無免許ドクター、マリー
どうしてこんなになるまで放っておいたんだ第二十四話
テクマクマヤコン、テクマクマヤコン。お医者さんになーれ。なんつって。
「本と……メガネはよけいだろ」
ガマグチから出てきたのは、赤い表紙に金の異世界文字で『家庭の医学・異世界版』と書いてある分厚い本。著者は不明。ところどころ付箋が挟んである。ここを読めということだろう。
黒縁のメガネにはレンズが入っていなかった。
「カッコから入れってことかな」
メガネをかけると、フレームに向こうに子どもたちの不安そうな顔が見えた。
「大丈夫だよ」
彼らにウインクをして知的な安心感をアピール。金髪巨乳はバカだという偏見を持った国があるそうだが、異世界ではどうなのだろう。ともかく、可能な限りインテリジェンスなふりをした。それで彼らが安心するなら、ピエロにだってなろうというものだ。
「ふむふむ……なるほど」
「エルフさん、治せる?」
「エリカお姉ちゃん元気になる?」
「うん、心配はいらないよ。大した病気じゃないから」
笑顔でそう言うと、二人がホッと息をつく。
実際のところ、それはよく聞くありふれた病気らしかった。そして風邪ではないが大方風邪のような症状で、それも同じような対処をすれば三日で治るような、その程度の病気である。よかった、これならほっといたって治る。不治の病とかじゃなくて安心した。
「マリーさん、お水持ってきました」
「ナイスタイミング。ありがとうアルボ助手」
「助手?」
ガマグチから錠剤を取り出す。なんの薬か知らないが、不安な顔はしない。
「さあ、エリカ。飲んで」
「そんな、お薬なんて、私、だってお金」
「飲みなさい」
「……はい」
エリカが朦朧としながら途切れ途切れに遠慮する。ボクが命令口調で言って、それでやっと観念したように錠剤を口に含んだ。
「じゃあ、このお薬を食後に一日……二回かな。それと、こまめな水分補給を欠かさないように。以上」
パタン、と本を閉じてお医者さんごっこはおわり。本当はもう少しいろいろしたいが、エリカの干からびた唇を見るとそんな気も失せた。
眼鏡と本をガマグチに戻すと、底が抜けたみたいにストンと落ちていった。コイツは出す以外にしまうこともできるのか。容量に限界がないとかならものすごく便利なんだけども。今後のために詳しいスペックを調査せねば。
「ん? どうしたの? 大丈夫だよ、すぐによくなるから」
子どもたちが浮かない顔をしている。一瞬で健康になる魔法でも期待していたのだろうか。それとも、ただ信用されていないのだろうか。
「その薬、ご飯の後じゃないとダメ?」
ドータが妙なことを言う。どういう意味だろう。
「数飲めば効くってもんじゃないよ。飲みすぎても逆に調子悪くなっちゃうからね」
「……そうじゃないんです」
「どゆこと?」
お利口なアルボが唇を噛み締めて目をそらす。なにか言おうとして、言いたいけれど言うわけにいかない。そんな感じだ。首を突っ込んだのはボクなんだから、もっと頼ってくれていいのだけども。利口というのは存外損なのかもしれない。
「ごめんね、みんな。お腹空いたよね。今買ってきてあげるからね」
「あーはいはい、エリカちゃんは寝てようねー」
「でも」
「デモも機動隊もないのっ!」
有無を言わさず少女の体をベッドに押し付ける。
あーうん、そゆことね。把握した。
「アルボ君」
「はい」
「何日目?」
「……」
「何日食べてないの? 答えて」
「……三日です」
「はあっ?! あ、ごめん。怒ってないからね」
思わず大きな声を出してしまって、驚いたアルボが身をすくめた。謝罪して頭を撫でる。
育ち盛りが三日も絶食とかありえないんだが? だいたい欠食児童を放置するなんて、この世界の人間はどうなってるんだ。現代人として許せないんだが?
「ぼく平気だよ!」
「あたしも! お腹空いてないもん!」
ドータとジュジュが言う。嘘をつくな嘘を。なんで半泣きなんだお前ら。
「ごめんなみんな、私が……」
「あーもう、やめやめ! 禁止! やせ我慢禁止!」
誰かを思いやったり、誰かを助けようと思ったり、それは素晴らしいものだ。だがこんな安っぽいヒューマンドラマみたいな、子供を使ったお涙頂戴の茶番劇に、誰が感動してやるもんか。ボクはハッピーエンドが好きなんだ。
「元気になるまで食事はボクが用意する! エリカは大人しく養生する! みんなは彼女が抜け出さないように見張る! いい? いいね? はい決定!」
ガマグチからパンを出して皆にに配る。
「食べなさい!」
そして命令。そうでもしないとこの子達は食べようとしないのだ。飴玉は食べたのに。何を遠慮しているのだろうか。
追加のミルクとチーズを受け取りながらアルボが聞く。
「エルフさん」
「マリーお姉さんと呼びなさい」
「……マリーさん」
「なにアルボ」
「なんでこんな事するんですか」
ちょっと言ってる意味わかんないですね。お腹をすかせた子どもたちに食べ物をあげた、それって普通じゃないか。
「きまぐれ」
「気まぐれですか……」
「エルフは信用できない?」
「いえ」
「ならそんな顔しない。ほら、食べろ」
そう言うと、やっとアルボがパンにかじりついた、なぜかヤケクソみたいに頬張っているが、なんだってんだ。ドータもジュジュも黙ってパンを食んでいる。エリカはそれを黙って見ている。誰もありがとうと言わない。ボクが好きでやってることなので構わないけど。
「これ、晩の分置いとくから。それから薬飲んで大人しくしてること」
それだけ言って小屋を出る。なにか釈然としないモヤモヤっとした気持ちがして、ため息が出てしまった
外にはルースが立っていた。
「おう、クソガキ。キミの分もあるから食べなよ」
しばらく小憎たらしい顔でにらみつけるようにボクを見ていたルースだったが、突然お腹のあたりにタックルしてきた。それからボクの腰をギュッと抱きしめると、聞き逃しそうなほど小さな声で「ありがとう」と言う。
「また来いよ」
「お……おう」
ここにもツンデレがいた。不意打ちはやめてほしい、思わずキュンとしちゃったじゃないか。
あっけにとられるボクを残して、少年が足早に小屋の中へ入っていった。
「……さて、ミューズんとこ戻ろ」
彼女もお腹をすかせているだろう。それよりも、今は一人きりにしてしまったことのほうが心配だ。勢いで飛び出してしまったが、よく考えるとさすがにマズかったかもしれない。今後は気をつよう。
そして帰り道、ボクはまたも秘密の抜け穴に引っかかってしまった。
「こんのムダ乳が! もーっ!」
牛のような嘶きが、レンガの壁にこだました。
お薬はたぶん抗生物質かなんかじゃないですかね。