そんなに大きいエルフ入らないよ
エルフの臀部が危機また危機の第二十二話
「あれれー、おかしいなー」
スリの少年を追いかけ狭い路地を疾走したボクの目の前に現れたのは、果たして壁であった。しかも目測で五メートルほどの滑らかなレンガの壁である。よじ登るのも飛び越えるのも無理だろう。完全な行き止まりである。
「イリュージョンかな?」
両隣は民家のようだが、ここまで来ると、もう路地というか単なる隙間なので窓もない。あるものといえば、放置され半ば朽ちて扉の外れかけた小さな戸棚くらいだ。
「そこか!」
勢いよく戸棚を開けるがもぬけの殻。そもそも人が隠れられる大きさでもない。子供といえどケツがはみ出すだろう。
「違った……登れるかな」
両手両足でもって左右の壁に突っ張って、ジリジリと体を持ち上げる。気分はアメコミ蜘蛛男。あるいは脱獄王、白鳥由栄。
「説明しよう、白鳥由栄とは収監先で四度の脱獄を成功させた、ひとよんで昭和の脱獄王あ滑っイヤーオ!」
ケツから落ちた。めちゃくちゃ痛くて思わず叫ぶ。口から肛門が飛び出るかと思った。マジで。
「うぐっ、折れる……お尻が折れる……」
ケツを押さえてブリッジの体勢で悶ていたボクは、視線の先に妙なものを見つけた。
さっき開いた棚の下部、一番下の板に土が付いている。なんだろう、小動物でも住み着いているわけでもなさそうだが。全てのものには理由が有るのだよヘイスティング君。ここで問題、ボクの脳細胞は何色でしょう。ともあれ、ひらめきに従って棚の中に手を伸ばすと、ガコっと音を立てて背板が外れた。
「当たり! 名探偵かな!」
背板の外れた戸棚の奥、その背後の壁に穴が空いていてトンネルのようになっていた。子供なら簡単に通り抜けられる。なるほど、隠し通路か。
帽子を脱いで頭から潜り込む
「うわ狭っ。あ、おっぱいがひっかかっかか。こんの無駄乳が! 苦し、息できない! 狭い!」
隠し通路は想像していたよりも狭く、勇んでくぐり抜けようとしたら胸がひっかかった。美しさは罪、罪ゆえの罰。だがそこは驚異の柔軟性でもってインターセプト。左右の乳を別々に通過出せるというテクニカルなプレイに魅了されよ。
「はいー」
穴から上半身が出たので、両手を広げて超能力の使えないエスパー芸人の真似をした。とくに意味はないが。
「お姉ちゃんだぁれ?」
小さな女の子に見られていた。はずい。
「伊藤です」
「イトウ?」
「うそ。エルフのマリーおじ――お姉ちゃんだよ。こんにちわ」
「こんにちわ」
幼女のイノセントな瞳に見つめられると、悪いことをしていなくても後ろめたさが上げてくるのはなぜだろう。
「お姉ちゃんなにしてるの?」
「え、無職です」
職質かな。
「どうしてお耳長いの?」
「お前の声をよく聞くためさ。ねえ、男の子見なかった? キミより大きくて……えっと、スリのうまい子」
「ルース?」
ほう、ルース君というのか。
「どこにいるか知ってる?」
「うん」
「どこ?」
「あっち」
「どっち?」
「こっち」
「そっち?」
「お姉ちゃんどうしておっぱい大きいの?」
表計算ソフトのイルカ並みに会話が成り立たない。
「お姉ちゃんね、そのルースくんに用があるんだ。案内してくれる?」
「いいよ」
「ありがとう! 素直な子は好き……あれ」
穴から出ようとしたら、今度は尻が引っかかった。ピンポイントでケツだけ厄日とかあるのだろうか。ボクの尻は確かに大きめだが、胸よりは出っ張っていないはずだ。しかし女性特有の幅広な骨盤が、戸棚の縁にがっちり当たっている。
