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エルフが大聖堂でかわいい騎士と出会った

タイトルは下條アトム第二十七話

 ボクとミューズは早くにローズさんとこの “名無しの” 宿を出て、メグさんに会いにカルヴィーク大聖堂にやってきた。


「たのもー!」


 白亜の大聖堂は、夜霧の残り香に薄らと霞んでいる。


「ごめんくださーい!」


 日が昇ると同時に回りだす街とは裏腹に、大聖堂は厳かでそして静かだった。

 日中は開け放たれエヴィバデウェルカムだった扉は閉ざされ、押そうが引こうがビクともしない。一応試したが横にも動かなかった。


「エヌェーチケーでーす、テレビありますよねー!」


 ありません。

 広場にボクのアニメ声が響く。はずい。

 昨日まで催されていた市場はすべてが撤収されていた。毎日やっているものでもないらしい。それでもちらほら見える街の住民から注目を浴びいてしまっている。はずい。


「誰もいないのかな」

「そんなことはないと思うけど」


 ボクの腕の中でミューズが首を傾げる。

 扉が開かないのでは埒が明かないので、裏口でもないかと聖堂をぐるりと回ることにした。

 正面から見て立派だったカルヴィーク大聖堂は、裏側から観ても劣らないほど立派だった。このような建築様式をなんと言うのか知らないが、あちこちにあるレリーフなどはなかなか見ごたえがあり、眺めるだけでも飽きることがない。


「すごい彫刻だね。あ、弓を持った人がいる。これは……牡鹿を狙ってるのかな」

「その人は弓の名手なのよ。いなくなった息子を探すために生贄が必要なの。側にカラスがいるでしょ?」

「カラス……あ、ホントだ」

「カラスに邪魔をせされて彼は初めて獲物を射損(いそん)じてしまうの」

「ふむ、その心は」

「彼が『なぜじゃまをするのか』ってきくと、カラスは『その牡鹿こそ魔法で姿を変えられたあなたの息子です」って教えてくれたのよ」

「ほー」


 それからカラスが実は神の使いで……と続く。

 レリーフはそのひとつひとつが神話の場面を再現しており、それがズラリと聖堂の壁一面を覆っているのだ。

 目の見えないミューズのためにボクがそれを言葉少なに描写すれば、昔ばなしに造詣の深い彼女が雄弁に語る。これはデート、いや観光か。この街に来て三日目だが、やっと観光っぽいことができた気がする。


「あれ?」

「どうしたの?」


 ズラリと並ぶ神話群の一番端、大聖堂の右側面その曲がり角に奇妙なレリーフを見つけた。太陽……だろうか、なにか宙に浮く丸いものから一組の男女が……降りてきている? 妙なデザインだが、一体どんなシーンなのだろうか、気になる。そして何よりその二人の耳が特徴的であった。


「これって……もしかしてエルフ?」


 長い耳を持つ男女は、どう見てもエルフである。


「まず雲に乗りてエルフの降り立てり。彼の者、讃え耕さん。これが人の世の始まりである」

「おお、すごい。神話っぽい」

「ぽい、じゃなくて神話よマリー」

「あ、そっか」


 なにかすごいことが起こったのはわかるが、それ以外はなにもわからない。以前聞いたマーライクの神話がハチャメチャだったせいで、この『いかにも』な神話に素直に感心してしまった。というか、その当たり前の神話にエルフが出てくるのにも意外性を感じる。


「で、結局エルフはなにをしたの?」

「うーんと、エルフは “最初の人” なの。人間が住むための準備をしてくれたのがエルフなんだって」

「例えば?」

「さあ? ずっと昔のことだもの」


 ミューズが首を傾げる。


「エルフは教えてくれないの?」

「覚えてないんだって。マリーは覚えてる?」

「……しらない」

「でしょ?」


 自分の種族のことに関してなにも知らないのは、ボクの特殊性によるのだが。とはいえエルフにはやはり興味がある。いまだに彼らがどういうモノなのかさっぱり見えてこないせいで、どう振る舞っていいのか迷うのだ。コンタクトを取れないような存在ではないらしいので、いずれ会ってみたい。


「エルフって神様なの? 全然そんな感じしないけど」

「ううん。でも、種まきのときにエルフに会えるとよく育つとか。あと、エルフが名付け親になった子は大成するとか」


 どうやらエルフは縁起物あつかいらしい。結構重要なポジションにいるような気がするのだけど。おそらくはこの世界はやはり『人間』のものなのだろう。亜人種と呼ばれるエルフはあくまでも脇役なのだ。

