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マリー、お店ひらくってよ

異世界女子会第五十一話

 なんだかんだでエリカは宿の仕事を手伝っている。

 お人好しの女将は、夜は少女に自分のベッドの半分の使用を許し、夕餉を分け合うことを許可していた。


「ローザさん、あの、やっぱり私、手伝います」

「いいってんだろ」

「でも」

「デモもスモモもないんだよ、あたしが無闇に他人甘やかすように見えたのかい? 足りてるってんだ」


 籠を抱えたローザさんがそういいながら裏口の戸を蹴り飛ばして出ていった。

 エリカもローザさんもずっと早く起きていて、ボクが起きる頃には宿の仕事はあらかた片付いていた。掛け持ちして他所にも仕事があるようだが、名無しの宿にはボクしか客が居ないし、いまは住み込みの従業員まで増えているので、ずいぶんと楽になったと女将は言っていた。


「仕事なんてまだいくらでもあるんですよ。なんか申し訳なくて。いいんでしょうか」


 エリカが小声で言う。


「いいんじゃない? 女将がいいっていうんなら足りてるんだよ」


 ローザさん風にいうとまさに宿六(やどろく)なボクがいうのもなんだが、エリカは働き者だ。それこそ言われなきゃ手を止めないから、女将に「メリハリを付けな」と怒られさえしている。


「エリカはさ、真面目すぎるんだよ、きっと」

「お世話になってますし……」

「バカいってんじゃないよなにが世話だい犬猫じゃないんだこのうえケツまでふかされるなんて冗談じゃないよ寝言いう暇あったら自分のやることやっときな。ってローザさんは言う」

「だいたい同じような事いってましたね」


 ボクのモノマネを面白がって、エリカがクスクスと笑う。

 実はコレ、ボクが先日言われたセリフでもある。宿の仕事を手伝おうとしたら、女将に勢いよくまくしたてられたのだ。

 考えてみたらボクの勝手のせいで迷惑かけているのに、そのボクは人の仕事に手を出せるほど暇なのか? という話はもっともである。

 いやまったくごもっとも。


「ローザは可愛いわ」


 ミューズが斜め上に評した。

 テーブルの上に寝そべってなんとも無作法だが、四肢のない彼女の場合まあ体がコンパクトだし、知らずとも事情は一目瞭然であるから咎めるものもいない。というか時間的にまだ半覚醒なので椅子に座らせると転げ落ちそうなのだ。


「かわいい……ですか? 素敵なかたですけど」

「そういう感覚とうの昔に蹴り殺して山に埋めたんじゃないかあの人」

「それはいいすぎ……あ、やだ、想像できちゃった」


 エリカがまた笑う。

 そのエリカといえば、読み書き計算を高レベルでこなす教養を持ち合わせているので、ローザさんはこれ幸いと経営に関わる数字の管理を丸投げしているのだ。おかげでいままで適当だった――大丈夫なのかそれは――仕入れや会計関連の負担は大幅に軽減され、そのうえ帳面上で正確に計算された “ツケ” をテーブルに叩きつけるのは最近の女将の娯楽であるらしく、そのたびにモッドさんは数字を三度見くらいして、酒のおかわりを遠慮するのだった。


「っていうか、ビアンカいないな」

「いつもなら宿の前にいらっしゃるのですけどね。ビアンカさん、なんかあったんですか?」

「ん、忙しいんじゃない?」

「そうじゃなくて、雰囲気が変わったような……」

「んーそうかなー?」

「前より素直にったわね」

「あ、ですよね」


 エリカがミューズに同意する。

 ビアンカの家に遊びに行ってから数日が経った。あのときなんだかとても恥ずかしい思いをした気がするが、それでなにが変わったというわけでもなく。


「それは、もとからじゃないの?」


 エリカとミューズはそう言うが、少なくともボクにはさっぱりわからない。


「誰かの本当や嘘が隠れたり隠したりしていても、それがなんなのかって思うのは結局自分なんだから、誰も何も変わっちゃいなくたって変わってしまったように思っちゃうんだよ。それは優しさだったり、卑怯さだったり。そうやってお互い勝手に思うだけなんだ」

