マリー、怒涛の超魔法キャンセル
ファンタジーってなんだっけ第三十二話
ボクは混乱して固まっていた。
よくわからない金色の棒だと思っていた魔法の杖だと思っていた金色の棒がよくわからないしゃべる金色の棒だったのだ。なにがなんだかよくわからない。
「あ? なんだ?」
ぽかんと口を開けた太っちょハゲと筋肉ゴリラもキョロキョロと目玉を動かす。
「マリー、今の誰?」
誰だろうね。
その特性からおよそ声だけで正確な個人識別が可能であろうミューズが首を傾げる。彼女に胸で押さえ込まれているルースも、乳の陰から怪訝な表情でこちらを見つめていた。
やめて、そんな目で見ないで。
とりあえず笑ってごまかすより他にない。
「ふ……ふはははは!」
「な、なんだ? なにしようってんだ!」
さあ?
なにがなんだかわからないが、都合のいいことに悪党二人はそれなりにビビってくれていた。ちなみにボクはその五倍混乱している。
『すべてのユーザーに最良の体験を。そのために私達は何ができるかを考えました』
杖の赤い宝石がピカピカ光る。またなんか始まった。
『最新のカメラ機能。高感度量子力学的交互観測隙によるハイクオリティーなムービー体験』
その機能は今いらないかな。っていうなんでかいちいちオーバーテクノロジー使うわけ? ムダじゃないそれ?
『日常を鮮やかに映し出す――』
「くそ! どこだ! 出てきやがれ!」
しびれを切らした悪党が吠えだした。あかん、ごまかせない。
「わ、我が精霊の声を聞けぇい!」
聞いてくださいお願いします。
「遙か五千年の古代より脈々と受け継がれし古の大精霊、今ここにその声を表したり! 何人も動いてはならぬ! さもなくば大いなる力によって――」
『あなたの思い出を切り取ります』
「バラバラにな!」
ぐう、と言って悪党の表情が恐怖に固まる。
ハッタリでもなんでもいい。正面からやりあったって勝てないんだから、なんとしてでも主導権を握り続けなければいけない。目下の作戦は、勝てるまで待つことだ。乗るしかない、このビッグウエーブに。
『音楽の世界に飛び込もう! 世界記憶同調抽出テクノロジーによって集められた九兆七千四十八億曲の中から』
あ、それも今はいいです。曲多いな!
『世界中どこにいてもあなたにピッタリの音楽を必ず見つけ出す』
「どこに逃げようと無駄だと知れ!」
『会員半額』
「しかも安い!」
「姉ちゃんなにいってんだよ!」
ルースが喚く。ちょっとまっててこっちも忙しいんだから。
だいたい定価はいくらだろう。そもそもどこの通貨でどこからチャージするかもわからない。音楽は聴けないな。
いや、そんなことはどうでもいい。
『ストレスフリーの操作性。多元宇宙連鎖予測型超曖昧入力によって、頭の中のイメージを呪文にするだけの簡単な操作で、誰でも直感的な魔法の発動が可能――』
「それだぁ!」
キター! メイン機能きた! これで勝つる! 横文字すぎてよくわからんが、適当に口を開けば魔法の方が着いてくるみたいなもんだろう。多分。
「マルチ……えっと、そのファジーなインプットのやつお願いします!」
『曖昧入力を開始します』
「ふはははは! 開始するぞ!」
「な、なんだぁ?!」
ビビれビビれ、小悪党め。目にもの見せてくれよう。
えっと、どうしよう。うん、派手なのがいいな。炎とか。
「深淵より沸き立つ地獄の業火……」
『火炎魔法を選択しました』
しましたか、ありがとうございます。
杖の先に炎が揺らめく。今度は緑じゃない、真っ赤な炎。明らかな警戒色はハッタリにピッタリ。エルフも思わずニッコリ。
『効果範囲と威力を設定してください』
