表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/57

ポンコツエルフ絶体絶命

場面は変わって第四十九話

 そのあとの騎士たちといえば、ビアンカを囲んでなんとか彼女の技を盗もうと、そしてあわよくば自分も一試合挑もうとしたりで、ほとんど芸能人を出待ちするインタビュアーのようなありさまだった。見かねたカルロスさんが「天賦だ、生半では身につかない」と申し渡したものの、ほとんど火に油を注ぐのとかわりなかった。

 ビアンカは、絡むのは得意でも絡まれるのは得意でないとみえ、のらりくらりと質問攻めを受け流しながら、しきりにボクの方に視線をくれていた。

 人だかり、というか暑苦しい騎士だかりの中にルースの後ろ姿もあった。アウェイで暴れたビアンカは、結局どういうわけかファンを増やしてしまったようだ。

 メグはひと昔前のラグビー部よろしく、頭から水をぶっかけられるという乱暴な対症療法をされたのにかかわらず、非常に晴れやかな顔で目を覚ました。頭を蹴られておかしなスイッチが入ったわけでなく、単純にスッキリしたらしい。憑き物が落ちたように穏やかな表情だったが、ぺたりと座り込んでへらへらと笑う様は、ララポーラでなくてもヒヤヒヤとした。

 ボクとしては、体育会系は異世界にいるのだなぁ、という感じである。


「ねえマリー、しんけんしらはどりってなあに?」


 大通りを歩くボクの胸元でミューズの虫の音の声がリンと鳴る。

 ボクは抱きかかえた彼女の頭頂部に向かって答える。


「あー、両方の掌で振り下ろされた剣を挟むんだよ。達人の防御術」

「まあ凄い、そんな事できるの?」


 ボクはできませんでしたね。っていうか剣と魔法の世界のくせに、真剣白刃取りを誰も知らない。おかげで皆のボクを見る目が完全に頭のおかしい奴を見るそれだった。


「掴んだあとはどうするのかしら。後ろにもうひとりいたら大変ね」


 ごもっとも。現在剣豪を営んでいる諸兄には、白刃ではなく堅実な手段を取るよう切にお願いする次第である。

 さもなければ頭にコブを作ることになる。


「マリー、頭大丈夫?」

「うぐ……その言い方だとボクが頭おかしいみたいじゃない?」

「……」

「なんかいってよ!」


 そして判明したのだが、どうやらボクは皆にポンコツだと思われているらしい。

 いやまぁ、ポンコツの自覚があるから別にそこは否定しない。否定はしないが、それよりだってボクは美人だしおっぱい大きいしエルフだしクールでデンジャラスで唯我独尊だし瑞々しい酸味と濃厚なコクここ数年で最高の出来だし美人なのだ。しかもおっぱいが大きい。そういった要素を差し置いてポンコツという評価は、これは不当であるとボクは訴えたい。実際そう訴えたら、ルースに「ポンコツおっぱい」なる不名誉な渾名を拝領した。


「ルースのやつあとで覚えてろよ……」

「エリカが笑ってたわ」

「知ってる」


 その渾名がツボに入ったのか、エリカは膝に乗せたミューズの髪に顔を埋めて、必死に笑いをこらえていた。意外と笑いのハードルが低い娘だ。

 まぁ、年頃の女の子が理不尽な理由で怒ったり泣いたりするよりはずっといいのだけど。


「魔法使えるようになったのね」

「黙ってたわけじゃないんだけど、それどころじゃなくて」

「大活躍だったものね」

「大立ち回りではあったね……」


 なんというか、少しムキになってしまったボクは、有り体に言うとやらかしてしまった。

 メグもビアンカも確かにすごい。だが凄い二人の影に隠れて、あまつさえポンコツの評価に甘んじては、紛いなりにも師匠などと名乗れるだろうか。ジュジュやドータなどはそれでも構わないと言うが、フォローになってないから普通に泣きそうになった。お情けの尊敬ではただでさえお煎餅みたいなボクの面目がクレープよりも薄く潰れる。

