ゲロ友
ボールは友達四十六話
「へい、ルース! パスパス! パぐへっ」
ルースの蹴り上げたボールがボクの顔面に刺さった。
「わりーわりー」
「くっ、おのれみてろよボクの華麗なボールさばき――」
「えいっ!」
「いやん」
スカートを可愛らしく両手でつまみ上げたエリカがボクからボールを奪う。
転がっていったボールをジュジュがつま先で転がす。
「きゃっきゃ」
「なんというフィジカル、可愛すぎてうかつに触れないテクニカルなプレイ。隙が……隙がないだと!?」
「いやあるだろ」
ルースにツッコまれる。
そうやって弟子たちに翻弄されているふりをする。
なにをしているかというと、サッカーである。人数が足らないので、パスを回して遊んでいたのだが、いつのまにかボクにボールを取られたら負け、みたくなっている。
いいんだけどね、楽しいから。
「いけ! ドータ!」
「やー!」
「ぐほっ、アメフトちゃう」
ドータの猛タックルを受け、仰向けにひっくり返る。
「乗れ乗れ!」
「ちょま、おーもーいー!」
興奮した子供たちが笑いながら次々にボクの上に覆いかぶさってくる。
ボクの右肩に頭を埋めながら顔を真っ赤にして笑っているエリカを見られたので、右乳が潰れそうなのも些細な問題か。
先日訪れたときは騎士団員が剣を振るっていたが、今は打ち込み用の木偶人形しかいない。訓練場は広々としてボール遊びに最適だった。
ボールどっか転がっていったが。
「うはは、あーあ腹いてぇ」
「もういっかい! もういっかい!」
「ぼくも!」
「おーっし、きなさいぐおっ」
「こら、ジュジュ、ドータ、マリーさん潰れちゃうんだから。もう。うふふ」
ひねくれたルースも素直に楽しんでいる。ジュジュは遠慮なしに全力だ。すこし照れ屋のドータが吹っ切れたようにじゃれてくる。エリカは笑いすぎて目尻の涙を拭っている。
子犬のトト号が飛んだり跳ねたりしながらその周りをくるくる回っていた。
ボクの精神年齢が低いからだろうか、かなり愉快だ。
「楽しそうだねマリー」
「ビアンカも混ざる?」
「お構いなく、ふふ」
肩をすくめるビアンカがミューズの口に菓子パンを詰め込んだ。二人が座るベンチの端でアルボが紙パックのジュースを飲んでいる。
社交スキルカンストのミューズはともかく、ビアンカも子供の前では言動が比較的まともなので、ボクより大人なアルボとは相性が良いのか先程から会話が弾んでいるようだ。いや、ミューズは口ん中パンでパンパンだから、アルボは主にビアンカと話している。警戒心強めのアルボにしては意外。ビアンカも黙ってりゃスマートで美人のお姉さんだから警戒されないのだろうか。もしかしたらあれで子供好きなのかもしれない。
なに話してるのか気になるな。共通の話題でもあるのだろうか。ビアンカは話に聞くに獣人戦争とやらに行った元兵士で、聞きはしないがアルボは戦災孤児かと思われる。うーん……明るい話にはなりそうにないが。
後でミューズに聞こう。
「ほいっほいっ。みよ! この華麗なリフティングを! まじかよ、すごいなボク!」
「おねえちゃんすごい!」
「すごーいすごーい!」
「なんで自分で感心してんだよ」
やっぱりエルフボディは高性能なのか、リズミカルに跳ねるボールは一向に落ちる気配がない。以前のボクなら三回目でアゴに当たっている。
「あの、マリーさん、足……」
「誰も見てないよー」
スカートが邪魔なので捲りあげたら、むき出しの足を見てエリカが狼狽えた。エリカもニーソが似合いそうだな。
「見ているぞ。器用だなマリー。だが行儀が悪い」
「あ、メグ……はいパース!」
そこに現れたメグにノーバウンドでボールを蹴り飛ばす。
結構な勢いで蹴ったのに片手で受け止められた。
「あーおねーちゃんハンドー」
「はんどー?」
「手を使ったらレッドカードー」
「れっ……どういう遊びなんだ?」
ドータとジュジュに指摘されて首をかしげるメグの後ろに、フードをかぶった小さな影が隠れている。
「やっほー、ララポーラ」
「こ、こんにちわ……」
「ジュース飲む?」