「……マリーさんって、やっぱりすごいですね」


 正直、まとまらないままとぎれとぎれに口から出た排泄のようなつぶやきに、エリカはそれでもなにか感じ入るものがあったのか、頬を赤くして感嘆している。あるいはボクより頭がいいから、ボクの言いたいことをボクより先に理解したのかもしれない。


「ボクなんかいいこといった?」

「さあ? でもマリーはずっとマリーのまよ」

「うーん……?」


 そういってミューズが笑ったので、ボクはなんとなく納得しておくことにした。

 そんなことをしていると、モッドさんがふらりと現れた。


「おう、なんでぇ、朝っぱらから女が額寄せ合ってるなんてろくなもんじゃねぇ。おいローザ! 酒ぇ!」

「朝から寝言抜かしてんじゃないよロクデナシはアンタだよアンタにかまってる暇ないんだよ見てわかんないのかい唐変木!」


 こっちでも唐変木っていうのか。っていうかトウヘンボクってなんだろうな。


「表で大きな声出すなよ……勝手に取るぜ?!」


 モッドさんは返事も聞かずに戸棚から酒瓶を取り出しボクの横にどっかと座る。


「で、誰の悪口で盛り上がってたんだ?」

「モッドさんのなら顔見ていうよ。ローザさんの援護付きで」

「うるせぇ」


 ボコボコと形の悪い錫のマグで酒を煽るモッドさんにエリカが説明する。


「今度の(フェア)でマリーさんが屋台を開きたいんだそうです」

「屋台だぁ? あのなオメェ、やりますつってハイそうですかとはいかねぇんだぜ?」

「知ってらい。ちゃんと手は打ってんだい」


 へへんと胸を張るボクにモッドさんが疑いの目を向ける。


「マーガレットがだろ?」

「当たりだい」

「威張んじゃねーよ。そんで、騎士様はたらかしてエルフ様はなにやってんだよ」

「寝てた」

「……いい御身分じゃねーか」

「ぼかぁ学びを得るのに忙しいの。夜もお勉強してんの」


 現状、弟子のほうが利口なのでボクの面目なんてあってないようなものだし、この世界について知らなすぎる。今更ながら危機感を覚えて、人生ではじめて――いっぺん死んでるが――必死で勉強しているのだ。