まだ続くのか。ファジーに対応してくれよマニュアルでしか判断できんのかこれだから最近の若いもんは。
「ふはははは! えーっと……」
『認識できませんせした。発動をキャンセルします』
「……あ、え、ちょ」
あれ、炎が消えた。マジで? シビアすぎない? ぜんぜんファジーじゃないんだが。
「……ワンモア! リテイク!」
『曖昧入力を再開します』
「はいお願いします!」
グダグダじゃねーか。
幸い、みんな出方をうかがう、というか呆気にとられてポカンと成り行きを見守ってくれているので、完全にボクの一人相撲である。寂しいといえば寂しい。
「えっと……空虚より来たれ星霜の息吹、大地より来たれ……灼熱する……血潮?」
疑問系の呪文ってあるんだろうか。ボクの中二語彙も無限ではないので早めにキメないとまずい。いや、まずいのか? いまさらだがもっと単純なのでよかったんじゃないか? ファイヤーボールとかエアハンマーとか。
『物質反物質対消滅魔法を選択しました』
されちゃった。
とんでもないもん出てきたぞ、大丈夫か。さすがにボクだって反物質くらいはしっているが、本当に魔法かそれ。
「今、我が眼前に姿を表わせ、愚者に慈悲の鉄槌をあたえよ」
範囲目の前、威力は弱く。命までは奪わない。ボクはチキンなので人なんか殺した日には今後一生悔やむのが目に見えている。別に悪党の命なんか欲しくないし。とはいえ骨の一本二本折れてくれてもいっこうに構わんが。
『範囲と威力を最小限に設定しました』
あーいいですね。
構えた杖のまわりで、キラキラと輝く粒子が踊る。レッドライト、ブルーライト。夜だったらさぞロマンチックだっただろう。
「明滅せよ!」
『魔法を発動します』
だが悪党ども。貴様らにくれてやるのはバラの花束ではなく、このボクの怒りの拳なのだ。鼻血を出したドータのぶん、泣きじゃくるジュジュのぶん、グッタリしてるエリカのぶん。そして、ボロボロになったルースのぶん。みんなまとめて一発で済ませてやるから、地の果でも空の彼方でも好きなところへ吹き飛ぶがいい。
『注意。爆風と熱線による大規模破壊を防ぐため、都市部での使用は避けてください。γ線によって重篤な放射線被害を及ぼします。周りに人がいないことを十分に確認してください』
「ファッ?!」
大規模破壊? 放射線被害? え? なに? 威力最低って言ったよね? 反物質ってそういうもんなの?!
『使用者より最低十キロメートル以上退避してください。不可能な場合はただちに最寄りのシェルターへ避難してください。カウントダウンを開始します。二十九、二十八、二十七……』
「ファーッ!」
カウント短すぎだろが! 先に言えそういうの! あれ、というか爆心地ボクじゃんこれ。
『使用者には最大限の自衛、あるいは遺言の手続きをおすすめします。クラウド遺言サービスをご利用なさいますか?』
「とうさんかあさん先立つ不幸を……言うてる場合か!」
『承りました。ご冥福をお祈りします』
「死んでなーい!」
『十八、十七……』
「ぎゃー! カウント進んでるーっ!」
これじゃ自爆じゃねーか。しかも悪党ごと街まで吹き飛んでしまう。
このままじゃ遠くに見えるきのこ雲がこの世界に新たな神話を生むし、巨大なクレーターが未来のミステリー番組で特集される。いやそんなことより、みんな死ぬ。
「キャー! だめ! 今のナシ! 中止! ちゅうしーっ!」
『七、八……魔法の発動を中止しますか?』
「ストップ! ストーップ!」
『三、二、一』
「ヒエーッ!」
『……中止しました』
「お、おふぅ……」
セーフ! ギリギリセーフ!
