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ブラエルフ

目的のない主人公が歩き回る第四十話

 ローザさんとエリカが宿に引っ込んだので、なんとなく中に入れないでいた。

 単純に気まずい。

 メグはこのままミューズやモッドさんを待つという。おそらく彼女はエリカに(わび)でもいれるつもりだろう。良く言えば真っ直ぐで律儀、悪く言えば不器用で融通がきかない。それにしてもローザさんが怖いので、自分から宿に踏み込むこともできないらしかった。

 どうやら自分の失言や強引な態度が、エリカを追い込んだことを気にしているらしい。いつか爆発するなら、いい機会だったのかもしれない。ボクがそういうと、メグがほんの少し安心した顔をした。

 いささか脳筋気味だが機微を読み取るだけの聡明さもある、それでいて正義感が強いから人を傷つけてしまうと戸惑ってしまう。難儀な性格かもしれないが、筋を通そうとするから、ボクと違ってやはり彼女は人間が出来ているのだ。

 人間の出来ていないボクは、とにかく時間だけが必要だった。

 幸い日はまだ高い。

 適当に理由をつけ散歩という名の現実逃避に出かけようとすると、ビアンカがまた悲しそうな顔をした。命令があるから宿の前から離れられないのだ。それでもすぐに興味の対象をメグに移して絡みだしたのだから、ブレないというか、強いというか。

 恨めしそうな顔のメグに見送られて、これ幸いとその場を離れる。


「ミューズなにしてんのかな」


 なんだか胸のあたりが寂しくなって、いつもそこに収まっている頼りになる相棒に思いを馳はせる。

 お日様は真上よりも少し傾いている。街のどこかでパンでも焼いているのか、香ばしい匂いがした。


「おっ、エルフのねーちゃん。あー、なんつったかな、あんた」

「マリーです。こんにちは、マルカスさん」


 いつの間にやらたどり着いたカルヴィークの城門で、門前衛兵隊のマルカス副隊長が暇そうにフラフラしていた。相変わらず風体が不良大人だ。初日に会ったきりでも顔を覚えているのは職業適性だろうか。


