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エルフは魔法を覚えたい

やっと魔法の話第二十八話


「ところでメグさん、水汲み?」


 メグさんが “褒め殺され” 状態から回復するのを待って、気になっていたことを聞いた。まだ若干、口元がゆるい気もするが。


「ん? ああ、そうだよ」

「朝から大変スね」


 彼女は縁まで水いっぱいのバケツを両手にぶら下げている。

 バケツというか昔ばあちゃんの家で見た漬物樽くらいある水桶は、いったいどのくらいの容量があるのだろうか。騎士というからそのへんの町娘より体力はあるのだろうが、大きな水桶はたとえ空でもヘビー級かと思われる。どこぞの部族では水汲みが女子供の仕事になっているそうだが、この世界でもそうなのだろうか。


「騎士ってそんな事までするんですか?」

「世話になる施設の仕事を分担して行うんだ。そうでなくとも自分のことは自分でするさ」

「外まで? 井戸とか遠いんですか? 大変そう」

「いや、中にもあるんだが。こうでもしないと何もさせてくれないのでね」


 それは女だからだろうか。


「無理言って騎士団に入ったというのに、皆私をお飾りかなにかと思っているようだ」


 どうやらオレーグさんの言っていた『やんごとなき身分説』も無きにしもあらず、という感じだが、それを今問う意味もないだろう。だってせっかく友達になれたんだから。


「私にだって同じ仕事ができるのだ。両の手足が無いわけでもあるまいに。あ、ごめんなさいミューズ、そんなつもりじゃないの」

「いいのよメグ。気にしてないわ」


 メグさんの口調が変わった。たぶんこっちが素なんだろうな。


「そうそう、気にしない気にしない。はいメグさんパス」

「え、あ、うん、え」

「よろしくねメグ」


 ニッコリ笑うミューズをメグさんに預けて水桶を持つ。


「よろしく。じゃなくて。いや、かまわないが。マリー、それは軽くないんだぞ」

「へいきへいき、エルフは力持ちなのだ」

「そうなのか?」

「先日そう気付きました」


 五体不満足なミューズだって決して軽くはない。たぶんだけど米袋ふたつ分くらいかな。持ち上げるのに苦労はないが、持って歩けと言われると、前世のボクなら米屋を出たところでギブアップする自信がある。だが、この体になってから、どんなに歩き回ってもそれが苦になったことがないのだ。


「よっこいせ。お客さんどこまで」


 思ったとおり水桶は重かった。持ち手が手のひらに食い込む。確実にミューズより重いし、抱きかかえられる彼女と違って左右にぶら下げるので余計に重く感じる。とはいえ、足に当たらない程度に両腕の角度を保てるしバランスも崩れなかった。力こそパワー。伊達に体がでかいわけじゃないなエルフ。というか逆にこれを運んできたメグさんのほうがすごい。


「それで、頼みというのはなんだろうか」


 メグさんに先導されて裏口らしい小さな扉をくぐる。彼女に抱えられたミューズは、やけに楽しそうに微笑んでいた。


「実はですね、魔法を教えてほしいのですよ」

「魔法を……か?」


 メグさんが立ち止まって難しい顔をしだした。いいんだ、またおかしな事を言ったのはわかってるんだ。今はほんの少しでもヒントが欲しいだけなのだ。


「あのねメグ、マリーは、びっくりするほどなにも知らないのよ」

「……ふむ」


 しまった先にミューズに相談しとくべきだった。まぁ仕方ない。開き直りはもはやボクの特技である。


「そうだな。立ち話もなんだから、中庭にでも行こうか」


 ついてこい、というのでバケツを持ってえっちらおっちら奥へと進む。大聖堂の中は思ったよりも地味だった。まぁここらへんは、いわゆるバックヤードなのだからあたりまえか。

 途中で立派な甲冑を身に着けた男の人とすれ違った。白い鎧に黄金色の細工。胸に十字の意匠があるから間違いなく聖騎士だ。かっこいい。もしかして偉い人かな、顔もイカツイ感じだし。


「おはようございますマーガレット殿!」

「……やあ、おはよう」


 ところが聖騎士はサッと脇へ避けると、篭手で胸を打ちビシリと敬礼をした。


「ごきげんよう」

「どもー」

「む? おお、うむ」


 ミューズとボクがゆるゆると挨拶をすると、イカツイ騎士は直立不動のままモゴモゴと口を動かしてへどもどする。それを見てボクは、バナナをほおばるゴリラを連想した。


「ぷっ」

「笑ってやらないでくれ、女性と顔を合わせるのに慣れていないのだ」

「いないんですか? 女の人」

「いるにはいるが、その、察してくれると助かる」


 あーなるほど、美しいって罪なのね。それを言えばメグさんだって罪作りな方だと思うのだけど。

 それから数人の騎士と、鎧を着ていないがおそらく騎士であろう男たちとすれ違った。皆メグさんに道をゆずり敬礼して、やはりボクとミューズを見てモゴモゴした。メグさんはその度に、うんざりした声で挨拶をしていた。


「やっぱりエルフって目立ちますね」

「ん? そうかな?」


 若干疲れた顔でメグさんが言う。


「わたしを見て驚いているのよ」

「ああ。ミューズは可愛いからな」

「まあ、メグったら」

「さっきのお返しだ」


 メグさんは素でなんとも思ってないようだが、異人種のボクやミューズの身体的特徴は、他人を驚かせるに十分な理由となる。だがミューズは慣れているようだし、ボクも今のところ実害を被ったことはない。いやしかし、ほんの少しでも不安はないというと嘘になる。