 それでは困る。

 冷静さを欠いてIQがチンパンジーより少し上くらいになったボクは、魔法発動時にあろうことか某有名作品の必殺技の名前を二、三ごちゃまぜにして叫んでしまった。


「私にはなにもわからなかったけれど……」

「目で見えるものが全てじゃない、なんていうけどね」


 しかしそれが逆に良かったのかもしれない。フィクションの中で強烈なインパクトと大量の破壊を生んだ必殺技の混成物は、しかし第四の壁のこちら側に未曾有の大災害を持ち込むことはしなかった。

 ただ少しばかり、派手に炎の龍が飛び回ったり燃える竜巻が十二本くらい暴れまわったり真っ赤な隕石が落ちてきたり地面からマグマの巨人が飛び出したりで、阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられたぐらいだ。


「みんな驚いてたわね」

「死人が出なくてよかったよ。マジで」


 ホント申し訳ない。

 それらフィクション産まれの黙示録的イリュージョンは熱風や衝撃波をもたらすことはなく、ただ数人の信心深い騎士と、不運にも目撃してしまった聖堂側の人をショック状態にしただけだった。

 ホント申し訳ない。

 訓練場に駆け込んできた領主兼主教のコロビナさんが、頬を引きつらせながらも必死になって柔和な顔を維持していたのを思い出す。無論のことコロビナさんにも了承をとっての出来事なので、彼も怒るに怒れなかったのだろう。胃痛のネタを提供してしまった。


「みんなの前でゲロ吐いちゃうし……まいったなぁ」


 そしてお約束のように魔法を使った反動で嘔吐したのがフィナーレ。泣き面に蜂。ボクがなにしたっていうんだ。


「ねえそれ、どうしちゃったの?」


 訓練場の真ん中で倦怠感に呻くボクを遠巻きに見ながら皆ドン引きしていた。そりゃミューズも困惑するわな。そもそも何だかよくわからない、そしてなにをするかわからないのがエルフだそうだが、今のボクは完全に『ヤベーヤツ』にランクアップしている。

 カルロス団長だけがアゴをさすりながら、短く「派手ですな」簡潔な感想を漏らした。呆れていると言うより、なにやら感心した様子だったが。


「わかんない。ハープが、ああ、友達のエルフね。ハープが言うには、えーとなんだっけ。難しくてよく覚えてないや」

「難しいの?」

「魔法に詳しい人に手伝ってもらえばいいとかいってたな、たしか」


 カルヴィークの街は夕焼けに包まれて、色彩豊かだった町並みが赤いフィルターを通したように、石畳も、家々も、そこから流れてくる香ばしい匂いも、すべてがほのかな暖色を帯びて、やがてくる宵闇の寂しさを前にしながら、溜め込んだ真昼の喧騒を穏やかに放出していた。


「先生ならなんとかしてくれるかな」

「先生? ミューズの?」

「そうよ、私の先生」


 おそらく彼女がボクのことをすべて知らないように、ボクは彼女のことをよく知らない。べつに隠しているわけでわけない。必要がないのだ。ボクらはなんというか、ずっと深い所で繋がっている、ような気がする。ミューズもそう思っているはずだ。うぬぼれでも勘違いでもない。ただ根拠がないから口にはしない。でも、そのくらい彼女といるのが “しっくりくる” のだ。だからお互いに、お互いのアイデンティティの確認というのが、例えばボクの耳がなぜ顔の横についているのか、と問うのと同じくらい意味のないことと思ってしまうのだ。

 そんななので、彼女の言う『私の先生』という言葉の響きに、ことさらに奇妙な感覚を覚えた。それこそ、ミューズの手足のように、ボクには触れられない様な、ずっと遠いところにあるなにか特別な、そんな感覚。


