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エルフと騎士の反省会

恋する騎士の第三十八話

 緊張しすぎて時間感覚など麻痺していたから、大聖堂にどれくらい滞在したのかさっぱりわからない。ただ、まだ真上にない昼前のお日様が、ボクの意志とは関係なく街を黄色く染めていた。


「あー、きっついな」


 無力感には慣れているつもりだった。

 人のためになにかしようとしたことなんて、ボクにとってはじめてのことだった。我慢すれば、時がたてば、いずれ忘れてしまえるような無力感とは、真実ただの現実逃避であったのだ。


「すまない、私の力不足だ」

「いやいやいや、メグさんはなんにも悪くないっす」


 そして、はじめからボクのために全力を尽くすてくれたのだろうメグさんは、決して現実から逃げはせず、極めて善良な愚直さでもって、やはり全力で無力感に苛まれているようだった。

 グッタリとうなだれてボクの横を歩く女性は、ボクの無茶苦茶な頼みをふたつ返事で引き受けて、場所の手配から段取りまで、全てお膳立てしてくれたのだ。


「むしろ申し訳ないです。なんとかなるとは思っていなかったけど、それでももう少しマシだろうとは思ってました。自分の浅はかさが憎いです」


 得体の知れない、この街と何の関係もないエルフのボクが、領主と話し合いの機会を得るなど果たしてあるのだろうか。たとえそれが確かに共通の問題であったとしても、いやだからこそよそ者のボクなぞの出る幕ではないだろう。門前払いがいいところだし、そてがまともな反応だ。

 だったら、メグさんは一体どんなカードを使って、それを実現させたのだろう。ゆくゆく彼女の不利になったりしないだろうか。それを思うと、もう土下座したい。それから足を舐めたい。できれば脇を舐めたい。


「マリー」

「なめなめ……あ、舐めてません!」

「ん? ああ、うん。ひとつ聞いていいだろうか」

「なんですか?」


 メグさんが深刻そうな顔をするのでなに事かと思う。


「君はなにをしたかったのだ?」

「はぐっ!」


 傷口にカラシ味噌を塗らないでください。


「なんの成果も! 得られませんでしたっ!」

「あ、いやすまない。責めているわけではないんだ。君の友人だという孤児たちの、処遇改善の嘆願だというのはわかったのだが。あれで君はなにを納得して引き下がったのだろう?」


 あーなるほど。あれは実際、恵まれない人間がいかにして救いを得るかという話だった。こういう言い方はよくないが、おそらくメグさんが恵まれた側の人間だとしたら、それは理解がたい話なのかもしれない。


「ボクはなにかに納得したわけじゃないです。ただ、戦う前から負けていることに気づかなかったんです」

「君は領主を敵に回すつもりだったのか?」

「はい。ボクが戦うべき相手が、あそこにいると思っていました」


 わからず屋の役人に一発かましてやろう。そう思っていた。


「勘違い……違うな。結局、視野が狭かったんです。無知だったのは、たしかにそうなんですけど。それ以上に……うん、そう。この世界を舐めてました」


 ボクは、自分がそれなりに倫理だの道徳だのが進んだ世界からやってきた、そう思い込んでいた。それは勘違いだった。ただ、向こうの世界のボクみたいな引きこもりには、そういう問題が見えていなかっただけなのだ。だいたい本当に不幸な人間が居ないのなら、ああやって自由だ権利だと高らかに叫ばれるわけないのは、少し考えればわかることだった。


「コロビナさんも、アマンダさんも、ボクなんかよりこの街のこと、この世界のことについて考えていた。当たり前ですよね。だってもうずっとそうやって、この世界の人たちは生きてきたんだから」


 だから彼らは、ボクなんかよりずっと強かった。そしてその彼らさえ、ギリギリだった。


「エルフの世界は……幸せなところなのだな」


 そうなのだろうか。そうかもしれない。


「ボクは、むこうの世界じゃ本当に役立たずで、だから、戦わなくてよかったんです。でも、だから、戦っている人たちは居たけれど、ボクにはその理由もわからなかった」

「君は……戦うべき相手を見失ったのか?」

「いえ、見つけました」

「誰だ」


 メグさんがボクに向き直る。今すぐにでも “ボクの敵” とやらをブッ飛ばしにいく勢いである。頼もしい限りだ。

 ボクは立ち止まり、両手を広げて言う。


「みんなが生きてる平和な世界。そしてこの世界で必死で生きて、愛したり愛されたりして、幸せになろうとしてる人たち」


 誰かが幸せになるために、誰を生贄にするのか。そんな残酷な選択しなくていい世界。そんな世界あるのだろうか。


「敵にまわすのも味方につけるのも、それができるのは英雄だけですよ」


 あるいは極悪人か。


「そうか、私の出る幕ではないな」

「そうですね」

「……私は敵側の人間か」


 メグさんが再び歩き出す。


「あ、いや」

「マリー、これは誰にも言わないでほしい」

「え? あ、はい」


 メグさんは話しながらズンズンと前に進む。ボクより小さいのに歩くのが速い。


「子供の頃に本を読んだ。騎士の物語だ。騎士は仲間とともに冒険をして、苦難を乗り越え魔王を倒した」

「はあ」


 ざっくりしてるな。


「私は彼に恋をした」

「はあ、え?」


 何の話だろう。推しキャラ?