 しかし、怖がられたり歓迎されたり、エルフも大概いそがしい種族である。


「おや? そこにいるのは……マリー?」


 ボクらがエルフのレリーフの前で立ち止まっていると、聖堂の角から目的の人が現れた。


「あ! グットタイミン! おはようございますメグさん!」

「おはようマーガレット」


 マーガレットって誰だっけ。あそっか、メグはマーガレットの愛称なのか。

 薄く赤みがかった金色の髪を、三つ編みにまとめて右肩に流している。あとワインレットのスカートもオシャレ。騎士のメグさんも素敵だが、このメグさんも可憐な感じでいい。ギャップ萌。ミューズがいなきゃ結婚を申し込んでいるところだった。


「やあ、おはよう。メグと呼んでかまわないよミューズちゃん」

「じゃあわたしもミューズでいいわ」

「ああ、わかったよ」


 メグさんがニッコリ笑う。凛々しい彼女は笑顔も最高に爽やかだった。なにより名前を覚えていてくれたのが嬉しい。


「私に会いに来てくれたのかな?」

「はい! お礼とかちゃんとできてなかったし。あと、迷惑じゃなきゃ、ちょっと相談に乗ってもらいたいな……って」


 生来の――一度死んでいるが――人見知りが顔を出し語尾がすぼむ。若干規格外に背の高いボクより普通に背の低いメグさんに、上目遣いでお伺いを立てる。ボクは今どれだけうつむいているのだろうか。


「ふむ。何か困ったことでもあったかな。私でよければ喜んで力になるよ」

「あ、ありがとうございます!」

「よかったねマリー」

「うん!」


 メグさん快諾。後ろめたい遠慮は無用。そう思えるくらい胸を張って引き受けてくれた。やっぱりこの人はいい人だ。


「しかし私でいいのかな。何も聞かないうちにこういうのもなんだが、もっと適任がいたのでは?」


 メグさんが急にしおらしくなった。小指で口の端を撫でる仕草は無意識だろうか。かわいい。


「いやまあ、なんというか、それは口実で。ほんとはメグさんと仲良くなりたいなって。ねミューズ」

「うん。メグみたいな素敵な人とお友達になりたいなって、二人で話してたの」


 素直で人懐っこいミューズに照れ隠しを押し付ける。

 他にアテがなかったわけでもない。たとえばクゾさんに辺りに甘えてもよかったのだ。なんならモッドさんでもよかったかもしれない。実際のところ、宿屋のさばけた女将や愉快な三人組とはとても上手くやっている。だが、前世でぼっちを拗りに拗らせていたボクは、その快感に味をしめてしまったのだ。もっと友達を作りたい。なんと呼ぶのか知らないその欲求は、悪いことではないはずだ。


「そ、そうか。うん、すごく嬉しいよ。ありがとう二人とも」


 めぐさんが破顔する。声は上ずっているし、ガチで嬉しそうに頬を染めている。もしかして騎士団に友達いなかったりするんだろうか。んなわけないか。ボクじゃあるまいし。


「メグさんかわいい」

「やっ、からかわないでくれマリー」


 おっと声に出てしまった。驚いたメグさんの頬がさらに紅くなる。

 こうやって可愛い女の子と屈託なく甘ったるいトークができるのも、ボクが女に転生したおかげだろう。何せひと廻りは年齢が違うのだ、現代日本なら通報ものである。良いことないと思っていたが、悪いことばかりでもなかった。


「だって本当かわいいよ。凛々しいメグさんもかっこよかったけど、スカート姿のメグさんは、洗練された感じの可憐さが、こう……えっと……ね、ミューズ」


 対女の子称賛語彙ストックの枯渇限界。ミューズさんお願いします。


「ふふ。もうマリーったら。わたし見えないんだけど」

「あ、そっか」

「でも、そんなに可愛いのなら見えなくて残念。マリーがそんなに褒めるのだから、すごく素敵なんだろうな」

「すごく素敵なんだ。マーガレットってお花の名前でしょう? きっと、名は体を表すってこういうことなんだろうなー」

「二人とも……もう、本当に……恥ずかしいから。わかったから」


 ついにメグさんが顔を覆って座り込んでしまった。顔を真っ赤にしてプルプル震えている。褒められなれてないんだろうか。


「えへへ、ごめんごめん。そんなに照れ屋だと思わなくって。意外性」


 美女が羞恥に震える姿は、なかなか趣があってよろしい。もう少し見ていたいが、今日はこのくらいで勘弁してやろう。


「もう、手加減をしてくれたまえ……」


 そう訴えるメグさんは小動物みたいに瞳を潤ませていた。


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