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ネコ耳の友達

知りたくないことと知らないほうがいいことの第十三話

 ボクには秘められたコミュニケーションスキルがあったのだ。

 あれから、すれ違う人に片端から挨拶をしまくってる。誰も叫ばないし逃げない。素晴らしい。今この世界はボクを中心に回っているのではないか。


「おう、おはよう」

「どーも」

「おはようさん」

「やあ、元気だね」

「美しいご婦人にご加護を」


 怖そうなお兄さんも、水瓶もったおばさんも皆気さくに挨拶を返してくれた。大人も子供もお姉さんも。良い世界だ。現代日本が忘れた古き良き人間の本質の原風景の……えーと。とにかくいい気分だ。なんだかゴテゴテした服を着てお供をたくさん連れた貴族っぽい人は、もしかしたら怒られるんじゃないかと思ったけど、会釈付きでお世辞までいってくれた。


「楽しそうねマリー」

「えへへ、今なら何でもできる気がする」

「挨拶してるだけよ?」

「あいさつ大事!」

「でも、みんなにおはようって言ってたら、すぐお昼になっちゃうんだから」


 少し調子に乗りすぎたかもしれない。別に悪いことはしてないが、目立ってもアレなので程々にしておこう。

 しかし、昨日とは反応がまったく正反対である。確かにボクの耳を見て身構える人や、ミューズの身体的特徴に気付いて眉をしかめる人はいる。でも、それでも挨拶をすれば八割方にこやかに返してくれるのだ。変わったことといえば巻きスカートくらいだが。もしかして、いや、もしかしなくてもコレのせいだろう。つまりボクは、なんだかよくわからないことで有名なエルフで、しかも昨日のボクといえば、この世界基準では下半身が裸だったのだ。

 下半身裸のなんだかよくわからない女が笑顔で話しかけてきたら、うん、そりゃ怖いわな。


「ミューズ? 痛い? さっきからモゾモゾしてるけど」


 背負子に座ったミューズは進行方向とは逆、つまり後ろを向いて座っていた。もともと人が座る部分でないので、腰だの胸だのをまるでラリーカーの四点式シートベルトみたいに締め付けて固定している。


「ちょっとお尻が痛いかな」

「あー、擦りむく前になんとかしないとね。もうちょっと我慢してね」

「平気よ」


 彼女のキュートなおしりが傷つく前に、背負子にクッションでもつけてやろうか。なんにせよ改良が必要だ。いっそ乳母車的なものはどうだろう。しとしとぴっちゃん。どうかな大五郎。


「で、これから行く街はなんていう街なの?」

「カルヴィークよ。マリー、知らないで歩いてたのね」

「……風の吹くまま気の向くままってね!」

「なんだか素敵ね」

「でしょ?」


 昨日来たばかりなので何も知りません。なんて説明はちょっとできない。ボクは自由で気ままなエルフなのだ。ということにしておこう。


「ミューズは、えっと、そのカルビ……」

「カルヴィーク」

「そうそう、それヴィーク。そこへ向かってたの?」

「たまたま近くに来ただけ。誰かが私を運んでくれたら、元きた場所でもそこへ行くの」

「カルヴィークに行ったことは?」

「あるわ。でもずっと前。今はどうなってるかな」


 風まかせならぬ人まかせ。彼女をあそこまで連れてきた人物も、もしかしたら街にいるかも知れない。


「ミューズっていつから旅してるの?」

「いつからだろ。わからないわ、でも、もうずっとよ」

「大変じゃないの?」

「なにが?」

「旅するのが。だって、いい人ばかりじゃないでしょ?」


 金はないが、できるかぎりの礼をする、はじめて会ったときに、そう彼女は言っていた。あのとき逃げたボクが言えたことではないが、手がない足がない目が見えない、そんな彼女を旅の道連れにするには、それなりの覚悟がいる。ただのお人好しでは足りないのだ。それでも彼女を助けようと思う人間には二種類いるだろう。つまり、見返りを求めない人間と、求める人間。

 なにがあっても抵抗できない“美しい”少女に一体どんな見返りを求めるのか。

 ボクは今、とても良くないことを考えている。


「――私を助けてくれた人は、皆いい人だったわ、マリー」


 一瞬の間と、言い聞かせるような口調。彼女はきっと、ボクの憶測を察したのだろう。やめよう。この話は終わり。その程度なんだってんだ。だからなんだってんだ。


「ボクは?」

「とっても優しい、素敵な人よ」

「えへへ、ありがとう」

「どういたしまして」


 なにがあったって、彼女は彼女だ。

 これからは、ボクが彼女を守るのだ。


「マリーはいつから旅をしているの?」

「へっ? あーっと、えー……」


 そうだよね、ボクが答える番だよね。


「昨日――」

「昨日?」

「あ、いやその……おはようございます!」


 ごまかした。

 今更だけど、初期設定をミスった。いや、そもそもボクは嘘を付くのが得意ではないのだ。嘘を重ねすぎて金魚すくいのモナカ並みに弱いボクのメンタルが揺らぐ。罪悪感が源泉かけ流し。いっそ正直に言っちゃえば、案外ミューズは受け入れてくれるかも。