 ボクえらくない? 褒めて。


「下々に働かせ、ってそれこそいい御身分だぜ」

「なーにいってんだい朝っぱらから酒浴びてんのはドコのどなた様だい」


 ぱたぱたと通り抜けていく女将がすれ違いざまにツッコミを入れた。

 余計なことをいうと倍になって帰ってくるが、そんな状態で飲む酒はうまいのだろうか。


「おはよう女将、忙しそうだな。なにか手伝おうか?」

「あらオハヨウさん。いいからいいからマリーさんがお待ちかねだよ」


 女将と入れ違いでメグが現れた。今日は白銀の胸当てをつけて騎士の格好をしている。


「あ、メグ。おはー」

「おはようマリー。エリカも。ミューズはまだ眠そうだな」

「おはようございますメグさん」

「うむ」


 ニッコリと笑いながらエリカの横に座ったメグが、今度はじっとりとした視線をモッドさんに向けた。


「モッド殿はずいぶん遅い晩酌だな」

こんばんは(・・・・・)騎士殿。今夜はずいぶんと月が明るくていけねぇな」

(よい)ならとうに廻ったぞモット殿」

「お、上手いこというじゃねぇか」


 ああ、なるほど『(よい)がまわる』に引っ掛けたのか。ウイットってやつかな。酔っ払ってウイっと。なんつって。あーダメだ今のナシ。


「ばーか皮肉だよ今のは感心してんじゃないよ」

「わーってら、いちいち突っかかってくんじゃねぇようるせぇなぁ」


 またもタイミングよく女将のツッコミが入った。


「それでマリー、なにをやるのか決まったか?」

「じぇんじぇん」

「ふむ、しかしマリー。今回は少なからず無理を通した。あまり適当なことをすると先方に迷惑をかけるぞ」 


 メグに軽く釘を刺される。


「あーうん。コロビナさんとカルロス隊長とそれに……」


 モッドさんがいうように思いつきでできることではない。世間知らずなボク的には問題にすることもないのだが、そこは大人の事情、ようは “筋を通す” というやつだ。

 まずカルロス隊長にボクの後援というか後ろ盾というか、こいつはいい奴だ、という保証をしてもらった。メグが推薦状を書いてもらったと言っていけど、いったいボクのなにを推薦したのかはわからん。謎だ。

 ボクなんか真っ先に思い浮かんだのがコロビナさんの困り顔だったのだが、実際のところ先にカルロス隊長に一筆したためてもらうのが正解らしかった。

 ものわかりのいい領主兼教主様は満面の笑顔で「なるほどこれは仕方ありませんなぁ。カルロス殿のお墨付きとあっては無下に断るわけにもいきますまい。いやはやこれも神のお導きでしょう。はっは。まっこと尊きかな。あっぱれ。めでたい」などとつぶやきながら、なにやら書類を取り出してクソでかいハンコを押してくれた。

 コロビナさんもアレでなかなかお茶目なおじさんである。

 こうして出店の権利を得たわけだが、いかんせん商売というのはそれ以外にも多種多様な『権利』とやらが絡んでいるらしい。コネのないボクにはどうしようもないから、だからそのへんの面倒くさいことを商人であるオレーグさんに頼んだのだ。


「オレーグさんって、なんかそういう発言力とかあるの?」


 商家の三男坊とかいっていたが。


「あいつに? ないない。実家はこの辺でもデカイほうだがよ。ま、顔は広いし口もうめぇから、なんとかすんだろ。まぁ安心しな、あいつぁ出来ねぇことを出来るとはいわねぇよ」


 安心していいのかそれは。とはいえ悪友がそういうなら問題ないのだろう。ボクは頼るしかできないエルフだ。


「お店って、やっぱりなにかを売るんですか?」

「そう思ってんだけど、なにがいいやら。まずなにがダメなのかがわからんのだよねー」


 エリカの問に答えながらテーブルの上で体を伸ばと、ミューズの尻が目の前にある。

 実際、オレーグさんの返答がなければ何も決められず行き詰まっているのだ。


「いっそ体でも売るかい――」

「モッド殿!」


 モッドさんの軽口にメグがものすごい剣幕で怒鳴った。真横のエリカがが驚いてキヲツケの姿勢をとっている。


「ちっ……悪ぃ。調子こいたわ」


 頭をかきながら立ち上がったモッドさんは、聞こえるか聞こえないかくらいの声で小さく詫た。

 そしてそのまま、ふらりとどこかへ歩いていってしまった。


「あの、私……」

「エリカは気にしない。今のはモッドさんが悪い」

「そうね、後でローザにたっぷり叱ってもらいましょう」


 ボクがいうとミューズが同意した。オロオロとしていたエリカが苦笑いする。

 ローザに怒られる、とういうことで溜飲も下ったらしく、メグが鼻息をついて椅子に体を預けた。

 メグなら怒鳴るだけだろうが、ローザさんはそれプラス何かしらの鈍器で殴りかかるだろうから、モッドさんは今のうちに頭蓋骨に保険でもかけておいたほうがいい。クワバラクワバラ。


「黒革の剣士殿が難しい顔で歩いていったけど、なにかあったのかな?」


 そのモッドさんと入れ違いにビアンカがやってきた。

 いつもは宿の前でボクを出待ちしてるのに、遅刻とは珍しい。

 ビアンカはテーブルに置きっぱなしの酒瓶と周りのメンツを交互に見つめ、やがてなにか合点がいったように深くうなずいた。


「なるほど、どうりで私を見て気まずそうにしたわけだ。女性にたいして短慮な発言をしてはいけないね。ふふ。そしてマーガレットは怒った顔も素敵だね。しかし女将に怒られたほうがスッキリしたんじゃないかな彼は。ふふ」