「はい、あの、はい。なんですかこれ?」
わかんない。
マズメシの口直しにガマグチから出して子供たちに配ったけど、パッケージにはなんの文字も書いてなかった。オレンジ色なのでオレンジジュースだと思うが。
「ここにストロー、これね、この細いの刺して、そそ。あ、握っちゃだめ――」
「きゃっ……いっぱいビューってしちゃった」
ワンダホー。
「ほほっ。もっかい言って」
「いっぱいビュー……なんですか?」
「別に。さあ優しく握って……そして咥えるんだ……早く!」
「どうしてヨダレ垂らしてるんですか?」
「垂れてないよ」
「いや垂れてるぞマリー」
メグにちょっと汚いものを見る目をされたので慌てて言い訳をしたが、垂れていたので通じなかった。今後ララポーラへのセクハラはメグの目と幼児の手が届かず直射日光の当たらない涼しい場所で行おう。
「ねーちゃん誰だよそいつ。なに垂らしてんだよ」
「垂れてないよララポーラだよ」
「垂れてるよなんでガキが騎士団にいるんだよいいから拭けよ」
ルースに怪訝な顔、というには些か攻撃的すぎる目つきでにらみつけられ、臆病なララポーラがメグの後ろに引っ込んだ。
「ルース、バカ」
「バカっていうな」
「ララポーラはこんなに可愛くてもボクの魔法の先生なんだ。しかも可愛い」
「なんで二回いうんだよ」
可愛いからだよ。
「ししょーの、せんせいなの? すごい!」
ジュジュが素直に感心すると、顔を赤くしたララポーラがメグの後ろに完全に隠れてしまった。
「終わったの?」
「いや、てきとうに言い訳して抜け出してきた」
「うるさかったでしょ? ごめんね」
ご飯の後、騎士たちは勉強の時間だった。
訓練の風景でも見せてもらおうと軽く考えていたので予定外だったが、まさか子どもたちに聞かせるような軽い内容でもあるまいし、それなら軽く運動でもしようと軽い気持ちでサッカーなどしてみれば、思いのほか盛り上がってしまったので軽く罪悪感を感じていた。
「いいさ、どうせ半分は睡魔との戦いだ」
メグが面白そうに続ける。
「マリーがいちいち奇声を上げるからおかしくって。皆、肩を震わせていたよ。ミクローグだけは苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、それがまた愉快でね」
「ミクローグ?」
「史学担当だ」
「あー……」
どこの世界でも歴史の授業は退屈なものなのか。
しかしボクなんかこの世界にきて、歴史といわずなにかひとつでも真面目に勉強していれば、もう少し格好のつけようもあっただろうにと後悔し通しである。
聖騎士というのは皆揃って貴族の出であるらしく、それならボクなんかよりよほど格好をつけねばならない。とはいえどうにも体育会系肉体派筋肉至上主義の、有り体にいえば脳筋率が高いので、半ば強制的に座学の時間を設けているのだとか。
文武両道の影に血もにじむような努力があるのだ。
ちょっと親近感が湧く。
「メグは良い生徒?」
「無論だ」
「抜け出してきたのに」
「睡魔には勝てない」
腕を組んだメグが真顔で頷いた。
「ララポーラは食堂にいなかったね」
「私は、別のものを食べてます」
「あーズルぃーなー」
ルースがブーを垂れると、メグの後ろから頭を出しかけたララポーラがまた引っ込んだ。
「あのねあのね、ジュジュね、すぷーま、げーしたの。そしたらね、キシのひとが、ぜんぶたべちゃったの!」
食堂での出来事をジュジュがまるで奇跡かなにかのように目を輝かせて語る。
その言い方だと騎士がゲロ食ったみたくなってるが。
「あ、私も、最初、吐いちゃって。それで、みんなが食べてくれて」
「お皿がね、お肉になってたの!」
「うん。なってた。ふふ」
「えへへ」
どうやらララポーラも騎士がゲロを食ったら陶器の器が調理済み筋繊維の塊に変わる奇跡を体験したらしい。
二人の少女が見つめ合ってはにかんでいる。
いいな、こういうの。
そうか友達ってこう作るのか。ボクももっと吐いとけばよかったな、ゲロを。