「どうしたマリー」

「ん、なんでもないよ」

「そう緊張するな。誰もキミに(つぶて)することはないし、させはしないよ」

「わかってる。ありがとうメグさん」


 ボクがうまく立ち振る舞っているわけではない。ただ友人に恵まれている。それが答えだろう。

 しばらくしてやっとメグさんが立ち止まった。あちこち折れ曲がって、ずいぶん入り組んだ建物だったな。


「なんか迷路みたいだね」

「ああ、有事には要塞になるからね」


 メグさんからミューズを受け取る。


「おかえりミューズ」

「ただいまマリー」


 ボクとミューズのやり取りを見てメグさんが微笑む。


「ふふっ。むさ苦しいところだが、少し待っていてくれ」


 じゃ、と言ってメグさんがどこかへ行ってしまった。

 中庭では数人の聖騎士が上半身をはだけて剣を素振っていたが、ボクらに気付いていそいそと上着をボタンを留めた。この世界には女性だけでなく、男性側にもドレスコードがあるのだろうか。

 隅っこのベンチに腰掛け、ミューズのお腹を揉みながらぼんやりと風景を眺める。チラリちらりと騎士がこちらに視線をくれる。

 落ち着かない。ボクも彼らも。

 聖騎士達も不安なのだ。日常に入りこんだ異物にどう対応すべきかわからないのだ。騎士がそんなんで大丈夫なのだろうか。

 なんだかちょっとだけ、意地悪な気持ちになった。そんなに不安なら、そいつを上書きしてやろうじゃないか。


「キャー騎士サマカッコイー! がんばれ(ハート)がんばれ(ハート)」


 自分でもゾッとするほど可愛らしい声色で無責任な声援を送ると、騎士たちの鼻息が荒くなり、剣の切っ先が三倍速で動き出した。そーれ、美人のエルフが見ているぞ。しゃかりき(はげ)め!


「意地悪よマリー」

「へっへ。真面目な騎士さんにご褒美だよ」


 察しのいいミューズに(いさ)められたが、どうせ意識されるなら、こちらのほうがずいぶん気分がいい。

 誰が一番先にバテるか、などと考えていると。メグさんが戻ってきた。


「待たせたね……なんだ、皆、妙に張り切っているな」

「マリーのせいよ」

「ちょっとハッパかけただけです。オホホ」

「ふむ? よくわからんが」

「みなさん真面目なんですよ。ところで、その子は……?」


 メグさんの傍らにローブを着た小柄な人物がいた。伏し目がちでよくわからないが、フードから覗く桜色の唇を見るに、どうやら少女のようだ。


「ララポーラ、挨拶を」

「あ、の。はじめまして。ララポーラ・イグナツです」


 声かわいい。


「ボクはマーライク。マリーでいいよ」

「ミューテリュシカ・ヘイヘリオース。ミューズって呼んでね」

「よ、よろしくおねがいします」


 ララポーラがペコリと頭を下げた。フードの奥でボクとミューズを交互に盗み見ている。照れ屋さんかな。


「さて、マリー。君はわたしの魔法を知っているね」


 その様子を微笑みながら見ていたメグさんが、ボクの方にくるりと向き直り質問を投げかける。


「え、なんすか急に。あれですよね。グルンってして。ドバってなったやつ」


 そしてボクにトラウマを植え付けたやつ。


「ドバ……ああ、したな、たしかに」


 ふむ、と言ってメグさんが軽く右手を前にかざした。


顕現(けんげん)せよ “白銀(プラチナ)守護者(パラディン)”」


 どこからか甘い香りが漂ってきた。チリチリと肌が焼ける。


「う、わ。なんだこれ」

「どうしたのマリー」

「いや、なんかいい匂いして……ひえーっ!」


 眼の前に白銀に輝く巨大な鎧がそびえ立っていた。


「ああ、すまない。驚かせてしまったか」


 それ自体発光しているし、薄っすらとむこう側が透けているのでディテールははっきりしないが、巨大な両刃の剣を胸の前に構えるフル装備の騎士だ。ちょっと幽霊っぽい。


「これがわたしの魔法だ。今は姿が見えるが、身に纏えば不可視の剣となって私の腕力にかかわらず相手を両断できる。その気になれば大隊規模の幻影にもできるが、その場合攻撃も防御もできないな。まぁ、戦力を維持できるのはせいぜい十体がいいところ――」

「ここここここ、これ魔法? 魔法ですか?!」

「……ああ、そうだ。魔法というのは――」

「うおーっ! 魔法キターっ!」


 興奮のあまりおもわず絶叫してしまった。鍛錬中の騎士たち動きを止めてしまったし、メグさんとララポーラが驚いて体を硬直させている。


「んんっ。魔法というのは個人の才覚よりも――」

「すっげすっげ! なにこれカッケー! メグさん超カッケー!」

「ああ……うん、ありがとう」

「もう、マリー落ち着いて」


 絶叫を直近で浴びているミューズが、やや非難じみた声を出す。


「ボクこれがいい! これ覚えたい! ね、メグさん!」

「いや、その……」


 ボクの勢いに気圧されたのか、メグさんが口ごもってしまった。


「ムリなんです」


 かわりに答えたのはララポーラだった。


「この魔法は、マリーさんに使えないです。他人の魔法は使えないんです」


 オドオドしながらララポーラが言う。

 長い前髪の影から上目遣いでボクを見上げる彼女の瞳の、その瞳孔は縦長だった。


バトルシーンとかまだないからね。しかたないね。

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