 名探偵は遅れてくるという。


「朝から冴え渡ってるな、でも遅刻だぞ」

「皆の顔を見ればわかるさ、ふふ。途中でオレーグ殿と出くわしてね」

「一緒じゃないの?」

「忙しいから顔を出せないといっていたよ」


 むぅ、忙しいなら仕方ない。しかし困ったな、話が進まないぞ。


「あ、ビアンカさん。椅子を――」

「ああ、憂いに震う少女よ儚い花よ、陰ることなく長しなに……花がなぜ美しいか知っているかいエリカ嬢」


 気を利かせて椅子をひこうとしたエリカの肩にビアンカが手を置く。ビアンカの言動が読めずエリカが目をパチクリさせている。


「えっ……と」

「花はただそこにあるから美しいのだよ。うふふ」

「あの、はい……?」


 朝から絶好調じゃねーか。誰だよビアンカが素直になったって言ったやつ。

 うふふ、と意味ありげだがおそらく無意味に微笑むビアンカは、先程までモッドさんが管を巻いていた椅子に腰掛けた。


「やあ、ミューズ。君はまだオネムかい?」

「おはようビアンカ。少しね」


 ミューズの頬に手の甲を押し付け愛おしそうな表情をしていたビアンカが、思い出したように顔を上げる。


「ああ、そうだ。オレーグ殿から言伝を預かっていた」

「あ、欲しい」

「遅刻のぶんは挽回できそうだね、ふふ。話はつけた、が売り物は各ギルドの管理していない商品に限る。またギルドに所属する職人や職能ある非所属の個人の利益も脅かさぬよう。だそうだよ」

「あーやっぱりそんな感じか……」


 よそ者が入り込むスキはそもそもないらしい。


「えーと非所属の個人、ってなに?」

「副業や間接雇いの労働だろう。そのような職を斡旋する業者もある」


 顎に人差し指を置いてメグが言う。


「アルバイトみたいな?」

「そのアルバイトというのが何かわからんが……例えば、書生が代書を行ったり、女性なら針子か」


 ルースもたまに御用聞きでお駄賃をもらうっていってたな。師匠のボクは絶賛無職中であるが、生活力のないダメ人間なので生きてるだけでこれはもう奇跡である。胸を張らせてもらう。

 しかし一般人の数少ない労働手段を奪ってしまうのは確かによくない。ボクの生きていた物質社会と比べれば、この世界に大量生産大量消費などあるはずもなく、であればそういう隙間のような労働が街の経済にとって重要な要素であってもおかしくはない。個人にとっても、それは片手間でもなければ遊ぶ金欲しさでもないだろう。切実なのだ。


「あ、マーサさんの料理も?」

「ん? ああそうだね。あれも報酬を渡しているよ」


 ビアンカハウスでごちそうになった料理もそういったシステムのうちなのか。


「お料理、だめなんだ……」

「エリカの料理に期待したのだがな」


 残念そうにつぶやくエリカにメグが冗談めかして肩をすくめる。


「お茶淹れますね」


 エリカがお茶を淹れるために立ち上がった。気の利く娘だ。


「サンキュー……あ、お菓子は? クッキーとかレモネードとか。定番の」


 といってガマグチから茶請けにチョコチップクッキーを取り出す。カカオはやはり高級品なのだろうか。

 クッキーを口に運びながらビアンカが言う。


「定番かはわからないけど、粉ものは組合がうるさいだろうね。焼き菓子はパン屋の領分だし、柑橘も仕切っているのがいるよ……ふふ、これは美味しいね」

「そもそも食品は衛生面で規制がかかっている。また別の許可がいるんだよマリー」


 そういってメグがクッキーをふたつに割った。

 たこ焼きも焼き鳥もリンゴ飴もだめか。

 いよいよ手詰まりだ。ミューズの口が貯金箱のようにクッキーを飲み込むのを眺めながら、女三人がうーんと唸る。


「ビアンカさん、他になにかきいてませんか?」


 鍋で煮出した紅茶とカップを持ってエリカが戻ってきた。


「ああ、そういえば。マリーの持ってる “珍しいもの” なら、きっとよく売れるだろうといっていたよ。キミのおかげで思い出した。ふふ、ありがとうエリカ嬢。でも、どういう意味だろうね」

