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マリー、怒りの超魔法

エルフが本気出す三十一話

「ぷんすぷんす!」

「マリーそれ怒ってるの?」

「怒ってるよ! 怒りが有頂天だよ!」

「怒髪天じゃなくて?」


 ミューズに訂正される。異世界でも怒髪天って言うのか。

 ボクらは、ほぼ間違いなくルースに盗まれたの杖を取り戻すために、魔法の練習を切り上げて秘密基地へと向かっている。


「ボかぁルースを殴らなくちゃいけない」

「殴るの?」

「とはいえ顔合わせたら殴れなくなるだろうから、泣くまでアイアンクローの刑に処す」

「それが何かわからないけど、処すのね」

「処す!」


 大聖堂から秘密基地まで路地を抜けて徒歩五分。そう遠くない。ボクの場合、途中で抜け穴をくぐるのにもう五分かかるが。


「なんじゃこりゃ」


 抜け穴がなくなってた。

 埋まっていたわけじゃない、人一人余裕で通り抜けられるくらいに広げられているのだ。

 子どもたちがやったのだろうか。


「どうしたの?」

「ん、なんでもない」

「マリーがなんでもないって言うときは、なにかあるときよ」


 よくご存知で。

 ともかくいい予感がしないのは本当だ。


「急ぐね」


 狭い路地、というか建物の隙間を駆け抜ける。秘密基地に近づくにつれ、なにか言い争う声が聞こえてきた。


「エリカを放しやがれ!」

「しつけぇガキだな! ぶっ殺すぞ!」


 ルースの声、それから誰かわからない男の声。ぶっ殺すとは穏やかじゃありませんな。


「まてぇい!」

「誰だてめえ!」

「通りすがりの美人エルフ……ルース?!」


 カッコよく登場しようと思ったら出鼻をくじかれた。思ったよりも状況は逼迫していて、ボケてる場合じゃなかったのだ。

 奥の方でドータが鼻血をたらしてのびている。その横でジュジュがこの世の終わりみたいな顔をしてベソかいていた。大声で恫喝していたのはハゲ頭ででっぷりとしたお腹のいかにも小悪党という感じの男、その横にいるでっかい筋肉ゴリラは手下だろうか。ゴリラは片手にでっかいハンマーを持ち、反対の腕にはエリカがグッタリとぶらさがっていた。


「まいったなミューズ、ちょっと面倒なことになってるよ」

「そう。メグを呼んだほうがいいんじゃない?」

「余裕ないかな」

「……怪我しちゃだめよ」

「頑張る」


 ミューズの了解は得た。

 あとはやるだけやるしかない。


「あんたたちさ、子供相手にやりすぎだと思うんですよ」


 ルースは男二人をトウセンボするように立ちふさがっていた。手には彼の体にはオーバーサイズすぎる剣を握っている。構えもままならずに切っ先が地面をえぐっていた。

 ゆっくりと彼に近づく。一触即発だ。今は誰も刺激してはいけない。

 ちなみに内心めちゃくちゃビビっている。


「子供殴って泣かせて、そういうの大人のやることじゃないと思うんですよね」


 ルースの肩に優しく手を置く。小さな体がビクリと跳ねた。


「ルース」

「……ねえちゃん」


 怒りで体が震えるのだと、そのとき初めて知った。

 ルースの顔がボロボロのパンパンだった。額が割れて、腫れ上がった右目は完全にふさがっている。歯でも折られたのか口から滝のように血を垂れ流している。スプラッターかよ。

 おそらく彼は、エリカを取り戻すために立ち向かって、殴られても殴られても何度も立ち向かったのだ。ナイスガッツ。だが剣を持ち出したのは悪手だし無謀だ。追い詰められたのはわかるが、それでは子供だからと手加減もできなくなるのだ。もう少し遅ければ殺されていただろう。間に合ってよかった。


