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ボクはいいエルフだよ

エリートぼっちがナーバスになる第六話。※身体欠損表現あり

 ネコ耳がいてボクがいる。つまりここは異世界。ファイナルアンサー。

 CIAと理不尽な解剖の危機は去った。ボクは今かなりのんびりと歩いている。

 ネコ耳美少女に教わったとおり真っ直ぐ歩くと、途中で何度か人とすれ違った。荷物を持った旅人風だったり、馬車を引いた商人風だったり、徒党を組んだごろつき風だったり。

 ボクはその度、全員に挨拶をしてコミュニケーションを試みているのだけど、どういうわけか、皆一様に悲鳴を上げて逃げていく。

 ボクが何をしたというのか。

 あと、皆なぜか足と耳を見ているような気がする。好きなら好きと言え。


「焼き尽くせ、テンペストフレーイムッ!」


 街道を抜けると、そこには畑が広がっていた。右も左も金色の頭を垂らす、コレは麦だろうか。風が吹くたびに、枯れ草のような甘い匂いが鼻をくすぐる。


「風属性なのかな……切り裂け、ウインドエーッジ!」


 謎の宝石付き金属棒を鋭く突き出す。が、反応なし。

 誰もかまってくれないので、ぼっち名人のボクも流石に寂しい。なので魔法の練習をしている。だって異世界だぜ? あるだろ魔法。なきゃおかしい。だから思いつく限りの英単語を唱えている。声が声優っぽいので楽しい。


「はっぱカッター!」


 先程からじわじわと習得レベルを下げている……つもりなのだけど特に意味はなかった。スキル制なのだろうか。あいにく眼の前にメニュー画面が表示されることもないし、レベルアップのファンファーレも聞こえない。そもそもスライム一匹出てこない。


「おっぱいミサイル! あ、セクシー……セークシービームッ!」

「ひっ」


 仁王立ちしながら両乳を持ち上げて叫んだところを、民家から出てきたおじさんに見られた。ヤダはずい。


「ど、どもー」


 ものすごい勢いで扉を閉められた。

 先程から民家をちらほらとみかける。あのおじさんは目の前に広がる畑の持ち主かもしれない。それにしてはずいぶんと小さくてオンボロな家だが。


「ふーむ、なんだろう。もしかしてエルフって嫌われてるのかな」


 ボクの美貌に恐れをなしているのでなければ、そうとしか思えない。多分そうだろう。というか嫌われてるというより明らかにビビっている。別に噛みつきゃしないのに。もしかしてこの世界のエルフって人食ったりすんの?

 足の方は、コレはしょうがない。燦然と輝く黄金の三角地帯。天より授かりし無二の絶対領域。許しましょう、とくと御覧なさい。


「ぼっち決定じゃん」


 友達ってどうやって作るんだっけ、確かコンビニで買うんだよな、ウェブマネーで。肉まんを買うために店員さんに話しかけるのも躊躇したのだ。ボクには荷が重すぎる。種族選択をミスったのだろうか。運営に問い合わせたいが相変わらずメニュー画面は開かない。

 ポタポタと、帽子を叩く音がする。いつの間にか雨が降っていた。さっきまで雨雲なんかなかったのに。


「ゲームじゃないんだ」


 別の世界、別の人生、別の身体。でも中身はボクだ。

 これは現実で、これが現実。現実の現実性は現実という現実その一点において前の世界と変わらないという現実。

 ボクは何も変わっていないという事実。

 眼の前に続く一本道を、例えば横に外れて麦畑をかき分けて進んでも、ボクは現実というクソみたいなシステムから逃げることなどできないのだ。

 フラグは立っている。イベントは始まっている。敵は誰だ? 報酬はあるのか? どこへ行って、何をすればいい?

 結局の所、決めるのはボクなのだ。ボクは与えられたカードで、このクソみたいな現実をやっつけなければいけない。異世界に来て、エルフになっても、中にあるのはボクというクソみたいなシステムそのものだ。


「クソなのはボクだよ……」


 雨で濡れた三角帽が重くなる。滴るしずくを見ながら歩く。

 ポタポタポタ。

 これはいい、他の何を見ることもない。ボクはただ雨音に合わせて歩くだけでいい。これはそういうゲームだ。

 でも、雨が止んだら、どうなるんだろう。


「すいません」


 声が聞こえた。


「すいません!」


 雨にけぶる道の先に、小さな人影が見えた。

 それはとても、とても小さな影だった。


「誰かわたしを運んでください、雨が降ってきました。誰かいませんか」


 雨音にかき消されそうな、か細い虫の音のような声。道の端に座り込んでいるその人物は、少女だった。


「そこに誰か居るんですね。あの、私を運んでください。どこへ捨てても構いませんから」


 雨に濡れた銀髪を頬に張り付かせて、少女は眼の前に居るボクの方のに“耳を”傾けている。


「目が……見えないの?」


 少女の両目は白く濁っていた。


「はい、見えません。あの、私を運んでください。ほんの少しでいいです。どこか雨の当たらないところに」


 銀色の長い髪も羽織ったマントもぐしょぐしょに濡れている。このままでは風邪をひいてしまうだろう。


「ごめん」


 ボクには無理だ。


「いえ、いいんです。立ち止まってくれてありがとう。もうずっと誰にも相手されないから、わたしてっきり言葉が通じなくなっちゃったかと思ったの。だから、ありがとう、優しい人。あなたにマーライクのご加護を。靴紐が切れませんように」


 彼女はボクのために祈り、そして微笑んだ。長いまつげに水玉が乗ってる。

 それでボクはもう、耐えきれなくなって逃げ出した。


「誰かいませんか、わたしを運んでください」


 逃げるボクを、彼女の声だけが追いかけてきた。

 ボクは耳をふさいで雨の中を走った。泥水を跳ね上がってマントを濡らす。

 無理だ、ボクにはできない。目の見えない彼女の手を引いて、彼女と一緒に歩くことなんて、ボクにはできない。


「だって、無いじゃないか!」


 ボクにはその勇気がない。何回死んでも、何回生まれ変わっても、ボクは臆病な卑怯者だ。クソッタレ。何が異世界だ。何が転生だ。両手に持て余すエルフ耳のなんとバカバカしいいことか。


「手も、足も、無いじゃないか!」


 だからボクは“四肢のない”盲目の少女から逃げた。


「ぼくは! でも、あの娘は!」


 ありがとうと、彼女は言った。ただ気まぐれに立ち止まっただけの赤の他人に。もうずっと、誰にも相手にされていないと彼女は言った。言葉がわからなくなるほど呼びかけて、それでも誰かを信じることでしか生きていけない彼女は、見捨てられても構わないと言った。彼女の声はもう聞こえない。それでもまだ、きっと彼女は呼びかけているだろう。雨の中ひとりきりで。居るかもどうかもわからない誰かに。ずぶ濡れになりながら。

 ぬかるみに足を滑らせ盛大に転んだ。顔面から泥水に突っ伏す。


「ありがとうなんて、いわないでよ」


 雨が止んだらどうなるのだろう。

 彼女は、どうなるのだろう。

可愛そうなヒロインにはしないつもりです

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