「暇そうですね」

「あいにく、暇でなんぼの商売だよ」


 ボクが皮肉を言うと、マルカスさんは笑いながら剣の柄頭をぽんと叩いた。確かに門番が暇なのは良いことだが、他にも仕事があるだろうに。


「ん、今日は一人なのか?」

「ええ、ちょっと」


 彼に気に入られたミューズはここにはいない。昨晩クゾさんになにか頼んでいたから、宿屋のベッドの上で暇を持て余すことにはなっていないはずだ。


「もう立つのかい?」

「……いえ、まだやることがあるんで」

「その顔どうした」

「ちょっと……転んだだけ。なんでもないです」

「ふーん」


 正真正銘、自分でつけた傷とはいえ、彼とは面倒を起こさない約束をした記憶があるので、多少後ろめたい。

 それでなくとも結構やっちゃってるし。


「そうか。なんでもねぇんなら、そう思いつめた顔で門の前に来るもんじゃねぇよ」


 そっちかい。というか、そう見えるのか。


「美人が台無しだぜ?」


 おどけて言う彼に愛想笑いを返した。


「あの、外に出てもいいですかね」

「構わねぇが、なんか用か?」

「現実逃避、あ、いや、気分転換に散歩でもと」

「散歩ねぇ……ま、モッドの野郎の見立てだしな」


 片方の眉を上げて(いぶか)しんだと思ったら、それだけで納得された。


「お知り合いなんですね」

「博打仲間だよ。おっと、これは内緒でたのむよ」

「はは、わかりました」

「ローザによろしく」


 なるほど、ボクの所在は把握されているらしい。現状、ボクにはやましいところがないので、心強さはあっても不愉快などでは無いのだが。

 マルカスさんに手を振って街を出る。城門を抜けると視界いっぱいに畑が広がっていた。いつか歩いた道も、逆から辿ると新鮮なものだ。

 正面に長く続く街道が黄金色の麦穂を左右に割っている。ボクが見上げるのだからずいぶんと背が高い。こういう品種なんだろうか。


「やあエルフさん」

「あ、こんちわ」


 立派な畑に見惚れていたら、ニコニコ顔の髭のおじさんに挨拶された。油断していたのでキョドる。自分からするなら勢いでなんとかなるが、先制攻撃には弱いのだ。


「きれいな畑ですね」

「ほう、エルフさんにはそう見えるかい」


 見慣れた風景を間抜け顔のエルフがポエジーに表現したからか、半ば呆れ、半ば感心したように、おじさんが楽しげに笑った。


「これは小麦ですか?」

「んにゃ、こいつぁ大麦さ」

「あー、大きいですもんね」


 ボクがそう言うと、おじさんが弾むようにまた笑う。


「大きいたって丈じゃねえよぉ。おもしれぇなぁ」

「へー。じゃあ、なにが大きいんだろ。実?」

「いやいや。そうさな、食いでが大きいのが大麦で、みんな粉にしちまうのが小麦さな」

「食いで?」

「おうさ、酒にでも粥にでもなぁ」


 なるほど、役に立つから “大” 麦なのか。


「エルフさん、あんた優しいなぁ」

「ふえ?」


 ボクがひとりで納得していると、おじさんが目を細めながらそう言った。


「笑われてんのにイヤな顔ひとつしねぇから」

「あー……ほら。知るは一瞬の恥、知らぬは一生の恥、っていうでしょ? 知らないままのほうが恥ずかしいです」


 それに、怪しまれないだけ、こうやって笑い飛ばされたほうがずっといい。


「そりゃエルフのことわざかい? はー、さすがエルフは聡いねぇ。俺たちなんかとは違うんだな。俺ァよ。ガキんとき親父に『なんでオイラは農民なんだ』って聞いたのよ。そしたら親父は『バカだからだ』って言ったもんだ。農民なんてもんは、馬鹿でもできるもんなぁ」

「そんなこと、だって、ボクは畑のことなんかなんにもわからないし、ボクが畑を耕したって、ぺんぺん草も育たないですよ。ボクが農民だったら、きっと一番バカな農民です。それはボクが、例えばエルフじゃなくっても、やっぱりそうですよ」