「お、おはようございますにゃ」

「にゃ、って……あ、君」


 特徴的な語尾。これがこの世界の標準でなければ、心当たりは一つしかない。


「あ、昨日のオッパイエルフの人。きょうは“履いてる”のにゃ」

「先日は大変失礼しました」


 それは昨日の猫耳美少女だった。

 この娘は反対方向に走っていったはずだが、なぜまた街の方から歩いてきたのだろう。しかし、前も思ったけど、フードを目深にかぶっているので、せっかくの美少女っぷりが隠れてしまっている。もっとオープンでもいいのよ? 特に耳とか。あと耳とか。百歩譲って耳とか。なめたい。片方だけでいいから噛みたい。痛くしないから。天井のシミを数えてる間に終わるから。たとえ痛くても痛みはやがて快楽へとかわり、空は落ち大地は裂け花は枯れ鳥たちは歌うことを忘れ――


「オッパイ大っきいけど思ったよりマトモそうなエルフにゃ」


 どうも、まともなエルフです。ホントです。


「驚かせちゃったみたいで、ごめんね」

「すこしね。私も急いでたにゃ」


 逃げてったわけじゃないのか。


「あれ? シルドラ?」

「にゃ、その声はミューズ?」


 今まで静かにしたいたミューズが声を出すと、シルドラと呼ばれたネコ耳美少女が小走りで僕の背後に回り込んだ。


「にゃー、ミューズ! あのあとすぐ雨が降ったから心配したにゃん!」

「うん、マリーが来てくれたから平気。それに、ちゃんと屋根のあるところに泊まれたわ」


 どうやら彼女が、ミューズを雨の街道に置き去りにした張本人らしかった。心配するなら連れてきゃいいのに。いや、それだとボクがミューズと出会えなかったのか。ある意味キューピッドだ、彼女は。感謝せねば。

 二人がよかったよかったと抱き合うので、背負子ごと後ろに倒れかけた。女の子の友情エネルギーは凄い。


「そっか、いい人見つけたにゃんね。安心したにゃ。ごめんにゃ。シルドラは街に入れないにゃ」

「いいのよシルドラ。ちゃんとわかってるから」

「ごめんにゃ」


 ミューズと別れたのは、なにか事情があるようだ。何度も謝っていたシルドラが、まさに猫科の動物のようにグルリと体を回転させて、今度はボクの前に立ちはだかるようにして腕を組む。そしてボクの顔を覗き込みながら言う。


「エルフの人はオッパイ大きいけどいい人だよにゃ?」

「……巨乳になにか恨みが?」

「巨乳に善人はいないにゃ」


 何だその偏見。


「いい人……のつもりだよ」

「ふーん。ま、いいにゃ 。ミューズはいい子だから、よろしく頼むにゃ」


 言われるまでもなくそのつもりだけどね。


「ところでふたりとも、カルヴィークに行くにゃ?」

「ええそうよ」


 ミューズが答えた。ボクは二人が話しやすいように体を斜めに傾けている。


「そっか。……大丈夫だと思うけど、あまり長居しないほうがいいにゃ」

「なんで?」

「答えられないにゃ」


 ボクが聞くと、シルドラがピシャリと言う。


「じゃ、シルドラは忙しいのでもう行くにゃ」

「うん、じゃあねシルドラ」

「また会えたらいいねミューズ。オッパイの人も、頼むにゃ」

「あ、うん」


 そう念を押してシルドラは去っていく。ついにエルフが消えてオッパイ呼ばわりになった。


「あ、あと、シルドラと会ったことは内緒にゃん!」


 そして去り際にそう言った。


「ミューズ?」

「なーに、マリー」

「……嫌な予感しない?」


 むしろ嫌な予感しかしない。


「うん、するわ」


 同意したミューズは、なぜか楽しそうだ。

 いつの間にかボクらの眼の前には、崖のような城壁がそびえ立っていた。


街に行くと言ったな。あれは嘘だ。次回に行きます。

だんだん文字数が多くなっていく……

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