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突撃、となりの昼ごはん

ごめんくださいいただきます第四十四話

「問題ないといっている。くだらんことを気にするな」

「でも」

「気にすることはないし、気にされることはない。私の友人を私が招き入れた。それだけだ」


 大聖堂の裏口、騎士団の表玄関。昼食をごちそうになる、ただそれだけのイベントなのだが、どういうわけかメグとエリカが押し問答をはじめた。

 正確にはエリカが裏口をくぐるのをためらっている。ボクにはどうもそれが、悪友に誘われて万引きをそそのかされる中学生なんかにみえた。


「それとも君は、それが気に食わないのだろうか」

「いえそんな、けっしてそんなこと!」


 先日の遺恨が残っているわけでない。なら、どうしてこうもエリカは抵抗するのだろう。なにか訳があるなら、それはまたしてもボクの知らないこの世界の常識なんじゃないか。


「ビアンカ。説明」

「ん? ああ、ほら、彼女は娼婦だから」

「説明になってないよ」

「それがすべてよマリー。娼婦は他人のうちの敷居を跨げない。ましてや、大聖堂には入っちゃいけないの」


 ビアンカの言葉をミューズが補足した。

 何だそのルール、誰が得するんだよ。メグのいうとおりだ、まったくくだらない。


「他には?」

「食べ物に触れちゃいけない。大通りを歩いちゃいけない」

「ああそれに、人混みに紛れてはいけない、というのもあるね。でもどうしてだろうね」


 しらない。

 小声で話すボクらをよそに、問答は続いていた。ええい、埒が明かない。


「エリカ!」


 少し大きな声を出すと、うつむいてモゾモゾとツマ先を動かしていた少女が、ハッとして顔を上げる。


「キミはもう娼婦のエリカじゃない “エルフの弟子のエリカ” だ。胸を張って、前を見て。そうじゃないとボクが困る」


 ぐるりと子供たちに視線を送る。今の言葉を子供たちはどう受け止めたのだろう。

 展開が早いし強引だ。そんなのはわかってる。でもボクにはコレしか思いつかなかった。ボクが彼らにあげられるものは、情けないくらいに少ない。そして才能も能力もないボクにあげられるものは、真実あのバッジただひとつだけだった。

 ボクはこの子達を助けたいから手を伸ばしたんじゃない、この子達がボクの手を握り返したから助けたいと思った。彼らになにを与えるかは問題じゃない。与えられ試されるのはボクだ。ボクはそれを投げ返すだけだ。

