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ベッドの上の彼女と彼女

ヒロインがあざとい第十八話

 不貞腐れたモルドラース君を一階に残し、ボクらは女将のローザさんに二階の客室へと案内された。ベッドがひとつと小さなテーブルが窓際にあるだけの部屋。けして広くないが、掃除は行き届いているしシーツもキレイで居心地は良さそう。


「こんなこと聞くのもなんだけど一緒の部屋でいいんだよね?」

「あ、はい――」

「――勝手に決めないで」


 ミューズが鋭くボクの発言にかぶせてくる。

 えー、なにその返し。どうしちゃったのマイエンジェル。お腹空いたの? というかローザさんもなんでそんなこと聞くんだろうか。あえて聞いたふうだったが。ボクとしても自由の効かないミューズを一人にはしておけないし。


「どうすんだい? もう一部屋あるけど」

「あ、いや。……一緒でいいでしょうかミューズさん」

「ええ、構わないわ。マーライク」

「……だ、そうです」

「あいよ。アンタ面白い名前してんだね」

「あ、マリーって呼んでください」


 突然マリーと愛称で呼んでくれなくなったミューズを床に下ろす。正面から彼女の顔を見るのが怖い。


「料金は前払い……ま、後でいいや。ああ、今お湯持ってきてやるからベッドに触らないでおくれよ血が付くと落とすの大変なんだから。あんたの服もとりあえず洗ったげるけど」

「あ、はい。ぜひお願いします」

「金はとるよ」

「え、あ、構いません、お願いします」


 そういうのサービスじゃないんだ。ローザさん一人で切り盛りしてるみたいだし仕方ないか。ここは先行投資だと思おう。


「オマルでも持ってこようか?」


 その娘の、とローザさんが言う。ミューズのことだ。そういうの考えていなかった。


「あー……えっと」

「いりません」


 ボクが迷っていると、ミューズがきっぱり断った。


「大丈夫? 垂れ流されて後始末なんてアタシそんな切ないのやだからね」


 ローザさんは『切ない』のところだけ眉を寄せて言った。部屋を汚されたときの後始末のことより、それを始末 “される” ミューズの感情面の心配をしているらしい。この威勢のいい女将は思ったことを逡巡無しで口にするが、決してデリカシーが欠けているというわけでもないようだ。


「わたしは平気です。でもマリーが使うかもしれませんわ。なんせ彼女は――」

「わーっ!」

「なんだい急に大きな声出して驚いた」

「ボクが面倒みるからで大丈夫です! 問題なし!」


 ミューズが的確にボクの弱点を狙ってきた。死体撃ちはマナー違反ですよ。


「そうかい、ならいいよ」


 ローザさんは特に念を押すでもなくさらりと了解した。そしてサバサバを絵に描いたような女将が去り際にいう。


「とりあえずアンタら仲直りしな」


 初対面だと言うのにお見通しである。この女将……できる!

 パタンと扉が閉まると、部屋にはボクとミューズだけが取り残された。静かな部屋。表でカラカラと車輪を鳴らし、荷馬車かなにかが通り過ぎていった。窓は背後。そこにはミューズがいて、ボクはドアの方を向いたまま振り向けなかった。


「ねえ、わたしはいつまで、ここに縛り付けられていればいいのかしら?」


 挑発するような、多少うわずった声でミューズが不満を漏らす。背負子を降りしたきり、彼女を床の上に放置したままだ。

 できればこのまま、ボクの知らない間に機嫌がよくなって、また優しい彼女に戻っていればいいのだけど。だめかな? ……だめか。謝れば許してくれるだろうか。


「その、ごめんね、ボク、よくわからないけど、でもキミを怒らせたんなら謝るうわぁスゴイ」


 振り返るとミューズがほっぺたがをパンパンに膨らませていた。スゴイ。おまけに口を尖らせて瞼を固く閉じている。こんなSNSのエモーションアイコンみたいな顔初めて見た。そりゃローザさんも気を使うわけだ。


「えー……あの、ミューズ?」


 プイっとそっぽを向かれる。

 へそを曲げた女の子の機嫌のとり方なんてのは、コミュ障童貞だったボクにわかるはずもなく。仕方ないので、とにかくベルトを解いて彼女を抱えあげる。いつもは抱きかかえやすいようにバランスを取ってくれるが、今は全力で脱力している。ガンジー顔負けの無抵抗主義。もちろん顔をむこうに向けて。普通の人の半分しかない彼女でも、脱力した人間は重かった。それからなんだかガラスでも扱うみたいな細心の注意を払ってベッドへ載せた。