「ふふ、わかっているさ。かなわぬ恋だよ。だから、私は騎士になりたい」


 その飛躍は、まぁ、わからないでもない。それにしたって行動力がすごいが。


「メグさんは騎士ですよ」

「格好だけはね」

「団長付き、ですか?」

「ああ。奴ら体裁だけとったつもりだろうが、結局はそのせいで私は何者にもなれないでいる。だがなマリー、私は今の私に甘んじるつもりはないよ。私が私であるかぎり、私の恋は終わらない」


 先をゆくメグさんが立ち止まりくるりと振り返った。彼女の耳が少しだけ赤くなっていた。


「私はね、マリー。なぜ引き下がったのかと聞いたのだ。君は敵を見失ったのではない、戦う理由を見失ったのだ。マリー、君はまだ負けてなどいない」

「理由……」


 ボクが戦う理由。そんなものあるのだろうか、それは――


「君だよ」

「ボク?」

「そうだ、子供たちが君を頼るのも、ミューズが君のそばにいるのも、私が君を助けたいと思うのも、全ては、君が君だからだ。君が君であるかぎり、マリー、君に敗北はない」


 ボクは、いつの間にか “ボクがボクである理由” を探していたのか。誰かのためでなく、自分のためでもない。なに者にもなれないボクは、ただ戦わない理由を探していたのか。

 ボクはなんのためにここにいる。そんな難しいことではない。誰が証明せずとも、ボクがボクであるかぎり理由は存在する。逆説的存在証明。輪になって閉じる運命の螺旋。


「それって運命論?」

「運命、ああ上等だ。ならば私は運命を信じよう」


 たったひとつの願いを抱いて、それを信じてどこまでも進もうとするのが恋だとしたら、ああ、恋を知る人のなんと強いことか。

 それから彼女は瞳をキラキラと輝かせて続ける。


「だから君は英雄になれ。そしてそのとき、マリー、私を君の騎士にしろ」


 恋する乙女がボクに戦えと言った。


「責任重大だな」


 この世界の女の子は、人を励ますのになぜこうも強引なのか。太陽はほぼ真上にあるというのに、彼女は逆光を背負ったみたいに眩しかった。


「でも、ありがとうメグ」


 ボクが礼を言うと、メグは少しはにかんだ。


「これはマリーと私の秘密だよ」

「わかってるよメグ」


 街の雑踏に飲み込まれたボクらの内緒話など、それがあったことすらも、誰にもきっとわからないだろう。

 愛すべき友人の恋の秘密を胸に秘め、ボクは彼女と並んで歩きだした。ちらりとメグの横顔を盗み見る。凛々しいばかりと思っていた人は、いつの間にか口角が上がって、ボクはそれに相応のあどけなさなど感じるようになっていた。

 程なく、ローザさんの『名無しの宿』が見える。


「ミューズにも会っておこうか。ああ、モルドラース殿にも挨拶をしたいと思っていたんだ、彼は居るだろうか。マリー? どうした? なぜ固まっているんだ」

「うう、なんで……」


 どうもこうもない、なんであいつが居るんだ。せっかくメグとの距離が急接近して口いっぱいのヨダレと一緒に幸せを噛み締めていたのに台無しだよ。


「ああ! マリー!」


 ボクが今すぐにでもここから立ち去るための急な用件を頭からひねり出す前に、彼女の蛇の眼がボクを見つけ――捕捉した。


「ああ! マリー! どこに行っていたのだい? 私はもう君たちに会うのが楽しみで楽しみで仕方なかったんだよ、ふふ。なのに酷いじゃないか、隊長から話は聞いていただろう? うふふ、すごいと思わないかい、こんなことってあるのかな。素敵じゃないか。ねえ、君は運命を信じるかい? ねえ。ふふ。マリーどう思う?」


 美しい黒髪を振り乱しながら駆け寄って来たビアンカが、そのままボクに抱きついた。


「えっとあの……はい」


 ビアンカの熱い吐息が顔にかかる。大した距離ではないから、息が上がっているのは走ったからでなく興奮しているからなのだろう。

 なんで興奮してんだよ。


「ちょっとビアンカ、顔近い」


 相変わらず眼力が強い。そしてすげーいい匂いする。


「ノン! ビビと呼んでといったじゃないか」


 頬を高潮させて満面の笑みで迫るビアンカの腕が、例によってボクの腰をガッチリと拘束している。ボクはほとんど地面と平行になるくらい仰け反ってそれを避けているので、なんだか社交ダンスの決めポーズみたくなっていた。不安定な体勢で、そのうえ右腕一本で、決して軽くないボクの体を支えるのだから素直に感心する。こういうの慣れてるのか?


