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黒髪騎士は反省しない

さすがケモっ娘なんともないぜ!第四十七話

「マリー!」


 呆けていた。

 メグに名前を呼ばれて我に返る。

 忘れていたわけじゃない、考えていなかった。ボクは戦争がどんなものかまったく知らないわけではないし、そこでなにがあって、そしてどうなったのかを、文字や写真や、あるいは誰かのたとえば懺悔であるとか、そういったものも見聞きしたことだってある。

 ただ、ボクは知らなかった。戦場に、そこにいた人間が、そこからなにを持って帰るのかを、ボクは知らなかった。

 メグに目で合図すると、頷いた彼女がララポーラの前に立つ。

 彼女が左手で剣の柄頭に触れているのを見て、心臓が止まりそうになる。


「ビアンカ! ちょっと、まって」


 ビアンカを止めようと彼女の肩を掴んだ。


「落ち着いて! 落ち着こう! ね? ってちから強っ!」


 身長こそ同じくらいだが、目方なら肉付きがよいぶんボクの方が重いはずだ。だというのに、ボクがほとんど全力で踏ん張っていても、押し負けてズルズルとつま先が滑る。


「ちょいたんま! たんまだって! はなし聞いて!」

「ふふ、マリー」

「たんまだっ……うん。落ち着いた?」

「とどくよ」


 なにが。

 ボクが聞き返すより早く、ビアンカが剣を振り上げた。いや、彼女の腕はだらりと下がったままだ。ボクの髪だけが巻き上がったのだ。

 桃の香りがする。

 魔法だ。彼女は魔法使う気だ。

 いや、もう使った。


「メグ!」


 慌てて振り返ると、メグが苦いものでも口に入れたような表情で固まっていた。


「ふふっ」


 ビアンカが笑う。

 ララポーラのかぶったフードが真ん中から裂けてはらりと落ちて、猫科の耳が露になる。前髪の束が舞う。少女の額から薄く血がにじんだ。

 異変に気付いたララポーらが、ゆっくりと額に手を当てる。


「あ」


 指先の朱を確認た少女が、肺の空気をすべて吐き出し、麻痺した声帯からかすかな悲鳴をあげる。


「ほら、いた」


 若干の歓喜を含んだ粘度の高いビアンカの声に、背中の産毛が逆立つ。


「 “白金の騎士(パラディン)” !」


 メグが剣を抜くと同時に、三体の亡霊のような騎士が現れた。


「止まれビアンカ!」


 杖を抜いて叫ぶ。振り返ったボクの目の前で、黒髪が軌跡を描いて踊っていた。

 ビアンカが音もなくボクの脇を抜ける。体をひねって追いかけるが、すでに彼女の背中が見えるだけだ。

 ああ、ボクはさっきからクルクル回って馬鹿か。コマかボクは。

 まだ距離はある。ララポーラはぺたりと座り込んでいるが、額が軽く切れているだけで命に別状はない。その少女を盾を構えたパラディンが守っている。ビアンカは「とどく」といったが、二発目の魔法は放っていない。距離によって威力減退でもするのだろうか。

 ビアンカが野生動物のように身をかがめて駆けている。ボクとビアンカを遮るものはない。今魔法を使えば間に合う。

 間に合う? 何がだ? 

 ボクはビアンカに魔法を使うつもりなのか? どうなるんだ? 小石のように弾けるのか? それとも木の幹のように風穴でも開けるつもりか?

 スローモーションのように揺れる彼女の背中を杖越しに狙う。手が震える。心臓が痛い。

 当たらなかったらどうなるんだ。狙いがそれてメグやララポーラに当たったらどうする? パラディンの盾はボクの魔法を防げるのか?


「ああ! もう!」


 逡巡している余裕はない。やるなら今だ。今やらなければ取り返しがつかなくなる。

 でもそれで、それからボクはどうすればいい?


「戦争はキライです」


 少年の声が響いた。

 パニックで鈍くなった聴覚を刺激されて、小鳥のさえずりが妙に大きく聞こえる。


「大人はすぐに剣を抜く」


 アルボがいつの間にかボクの横に立っていた。 


「血を流さなくても、痛いし、苦しいんだ」


 少なからず苛立ちをはらんだその声は、間違いなくビアンカに向けられていた。


「戦争はキライだ」


 アルボがもう一度、独り言のように繰り返す。

 あるいはそれは、先程ビアンカと交わした会話の続きなのかもしれない。まるで脈絡のない短く唐突な少年の主張は、それでも黒髪の騎士の動きを止めた。

 小鳥が飛び立って、梢から木の葉が散った。


「ねえ、マリー。私は、間違ってしまったのかな」


 ビアンカが振り返りもせずボクに尋ねる。


「私はこれから、どうすればいいのだろうね」


 いやなぜボクに聞くの。どうも彼女はなにやらボクに期待しているようだ。ボクなにかしたっけ?