「ミューズ、あの――」


 話しかけたらまたプイっと顔をそむけた。絵的にはは超絶かわいいが、ボク的には泣きそう。



「入るよ」


 ノックなし、宣言よりもドアを開ける方が早かった。


「手ぬぐいある? あとこれその娘のサービスね」

「あ、あります。ありがとうございます」


 ローザさんはミューズのぶんのお湯も持ってきてくれた。小さなタライだが、これを二つ持って上がってくるのは骨折りだったのではないか。その上彼女は足が悪いようだし。


「手伝おうか?」

「えっ」


 そんなサービスあるんですか!? なんて言わない。リーザさんは腕を組んだまま、ベッドの上で仰向けのまま膨れているミューズを指さしていた。あるいは女将に仲裁を頼めば全てうまくいくのだろうか。わからない。結局ボクは意味もなくニヤけるくらいしかしかできなかった。ローザさんは呆れたように肩をすくめるとそのままなにも言わず出ていってしまった。

 退路は絶たれた。

 ボクはとにかく服を脱いで裸になると、ピンク色した魔法のガマグチから手ぬぐいを取り出す。この世界にあってもおかしくないようなちょっと木目(きめ)の荒い手ぬぐい。もしかしたらガマグチ君はボクの味方をしてくれるのかもと期待したが、何もなし。空気よめや。いや、読めてないのはボクか。

 補給線も絶たれた。

 孤立無援とはこのことか。


「ちょっと待っててね、ボク先に拭くから」

「……」


 コミュニケーションって大事だと思うんだ。ねえ?

 しこたま浴びた血しぶきは大部分が服とマントが吸い取っていてくれたらしく、ボクの体は緊張の脂汗以外で汚れてはいなかった。だが問題は髪の毛だ。エルフ自慢の長く美しい金髪はモップのように血糊を吸い上げていた。ただでさえツヤツヤのサラサラなので吸水性も抜群なのだろうか。そして前世で男だったボクだから、腰より長い髪の扱いにとにかく苦労する。こっちを押さえるとあっちがこぼれ、逆もしかりで押さえてこぼれ。あのアニメの美少女たちもこうやってイライラしたのだろうか、などと感慨深く……チラリとミューズを見た。


「……ぷいっ」


 ぷいって言ってプイってした。言わないだろ普通それ。ていうかこっち見てたの? キミ見えないのに。


「ミューズも汗とか拭こう。せっかくサービスしてもらったし」


 大方すべて拭き終えると、ボクの使ったタライや手ぬぐいは、粘度の足りないスプラッタ映画見たくなっていた。タライによくわからないものが浮いているが、誰の……いや、よくわからないままにしておこう。

 新しい手ぬぐい用意して、ミューズの服を脱がす。白い。ボクも色白だが、彼女はそれよりも透き通っている。きれいだなと思う。相変わらずのふくれ面で向こうを向いている彼女の、その筋張った細い首、軽く浮き出た肋、なめらかな腹や乳房に走る静脈の鮮やかさ。そのすべてが愛おしくてたまらない。


「冷たくない?」

「……」


 なのになんで、ボクはこんなに悲しいんだろう。

 遠いく感じる。ボクは彼女を抱きしめて、お互い裸で肌と肌が触れ合って、体温を分け合うくらい近くにいるのに、たった皮膚一枚の距離があまりに遠い。


「……マリー、泣いてるの?」


 ミューズにそう言われて、自分が泣いているのに気づいた。


「泣かないでマリー。わたしもう怒ってないわ」


 知っている。彼女は本気で怒ってなんかいない。


「わたし、マリーが悲しむのイヤよ。マリーが傷ついたり、苦しんだりするのも絶対にイヤ」


 拭っても拭ってもだくだくと溢れてくる涙は、既にボクのコントロールを離れて制御できなくなっていた。ボクだってイヤだ、キミが傷つくのも苦しむのも、そう言おうとするが、嗚咽となって言葉にならなかった。


「わたし、どうしてこんな気持ちになるかわからないの。今までだっていい人は沢山いたわ。友達になってくれた人も沢山いるわ。でも、こんな気持ちはじめてなの。わたし、なんだか変なんだわ。だからね、どうしていいかわからなくって。わたし、どうして……」


 ミューズが、どうして、どうして、と独り言の様につぶやく。


「……マリー、どうして、あのとき、私を置いて(,,,,,)いこうとしたの(,,,,,,,)?」


 ボクは背中に氷水を浴びせられた気がした。

恋愛小説ではない。

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