 生まれで頭の良さが決まることも、頭の良さで生まれが決まることもない。ボクは当たり前の話をした。

 おじさんは、目をまんまるにして息をついた。


「今の話、死んだ親父に聞かせたらなんていうだろなぁ」

「きっと、おじさんみたいに笑うと思います」

「はっはっは、そうだなぁ」


 いっそう愉快そうに笑って、おじさんが言った。


「そうか、俺ぁ、エルフにものを教えたのか。こりゃいいな。自慢できらぁ」

「うん、自慢して。ボクも自慢するから、優しいおじさんのおかげで賢くなったって」


 ボクが笑うと、おじさんは「かなわねぇな」と言って頭を掻いた。

 並木のような麦穂は、街道を延々と並走している。人通りは少ない。今頃は自各々の仕事の真っ最中だからだろう。

 このまま行けばヨハンナの――あのお人好しのツンデレ少女に会えるだろうか。

 いや、よそう。

 彼女だって忙しいだろうし、なにより、それをしてしまうとボクの旅が、ボク自身が振り出しに戻ってしまう、そんな気がしたのだ。


「あ、水車だ」


 なんとなく脇道に入ってトボトボ歩いていくと川があって、そこに小さな水車小屋が建っていた。小屋の中で歯車と、なにか重たいものがリズミカルに動いている音がする。

 川はまっすぐ城壁へ延びていた。街の中に川などあっただろうか。もしかしたら地面の下を流れているのかもしれない。


「せーの……こんにちわ!」

「ひゃい!?」


 飛沫を上げて回る水車を眺めていたら、背後から不意打ちのように声をかけられた。

 中学生くらいの女の子が三人。なんで気配を消してたんだ君たちは。


「こんにちは」


 ボクが挨拶を返すと、少女らははにかんだりニヤけたりしながらモジモジとする。

 三人とも、手ぬぐいのかかった籠だとか器だとかを持っていた。


「それなあに?」


 ボクが聞くと、少女たちが一斉に飛び出すみたいに前に出て中身を見せる。


「あ、これは大麦だね」


 さっき見たばっかりだから間違いようがない。


「ライ麦だよ」


 間違った。

 クスクスと少女らが笑う。


「アワ、ソバ、これはキビ」

「へー」


 少女が名前を呼びながら一粒づつ自分の手のひらに並べていく。

 キビの実というものをつまみ上げ、無造作に口の中のに放った。

 ひとつ私にくださいな。


「だめだよエルフさん、生じゃ食えないよ」


 驚いた少女が声を上げた。


「美味かないだろ」

「うーん、香ばしい?」


 きびだんごの味はしなかった。


「どうやって食べるの?」

「粉にして、こねて、焼くんだ」

「パンにするのか」

「あはは、そんな上等なもんじゃないよぅ」


 しかし、三人ともボクが口を開くたびに面白そうな顔をする。最初はアニメ声を面白がっているのかと思ったが、単純に『エルフが喋る』だけで面白いらしい。年頃の女の子ってのは、本当に箸が転がるだけで笑うものなのだな。


「そうか、この水車は粉挽き用なんだね」

「うん、そうだよ」


 少女らが練習したみたいにピッタリ同時に「ねー」と言って互いに顔を見合わせる。こういう仕草はどの世界でも同じなのだろうか。


「ねえ、エルフさん。髪触ってもいい?」

「ん? ああうん。いいよ」


 許可を出した途端、少女らが黄色い声を上げた。


「はー、綺麗だなぁ」

「絹糸見てぇだ」

「バカ、絹なんて触ったこともねぇよ」


 少女たちがキャーキャー言いながらボクの髪を弄ぶ。なんか変な感じ。というか、エルフって警戒されてるんじゃなかったのか。今日は妙に話しかけられるな。

 少女らは三人ともが、日に焼けて若干色素の抜けた長い髪をおさげにしていた。メグやビアンカが例外としても、この辺の人たちは栗色の髪が多いようだから、ボクのブロンドは特に珍しいのかもしれない。


「あっ」


 ひとりの少女が悲鳴みたいな声を出した。


「……あたし、きれいな生地だなって思って、それで、ごめんなさい」


 ボクのブラウスの裾あたりが、土色に汚れていた。ただそれだけのことだった。

 爪の間に土の詰まって、ひびわれ、あかぎれた自分の手を、彼女は前掛けに押し付けて、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 他の二人もいつの間にかボクの髪から手を離し、気まずそうな顔そしている。


「君はなにも悪いことなんかしていよ」


 そう言ってうつむいた少女の頭を撫でると、彼女が顔を上げた。それから、溢れそうなくらい瞳を潤ませる少女の頬を、軽く摘んだ。


「笑って笑って」


 それでやっと、彼女が照れくさそうにはにかんだ。よかった、女の子の泣き顔なんか日に何度も見るもんじゃない。ちょっと顔が赤いような気もするが。いやまて、ははん、これはあれか、ニコポナデポというやつか。埒外(らちがい)に美人だからなぁ、ボク。すごいぞ、効果覿面。ボクの顔面チートでJCもイチコロだぜ。

 そろそろファンクラブでもできないかしら。只今会員募集中。


「ねぇ、この先になにがあるの?」


 上流を指さして聞く。


「川上?」

「エルフさん、なにしに行くんだい?」

「とくになにも。まぁ、散歩かな」


 しいて言えば自分探しだが。


「少し行ったところに足を浸せる岩場があるよ」

「木陰があってちょうどいいんだ」

「アタシらもよくいくよ」


 そういって三人がまた「ねー」をした。

 少女らに礼を言って林の中へ入る。背中で甲高い悲鳴みたいな嬌声を聞きながら川上を目指すと、教わったとおりに岩場に出た。

 大きめの岩がゴロゴロと堰になって小さな滝のようになっている。座りの良い場所には木の葉が日傘のように影を作っていた。木々がちょうど目隠しになって、なるほど、サボりには――もとい、息抜きにはおあつらえ向きである。