「大丈夫だよ」


 根拠というほどのものではない。万年ヒキコモリだったうえに人生半ばで死んだボクだ、ただでさえ人生経験が足りないのだ。それでなくともビアンカの思考パターンは読み取りにくい。世に照らさばが通用しない変わり者なら、我が身に照らして思いを巡らすよりほかない。


「キミはその娘を傷つけなくてもいいんだ」


 たかが子供の言葉で迷って、迷った挙げ句ボクに答えを求めたのだ。焦っているから体だけは動くが、考えなしだからどうしていいかわからなくなるのだ。

 よくわかる。

 だってそれは、それじゃまったくボクじゃないか。


「ララポーラはね、ボクの友達なんだ」


 根拠が必要なのは、いつだって迷っているヤツなんだ。

 ビアンカが小さく「そうか」といって、一瞬だけ空を見上げた。それから、剣を腰に納めなに事もなかったようにツカツカと歩きだす。

 ランウェイもないのにナチュラルにパリコレウォーキングをこなすのは彼女の常である。冷静さを取り戻したという事だろうか。

 いまだ警戒を解いていないパラディンの前に鼻も当たらんかというほど近づいて、飾り羽のついた帽子を胸に当てると、その場にすっとしゃがむ。


「時が流れるのを知らないわけではない。それがどれほど忘れ難いことなのか、自分では理解できていなかった。頭より体が先走った。愚かで不器用な女だと笑ってほしい」


 片膝ついたビアンカが頭を下げてそういった。

 彼女なりの謝罪なのだろうか。でもそれじゃ言い訳ですらなく、ただの “理由” だと思うけど。


「あ、あの、ええと。平気ですから」


 いっぽう頭を下げられたララポーラは、なんというかケロリとしていた。


「私の額に同じ傷をつけても構わない」

「え、いえ、そんな。びっくりしたけど、平気ですから。じゅ、獣人はこのくらいならすぐ治るんです本当に」

「慌てふためく様が実に可愛らしいね」

「え、あの、ありがとうございます、あの」


 あ、平常運行ですね。

 その様子を見たメグが、安堵か呆れかのため息ついて剣を納める。同時にパラディンも消えた。


「これでいいかな、アルボ」


 緊張で喉に詰まった息を思い切り吐いて、ぐったり脱力したままボクがそう問うと、アルボは返事のかわりに紙パックに残ったジュースを音を立てて吸い上げた。思ったことを表に出さない子だよな、この子も。

 ふと見ると、他の子たちがなぜか一箇所に固まっていた。皆なにが起きたかわからずキョトンとしている。避難誘導したと思われるルースは、頭の上で腕を組んでわざとらしく口笛なんか吹いていた。

 うーん。なんだボクだけがモタモタと何もできなかったんじゃないかコレ。

 そろそろスネそう。


「終わったかしら? 誰でもいいから、私になにがあったか教えてくれないかなぁ?」

「あ、うん。なんでもないうわミューズ大丈夫?!」


 おそらくビアンカが立ち上がったときに放り投げられたのだろう、ベンチに半端に引っかかったミューズがシャチホコみたいな格好で地面に顔面着地していた。

 慌てて駆け寄って抱き上げる。


「怪我してない? 平気?」

「平気じゃないの! 痛いの!」


 怪我はないようだが、いつかみたいに頬をぷっくり膨らしらミューズが唇を尖らせる。

 かわいい。

 でもこれはガチギレじゃないな。ガチだと噛むからなこの娘は。


「ビアンカ!」

「おやおや、ユニークな表情だなぁ」

「感心してないでフォロー」

「そうだね……夕飯でもご馳走しようか」

「オマエいくらミューズでもそれで許すと――」

「許します」

「許すってよ!」

「ふふ、それはよかった」


 少なくともスプーマより美味いものを期待しよう。

 ララポーラの額の傷は、本人の言うようにすでにふさがりかけていた。獣人すごい。

 もしかするともしかしたかもしれないのに、彼女が一番平気そうな顔をしている。修羅場慣れだろうか。


「ララポーらも怒っていいんだよ」

「いえ、別に。黙っていたのも悪いと思いますし。それに、ビアンカさんみたくなるの……珍しくはないです」


 薄っすらと浮かべた悲しそうな表情に、少しばかり後ろ向きな諦観(ていかん)が見てとれる。

 しかし人間と獣人の溝はそんなに深いのか。


「それをいうなら私も思慮が浅かった。だが、いきなり斬りかかる阿呆はおらんよ」

「いないってよ!」


 メグが眉間に皺を寄せている。

 かすりキズといえ妹分に手を出された彼女は少し苛立っているようだ。


「本来なら聖堂で刃傷沙汰などただではすまされんな。まったく、他に誰もいなくてよかった」

「ほらビアンカ! よかったってよ! ……ん?」


 はて、このテノールボイスは誰のものだろうか。そしてなぜみんなしてボクの方を見ているのだろうか。ボクの顔面に美人エルフでも付いているのかしらん。あるいは後ろにカルロス団長でもいるのだろうか。


