初恋は雨のせいにして
半裸で恋する第七話
「あの、誰か居るんですね。すいません、わたしを運んでくださいませんか、せめて雨の当たらないところまで。お金なんて持ってませんけど、お礼はします。わたしにできることなら。面倒になったら、どこへ捨てても構いませんから」
少女は虫の音のような声でいう。か細い声だ。でも、雨の中でもよく聞こえるとてもきれいな声だ。
「お礼なんかいらないよ」
旅行カバンの中から大きい布を引っ張り出す。用途不明だったが捨てなくてよかった。
「戻ってきてくれたんですね。どうして?」
その布で赤ん坊みたいに彼女を包む。
「さあ、どうしてかな」
あのまま罪悪感で押しつぶされたら、きっと一歩も歩けなくなっていた。
そのまま抱き上げる。小柄な上に手足のない彼女は驚くほど軽かった。
「きっとね、靴紐が、切れちゃったんだ」
「まあ……」
後も先も考えてなんかいない。どうしようもなくなって、ボクは自分を追い詰めようとしているだけだ。彼女はその当て馬だ。
「だからね、キミから借りようと思って」
「あはは。あなた、面白い人ね」
卑怯者の迂遠で無遠慮な告白をきいて、少女は無邪気に笑った。
彼女を前に抱くと、どうしても胸に頭が埋まる。何をするにも邪魔な胸だ。この無駄乳め。
「わぁ、大きいおっぱい」
「……好き?」
「えっと、嫌いじゃないよ?」
正面に抱いた彼女が胸をかき分けるようにもぞもぞと動いて顔を出す。
猛烈に可愛いかった。小首をかしげる。その仕草がまた、小動物の幼体じみていてたまらなく可愛らしい。
「ぼ、母性本能?!」
「え?」
「んーん。なんでもないよ」
整った顔立ちなのは知っていた、だけどそれ以上に……これは、なんだろう。この気持。あ、凄い。下半身が熱くなってきた。
「子宮があってよかった……」
「なにか言った?」
「んーん。なんでもないよ」
我ながら最高に気持ち悪いことをつぶやいてしまった。いけないいけない
雨が激しさを増して、いよいよ目を開けるのも辛いほどになった。ゲリラ豪雨は異世界にもあるのだろうか。
「くしゅん」
少女がくしゃみをした。かわいい。
「いえっくしょい! あーちくしょう!」
失敬、今のはボクです。かわいくない?
いやそれどころではない。雨合羽代わりの布もいよいよ水を吸って重たくなってた。彼女がふやけてしまわないうちに雨宿りできそうなところを見つけなくては。
先の見えない豪雨の中を泳ぐようににして、なんとか屋根のついた建物へたどり着く。マジで死ぬかと思った。ほとんど滝みたいに降るから途中で息もできなくなった。
「うひゃー」
屋根があるって素晴らしい。考えた奴はノーベル賞ものだ。壁のない吹きさらしの家畜小屋だったが命拾いした。たった数分の出来事なのに、とてつもなく体力を消耗した気がする。疲労感で干しわらの中に倒れ込むと、柱につながれたヤギが迷惑そうにメェと鳴いた。
「ぷは」
「あ、ゴメン忘れてた」
ぐしょ濡れになったおくるみの中から、息継ぎするみたいに少女の頭が飛び出た。やっべ、ほんとに溺れさせるところだった。蛇のように絡みついた布の中から彼女を引っ張り出すと、花瓶でもひっくり返したみたいにボタボタと水が落ちた。
ビショビショの美女が二人。濡れたままでは風邪を引いてしまう。
「脱がなきゃ」
そして脱がせなきゃ。不可抗力って怖いなー、抗えないなー。
自分の服は引きちぎるみたいに脱ぎ捨てて、シャツと紐パンだけになった。こんなとこ人に見られたら流石に羞恥心を覚えるが、一匹しかいないヤギ先輩は草を食むのに夢中でいらっしゃる。彼は紳士だ、問題ない。
