表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/57

切り替えていく

自己嫌悪してから自分の体をまさぐる第二話。

 唐突な場面変換に追随できない認識が、自分の存在を曖昧模糊な客観視点で見下ろしている。


「ボクは最低な糞虫です」


 目覚めると森のなかにいるのはもはや様式美。困ったときはとりあえず森。森といえば勝手にうっそうと茂った馬鹿みたいに太い幹の広葉樹とか、カサカサと葉っぱを揺らす爽やかな風とか、風に乗った腐葉土の匂いとかを想像してくれるから楽なものだ。


「ごめんなさい」


 さて、ついでに想像してほしい、木の葉の隙間から差すやわらかな光線群のスポットライトによって煌めき照らされる金髪巨乳エルフを。

 なかなかに絵になる。

 いまこの腐葉土の舞台に登るは主役の彼女ただ一人。演目は「お父さんお母さんごめんなさい」である。

 ちなみにセリフはこれだけ。


「お父さんお母さんご、めんなさい」


 アニメ声優みたいな声で億万編繰り返す一人芝居だ。

 さぁ拍手。


「神様!」


 これは台本にない。さすが大女優、感極まって満身のアドリブである。


「神様……ですよね!?」


 返事はない、一人芝居だから当然だ。


「おかしくなっていたんです、追い詰められて、いや悪いのはボクです、やりようはあったんです、仕事なんていくらでも替えられた、そのくらい父さんも母さんもわかってくれた」


 両目から涙がポロポロと溢れる。

 ここは泣くシーン。


「ボクが死んだら、二人はとっても悲しむんです、きっと、絶対、ボクがいじめられてたこととかわかっちゃうんです、そして二人は自分を責めたりするんです。うぬぼれじゃないんです、二人は本当にいい人たちで、普通で、耐えられないんです、こんなの、きっと絶対」


 腰まである長い髪を体にまとわせてくるりと振り返る。

 その場にひざまずき両手を組んで祈る乙女のポーズ。


「二人を悲しませたくないんです、悲しませないで。だめだ絶対ダメ、いやだ、嫌なんです。勝手なのはわかってます。ボクは卑怯者だ。代わりなんて居ないんだ、居るわけないじゃないか、生きてるだけでいいってそう言われたじゃないか。ボクはボクしか居ないじゃないか、そんなことは」


 顔をあげ天を仰ぐと黄金色の髪がなめらかに頬を撫でた。


「ついさっきボクは“一生のお願い”を使い果たしてしまったんでしょう。でも、だから、いま、ここで新しい、最後の“一生のお願い”をさせてください。お願いします神様、二人を不幸にしないで。二人を悲しませないで」


 ひれ伏す。

 子供みたいに泣きじゃくり、啜り上げ、喉の奥から言葉をひねり出す。


「いい子にします、おねがいします」


 地面に額を埋めたまま、木の葉の擦過音だけを聞いていた。


『仕方ないなぁ、これきりだよ?』


 勢いよく起き上がって周りを見渡すが誰も居るはずがない。

 だが幻聴でもない。

 一応、上の方に向かって礼を言う。


「ありがとうございます!」


 木々の間に、まだ慣れない自分の声がだけが甲高くこだまする。言ったとおり、もうこれきり。二度と奇跡は起こらないだろう。

 誠に自分勝手ながら懸念は去ったと思い込みたい。依然にしてボクが卑怯者のクソ野郎であることに変わりないが、過ぎたことは仕方ない。死ぬ前に一度でも親孝行ができていてよかったと思う。

 切り替えよう。

 聞き入れられた荒唐無稽な願いは、それによって家族という最大にして最愛の庇護者を失ったということである。毛布に包まって不貞腐れるだけが取りえの万年クソニートだったボクは、これからの身の振り方について考えなければいけないのだ。

 それから涙の余韻でひとしきりしゃくりあげながら、どうやら新しく与えられた自分の体を首の上から観察したりしていたが、ここからでは胸から下、足元の方などさっぱり見えないのだ。


「おっぱいすげぇ」


 大きかった。

 男なので正確な数字など出せないが、慣例にのっとって農作物で例えるならばやはりスイカか。半身でなく一玉分である。近所のスーパーで千五百円ほどだったので、少なく見積もっても三千円分の掛け値なしの巨乳である。私が育てました。生産者の見える透明な現代農業。安心と信頼。

 正面から、いや、ここは下から。逡巡して真正面から恐る恐る手を伸ばす。


「いや、ボクのじゃん」


 何を恐れることがあろうか、自分の体である、別に遠慮はいらなかった。

 胸の上に手のひらを乗せると、ふわりと体温が伝わってきた。自分の。

 それから満を持してゆっくりと慎重に指先に力を入れていく。

 それはもどかしいほどほのかな抵抗感との壮絶な鍔迫り合いか、気を抜くと押し返される、もはや一瞬の油断も許されぬ。ここが土壇場、踏みとどまるのだ。思い出せあのつらい修業の日々を。このために研磨してきたのだ。そう、これはまさに己との戦い。

 童貞のボクに乳を揉むことができるか。できる、できるのだ!


「……いたい」


 なるほどここまで変形するとお痛みを感じるのだなそういえば女性が世の男性の乳房への接し方について乱暴であると苦言を呈していたなまぁ異性の友人などいないので主にインターネットの情報なのだけどもああ重力を感じるなぁボクはいま重力を体感しているのだな落ちることないたわわな果実でアイザック・ニュートンの天啓を追体験しているのだなぁ……


「そうか、わかった。そういうことなのか」


 持ち上げた乳房をぱっと離すとストンと落ちた。

 エウレカ。われ理解せり。経験により組み立てられた理論は実験によって証明された。時間がたって現実感が湧いただけかもしれないが。ともかく、わが高き妄想はここに来て力を欠きたり。


「別に面白くない!」


 面白くなかった。

 巨乳は好きだけど自分がなったらつまらないとは誰の言葉だっただろう。金言であった。思い出せないがおそらくは聡明な人物であろう。

 寄せたり上げたりもんだり叩いたり着衣を伸ばして強調したり前を開けて間に手を入れたり、もういっそ上をはだけて直に触ったり桜色の先端部分つまんだり舐めたりまんじりと観察したりしたが、べつに面白くはなかった。

 なぜってだってこれは自分の体だから。


「形はすごくきれいだと思うよ」


 自分を褒めてあげたい。頑張った自分へのご褒美フォロー。

 冷めた。身も心も。

 何がスイカだ、馬鹿かおまえは、世の女性と農業従事者に謝れ。

 だいたいボクは上半身裸で何をしているのだろうか。乳とバカ丸出しではないか。


「ハ……ハックショイ。寒っ」


 くしゃみをしても一人。

 深緑の香るそよ風だけが、肌寒さに起つ乳首を優しく慰めてくれた。

ネタで歳がバレる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気に入ったならブクマや評価をお願いします。
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