「さてどうしましょうかなエルフ殿」

「いたわ」


 にこやかに微笑むカルロス団長がいつの間にかボクの後ろに立っていた。


「いい、いつからいた、いらっしゃったんですか!?」


 いるならいると言ってほしい。ケツから心臓がはみ出すかと思った。


「ふむ」


 ボクの問に答えずに、カルロスがアルボの頭に手を乗せる。アルボもそれに反応せずに、無表情でストローを咥えている。


「私としても大事にはしたくない。ララポーラもあの調子だ。この場の誰もなにも見なかったこと、にするのは容易い。が……それで納得しないのがひとりいるな」


 カルロスがちらりと水色の瞳でメグに視線を送る。相変わらずしかめ面で腕を組んだメグは、やはり怒っているのだろうか。だから美人がそういう顔をすると余計怖いんだって。睨まれてるのはボクでなくビアンカだが、それでもドキドキする。


「あー、メグ。穏便に、穏便に。ね?」

「どっちが強えーんだ?」

「おいルース! なんだ急に変なこというな空気読めルース!」

「気になるじゃんか」


 気にならないといえばボクだって元男の子なので嘘になる――じゃなくて!


「なるほど、悪くない提案だ」


 ほら食いついた。

 カルロスがやけに明るい口調でそういってぽんと手を打つ。


「いやいやいやカルロスさん、だってほら、子どもたちの前ですし」

「無論、命の取り合いまでさせるつもりはありませんよ」

「しかしですね」

「子供らへのその配慮は指導者としてごもっとも。だが落としどころは必要だエルフ殿。わきまえなさい」

「はい」


 けっして高圧的ではな。相変わらずにこやかな表情のまま、深く遠い声で柔らかく諌められる。だというのに、それだけでボクの背筋がピンと伸びるくらいの凄みがあるから、団長の肩書は伊達ではない。

 指導者レベルひと桁のボクは、だからもう赤ベコの如く首を縦に振るより他の選択肢などかった。


「ふえぇ、ミューズ、どうしよう」

「別にいいんじゃないかな」


 先程のことを根に持っているわけではなさそうだが、ミューズの返事はあっさりしていた。ここで平常心スキルを発動しないでほしい。

 ララポーラにとっても好ましくない状況らしく、先程から右往左往しているが、さすがにカルロスに意見などできないだろうし。こうなるとボクの味方はいない。


「よくないよぅ」


 多分ボクはビアンカのことも好きになりかけてる。

 だから嫌なのだ、二人が喧嘩するのが。

 もっといえば殺傷力のある道具を持つところだって本当は見たくない。甘っちょろいだろうか。しかしボクは確かに平和の国からやってきた正真正銘弱虫毛虫な非暴力主義者なのだ。そんなだから精神負荷ゲージからメンタルが溢れ出してバケツに汲んでいる。正直きつい。


「んーそんなに心配なら……カルロスさん!」

「なにかなミューズ嬢」

「はい。友人ふたりが “形だけ” とはいえ “剣を振る” ときいて、優しいマリーがたいそう心を乱しております」

「そのようですな」

「この勝負、マリーに預けていただけないでしょうか」

「ふむ、よろしいでしょう」


 ちょ、え、なになに。預けるって、ボクがジャッジするってこと? なんで急にそんなこと……いや、言質とったな今。ミューズの機転のきかせ方にボクの頭の回転が追いついていない。呼吸をする時間くらいほしい。三日くらい。


「ほらマリー」


 ミューズが急かす。

 ええいままよ。


「木剣使用の一本勝負! 体に当てるの禁止! あと魔法は使っちゃだめ!」

「少々ぬるいですなぁ」


 人差し指で顎を擦りながらカルロスがいう。

 じゃんけんとか料理勝負とか水着で水上尻相撲とかで済ませられれば最高なのだが、そうもいかないだろうということくらいボクにもわかる。メグだけでなくカルロスだって納得させなければならないから一瞬ドキリとしたが、それ以上なにも言われないから納得してくれたらしい。


「結果はどうあれそれで手打ちだ、いいなマーガレット」

「かまいません」


 組んでいた腕をほどいてメグが同意する。

 同意すら求められなかったビアンカは、鼻歌を歌いながら木剣を吟味していた。なんで殴り合う気満々なんだよオマエは。ていうか木剣に良し悪しなんかあるのか。


「なんだいマリー、そんな顔しないでおくれ。癖になりそうだ」

「ふざけんな。オマエあれだぞ、頼むぞ。ただでさえボクのストレスはマッハだぞ」

「なにを言っているかよくわからないけど、わかっているさ。ふふ、私だって手加減くらいできるからね」


 カン、と小気味良い音が響く。

 木剣で地面を打ったメグが口角を引きつらせている。


「まったく慈悲深かいなビアンカ。私は不器用なので手加減というものがまったくできる気がしないから、見舞いの花はなにがよいか希望があれば先に聞いておこう」


 不用意な発言でいよいよメグがキレた。


「ふふ、ヤブヘビってこういうことかな。ねぇマリー」


 緊張感のないビアンカが蛇の眼でウインクしながらそういった。


投稿期間を開けるほどシーンが長くなる謎を体感している。

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