「ジェラシー」

「なあに?」

「なんでもない。先生ってどんな人?」

「いい人よ、優しい人。私を人間にしてくれた人」


 むちゃくちゃに気になることを言う。


「昔話は先生が教えてくれたの?」

「そう。私は本が読めないから、たくさん読んでもらったわ。それから世の中のこととか、礼儀作法とか。生きていくためのことをいろいろ」


 楽しそうに話すミューズの声を聞きながら、多少の焦燥感を感じてしまう。同時に自分がこんなに小さな人間なのかと思い、嫌悪感で軽く奥歯に力が入った。


「でもね、お小言が長いのよ、途中で眠くなっちゃうくらい。私が居眠りすると、またそれで怒られちゃうの。おかしいでしょ」

「……お父さんみたいだね」

「うーん。というより、おじいちゃんかな。だって私よりずっと歳上なのよ」

「そっか……そっかー」


 なんか少し安心する。人間なんて勝手なものだな。

 本がたくさんあるというから、この世界ならお金持ちかもしれない。物知りなら知識人だろう。森の中に隠居する白ひげの賢者みたいな姿を想像した。


「会ってみたいな」

「そうね、マリーは教わることが多そうだもの」

「えーひどい。そして否定できない」

「もし会いに行くなら、メグも一緒がいいわ」

「メグ? そりゃ楽しそうだけど。なんで?」

「ひみつ」


 ミューズがいたずらっぽく笑う。

 なんだろうな、気になる。是非に会いに行こう。


「マリー! ミューズ!」


 大通りの向こう、太陽を背にした人物が手を振っている。

 派手な帽子や剣やらを身に着けていないから、パンツスタイルでなければ町娘に見えないこともない。


「こんばんわビアンカ」

「こんばんはかわいいミューズ、さっきよりももっとかわいいね。これからどんどん可愛らしくなったら私はどうかしてしまうよ」


 これ以上か。対処できんぞ。


「さあさあ、ここだよこっちだよ。もうあんまり待ちくたびれて、迎えに行こうかと思っていたところだよ」

「すれ違いになるよ。ボクらまっすぐ来たからそんな待たせてないぞ」


 長い髪を頭の後ろで纏めたビアンカはなかなか新鮮で、それなりに魅力的だった。彼女の美しい黒髪は本人の過剰なミステリアスさと相まってぞろぞろとした印象を与えるが、こうやって小さな顔の輪郭がはっきり見えると、やはり美しい女性なのだなとしみじみ思う。

 まあボクのほうが美人ですけどね!


「待ったさ、待ったよ。私は待ちながら二人とどんなふうに楽しい時間を過ごすかずっと予行練習していたんだよ。何度も繰り返したからいま家の中にマリーとミューズが十五人いる」

「なんで奇数なんだよてか多いな! 都度出せよ! 家から!」

「大丈夫、私の陳腐な妄想なんか本人の前でたったいま霧散したさ。さあ早く入ってはいって。ああうれしいなぁ。友達が私の家に遊びに来るなんて。ふふ、死にそう」


 生きろ。

 見てわかるくらい興奮したビアンカが、ほとんど抱きつくようにボクの腕を掴んで、強引に屋内へ引き入れようとする。

 彼女はミューズとの約束を律儀に守り、ボクら二人を夕食に招待してくれたのだ。そもそも家に入るつもりだし、今更逃げようとも思わないから、こんなに強く腕を掴むこともないのだけど。

 ビアンカもしかして友達いないのかな。

 敷居をまたいで入ったビアンカの家は、おそろしく殺風景だった。現代風に言うと “1LD” だからキッチンはない。この世界、大きな窯を近隣住民で共用するから、屋内調理はしないらしい。つまりこれはこれで標準である。外観だって他の家と変わらないから、騎士というのも大概に薄給なのかもしれない。

 しかし、それにしたって少し寂しい。


「なんにもないなオマエんち」


 室内面積に対して物が少ない。こざっぱりとしているのでなく、決定的に未完成なのだ。この家の持ち主がどんな人物か、推理できる要素がない。

 掃除こそいきとどいているようだが、それが逆に生活感まで排除していた。引っ越しの途中といわれれば納得してしまうだろう。


「私の家はね、四人家族だったんだ。でも一人暮らしになるとそれじゃ多いだろ? だからわからなくって、私には」


 要領を得ない返答に少し戸惑う。つまり一人暮らしに必要なもののサンプルがなくて判断できない、ということなのだろうか。


「わからないって、必要な物買い足していけば増えるんじゃないの」


 ビアンカは答えるかわりに肩をすくめ、両方の手のひらを広げて部屋の一角を示す。

 そこは彼女の寝床だった。

 どうやら彼女にとっての必要な物のすべてということらしい。

 簡素な寝台に薄い毛布。上に外套が無造作に投げてある。その脇の小さなキャビネットには金属のマグと、花瓶がひとつ。花瓶の花は(しお)れていた。


「テーブルや椅子や、食器なんかは大急ぎで借りてきたんだ。ふふ。友達が来るといったら皆驚いていたよ」


 ご近所付き合いはあるのか。

 しかしテーブルや食器なんかもないなら、普段の食事はどうしているのだろうか。

 ビアンカが笑いながらロウソクに火を灯す。夕日が沈みきると室内は夜より暗くなってしまう。

 