まじで死ぬとこだった。自分の魔法で死にました、とか最高にかっこ悪い。ドジっ娘どころの騒ぎではない。しかも好きな女の子とか諸々無関係な人も巻き添えにするとか最悪だ。いや、危なかった。
膝から崩れ落ちて地面に手をつく。
「死ぬかと思った……」
『即死魔法を選択しました』
「おだまりっ!」
『音声ガイダンスを終了します』
そうしてくれ。
だが今回もなんとか生き残った。ボクは悪運が強いのか。しかもボクは実質、この街を守ったのだ。上出来だ。危機は去った。さぁ帰ろう、ボクたちのいるべき場所へ。
「おわったかな? エルフのお嬢さん」
顔を上げると、太っちょハゲがにっこり笑っていた。
「なんも終わってなかった……」
その横で筋肉ゴリラが指をバキバキ鳴らしている。
終わったのはボクだろうか。
「マリー、ダメだったのね?」
ミューズがごろりと転がってルースから離れた。
「ダメでした」
「そう」
半ば放心したまま答えると、ミューズが器用に腹筋だけで跳ね起きて言う。
「じゃあ、お友達を連れて、端の方へ行って」
「ミューズ……」
「できれば、みんな目と耳を塞いでくれると嬉しいな」
ほらきた、こうなるんだ。
しかし、今回はスラムのときとは違う。誰かが犠牲にならなければいけない、という状況ではない。ミューズは察しと頭がいいから理解しているだろうが、エリカを助けて悪漢をやっつけるのが目的なのだ。そう、戦わなくてはいけないのだ。四肢のない盲目の少女にはあまりにも高難度な目的に思われるが。
「おい! 姉ちゃんなにしてんだよ!」
ルースは見た目より元気だな。
「次はわたしが相手になりますわ。よろしいかしら」
ミューズのスイッチが入った。よろしくてよ。選手交代ですわ。
「ふふ、あーはっは! こいつは傑作だ! お嬢ちゃんが? お前さんが? おい、聞いたかよ、あの可愛いお嬢さんが、一発ヤラせてくださるとよ!」
悪党二人が笑い出す。
ボクはそれを背中で聞きながら、トボトボとミューズの横を通り過ぎる。
「ごめんね」
「気にしないで」
なんだこの会話、情けない。
「はぁ? ふざけんなよなに言ってんだよ! おいマリーの姉ちゃん! あんな子になにやらせるつもりだよ!」
「みなまで言うなルース」
「意味わかんねぇ! ばっかじゃねーの?!」
ボクも意味わかんないんだよ。
おそらくミューズには、何かしらの奥の手があるのだろう。だからといってボクだって、彼女に任せてしまうのは不安で不安で仕方ないのだ。
「ほらルース、なんか見られるのやなんだって。向こういこ」
「ばか! 離せよ!」
ルースの襟首を掴んで引きずるように場所を空ける。
太っちょハゲが顎を突き出して指示すると、筋肉ゴリラが鼻から息を吐き出してミューズへ向かってあるき出した。
心臓が痛い。これからなにが起こるんだろう。
いつだって誰かに頼って、誰かに助けてもらって。本当に情けないヤツだなボクは。格好のひとつもつけれやしない。カッコつけ〇点だよ。〇点チャンピョンだよ。こうなったグズでノロマな亀エルフになったっていい。それでいつも誰かが助けてくてるなら、誰かを助けられるなら、ボクは喜んで情けなく泣きわめいてみせる。他力本願だって極めれば魔法になるだろう。
誰か、助けて。
「くそ! 次から次へと、誰だテメエは!」
太っちょハゲが腹立たしげに声をあげた。
それははたして、本当にボクの魔法かもしれない。まじか、すごいぞボク。メグさんなら百点、モッドさんか、クゾさん、いやこの際あのおっかない黒髪のビアンカでも五十点くれてやる。
「これは……さっぱり状況が飲み込めませんね。説明していただけませんかマリーさん?」
この殺伐とした異世界にに、さっそうと救世主が現れた。
他人を不快にしない爽やか微笑みポーカーフェイス。いかなる時も低姿勢。眼鏡の似合うドヤ顔マックの優男。
その名はオレーグ。
「うーん三十点」
「よくわかりませんがヒドイですね」
グーグル翻訳に突っ込んだだけなのでちょっとおかしくても見逃してください。私も忘れます。