「ななポーラちゃん、魔法のせんせいなの? あのね、ジュジュ、魔法みたい!」
ララポーラな。ララ。
「先生じゃないけど……見たい?」
「みたい!」
「ぼくも見たい!」
「あ、俺も」
ドータとルースが食いついた。はしゃいじゃってお子ちゃまめ。大人げないなぁ、ぼかぁ師匠として情けないよ。
ララポーラは上目遣いでメグに許可を求めていた。かわいい。
「ボクも見たい! この前と違うやつ! ねぇいいでしょメグ。ねぇねぇおねがーい」
「わかったわかった。許可する。許可するからあまり引っ張るなマリー。腕が折れる」
「っしゃ!」
弟子たちがあまりに懇願するのでメグが折れた。まったく保護者ってのは苦労するぜ。
皆の期待の視線を避けるようにフードを目深に被りなおし、ララポーラがおずおずと訓練場の真ん中に立った。
杖を構える姿は、彼女の背丈がもう少し高ければ様になっていたのだが、オーバーサイズのローブをだぶだぶとめくりあげ、萌え袖よろしく指先だけ覗かせた小さな手で、妙に立派な細工の杖を握りしめているからいじらしい。
萌の権化か。
「じゃ、じゃあ。やりますね」
「ララポーラちゃん、やっちゃってー!」
「マリーねぇちゃんうるせえ」
ルースのつれないセリフを合図に、ララポーラが杖を振る。
「 “雷毛玉” 」
ララポーラが杖指した先の地面が、ポフンと間の抜けた音とともに軽く爆ぜた。
「なんだありゃ」
「かわいい!」
なにせ以前見たのが迫力満点だったからか、ボクはルースに同意する程度には拍子抜けした。実際ボクらの前に現れたものは、可愛らしいとよろこぶジュジュには共感できないくらい珍妙だったからだ。
毛玉、というより無造作に丸めたセーターのように歪で、蹄のついた足が四本生えているから四足獣なのだろうが、頭や尻尾が見当たらないのも、不細工に拍車をかけていた。そして、それらのかわりに丸い体のてっぺんから人間の腕が――人差し指で天を指す右腕がいっぽん生えていた。
なんだこのヘンテコ召喚獣。
ちなみにボクのマジカル第六感では、口の中いっぱいにワタアメのフレーバーを感知している。
「えい!」
いちいち仕草がかわいいララポーラが、掛け声とともに杖を振る。
落ち着きなくその場足踏みしていた “毛玉” がピタリと動きを止め、てっぺんの腕が肘からカクンと折れ曲がる。
次の瞬間、思わず目を瞑ってしまうほどの閃光と、木を裂くような炸裂音。
電撃だ。
そりゃ名前にイカズチって入ってんだし、これで火でも吐いたらギャグだよな。
「びっくりした……」
エリカが胸を抑えながら小さく驚きの声を上げた。
半ばシラケていたルースも目を丸くして驚いている。メグと以外は、ボクも含めてだいたいルースと同じ反応だった。
「あ……またやっちゃった」
「まぁ仕方ない」
つぶやくララポーラにメグがフォローを入れた。
標的となったデク人形が黒焦げになってくすぶっている。頭の部分など砕けているから、見た目はヘンテコでも威力がエグイ。
「すごいすごい!」
「かっこいー!」
少し遅れて、年少組の素直なふたりが歓声をあげる。
「さすがっすララポーラ先生パネェっす!」
ボクもあげる。
照れ屋の魔法少女はうつむいてはにかんでいた。
「ねぇミューズ! 今の見た?!」
「落ち着いて、見えないのよマリー。でもすごい音がしたわ」
たった今の衝撃的な光景をミューズに伝えようと振り返る。
「凄いんだよ! あのね、モコモコの四本足が頭がなくて腕があって、クイつったらバリバリって……ビアンカ、なにしてんの?」
ビアンカが立ち上がっていた。
「見たことがある、ああ、見たよ。それは獣人たちが使っていたね。ふふ。私はそれを知っているよ」
抜き身の剣をぶら下げたまま、風に揺れる柳のようにユラユラと頭を動かしている。
いつかボクに見せた蛇のように鋭い目をして、ゆっくりとララポーラに近づく。
熟れた桃の匂いがボクの鼻腔を犯す。
静寂の中、ブーツが土を踏む音が、やけに響いていた。
魔法感知能力は主人公の数少ない特殊能力。後付なので作者も忘れている。