「人形?」


 ベッドの枕元に人形がおいてあった。荒い目の布製で、緑色のドレスを着ている。なんだかえらく素朴な人形なので、ビアンカの趣味だとしたら少し意外だ。


「その子はね、マリーというんだ。本当はニッキーだっだけど、マリーにしたんだよ。赤毛も可愛かったけど、やっぱり金色にしたんだ。私がやったんだよ。服も。うまいだろ? それにね、耳も尖らせようと思うんだ。でも、それって痛そうだよね。どう思う、マリー?」


 こわ、こっわ。

 人形にボクの名前付けて髪まで植えかえたの? それと一緒に寝てんの? それ本人の前で言うか? マジで? こっわ。


「耳はやめといたほうが、いいと思う」

「そうだね、そうするよ」


 頬が引きつって、おかしなところで息継ぎの入ったボクの返答に、ビアンカが満足げに頷いた。

 これはあれか、選択肢を間違えると刺されるやつか。

 しかし、思い余って人形をカスタムしちゃう(いさぎ)のよさと、その人形の有りもしない痛みを感じる感傷とが、彼女の中に同居しているのだな。思考のリズム感が独特というか、なんというか。

 そのビアンカがボクの胸元を見ていう。


「マリー。ミューズはどうしちゃったのかな」

「え、なに……うわぁ」


 ミューズが大きく口を開けたままよだれを垂らしていた。

 アホの顔だがアホになったわけではない。夕飯を食べるために体中の血液を胃に集中させスタンバイ状態に入っているのだ。頭に血がまわってないのでアホかもしれない。いやたとえアホでもかわいいアホだ。七、三でかわいい。

 つまりミューズは可愛い。いいね?


「寝てしまったかな」

「やだよ寝顔最悪じゃねーか、台無しだよ。お腹空いてるんだよ」

「ああしまった! 浮かれて忘れるところだったよ。夕飯をごちそうするんだったね。さぁ二人とも座ってくれたまえ。さぁ」


 ビアンカが椅子を引いて急かす。

 借り物だというテーブルの上に皿が数枚、中央に金属の蓋をかぶせた大きい器がある。あ、凄い、こういうの映画でしか見たことない。これがメインディッシュだろうか。なんかテンション上がる。


「ビアンカが作ったの?」

「そうだよ。二人のために頑張ったんだ。さあ開けてごらん」


 ビアンカが対面に座り、両手で頬を支える。よっぽど楽しいのだろう。目を細めてイタズラな子供みたいに笑っている。

 ボクは勧められるまま手を伸ばした。


「へー、ビアンカも料理できるなんて意外だなぁ。人形直したり料理したり、意外と器用なんだね。なに作ってくれ……なんてこったい」


 なにも入っていなかった。

 空気だろうか。美味しい空気だろうか。名水の流れる滝まで行ってマイナスイオンたっぷりの美味しい空気を持ってきたのだろうか。

 いちおう蓋の裏も確認したが、キャベツも青のりもついていなかった。

 蝋燭の火が揺れた。


「君のために作ったんだよ」

「ヒエッ」

「召しあがれ」

「ヒエーッ」


 なんてこったい。

 空の器を見たまま身動きのできないボクに、実に楽しそうにビアンカが言う。

 そうか、そうきたか。もうダメだ。この家に踏み込んだのが間違いだった。呪われた家だここは。脱出するにはビアンカを除霊しなきゃいけないがニンニクも十字架も効きそうにない。そもそも彼女はボクより強い。

 頼みのミューズはアホになっている。

 ビアンカが自分の前のロウソクをテーブルの中央に寄せた。壁に映った彼女の影がひと回り大きくなる。


「美味しい?」


 一瞬その影の口のあたりがパックリと開いた気がした。


「マリーのために、作ったんだよ」


 仄暗い闇の中で光る蛇の目がゆっくりと繰り返した。


3話連続同じロケーションだとテンポ悪いので回想でお茶を濁す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気に入ったならブクマや評価をお願いします。
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