愉快な晩餐
友達増えるよやったねマリちゃん第二十話
ローザさんが夕飯には声をかけてくれるといったので、ボクとミューズはぼんやりとベットに寝転んでいた。
今となってはなんだかよくわからない理由で始まっていしまった喧嘩は、終わってしまえば疲労感と脱力感があるばかりだった。それはミューズにしてもやっぱりそうらしい。ボクは彼女の髪を弄んで、彼女はボクの胸などに顔を押し付けて、そうやって無為に時間がすぎるのを待っていた。
「ねえマリー、あなた恋をしたことはある?」
「えっと……」
二つの意味で答えにくい。ひとつは、ボクは前世でコミュ障童貞でそんな経験ないから。もうひとつは、まさに今キミに恋をしているから。
「どうかな、よくわかんないや」
「わたしもよくわからないの」
この話はどこに着地するのだろう。
「でもね、マリーと居ると、まるでずっとそばにいた人みたいに感じるの。変よね昨日会ったばかりなのに。でもね、もしかしたら恋って、こういう感じなのかなって思って」
「恋は……わかんないけど。でも、それ、ボクもそう思ってた」
おかしな話だが、ボクは彼女を昔から知っている気がするのだ。
うすうすは見当がつく、ボクのこの体は誰のものであったのかという話である。つまり、神様がわざわざボクのために新造したものでなく、もともと誰かのものだったのではないか。そしてその誰かは、ミューズといつか旅をしていたのではないか。そうであるなら、この身に覚えのあるはずのない既視感に説明がつく。ような気がする。
「もしかして、どこか出会ったことがあるのかな」
「……マリーは覚えてる?」
ほんの少し間があって、逆に聞かれた。
「覚えてない」
「そう」
このウソほんとにホント。どちらと答えても嘘になりそうなので緊張したが、ミューズの返答はあっさりしていた。
推理は外れたのだろうか。うーん。
「……あれ?」
「どうしたのマリー」
いや、ちょっとまてよ。ボクらかなりイイ感じだよな。これ、ボクが男だったら。いや男なんだけど、つまり “今” 男だったら……あれ? 失敗した? 勢いで巨乳エルフとか言ったせいでフラグへし折ったんじゃね?
「ヘタこいた……」
「どうしたのマリー。さっき噛んだとこ痛い?」
「あ、平気。こっちの話」
始まる前から終わる前に始まっていなかった。泣かない。人生なんてそんなもんだ。
「アンタら降りといで」
ボクがちょうど挫けそうになりかけていると、ローザさんの声がした。
「ご飯だよマリー! いこ!」
「あ、うん待って」
「早く!」
夕飯時に食いしん坊が目を覚ます。用意しておいた薄手のケープをミューズの肩に羽織らせて、下階へと向かう。ブルマはアウトらしいのでジャージ生地のハーフパンツも用意した。半ばまでしかない彼女の太ももが、ちょうど隠れていて具合がいい。だがミューズいわく、これはこれでギリギリアウトらしい。異世界基準厳しすぎないか。そうなると、ボクのこのジャージ姿はどうなんだろう。ミューズに聞いても口頭ではジャージというものが上手く伝わらないらしく、的確なアドバイスはもらえなかった。しかたない、最終ジャッジはローザさんに頼もう。
「おう、来たかマリー。座れよ、お前らが座らないとはじまらねぇんだ」
「彼女が噂のエルフさんですか。いや、お美しい……なんとも刺激的で」
「……ほう」
しまった、モッドさんはともかく知らない男の人が二人いる。
「なんだいアンタその妙ちくりんな格好は、その……ナニ?」
ジャージ姿のボクを見て饒舌なローザさんが言いよどむ。そんなに変かな。ボクは中学時代を思い出して懐かしいくらいなんだけど。
「ダメですかね」
「だめというかなんというかよくはないんだけど、モッド?」
「あ? 俺? ……まぁいいんじゃねえの、乳投げ出してるんじゃなし。なあ、オレーグ」
特に興味ないようにモッドさん。パスされたオレーグさんはスタバでマックな眼鏡の優男風。っていうかこの世界にもメガネあるんだ。
「僕は構いませんよ。御婦人の美しさが罪なのは男を恋に落とすときだけですから。ねえクゾ」
キザと言うか鼻につくと言うか、発言がちょっと見た目とズレてるオレーグさんから、カイゼル髭のナイスミドル、クゾさんにパス。
「……ワシはもう少し小さいほうが」
「まあな」
「そうですね」
オイお前ら表出ろ。というかてっきり脚の方を突っ込まれるかと思ったが。ズボンは女の人が履いちゃダメとかそういうのじゃなかったのか。そういえばメグさんもパンツスタイルだったな……うーん、いよいよ基準がわからない。
「はいはい乳の品評会は終わりさっさと座んな、せっかくこさえたもん冷めっちまうよ」