「ビビ……他人が見てるから」


 なにせボクもビアンカも美形だ。真っ昼間から宝塚顔負けのパフォーマンスをお披露目していればそりゃ目立つ目立つ。皆立ち止まって物見してるし、中には拍手している人までいる。そのうちおひねりが飛んでくるぞ。


「ふふ、マリーは照れ屋だね」

「照れてなおぐわっ」


 言うやいなやビアンカがボクの腕をぐいっと引っ張り上げた。勢いがついたボクは独楽のようにクルクルと回転させられて、そのまま今度は彼女の左腕に収まった。

 おい外野、拍手をやめろ。

 逃げようともがくが当然びくともしない。この細い腕のどこにそんな力があるのか。体をグリグリ押し付けるので、彼女の薄い体がボクの胸に半分埋まっていた。


「そんな君もかわいいよ……マリー君って胸がすごく大きいね!」

「気付くの今かよなんだオマエ!」


 思わず出た素のツッコミなどまったく意に介さず、ビアンカは嬉しそうに頬を擦り付けてくる。

 依然として苦手は苦手なのだが、はじめて会った日に彼女に抱いたような恐怖感はなくなって、なにか加減を知らずにじゃれつく子犬のようなウザさだけを感じる。

 以前となにが違うのか、なにか変わったとして、変わったのが彼女かボクかはわからないが、とりあえず勘弁してほしい。


「あー、マリー? これはその、つまり彼女は君のそういうアレなのか?」


 ぽかんと口を開けて成り行きを見守っていたメグは、なにやら勘違いをしたようだ。


「全然まったくつまらないからそういうアレじゃないっ!」

「違うのか……」

「ちがう! なんでちょっとガッカリしたの!?」


 クゾさんがよこした用心棒はビアンカだった。たしかに彼女はどうやら腕が立つらしいし、一応ボクの顔見知りではある。クゾさんも気を利かせて選んでくれたのだろうが、こんなことなら苦手だとしっかり伝えておくんだった。失敗した。


「私はマリーのファンなんだ。しってるかい? ふふふ、片思いは切ないんだよ。ああ、君って人はなんて罪作りだろう……ねえ彼女は誰?」


 手にとったボクの髪束を鼻に押し付けながらビアンカが尋ねる。どうにも彼女は興味の対象以外を認識するのがワンテンポ遅れるらしい。


「ボクの命の恩人で友達で聖騎士団員のマーガレット。足の間に足入ってる! 太もも押し付けるな!」

「友達? 彼女はマリーの友達なの? ああ、どうしてマリー。どうして私より先に彼女を友達にしたの? 私が君のことこんなに思っているのに、君はそうやって私の心を弄んで、まったくなんて意地悪な人だ。ふふ、私はね、もう君のことを夢に見るくらい好きになってしまったんだよ。ふふふ、夢の中の君は、私の手にその可愛い唇を押し付けてこう言うんだ。ねえビビ、ボクは君のおむ……素敵な髪色をしているねマーガレット」

「自由かな?!」


 夢の中のボクはなんと言ったのだろう。エロ単語かな。おむ……おむ? わからない。ボクがわからないエロ単語とか相当だぞ。この変態め。


「君もマリーのことが好きかい?」

「ああ。好きだよ」


 友人として、というメグさんの言葉は無視してビアンカが続ける。


「ふふ、ねえマリー、縦がいい? 横がいい?」

「え、なに怖い、なに」

「マーガレットと私とで、マリーを半分こするなら、縦がいいかな、横がいいかな?」

「ひえっ」

「私は縦がいいなマリー。そうすれば君の横顔をずっと見ていられるだろう?」

「ひえーっ! 助けて大岡越前守忠相おおおかえちぜんのかみただすけ!」


 ボクがビアンカの毒手から逃げ出そうと手足を振り回していると、宿の扉が静かに開いた。


大岡越前「二人でマリーを引っ張り合うがよい」

マリー「よくねえよ」


次回、転生したら御奉行でした〜異世界で大岡裁きやってます〜

お楽しみに!

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