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僕の沈黙、君の嘘

二人は仲良し第五十四話

 さて、次の日。

 宿には珍しく子どもたちも集合していた。


「な、すげーだろ。これって“げいじゅつ”ってやつだよな」


 ルースが知ったようなことを言う。

 確かに鑑賞に耐えうる。芸術と言って過言ではない。


「うん、まるで本物だ、今にも動き出しそうだよ」

「凄いじゃないかドータ坊」

「えへへ……」


 メグとローザさんに褒められて、ドータが恥ずかしそうに鼻の下をこすっている。

 さて、皆が囲んで品評しているのは石鹸である。


「ドータは前に、似たようなことやったことあんの?」

「んーん、ないよ」


 最初は皆、透明の石鹸に食紅で色を付けただけの、シンプルなものを作っていた。

 そのうち、ボクの用意したいろんな形のシリコンモールド――これはコロビナさんに申告してなかった――に流し込んだり。三層に分けて固めたりとやっていたらしい。

 まず、アルボが白をベースに色を混ぜると不透明になることに気づき、その後、ガラス細工から着想を得たというエリカが、スポイト――あーこれも言ってなかった、まあいいや――と串を使って模様を描いた。さらに、丸く形成した石鹸が四角いモールドにピッタリはまって取れなくなったと泣くジュジュに、そのまま違う色の石鹸を隙間に流しこめば面白いのではとミューズが提案した。

 ルースはいたずら半分で石鹸に小石を埋め込んだ。


「他のみんなは」

「こんなのやったことなんてあるわけねーじゃん」


 ルースが、なに言ってんだこいつ、みたいな目でボクを見る。

 みんな天才すぎる。ミューズなんて目が見えないのに、なんでアドバイスできるんだ。


「魚は?」

「以前、貴族様が水族展を催してくださったことがありました」

「すいぞくてん?」


 ボクが聞き返すと、エリカがコクリと頷く。


「鉄の水槽に、丸いガラスがはめ込んであって……」

「ジュジュも見た! あのね、お魚がいっぱいいたの!」


 ほう、奇特な貴族もいるのだな。


「ドータはそれを覚えてたんだね」

「うん!」


 少年が元気に頷く。

 いやまじか、そんな少しの記憶でここまでの物ができるのか。


「はーしかしこれ、どうなってんだい?」


 ローザさんが感心した様子で、ドータの作った石鹸を日に透かしている。

 どうやって作ったかなら理解できる。透明の石鹸の上に赤く着色した石鹸で魚の半身を描き、その上に石鹸を注ぎ、さらに魚を描き……というように、幾重にも層を作って石鹸の中に立体の魚を生み出した。しかも、横から層が見えないように、一回り大きいモールドを使って“水槽と丸い窓”を再現する手の込みようである。さらに言えば、それを再現するために、すべての作業をわざわざ小さなモールドの中で行ったのだ。

 そしてこれを作ったのは10歳にもなっていない少年である。


「神童では?」


 石鹸の中で泳いでいる名前のわからない赤い体色の魚は、大きなヒレを優雅に広げて、今にも泳ぎだし視界から消えて現れてを繰り返しそうな、繊細さと躍動感があった。

 シンプルに上手い。


「確かに、これは素晴らしい才能だ。こんなものは王都でも見たことがないよ」


 メグが手放しで褒める。


「ぼくはみんなのマネしただけだよ……いっぱい失敗したし……」


 ドータがもじもじしながら言う。

 失敗は大事だぞ。弟子には試行錯誤なんていくらでもさせたい。わあすごい師匠っぽい。


「よし、出来た!」

「どれどれ」


 ルースが出来上がった石鹸を掲げる。

 子供らの石鹸づくりは続いていた。

 今回の(フェア)では、ひやかしの客が物珍しそうに子どもたちの作業を見ているだけで、肝心の石鹸を購入する者はほぼいなかった。理由はわかっている。店頭に並んだ商品の数が少なかったのだ。