 だから踏み出すのはこの子達自身だ。

 エリカがメグの顔を見ると、メグが大きくうなずいた。少女は胸の前で両手をぐっと握りしめ、まるでプールに飛び込むみたいに息を吸って裏口をくぐる。


「みんなも。さあ入って入って」


 その後に意気揚々と胸を張ったドータが続く。ジュジュはトトを抱きしめたまま、二人を小走りで追いかけていった。

 なにを考えているのか、しばらくバッジを撫で回していたアルボは、ボクの顔をちらりと見た。それからメグに促され、そのまま何事もなかったように彼女と一緒に歩き出した。


「なんか騙されてるみてーだな」


 そんな友人たちを見ながらルースがつぶやく。


「騙しちゃないよ」

「知ってるよ、そうじゃなくてさ……まぁいいや。あー腹減った」


 頭の後ろで腕を組んだルースがダラダラと歩いていった。

 なんだか思っていたのと違う反応をされて、ボクのほうが面食らってしまった。


「マリー、キミはいったい、あの子達になにを与えたんだい?」

「……さあ? 手作りのバッジをあげただけだよ……たぶん」

「そう。うふふ、そいつ私にも作ってくれたまえよ」


 ビアンカはそう言ってミューズをボクにパスすると、ヒラヒラと手を振りながら扉をくぐっていった。どういう意味かわからないが、ほしいなら今度作ってあげよう。


「ミューズ、ボクはうまくやってるのかな」

「そうね、きっとお腹いっぱいになればわかると思うわ」

「くいしんぼ」


 ミューズは正しい。まだなにもわからないのだ。

 必要なのは時間だ。お昼ご飯を食べるくらいの、ほんの少しの。 

 食堂は広かった。やはり飾り気のない石造りで、いささか薄暗くもあったが、中庭に向かって開口部が充分にとられているので、手元が見えないほどではなかった。

 子どもたちといえば、見慣れない場所で見慣れない大人の、それも筋骨逞しい体育会系のお兄さんたちばかりなので、気を張っているのか背筋がピンと伸びている。しかしこのお兄さん方は騎士であるいっぽう、まがいなりにも聖職者でもあるので、もちろん威圧感を撒き散らしているわけではない。ちょっと漏れてるだけだ。


「すげえ、姉ちゃんすげえよ。ほら、本物の騎士だぜ」


 その中でルースだけが興奮している。


「なにいってんのルース。メグだって騎士だし、ビアンカだって」

「女じゃねーか」


 なんだ、女じゃだめか。ビアンカは話に聞いただけだが、メグはマジで強いぞ。


「お? なんだ、やんのか?」

「やんねーよ。突っかかって来んなよ。ほら、騎士ってのはああいうのを言うんだよ」


 ルースの指差す方に、フル装備の聖騎士がいた。他の騎士はブラウス一枚でないにしろ軽装なので確かに目立つ。薄明かりでも白金に輝く鎧を身に着け、目を奪われるような装飾の剣を携えている。どう見ても偉い人だ。だから指をさすなルース。

 ほらこっち近づいてくるじゃんか。


「マーガレット、こちらが件の」

「はい。私の友人でエルフのマリーと、その弟子たちです」

「ふむ」


 金髪をなでつけたオーツバックに透き通るような青い目。イケメン俳優よろしい甘いマスクからは年齢が判別できない。なにやら平凡ではないオーラすら感じて、どこか現実味を欠いて遠くにいるような、それこそルースのいうように、物語の中の騎士のような不思議な雰囲気の男性だった。ただ目元に刻まれた数本のシワだけが、彼が確かに背景のある人間なのだと物語っている。

 見た目から興味深い人物だったし、水色の瞳が珍しくも美しかったので、ずいぶんジロジロと眺めていたら、隣りにいたビアンカに脇腹をつつかれた。

 おかしな声を出しそうになって、抗議しようとしたらビアンカが真面目な顔でなにやらハンドサインを繰り返す。なんだそれ。立って? それから……あ!


「はは、はじめまして! ボク、じゃない、わたくマリーといいます。ほほ本日はお招きいただき、えと、ありがとう、じゃない、町営の熱海? あれ、競泳の伊丹(いたみ)だっけ?」

「光栄の(いた)り」


 メグが小声で訂正する。

 社交スキルを持ち合わせていないので、挨拶の順番なんて思いつきもしなかった。招かれたならホストが先だが、ボクは強引に入り込んだ珍客なわけで。つまり彼がこの場において “目上の” 人物になるのか。なるのか? よくわからんが郷に入ってはなんとやら。


「お噂はかねがね伺っているよ。よくいらっしゃったエルフのマリー殿、そしてかわいいお弟子諸君。団長のカルロス・アルマティオスだ。むさ苦しいところだが、どうか寛いでいってくれたまえ」


 そう言ってニコッと笑う。

 爽やか! イケメンでしかも爽やか! なんか悔しい!