「はーあ、どっこいしょ」


 誰も見ていないのを良いことに、ボクの中の眠れるオッサンが目を覚ました。岩の上にあぐらをかいてため息をつく。オシボリがあれば顔を拭いたい。


「はーあ」


 ゴツゴツした岩肌を指でなぞり、今度は深く息を吸って肺を湿らした。

 沸き立つ飛沫にマイナスイオンを感じる。今のボクに必要なのは神の許しでも聖母の抱擁でもなく、ただ仮初の疑似科学。

 ああ、我が癒やすための癒やし。


「はーあ! なんも思いつかない!」


 そしてああ、我が苛立つための苛立ち。

 結論として現実逃避に失敗したボクは、太陽の傾きを目で追えるほどに焦っていた。時間的制約なんてないし、誰から強いられているわけでもない。それでも無力感がボクの首をジリジリと締め上げるので、いまはもう、呼吸するので精一杯だった。


「どうすりゃいいんだ……」


 小川を覗き込んでつぶやいた。

 ほんと、どうしよう。八方塞がりとはこのことか。

 正直な話、例えばボクが孤児を養うことも不可能ではないのだ。とはいえボクにはまったくそのような甲斐性がないので、その場合ガマグチ頼りになってしまうのだけど、それはそれ。面倒を見ると宣言した手前、出し惜しみも勝手な話である。このままここに住むのも、それも悪くないかもしれない。ここには友だちもいる。居心地だって悪くない。

 そうだ、いっそのこと、子どもたちを連れて旅をするのはどうだろう。


「あの子達だけじゃないんだよなぁ」


 しかしそれでどうするのだ。

 この街にだってまだ孤児はいるし、孤児がいるのはこの街だけじゃない。たとえ主観であろうと、正義を根拠にするならば例外は作れない。なにより切り捨ててしまえるほどボクは強くない。そうやって笛吹きよろしくゾロゾロ子どもたちを引き連れて、ありもしないアルカディアなど目指したところで道標すらない。行き着く先がボクの自己満足では誰にとっても足りないのだ。

 だからそれでどうするのだ。


「ボクじゃ無理かなぁ」


 誰かを幸福にしたいというのは理解していても、誰のために何をすればいいかがわからない。だから助言が欲しかった。農家のおじさんでも、かしましい少女らでも。誰でもいいから些細な助言が欲しかった。


「情けないなぁ」


 ミューズはなんと言うだろうか。彼らのために、この街に留まるとボクが言ったなら、彼女はどう思うだろうか。優しいミューズはボクに付き合ってくれるだろうか。

 ため息をついて川を覗き込むと、水面に美しいエルフが写っていた。

 流水に写ってなお美しいエルフの顔が、今は無性に腹立たしい。だってこいつ、ボクじゃん。腹立ち紛れにに小石をぶつけると、鼻の頭からグネグネと歪んだ生意気なエルフが、ニヤリと笑った気がした。


「笑えねぇよ!」


 大きめの岩くれを持ち上げて小川に叩きつけた。跳ね上がった飛沫にしたたか濡れる。なにをしているんだボクは。八つ当たりも上手にできないのか。

 水面が落ち着くにつれ、黄金をちらつかせ散らかったエルフの顔が再び一つに集まっていく。ところが、おかしなことに小川にはボクの顔が、二つ写っていた。

 幻覚かしら。


「何かあるのかい?」

「うひゃぁ?!」


 どれだけ呆けていたのだろうか、真横に並ぶまでその人物に気が付かなかった。


「驚いたかい? ごめんね」


 鏡が置いてあるのかと思い混乱したが、その服装を見てやっと、その人物が自分とよく似ているのだと理解した。


「浮かない顔だね」


 エメラルドグリーンの瞳。美しく長い金髪。その髪を割って飛び出す長い耳。


「なにかお悩みかな、兄弟」


 そう言ってエルフがニコリと微笑んだ。


理論的なモノを理論的じゃない主人公にモノローグさせるとポエムになる作者をよろしくお願いします。

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