「んー! 抜けないー!」
「引っ張ってあげる」
「あ、ありがとう――いてててて耳ダメ、もげるから! もげるー!」
幼女がボクの両耳を掴んで引っ張った。当然痛い。
「んしょ、んしょ」
「いたたたたたいたた、カブかな? 大きなカブかな?! ……はうっ」
「お姉ちゃんどうしたの?」
「誰かいる! 誰かがお尻触ってるのっ!」
何者かが壁の向こう、ボクの尻を撫で回している。いや、熱い吐息を吹きかけながら嗅ぎ回している。
「へ、変態だーっ!」
「たいへんだ!」
「あちょっだから耳は痛たたた助けてー!」
慌てた幼女が先程よりも強くボクの耳を引っ張った。小さなおててが今や凶器である。痛さにボクが暴れると、姿の見えぬ何者かが尻により激しく息を吹きかけた。まさに前門の虎、後門の狼。ボクの肛門はまだ無事、だがしかしこの変態がいつ劣情を爆発させボクを襲うかわからない。ニッチなエロ同人みたいな展開にいささか興奮する。
「しない! こんにゃろー!」
おもいきり力を込めると、軽い炸裂音を立てて抜けた。耳でなく尻が。
転がるように穴から離れる。いったいボクの尻を蹂躙していたのは何者だろうか。
「ワン!」
「あ、トト!」
子犬でした。
幼女に名前を呼ばれて、トト号は嬉しそうにしっぽを振っていた。
「びっくりした……」
びっくりしたし怖かった。たぶん今までの人生で経験したことのないくらい括約筋に力が入った。一回死んでるので総カウント三日だが。壁の穴の奥でボクのお尻をホールドしていた戸棚が崩壊していた。腐りかけてて助かった。
なんだかムダに叫んで暴れたような気がする。安心してどっと脱力した。
「えーとなんだっけ……あ、ガマグチ」
子犬と粗大ごみのせいで本来の目的を忘れるところだった。
帽子をかぶりヒリヒリする耳をなでながら立ち上がる。
「お名前なんての?」
「トト!」
「犬じゃなくてキミの」
「ジュジュ!」
「じゃあジュジュちゃん、ルースくんのとこに案内してくれるかな」
いいともー。
「うん!」
ジュジュが小さな手でボクの指を二本だけ握る。プニプニしててかわいい。トト号が後ろから着いてくるが、まだボクのお尻を狙っているのだろうか。
幼女に手を引かれ迷路のような路地を進むと、少し開けたところに出た。
「ここだよ」
「へー、こんなとこあるんだ……」
無秩序な都市計画の副産物、空間の中の空間。どこから持ち込んだのか、鍋やらヤカンやらの日用品から椅子やテーブル、果ては錆びた甲冑が一式、そういった雑多なものが所狭しと並んでいる。それは雑然としているようで、それでいて不思議と生活感があるようだった。まさに秘密基地。ちょっと憧れる。
その奇妙な空間の真ん中で、少年たちが綱引きをしている。いやよく見ると、綱ではなくボクのガマグチを引っ張り合っていた。
「ドータ! ちゃんと引っ張って!」
「やってる!」
「もうルースったら! なんでこんなもの持ってきたのさ!」
「しらねーよぅアルボ! 早く取ってくれよぅ!」
ボク以外の人間が使うとどうなるのかと思っていたが、なるほど、どうやらピンクのガマグチは防犯機能があったようだ。マントを羽織った少年がガマグチに両手を突っ込んでいて、抜けない抜けないと半ベソをかいている。彼がルース少年か。
「なんで両腕突っ込んじゃうわけ? 片手掴んで抜こうとしたの? お猿かな?」
「あ、てめぇ! さっさとコイツ取りやがれ!」
威勢がよくて結構だが、涙目では格好がつかんぞ、少年よ。
さて、どうしてやろうかな。
一人のときほどテンションの高い主人公。