「脱がせるよ。あ、誰も見てないから。ヤギがいるだけ」
「うん。いいよ」
許可いただきました。合法です。
濡れたマントを解くと、彼女の白い背中があらわになった。ワンピースの上部が首から釣るタイプのタンクトップになっている。いい眺め。なめらかな肩と浮き出た鎖骨も高得点。
「攻めますねえ!」
「なにが?」
「んーん。なんでもないよ。可愛い服だね」
下着のたぐいは身につけていないが、着ているものの構造ゆえ見えないので残念だ。何がって? 言わせんなよ恥ずかしい。
じゃ、乳首出そっか。
いやいや、字面が不味いだけだで変な意味じゃないのだ。彼女の肌に触れると氷のように冷たかったのだ。肌も色白を通り越して青ざめているのだ。事態は割と逼迫しているのだ。
「拭くもの拭くもの」
さあガマグチ君出番だぜ。変なもの出したら裏返すからな。
肘まで突っ込んだ腕をズルリと引き抜くと、パンパンに膨らんだ熨斗袋が出てきた。何だこれ。
「贈答品かな」
なんで『御祝』って漢字で書いてあるんだよ。しかも水引が印刷じゃないからムダにランクの高いやつだ。どこの押し入れから引っ張り出してきたんだ。
「ある物は使わなきゃね」
母親みたいなことを言いながら袋を破ると、案の定タオルが出てきた。白地に黒で『井上工務店(有)』と書いてある。
「空気読めや!」
「どうしたの?」
「んーん。なんでもないよ」
台無しだよ。
なんで異世界に来て押入れの肥やしを処理せにゃならんのだ。っていうか誰のだよ。……まあいい。おろしたてのタオルだ、美少女の体を拭うのに不足はあるまい。
あとは服だ。濡れたものを着せては意味がない。旅行かばんの方に着替えはあるが、一着しかないので使うとボクが裸になる。紐パン? 風邪をひいたらマスクにでもしよう。
ピンクのガマグチに腕を入れる。
布状のなにかを掴んだので引っ張り出す。が、どういうわけか途中で引っ込んでしまった。なんだ? 再び中を漁ると、柔らかい感触が指先をかすめては引っ込んでを何度も繰り返す。
「迷うなや!」
「……」
「んーん。なんでもないよ」
少女のツッコミがなくなったので寂しい。そんな困った顔しないで、愛おしすぎて子宮がつっちゃう。
「ガマグチ君ね、そろそろたのむよ。美少女に風邪ひかせるとか大罪バフっ」
小声でいうと顔めがけてTシャツが飛び出した。加減をしろ加減を。あとで覚えてろよ。
いつまでも女の子を裸にして放ってはおけない。彼女の銀髪の頭にシャツを被せる。
「かわいい娘は、なに着ても似合うね」
「ふふ、ありがとう」
微笑んだ彼女は直視できないくらいかわいかった。もっと気の利いた喩えで表現したいんだけど、ボクの中で『かわいい』と『目の前の少女』がイコールで結ばれてしまった。ボクにだってもう少し語彙はある。それでも、蝶も花も、日も月も夜空に輝くすべての星も、彼女の可愛らしさを喩えるのには足りないようだった。
「あ、そっか」
ああこれは一目惚れだ。
世界は愛によってはや回さるる。僕は恋をしてしまった。
「どうしたの?」
彼女が聞いた。
ボクは答える。
ボクは君に恋をしてしまったんだよ。ボクはもう、君の笑顔にすっかりまいってしまって、手も足も出なくなっちゃったんだ。それに、恋は盲目って言うしね。だから君の着ているシャツの胸に『根性』なんて書いていたって気にならないのさ。
ボクは君に恋をしてしまったんだ。
「んーん。なんでもないよ」
特定のワードやネタを繰り返すのが好きです。