「ごきげんようエルフの御婦人。はて、このガキ共の親御ですかな」


 太っちょハゲが言う。


「いいえ、あいにく未婚ですよ」


 三十ウン年童貞ですよ。


「そいつはよかった」


 よくねぇよ。


「でしたらこのままもと来た道を戻って今日見たことは全部忘れてしまいなさい。美しいお顔を傷物にはしたくありませんでしょう」


 口調は優しく、だが高圧的に。話すたびに唇がねちゃねちゃと音を立てるのが、なにより不愉快だ。


「お構いなく。ボクも子供の悲鳴を聞いておとなしく引き下がれるほど、お行儀よくないんで」

「はっはっは、顔に似合わず勇ましいな……遊びじゃねえんだ嬢ちゃん。怪我しねえうちに帰んな」

「そうしたいのはやまやまなんスけどね」


 マジ帰りたい。泣きそう。なんでボク格好つけてんだろ。こえー、マジこえー。


「ルース、返せ」

「……は?」

「は? じゃねえよ。またやっただろお前。ボクの “今朝杖だとわかった何に使うかわからない用途不明の金ピカ棒” 返せよ」

「……すげーどうでもよさそうだな」

「よくないの、大事なの。ほれ、返せ」


 ルースは二人の男を睨みつけたまま、懐から渋々と杖を出す。

 正直どこかに売り払っていたらどうしようかと思ってた。ちゃんと持ってたか、偉いぞルース。


「エルフのだって言ったらどこも買い取ってくれねーんだ」


 はったおすぞクソガキ。


「で、どうすんだよ」

「こうすんの」

「え、ちょ。なんだよっ!」


 杖を受け取り、かわりにミューズを押し付けた。異世界平均よりも小柄でなおかつ半分しかない彼女も、少年にはさすがに重かったのか、剣を取り落としてそのまま仰向けに倒れた。まるでお釈迦様にお仕置きされる孫悟空である。


「ミューズ、その子お願いね」

「うん」

「うん、じゃねーよ、のけろ! 当たってる! 当たってるって!」


 当ててんのよ。

 手足がないから必然的に胸で抑えこむのだ。ミューズは小柄だが胸も小さいというわけでもない。普通にある。胴がえらく細いのでもしかしたら大きいのかもしれない。だからといって暴れる少年を抑え込むのは胸囲、いや、驚異のバランス感覚。手足が揃っていたらいい柔道家になれたはずだ。


「話は終わったかな。俺たちも急いでるんだ。そこをどけてくれると助かるんだがね」

「あーはい、いいっすよ。とりあえずエリカちゃん置いてってくれれば」

「冗談言っちゃいけねぇ。これはうちの大事な商品なんでね」

「エリカは物じゃねぇ!」


 ルースの言う通りだ。今のはボクもカチンときた。


「なら、返してもらいます。その娘はボクの大事な友人なんで」

「はっはっは! どうやって? まさか力ずくでかな?」


 太っちょハゲが笑うと、筋肉ゴリラがニヤリと顔を歪めた。


「まさか……魔法ずく(,,,,)、かな」


 杖を構え、先端を悪党に向ける。


「しってる? エルフって魔法がとっても得意なんだって」


 杖があると集中しやすいとララポーラが言っていた。本当だった。今ボクは最高に冷静だ。いつのまにか体の震えも止まっている。今ならどんな魔法だって使えそうだ。

 ゆっくりと息を吐く。素手のときとは打って変わって、実にスムーズにかつ力強く脈動する魔力の感覚。なじむッ! 実になじむぞッ! 杖がまるで体の一部だ。ああ、まさにボクの第二の腕。

 ボクの体を緑色の光が包む。モヤモヤなんかしていない、はっきりとした輝き。溢れ出だした過剰な魔力が音を立ててスパークして、龍のようにうねる流れが小石を跳ね上げる。圧倒的ビジュアルに裏打ちされた全能感に魂が震える。


「さあ! 受けてみよ! 我がまーー」

『登録情報子パターン一致、アドミンユーザーのログインを確認しました。音声ガイダンスを開始します』

「ほう……」


 シャ、シャベッタァーッ!

 杖しゃべった! なんか赤い宝石のとこピカピカしながらしゃべった! え、なにこれどうなってんの?! なに、この……なに?


『どんな魔法も自由自在! エルフの旅杖マーライクモデル、バージョン3,1へようこそ! 素材から厳選し洗練されたマテリアルデザイン、最新の高機能情報子ハイスペックインテリジェンスファクター管制装置(コントロールデバイス)によりスムーズな操作性を実現。新しい体験、新しい可能性、インタラクティブでクリエイティブな魔法の世界があなたを待っています!』


 あ、はい。待っててください。

感想にインスピレーションを得て杖にギミックつけてみた

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