耳舐めがっかりエルフ
絶望と希望の第二十九話
ボクは脱力して、ミューズを抱きしめたままベンチの上に横になっていた。
「そっかー、覚えらんないのかー」
覚悟はしていたが、それでもショックが大きい。
異世界なのに、エルフがいるのに。魔法があるのに覚えられない。おあずけ。寸止め。なんて理不尽。そんなのってあるだろうか。
魔法が覚えらんないエルフってなんだろう。存在価値あるのだろうか。そりゃボクは、オッパイ大きいし、金髪だし美人だし、セクシーダイナマイツだし。あと、えっと、うんダメだ。魔法が使えないってだけでロマンカウンターがマイナス側に振り切る。オッパイでは相殺できぬ絶望。致命的なファンタジー欠乏。それはもはやクリープのないカフェオレ。ロマンチストなボクの前提は濃い。
「しかしオッパイと魔法は相反する性質など持ち合わせてはいないはずだ。むしろオッパイの大きさが魔力の量に比例するとかそういう設定があったほうがオリジナリティーを出せるのではないのだろうか。そうたとえば魔法を使うたびにオッパイが小さくなる呪いをかけられた主人公が苦悩を抱えながら成長していく物語などなかなか個性的で面白いのではないかどうでしょうか今なら著作権フリーですよいかがですか」
「マリー落ち着いて。あなたすごく変なこと言ってる」
ミューズが困惑した声を出す。そうだボクにはミューズがいた。ミューズがいれば何も怖くないぞ。やったぜ。
「かわいいよミューズかわいいよ。クンカクンカ、はークンカクンカ。スーハースーハー。いい匂いだなぁ」
「メグどうしよう、マリーがおかしくなちゃった」
「ああ、うん。その、マリー、大丈夫か?」
「大丈夫です。少しだけ開けたパンドラの箱から絶望が飛び出して最後に希望が残ったという。なのでボクは愛に生きます。具体的に言うとミューズかわいい。チュッチュしたい」
「わたしはべつにいいけど」
「メグさんもかわいい。チュッチュした……」
「――いや、私はべつにいい」
メグさんに本気で拒否されたので傷つく。ボクのグラスハートはプレパラートより取り扱いが難しい。
「ララポーラ、お前は言葉が足りないのだ。マリーが早とちりしてしまったようだぞ。まぁ、この反応はさすがにアレだが」
「えっとあの、ごめんなさい」
メグさんがため息をついて、ララポーラがペコリと頭を下げた。
「どゆこと?」
「マリー、君もひとの話しは聞くものだ……まだ魔法を覚える気はあるかい?」
ムクリと体を起こす。
「やらいでか!」
「ならば、はじめからやり直そう」
オホン、と咳払いをひとつ。マーガレット先生の魔法講座が始まった。美人女教師っていいよね。
「魔法というのは、個人の才覚よりもまず魂の器によってその姿を決める」
「はあ……」
先生、全然わかりません。
「魂が一人ひとつなのと同じように、魔法も一人ひとつ。器が近しい近親者ならば受け次ぐこともあるが、器の形が違ってはたとえ魂で結ばれている師弟であっても受け継がれることはない」
「ほう」
「器の有無は家系による事が多いが、稀にそうでなくとも生まれついて魔法の才を得る者もある」
これはひょっとすると遺伝の話じゃなかろうか。DNAって言っても通じないだろうが。
「似たような魔法を使っても、それ自体に得手不得手がある。そしてたとえ器があっても、二親等以上離れた者の魔法は受け継ぐことはできない」
「器の大きさと形の問題?」
「そう考えられている」
魔法は覚えるものでなく、受け継がれるものである。だから教えることも、教えられることもできない。
「例えば、例えばね。炎の魔法を使うお父さんと、氷の魔法を使うお母さんがいたら、子供にはどっちが受け継がれるの?」
「うん……? どういう意味かな」
魔法にも優勢遺伝なんかあるんだろうか。という素朴な疑問だったが、めぐさんは首を傾げた。