 人間の心理とは不思議なもので、大量に陳列してあるほど買いたくなるものなのだ。スーパーなんかで特売品が大げさに陳列しているのにも理由がある。

 女将のローザは快く場所を提供してくれた。というか、客なんてあんたらしかいないんだから好きにしろ、だそうだ。

 今や宿屋は石鹸の生産拠点である。


「名づけてくじ引き石鹸だ」

「ほうほう」


 ルースの前には白い楕円形の石鹸が五つ並んでいた。オーソドックスなザ・石鹸。


「中にコインが入ってるんだ」

「あー使い切るとでてくるのか」

「そう! 幸運のコインとか言って売れば大儲け間違いなしだぜ」


 霊感商法やないか。

 しかし悪くないアイディアかもしれない、ルースには意外と商才があるのかも。


「当たりの確率は?」

「全部に入れてやったぜ」


 やったぜ、じゃないんだよ。


「ぜんぶ当たりだと“くじ”になんなくね?」

「あ、そっか」

「あと、これ売れるまでルースがコイン5枚損してる状態だな」

「え? あ、ホントだ」


 ルースが石鹸をほじくりだした。さては全財産だな。こいつに商売はさせないほうがいい気がする。


「なかなかいい発想だ。どれ、私が投資しよう」


 メグがテーブル上にジャラリと小銭をおいた。


「お、マジかやった!」

「ルース、まずは礼を言え。あと、投資だぞ、お駄賃じゃないぞ」

「わかってるよどうもなメグ姉!」


 メグが面白そうに微笑んでいる。メグはルースに甘い。

 ゴホゴホ、とローザさんが咳をした。


「風邪ですか?」


 エリカが心配そうに言う。

 そういえば少し顔が赤い気がする。気になってローザさんの額に手を当てる。


「あれ、けっこう熱あるよこれ」

「ほんとかい? どうりで今朝からだるいと思った」


 いや普通に熱くてびっくりした。なんで本人ケロッとしてんだ。

 エリカが慌てて席を立つ。


「大変、ローザさんは休んでてください。後は私がやりますから」

「ああん? 平気だよこのくらいガキじゃないんだから」


 大人でも風邪ひくが。

 がま口から栄養剤と薬を出す。めちゃくちゃ知ってる瓶が出た。家にもあったぞ、咳喉鼻に効くやつだ。


「平気な体温じゃないですね。はい、これ飲んで」

「なんだいこりゃ? ……うわっ」


 栄養剤を飲んだローザさんがしかめっ面で自分の顔をパタパタとあおいぐ。わかるわかる、高いドリンクって喉にカッとくるんだよね。


「あとこれ薬、一日三回食後に三錠。はいベッド行って」

「昼食っちまったよ」

「じゃあ今飲んで。ハリアップ! るーるはーうーちゅーうのーかぜにーきくー」

「わかったわかった押すんじゃないよなんだいその歌」


 ローザさんがベッドに入ったのを確認し、食堂兼ダイニング兼キッチンに戻った。

 小さなジュジュはすっかり飽きて、今はミューズの話す“おはなし”にがっつり聞き入っている。ミューズは子守も上手い。

 ドータは新しい作品に取り組んでいる。ルースとアルボはせっせと石鹸を量産し、メグがそれを目を細めながら眺めている。

 長閑か。


「アルボ、楽しい?」


 アルボの頭に手をおいてそう問うと、やや間を開けて答えが帰ってきた。


「まあ」


 まあ、て。


「アルボすごいんですよ、私がひとつ作ってる間にふたつ作っちゃうんです」


 そう言うエリカが何やらかごを抱えて通り過ぎていった。

 確かに、黙々と作業するアルボの傍らには、いつの間にか石鹸が山になっている。

 バラの形をしてうっすら赤く色づいた乳白色のそれは、ドータの作品とは別の意味でなかなかセンスが良い。なんというか特別なものと言う感じがする。お歳暮とかに入ってそう。


