都市迷宮の子どもたち
子供らとエルフたわむる第二十三話。
子供が四人、エルフが一人。それと子犬が一匹。各々が出方をうかがい、少々の沈黙が流れる。
「大人だ!」
太っちょのドータ少年が飛び退く。そんなにビビることないのに。
「ジュジュ、その人だれ?」
「マリーお姉ちゃん」
「知らない人連れてきちゃダメじゃないか」
アルボ少年は小柄で女の子みたいな顔をしている優等生タイプ。
「知らなくないもん!」
「友達だもんねー」
ボクとジュジュが息を合わせて『ねー』というと。アルボが大人みたいなため息をついた。
「なんの御用でしょうか……エルフさん?」
ボクの耳に気付いたらしい。少年が怪訝な顔をする。
「ガマグチを取り返しに来たんだ。返してくれる?」
「――ルース! キミってやつはまたスリをやったのかい?! しかもエルフの持ち物に手を出すなんて!」
そうだそうだ、エルフは怖いんだぞ。
「知らねえよ! 耳なんかいつ生やしたんだよ!」
生えねえよ。モゲかけたけど。注目されるのがわかっていたので、さっきまで耳を帽子の中にしまっていただけだ。
しかし、生意気な子だな。反省しない悪い子にはお仕置きが必要だ。
「少年よ、それは悪人を飲み込む魔法のガマグチなのです」
「ひえっ」
いい反応。
「ルースどうなっちゃうの……?」
ジュジュを盾にしながらドータが言う。体格差がありすぎて隠れていないが。
「ガマグチの中、そこは地獄の矯正施設。仲間たちが腕立て伏せをする前で指シャブリを強いられ、怖い顔の軍人に糞の山と罵られながら妹とファックする毎日。やがてアナタは物言わぬキリングマスィーンと成り果てて、愉快なネズミのマーチを口ずさみながら戦場をさまよい歩くでしょう……ここは本当に地獄だぜ!」
「うわーっ! よくわからないけどヤダーっ!」
ルースがベソかいて腕を振り回す。効いてる効いてる。
「どど、どうすればいいの? 教えてエルフさん、お願い」
ドータ少年がおどおどと言う。臆病だけど友達思いの良いやつだな彼は。
「ふむ。魔法の呪文を唱えれば、彼の両手は自由になるでしょう……さあ唱えるのです『ごめんなさい』と」
「……」
言えや。
「ほら! ルース!」
「あやまんなよルース」
「ごめんなさいしなさい!」
友人三人から言われて、限りなく不本意で渋々という風に、やっとルースが口を開く。
「……ごめんなさい」
「んー、声が小さーい」
「ごめんなさい」
「聞こえなーい」
「ごめんさない!」
「心をこめて、ワンモア!」
「ごめんなさい! もうしません!」
このくらいでいいか。
「許します」
ボクが言うと、空気の読めるガマグチがポロリと落ちた。優秀。コレで見た目が良ければ文句ないんだけどな。
「これに懲りたら二度とスリなんか――おうふっ」
両手が自由になるや否や、ルースがボクのむこう脛を蹴り飛ばした。
「ばーかばーか!」
捨てぜりふを残して不良少年は走り去っていく。あのガキ、今後あったら百ぺん泣かす。
「エルフさん、すいません。まったくルースのやつ」
「お姉ちゃん大丈夫?」
「平気平気、スゴイ痛いけど」
ガマグチを拾い上げ手を突っ込む。中から飴玉が三つ出てきた。機能正常。オールグリーン。いや、ピンクか。
「ドータ君、あーん」
「え?」
「あーん」
「あ、あーん」
おっかなびっくり開けた口の中に飴玉を投げ込む。
「美味しい?」
「おいひいでふ」
「ジュジュも! ジュジュにも!」
「はい、あーん」
「あーん!」
ジュジュがボクの指ごと飴玉に食らいつく。まるでミューズみたいだな。そういや彼女をほったらかして来ちゃったけど、大丈夫だろうか。
ふと気がつくと、アルボ少年がボクのことをじっと見ていた。残念ながらボクにショタコンの趣味はない。顔はかわいいけど。
「あーん」
「いえ、僕は」
「あーん」
「……あーん」
飴玉を押し付けると、アルボが少し照れくさそうに口を開けた。かわいい。
「ボクの顔になんか付いてた?」
「いえ、エルフってはじめて見るので。すいません」
「惚れんなよ?」
「え? あ、はい」
真顔で返された。
さて、餌付けも済んだしミューズのところに戻ろう。お腹すかせてるだろうし。そう思っていたら、ジュジュがボクの腕を掴んだ。
「おねえちゃん、こっち!」
「え? なに?」
「エルフさんお願い」
ドータまでボクにすがりつく。いったい何事か。
「二人とも! ダメだよ! その人は関係ないだろ!」
「でもエルフは魔法が使えるんだろ? 死んだ人も生き返すって」
「それはおとぎ話だよ!」
「ちがうよ! アルボだって今の見ただろ! エルフさんならきっと助けてくれるよ!」
「でも……」
そのままズルズルと連行される。秘密基地の隅にテント――のような掘っ立て小屋があった。その中になにかあるらしい。まぁ、想像はつく。流石に死人は生き返せないだろうが、死にかけくらいなら、ガマグチでなんとかなるかもしれない。なるよね?
小屋にかかったボロ布をめくって中へと入る。
「みんなどうしたの? なにか騒がしかったけれど。まぁ、お客さん?」
簡易なベッドの上で、美しい少女が横になっていた。深い茶色の髪が、こぼれたコーヒーのようにベッドの上で広がっている。
「エリカお姉ちゃんだよ」
ジュジュが彼女の名前を教えてくれた。年の頃は十五、六といったところだろうか。酷くやつれている。
「こんにちは、ボクはエルフのマリー」
「こんにちはマリーさん。ルースがご迷惑おかけしたみたいで、ごめんなさい」
「いいんだ、きにしないで」
身を起こそうとするエリカの肩をそっと支える。それだけで体が熱いのがわかる。
「ルースは優しくていい子なんです。私が稼げなくなって、それで」
「……そっか」
「あの子も悪いことだってわかっているんです。私がお客を取れば――」
「わかった。もういいよ」
そこから先は聞きたくなかった。
「ごめんなさい」
熱にうなされて出た謝罪は、はたして誰へのものだろうか。
「アルボ、お水を持ってきてくれるかな」
「タライですか?」
「コップ」
「わかりました」
コクリうなづいて少年が外へ出る。しっかりしてるなアルボ君は。
「さて」
ピンクのガマグチはボクの欲しい物の、斜め上も含めて想像以上のものを出してくれる。頭がないのに察しがいいというのもおかしな話だが。しかしボクは今、この禍々しい桃色唐草模様のガマグチに全幅の信頼をおいている。ボクには医学の知識などないのだから、たとえ斜め上だとしても、それこそ今のボクに必要なものだ。
「このマリーお姉さんに任せておきなさい」
不安そうな少年少女の前で、実のところボクの心も波に揉まれる小舟のように不安定だったのだが。
「大船に乗ったつもりでいてくれたまえ」
ボクは見得を切った。叩いた胸が間抜けな音を出す。
というわけでガマグチ君、たのむよ?
そろそろ食い物と着るもの以外も出しとこうと。