「その子が生まれつきの魔法を持っていなけれ、ばどちらを継承させたいかによるよ」
「選べるの?」
「そう聞かれるとなんと答えたものか迷うな……」
メグさんが腕を組んでいいよどむ。迷うというか、顔の右半分を吊り上げて皮肉めいた表情をしている。
「魔法を継承するとは、魔法の所有者が変わると言うことなんだ。ちょうど器から器へ移し替えるように」
「そっか。じゃ、仮にボクがメグさんの魔法をもらっちゃうと、めぐさんが困っちゃうのか」
「いずれ私も誰かへ継がせるのだろうけどね」
「メグさんは、おじいちゃん? おばあちゃん?」
「祖父だ」
現役を退いたものが、次の世代に魔法を託す。聞こえは良いが、面倒だろう。
「なんか面倒だね」
「ああ、面倒だよ」
この世界で魔法とは希少性の高い固有スキルのようなものなのだ。魔法を使えるというだけで特別なのだろうというのも想像に難くない。そうなると保護されて、優遇される。誰がその権利を得るのか。遺産相続みたいなもんだ、その度にひと悶着あっておかしくない。
「継ぐ継がないも面倒だが、器がなくて継げない、というのが一番哀れだな」
「そういうのもあるんだ」
「極めて稀だがね」
エリート一家の落ちこぼれって感じか。そりゃ辛いだろうな。
「なるほど、つまり……やっぱダメじゃん!」
たとえボクがどんな魔法も扱える特殊体質だとしても、現役バリバリのメグさんから魔法を受け継ぐことはできない。というか大抵の場合は予約が入ってる状態なのだ。
「死にかけで身寄りのない魔法使いでも探して……って、それじゃ詐欺師だよ!」
保護と優遇が行き届いているのなら、おそらくそれもないだろう。そしてそれは先の戦争とやらで、確実に行き届いているのだ。
「もーだめだーおしまいだー。ふぇぇミュージュー、チュッチュチュッチュ」
「いやんマリーったらくすぐったい」
ボクはまたミューズを抱きしめたまま寝転がった。メグさんはボクをガッカリさせるために説明をしてくれたんだろうか。意地悪な人だ。
「マリー、君は勘違いをしている」
ミューズの耳を舐め回すボクから、若干視線をそらしつつメグさんが続ける。
「なにがですかぁ」
「これはあくまで人であればの話だ」
「……エルフとかどうすかね」
「あいにくとエルフの知り合いは君だけだな。だが……ララポーラ」
促されたララポーラがフードをおろすと、かわいらしいネコミミがピョコリと現れた。
「だめですメグさん。ボクの悲しみは可愛いネコミミでも癒せないほど深いのです」
「それは残念だな。さてララポーラ、君は今いくつ魔法を覚えているかな?」
「二十四です。でも役に立つのは半分くらい。ちゃんと使えるのは七つだけで、得意なのは二つしかないです」
「……だ、そうだよ」
謙遜することはない、と言いながらメグさんがララポーラの頭をなでた。
すげえそんなに覚えてるのか。いいなー、ボクなんか一個も覚えてないのに……
「って、どゆこと!?」
「マリー急に動くとわたし酔っちゃうわ」
跳ね起きた。先程からボクと一緒に寝たり起きたりを繰り返しているミューズに苦言を呈される。
「どうやら獣人は “器” が人とは違うらしい。だから他人から魔法を教わるんだそうだ。それも複数ね」
「お婆ちゃんは “ポケット” って呼んでました」
「お、おお……ララポーラ先生!」
「ひゃい!?」
ボクは立ち上がってミューズを長椅子の上に座らせ、三歩前に出てネコミミ少女の手を取り地面に膝を付く。
「頑張ります!」
「あの、はい。頑張りましょう!」
ララポーラがボクの手を握り返し、力強くうなずいた。
少女の小さな影に後光がさして見えたのは、朝霧が晴れてきたからだろうか。
魔法たくさん覚えててもファイヤとか使わなくなるし結局リフレクかけてメテオ落とすよね。みたいな感覚の異世界人とかいていいと思う。