 ボクなんか緊張して身内他人問わずクスクス笑いの中での挨拶だったのだ。クソ! イケメン汚い、さすがイケメン汚い。いや待て、よく考えたらボクの顔面偏差値はイケメン団長以上のブッチギリ高水準なのだ。

 しかも彼よりおっぱいが大きい。


「ご丁寧にどうも、ふふふ」


 ふむ、五分(ごぶ)だな。この勝負引き分けということにしておこう。


「そちらのお嬢さんもマリー殿のお弟子かな?」


 ボクの密かな闘争心を知ってか知らずか、相変わらず爽やかな微笑みを振りまきながら、カルロス団長がミューズに向けて手のひらを差し出す。立ち上がったボクに抱きしめられたままのミューズが、スッと背筋を伸ばした。この娘は本当に察しがいい。たまに「見えてんじゃないか」と思うこともある。


「ミューテリュシカ・ヘイヘリオース。マリーの友人でございます。どうかミューズとお呼びください、団長様」

「様などいらんよ。よろしくミューズ嬢。ときに、それは先の戦争の代償であろうか」

「いえ、生まれついてにございます」

「そうか……なんと哀れな」


 憐憫のつぶやきは、ボクのエルフ耳にやっと聞こえるほど小さかった。だけど、聴力ハンパないミューズになら確実に聞こえているはずだ。いつもなら、皆優しいから苦労はない、など笑いながら言うはずの彼女が、今日はどうしてか無言のままである。むしろ会話そのものが、そっけないというか、とにかくなんか違う。ような気がする。

 これがこの場の礼儀というものなのだろうか。無知がハンパないボクにはさっぱり判断がつかない。


「なにか必要なものはあるかな」


 どうやらカルロス団長はミューズを気にしてくれるらしい。といっても彼女はボクなんかよりよほどしっかりしているのだが。

 それともミューズが可愛いからか。駄目だぞ、これはボクのだ。どこの馬の骨……騎士団団長って優良物件じゃね? とにかく、悪い虫なら追い払ってやる。イケメンに厳しいんだボクは。


「そうですね。じつは、悪い虫がおりますわ」

「ほう、どこかな」


 お前だお前。


「わたくしのお腹の中に」

「ほう?」


 虫下し飲む?

 ミューズのお腹が、ボクの両腕に振動が伝わるくらい大きな音を立てて「グー」っと鳴った。

 プリティとはいい難い腹の虫である。


「あっはっは! いやこれは失敬! 君たちがなんのために来たかすっかり失念していたようだ。なにをしている! 食事を運べ! 可憐なミューズ嬢にこれ以上恥をかかせるなよ!」


 明朗に笑いながら、もう一度「寛がれよ」と決め台詞を投げて、そのまま壁際にある自分の席へと歩いていった。

 悔しいくらい爽やかだな。

 って、あれ? 誰か忘れてない?


「あ、ビアンカ。あれ? ちょ――」

「いいんだよマリー」


 いつもの無意味な微笑みも、大げさな身振りもなく、静かな声でビアンカが言う。


「やっぱアウェイなの?」

「それがなにかわからないけど、目立たないほうがいいこともあるのさ」


 ビアンカはボクと一緒で黙ってても目立つと思うけど。


「マリー、気をつけるんだよ」

「え、なに?」


 袖を引いてボクを着席させると、ビアンカはボクにだけ聞こえるように耳元で囁やいた。


「良い人が、どうして “良い人”なのかなんて、誰にもわかりはしないんだよ。ほらご覧、あそこに善人がいる」


 彼女の視線の先には、騎士たちと談笑するカルロス団長がいた。

 普段から素で冗談みたいな言動をするせいで、これが冗談なのか本気なのか判断がつかなかった。よくよく考えれば、果たして彼女が冗談を言ったことなどあっただろうか。

 ふむ……まあいいや。


「一応、覚えておく」


 どこか頭の隅っこでね。

 ボクには考えることがいっぱいあるんだ。例えば目の前に運ばれてきたとくわからない白い塊のこととか。

 なにこれ、食えるの?


「スプーマだ」


 こんもりと盛られた塊の前で首をかしげていると、メグがそう教えてくれた。

 膝の上でミューズが小さく唸る。

 周りの騎士たちの目が死んだ魚のようになっているのに、ボクは今更気づいた。


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