリフは対になってるのかな。っていうか逆の方がしっくりくるんだよね。魔法使いは偽りの愛に囚われたっぽいし。問題は真の愛とは何かってことだよね」
後ろからミューズの顔を覗くと、彼女は何も言わずにニコニコと微笑んでいる。
ノーヒントなんだ。
「魔法使いのことを考えると……自己愛? いや違うな。花を送る相手を恋に落とすんだから……誰に愛されているか、ってことかな?」
「あーもうめんどくさいなぁ! 簡単じゃないか。愛の告白だよ。二人は両思いだったのさ。お姫様にはマリーの正体がわかってたんだよ!」
あーそうか。花の魔法なんか関係なく、愛は今まさにここにあると言う事か。ロマンチックじゃないの。お姫様もやるねぇ。
「って誰だ?!」
「家主だよ」
顔を上げると、押し上げ窓に頬杖をついた女の子が半眼でこっちを見ていた。ソバカスでつんとつり上がった鼻が生意気そうな少女だった。
ヤギ小屋にくっついたあばら家は、あまりにみすぼらしくて小さかったので、餌でもおいているのかと思ったが、まさか住居だったとは。
「まさかヤギ先輩にこんなにかわいい娘さんがいらっしゃったとは……」
「人間だよ。なんだよ先輩って。それお世辞のつもりかい? 下手くそ。放り出すよ?」
「冗談ですすいませんお邪魔してます」
めっちゃ睨まれてる。こえぇ。
しどろもどろしているボクのかわりに、弁明したのはミューズだった。
「雨に降られて難儀しておりました。お声もかけず屋根をお借りしてごめんなさい。どうぞお手間はかけませんから、雨が過ぎるまでつかわせていただけませんか」
「はんっ、そんな“なり”のくせして、そっちの耳の長いのよりどうしてしっかりしてるじゃないのさ。構わしないよ、別にね。それで? 明日も降ってたらもう一日居座るのかい?」
なんだよ、せっかくミューズが丁寧にお願いしたのに、そんな言い方ないじゃないか。意地悪な女の子だな。
なにかいい返してやりたいが、分が悪すぎるのでやめた。あと怖い。
「まぁ、いいさ。入んなよ。まだ服も乾いてないんだろ? もうじき夜になる。凍えて死なれても後始末なんかいやだからね」
ソバカスの彼女はほんの少し照れくさそうにそういうと、跳ね上げ窓をパタンと落とした。絵に描いたようなツンデレじゃないか。
「いい人そうだね」
ミューズが笑いながらいうと、ヤギ先輩がメェとひとつ鳴いてお墨付きをくれた。
モチベ維持のために二千五百文字前後縛りしてるんだけど、ちょっとはみ出た。