「いえ、さあ」


 エリカは二つの問にふた言だけ返し、ビアンカの前に湯気の立つカップを置いた。


「先に言えそういうの。ほかには?」

「今日もお綺麗ですね」

「見境ねぇなメガネ」

「社交辞令だろ? たまに言われるもの。ふふ」


 ビアンカの場合、本気で言われても気づかなさそうだが。

 

「でも、珍しいっていったって……」


 いったいなんだろうか。思いつかない。というか、どうしてみんなボクの胸元を見るのだろうか……いや、そうかわかったぞ。ボクの持っている特別珍しく価値のあるものといえば、コレしかないじゃないか。


「そうか! おっぱいだ!」

「違うと思いますよ?」

「だってエリカ、唯一無二だよ」

「二つありますけど……その、いつも胸元にある――」

「えっ、ミューズ?」

「あたし?」

「いえそうじゃなくて」

「言い値で買おう」

「もう! ビアンカさんまで! ……メグさん、あの、私では役に不足なようです」


 ボケ倒したらエリカがギブアップした。オマエノチカラハソンナモノカ。


「ああ、だからマリーのその桃色の……なんだそれは、カバン? でいいのか? それのことだろう」

「え、ガマグチはだめだよ。コレないとボク死ぬもん」

「いやいや、それ自体でなく、そこから取り出すモノのことだろう。なるほど “エルフの逸品” ならば競争相手もいないからな」


 納得したようにメグがうなずいた。

 てっきりスルーされてると思ってたのに、どうやらガマグチが便利道具だと認識されていたのは少し驚いた。いや多分、エルフがヤベーもん持ってるという感じなのは間違いないだろう。ボクにしてもコレはヤベー道具だと思ってるし。


「美味しいものが出るカバン?」

「ミューズの認識はそなのね。でもこれボクが制御してるわけじゃないからなー。なに出るかわかんないもん」

「いましがた焼き菓子を出したじゃないか」

「でもねメグ、ボク確かにお菓子が出ればいいなーと思ってたけど、チョコチップクッキーなんか思い浮かべてなかったし。そもそも宣言と違うもん出るし。かと思えば状況把握してるフシもあるし」

「……気持ち悪いな」


 メグが軽く身を引いた。


「技術的にあっちゃいけないもん出すし」


 といいながらガマグチに手を入れる。くじ引きの気分だ。


「なんですかそれ?」


 エリカが横から覗き込む。 

 なんだろう、ハイテク文鎮? 便利すぎるものって説明めんどくせぇな。

 疑問には答えず、リンゴマークの携帯端末をそっとガマグチへと戻した。元いた世界でもボッチのボクには過ぎたる物だったのだ、ファンタジー世界にはなおさら無用の長物である。


「ね? というわけだ」

「よくわかりませんけど。なんですか今の」


 中学生になるまで我慢しなさい。ってエリカは年齢的にそのくらいだっけだっけ。


「SNSは体に毒だからダメ!」

「あの、はあ……?」


 首をかしげるエリカを知り目にお茶をすする。

 紅茶ではなくなにかハーブ的なものだろうか。いい香りがする。しかしそもそも紅茶はあるのか。あったとしても高級品かもしれない。

 高級、といえばこのカップなどもそうだ。この世界だとコップのたぐいは個人の財産なのである。来客用のティーセットなんてとても貴重なのだ。ポットが欠けているとはいえ、女将はこのティーセットをずいぶん大事にしているようだし、それに触れられるエリカは相当に信用されているのだ。