ローザさんが手を打って促して、夕食が始まる――らない。
「今宵の糧に感謝します。今この糧にて我が肉とし、我が肉より魂の解き放つ日まで、飢えることのなきように、争うことのなきように。世の消えぬうちに」
お祈りだ。聞いたことあるようなフレーズの後に、何やら切実な文言。そんなに食うものに困っていたのか。それにしても『世の消えぬうち』とはどういう意味だろうか。
ローザさんが胸の前で手を組み目をつむっている。腕のないミューズは目だけつむっている。モッドさんはおざなりに親指で額と顎を撫でたあと、人差し指と親指でまぶたに触れた。オレーグさんは首飾りを握っている。クゾさんは両手を広げて――
「讃えよ、讃えよ、讃えよ! オー、オーオー……」
魅惑のバリトンボイスで何かを称賛した後、地響きみたいな声で唸るようにう歌いだした。
「あーもう! やめなよそのヘッポコなお祈りうるさいったらありゃしないよ」
「……ワシの田舎ではこうだ」
「飯がまずくなるんだよそれよォ。他所だと恥ずかしいし」
「みんな出身が違いますからね」
バリエーション豊かなお祈りでしたね。おや皆さん、どうしてボクを見ているのでしょうか。
「僕はエルフのお祈りに興味がありますね」
「アンタらにも神様っているのかい?」
「いいから食おうぜもう……」
うんざり顔のモッドさんを尻目に、皆さんわりと興味津々だ。クゾさんがボクに向けてスッと手のひらを出して促す。
「あーっと、じゃあ……いただきます」
とくと見よディス・イズ・ジャパニーズスタイル。いかがでしょう。やっといてなんだけど、なんらかのタブーに接触して刺されるとかないよな。
ちょっとドキドキしているとローザさんが不思議そうに聞いてきた。
「誰にいただくんだい?」
「えっと、食べ物とか、作った人とか」
「アタシに?」
「――も、そうだし。あと、お百姓さんとか」
百姓って使っちゃいけない言葉だっけ。異世界だから関係ないか。ん? でもこの言葉が広義の農業従事者を差すようになったのっていつからだろう。でも異世界だし……あれ? これ通じてる?
「は、農民にまで感謝すんのかよ」
「……良い心がけだ」
「慈悲深いですね」
通じてた。ボクの知らない言葉が知っている体で口から出るので、微妙なニュアンスの判別がつかない。いや、そもそも異世界語で該当単語があるのだから通じてあたりまえか。あーもう、ややこしいな。
多少考え方に食い違いがあるようだが、ヨハンナの働きぶりを目にしているので、この世界の農民だって大変だろうというのは知っている。それはボクにとって称賛や感謝に値する。なにより立ち位置が宙ぶらりんなボクは、やっぱり、このワイルドカードみたいな “お祈り” がしっくり来る。
「ねえマリー、神様は?」
今度はミューズ。みんなエルフに興味津々だ。でもごめんね、ここだけの話、ボク日本人なんだ。
「いっぱいいるんだ、お米――麦の一粒にも、人にも。すべてのものに神様がいるって」
バッチャが言ってた。
「守護天使みたいなものでしょうか」
「すべてって犬猫にもかい?」
「獣人にはいねぇだろう」
「……酒の神ならいるな」
「あーいいね! 酒だ! ローザ、酒もってこい!」
「いけしゃーしゃーとオマエは金もってきなモッド!」
「まぁまぁローザ。ほら、今夜は麗しのエルフさんの歓迎会ということで」
「ふざけんじゃないよアタシが歓迎してんのは客だけなんだよ、揃いも揃って宿六ってのはアンタらのことだよ!」
「……ワシは払っとるぞ」
「ああずいぶん昔にね、帳面にカビが生えて難儀してるさね」
「あ、あの、ボク払いますから。ローザさん、ついでに宿代」
「おおっ! わかってるじゃねぇかマリー! ほれ、ローザ!」
魔法の桃色ガマグチを漁ると思ったよりまとまった金額が出てきたのだ。ここで空気を読むのか君は。未だに通貨単位を把握してないのでガマグチ君任せなのだが、モッドさんの反応を見るに適切な金額らしい。
「マリーさん? アンタこんなの甘やかしてもいいことないよ、野良猫みたいにたかられるんだから」
「いえ、命の恩人ですし」
「そうそう、そのお話しぜひお聞きしたいですねマリーさん」
「……どうせ盛ってるだろう」
「ばか野郎この。よしマリー! 言ったれ言ったれ!」
とても賑やかだ。楽しいな。異世界に来て友達がずいぶん増えたような気がする。こっちに来てよかったと思う。
「ねえマリー、わたしそろそろ、お腹と背中がくっついちゃいそうだわ……」
ミューズがボクにだけ聞こえる声で切なそうに言った。
異文化のカルチャーギャップ的なものはウキウキする。インディージョーンズとか。猿の脳みそうえぇ! みたいな。