「簡単ですし。ドータみたいなのは作れないんで」


 肩をすくめながらアルボが言う。

 簡単かそうか。


「たとえ単純なものでも、同じものを同じ精度でたくさん作るのは難しいのだよアルボくん」


 ボクが言うと、メグがそれに同意する。


「数打ちの剣など、大抵は質がまばらだな。どう考えても見習いが練習に作っただろう、というやつが混ざっている」

「そうなんですか?」


 アルボが意外そうな顔をした。


「なんか工夫してるの?」

「いえ別に……同じ色ができるように準備したり……そのくらいです」

「でもさぁ、固まるまでの時間一緒じゃん。なんでアルボは早いんだ?」


 ルースの疑問は当然だった。手作り石鹸は固まるまでに30分ほどかかる。

 せーの、で作っているのになぜここまで差ができるのか。


「それは……あー、そうだ、早く固まるように涼しいところに置いてるからだよ」


 アルボは利口だなぁ。ボクは生石鹸に指を入れて火傷した。待つのって苦手。


「あー、だからたまにどっか行ってたのか。涼しいとこってどこだよ、教えろよ」

「秘密だよ」

「なんでだよー」


 ルースは石鹸カスを投げるんじゃない。

 しかしみんな工夫があるなぁ。なんでボクは羊羹みたいのしかできないんだろう。なんか悔しくなってきた。

 そこに、前掛けで手を拭いながらエリカが戻ってきた。


「それ、匂いもバラだったら素敵ですよね」


 そしてサラッとグッドアイデアを置いていく。


「それだ」

「マリー、香料は教会の専売だぞ」

「え、なんで?」


 メグに指摘を受ける。

 なんで匂いが教会の管轄なんだろうか、と素朴な疑問が浮かぶ。


「匂いには宗教的な意味があるの。天国はね、いい匂いなんだって」


 ミューズが説明してくれた。

 お話にも飽きたのか、いつの間にかジュジュがミューズの長い髪を三つ編みにして遊んでいる。


「ほへー」


 いやしかし待てよ。ボクは実際、教会には太すぎるパイプがあるじゃないか。


「ミューズ! 付き合って!」

「いいわよ、どこに?」

「大聖堂!」


 三角帽子をひっ掴み、ミューズを抱いて勢いよく宿を出る。善は急げである。

 後ろから引き止めるメグの声が聞こえたような気がするが、きっと気のせいである。

 先程まで見えていた太陽が、いつの間にか押し寄せた雲に隠れ、残り香のような陽光がほんの少し雲から透けて見えていた。


「クゾからなにか聞いたの?」


 角を曲がってすぐに、ミューズにそう尋ねられた。


「聞いたというか、聞かれた。気になる?」

「いいえ。でも、わざわざ私を誘ったから」

「なんで“わざわざ”なんて思うの? ボクが君を煩わしいと思うことなんかないのに」

「どうして“煩わしい”なんて言葉を使うの? 私、まだ何も言ってないのに」


 思わずため息をついて立ち止まった。

 喧嘩はしていない。ボクもミューズも穏やかなものである。

 だが楽しい会話ではない。


「やめよう。探り合いなんかしたくないよボク」

「うん、私も嫌よ」


 再び歩き出す。

 ここはフェアに行こう。


「ミューズはボクのことどう思う? 直感で」

「そうね、愉快で優しい人、かな」


 愉快……いつもひとりで大騒ぎしてるもんな。まぁ、うん。


「私は?」


 今度はボクの番。


「かわいい女の子」

「それだけ?」

「えー、えっとねー……一緒にいたい娘とか」

「うん、私もそう。マリーのそばにいたい」


 えへへ、のろけちゃう。

 ミューズを強めに抱きしめながら話す。


「あのねミューズ。ボクにはみんなに言っていない秘密があるんだ」

「ええ、知ってるわ」

「知ってんの?!」

「声とか力の入れ方とか、そういうのでわかるもの」

「ほえー」


 すごい、超能力ぅ。


「そうじゃなくてもマリーは誤魔化すのが下手ね」


 すっかり素直で物分りのいい娘だと思ってたが、全然ごまかせてなかった。


「まぁ……でも、それを説明するのがとっても面倒くさくて、信じてもらえるとも思っていなし。なにより、よくわからないことが多すぎて自分でもいまいち納得していないんだよね」

「なんだか大変ね」

「ミューズに会えなかったら死んでたかもしれないくらいには大変な状態だった……なんというか、裸で目が覚めたんだ」

「それって比喩表現?」

「いんや、かなり具体的」


 最近思うのだが、ボクの前世が男で異世界人で……とカミングアウトしたところで、エルフのマリーしか知らなければ、なんのこっちゃだろう。

 例えば「本当は男なのに女の体に入って女の子をベタベタ触ってたのね!」とか「高度文明の恩恵を享受していただけのくせに私達を原始人だと思って馬鹿にしてたのね!」とか、そんなのは実際ボクが気にしているだけなのだ。

 それにボク自身に根拠がないのと、信じてもらうための苦労や、信じてもらえないモヤモヤのコストと比較するのが、沈黙に伴う欺瞞についてのほんの少しの罪悪感では釣り合わないのである。