 とはいえ以前の客は酒しか飲まなかったので、メグやビアンカが顔を出すようになりようやく活躍の機会を得たのである。


「これってなんで高いの?」


 興味本位でエリカに尋ねる。


「カップですか? えっと……」

「白磁は南方の名産だ。これも良い品だぞ」

「装飾も控えめで品が良いね。ローザはいい趣味をしているよ」


 メグが解説し、ビアンカが褒める。


「真っ白だから青い模様がよく映えますよね。このお花、可愛くて好きなんです」

「ふふ、ホントだね。なんの花だろうね」

「ん、ジャスミンかな。暖かい地方でよく咲くらしい」

「お詳しいんですね」

「あ、いや、知り合いの受け売りだよ」

「ふふ、マーガレットなら売るより受け取る側だろうさ」

「まぁ、そうなんですか?」

「いやぁ、どうだろうなぁ」

「あ、なんですか、気になります」


 カップの品評がやがて女子トークに変わっていくのを聞き流す。

 ボクの疑問はおいてけぼりだが、要は希少さより距離の問題なのだろう。つまり流通コストだ。そしてコストがかかるものは高く売れるのである。

 小売の話だけではない。買付、仲介、保管に輸送。諸々のコストとはそのまま誰かの利益なのだ。付加価値というやつだ。それに税もかかる。

 食品にだって権利が絡む。権利がまた利益を生む。いよいよボクの付け入る隙がない。

 うーん困った。

 なんかこう、もっと身近で、むしろ ”売り物にならない” ようなものないかな。


「ビアンカさん髪きれいですよね。なにかしてるんですか?」

「ふふ、香油で梳いているよ。この髪はね、私の数少ない自慢なんだ。だから奮発して良い香油を買うんだ」

「香油かぁ。うーん、私にはちょっと手が出ないかなぁ」

「騎士団にいると気を使う機会がないな」


 やっぱ女の子は髪に気を使うのか。みんな髪長いもんな。


「シャンプーとか使うの?」

「しゃん?」


 会話に加わろうとしたらエリカにおかしな顔をされた。


「あ、ごめん。石鹸とか。あれ? あるよね石鹸。ない?」

「石鹸はある。だが髪につけるものではないぞ?」


 メグまでおかしな顔をする。

 おや?


「いや、洗うのに」

「お洗濯ですか?」

「いやいやお風呂で、体とか」

「お湯屋なら寄付があればたまに行けますけど」


 エリカが首を傾げる。

 お風呂も贅沢なのか。


「たまに? 普段は?」

「行水だよ。ふふ、石鹸で体を洗うなんて医者のようだね」


 おやおや?

 それにしては臭かったりしないので、気はつかっているのだろうか。まぁ美少女が臭かったら台無しだもんな。っていうか騎士でも行水なのか。


「マリーあのね。石鹸は臭いわ」

「え、石鹸が臭いの?」


 ミューズが寝返りをうちながら言う。

 そういえばエコ石鹸とか油っぽい変な匂いがしたな。ああいう感じだろうか。


「だって石鹸ってお料理のあとの油とか獣油で作るのよ」

「え、そうなの? っていうか手作りなのか」

「いい匂いのもあるわ。でもすごく珍しくて高いの。体を洗うためだけの石鹸なんて、王様しか使わないんじゃないかしら」


 逆にじゃあミューズはなんでそんな事知ってるんだろう。王族にお世話になったことあるのだろうか。ありそう。


「そうでも……ん、いや。質の良い植物油がある地方だと別だが、生産も輸出も厳しく管理されているようだぞ。うん」


 おやおやおや?

 メグがなにを言いかけたのかは気になるが。今は置いておこう。

 つまり、一般的だが売るものでも売れるものでもないと。


「参考までに聞くけど……」

「いや、いないな」


 ボクがすべて言い切る前にメグが答える。

 つまり管理されてもいないし、それを売る者もいないのだ。


「ひらめいた」

「ふふふ、なにか思いついたようだね」


 頬杖をつくビアンカがことさらに面白そうな顔をする。

 ボクはゆっくり立ち上がって宣言した。


「今からみんなでお風呂に行こう!」


 なお、めくるめく入浴イベントはメグの猛烈な反対により却下された模様。


日常回なのに書き直しがたたって文字が多い……

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