「ミューズは、ボクに知られたくないことってあるの?」

「いいえ、それはひとつもないわ、でも……」

「でも?」


 ボクからではミューズの頭頂部しか見えない。今どんな表情をしているのだろう。

 おそらく、ほんの少し言葉を選びながらミューズが言う。


「怖いわ。それに私はマリーを騙してるの」

「ボク騙されてるの?」


 驚いて再び問う。


「もちろん、今も、これからも、それでマリーに損をさせることはないわ。多分、それを知ってしまった後も、マリーはきっとなにも変わらず私に接してくれる、それはわかるの。でもね、後ろめたさがあるの」


 それはボクもある。


「それにね、そうじゃなかった事がたくさんあったから。私にとっては、それは辛いことなの」


 ミューズは一人で旅をして、いろんな人と関わる中で、自分の秘密を打ち明けることもあったのだろう。しかし、それを受け入れてくれる人ばかりではなかったのだ。


「じゃー無理に話さなくてもいいや」

「そうね。でもいつか知ってしまうわ」

「その時はボクも打ち明けるよ、それでおあいこ」


 ミューズが笑う。鈴の音のような笑い声だ。


「ねえマリー、私、あなたのこととっても信用しているのよ。でも思うの、それってどうしてかしら。だって私達、出会ってからまだひと月も経っていないのよ」

「わかるー、ボクもミューズのこと無限に信用してる。なんでかな」


 特別気が合う、という訳ばかりではではない。それ以前に信用している。

 実態のない信用は歪だろうか、いや、ひょっとしてそれって人間の理想じゃないか?


「信用……とは違うのかも。なんていうのかな……約束。そうね、マリーと私は約束したの。また会おうって」


 ミューズが面白いことを言う。しかし妙に納得のいく例えだと思った。

 ふと、意図せずにつぶやく。


「再開の約束……」


 ミューズが頷く。


「キミはどこからでも戻ってきてくれる」

「あなたいつまでも待っていてくれる」


 それがなぜかはわからないけれど。


「そういうものなのね」


 今はミューズに同意することにした。ボクもそう思う。これはそういうものだ。

 広場には、まばらに人影があった。噴水の辺には数人の男性がたむろっている。傍らに大きな荷物があるので商人であろうか。彼らは何が面白いことでもあったのか、大きな声で笑っていた。

 と、そこで大事なことを思い出した。


「あっそうだ!」

「もう、なに? 大きな声出して」

「ごめん……ねえ、もうひとつ」


 声を落としてミューズの頭に口を近づけた。


「シルドラの事」


 ミューズがすっと頭を上げる。


「言ったの?」

「言わなかった。正解?」


 少し間を開けてミューズが答える。


「クゾとモッドがコソコソ話しているのを聴いちゃったの」


 最近起こってる事件のことか。まじでミューズに隠し事できねぇな。


「オレーグさんが行方不明だって」

「まあ! ほんと?」


 あ、これは知らないのか。


「ねえミューズ、シルドラは何をしてるの?」

「それは教えてくれなかったわ。でも、街の近くにいるんだと思う。この前会ったとき、あの子から土と焚き火の匂いがしたから」


 野宿でもしてんのかな。


「街に入ったりは……」

「ないと思うけど。それに獣人ってね、人とは違う匂いがするの。もし街にいたらわかるわ。私が知ってるのは大聖堂でだけ」


 ミューズは鼻も利くんだよな。


「ララポーラか……あの子、妹なんだって」

「ええ、それはシルドラから聞いてたわ。騎士団に妹がいるって」

「なんか事情があるのかな」

「そこまでは言ってなかったわね。私もあえては聞かなかったから」


 ミューズは察しが良い分、個人の事情にはあまり立ち入らないようだ。ボクだったらうっかり聞いて微妙な雰囲気になる自信がある。


「クゾさんが言ってたんだ。ボクは事件の中心にいるって。ボクの周りでまた騒動が起こるって……ボク、どうしたらいいんだろう」


 ミューズがクンクンと鼻を鳴かせた。どこからかパンを焼く匂いがする。後で買ってあげよう。

 大聖堂の大きな扉は、空気でも入れ替えているのだろうか、今日は開け放っていた。


「関係があるような無いような、そんなのばっか」


 考えれば考えるほどどう振る舞っていいかわからない。

 ボクはミューズを抱えて、思案しながら墓所の階段を登った。

前回メタが好きだと言いましたが、当然メタじゃないこともあります。

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