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バナナ味もあるよ

ミューズが全てを食い尽くす第十話

「――そしてマーライクは毒に侵された大地を救うため、空飛ぶ軍艦に乗って星の世界へと旅立ちました」


 食事の間も話は続いていた。

 ものを食べるときはね、誰にも邪魔されず自由でなんというか……とにかくお行儀が悪いですよ二人共。


 「ねえ、おかわりある?」


 出された食事は想像以上に少なかった。ヨハンナは一人分と言っていたが、それにしたって少な過ぎはしないか。米じゃないし麦でもない、名前の知らない穀類の粉か何かが入ったスープ。汁気よりも具材メインなのでおかゆに近い。これが肉も野菜も入ってないのにとにかく匂いがきつい。香草のたぐいを手当たりしだい放り込んだという感じなのに、そのくせ微妙な塩気以外は味がない。少ないというか質素だ。坊主かな。


 「あの、おかわりを」


 冒険の舞台はついに宇宙にまで及んでいた。ついさっきまで海賊の王様を目指していた気がするが。どちらにせよ、それに突っ込む気力はボクに残されていなかった。

 恋する乙女のように瞳を輝かせ聞き入るヨハンナ嬢を傍目に、ボクはできるだけ言語野を不活性化させることに全力を尽くした。


「あのですね――」

「うるさい、ちょっと黙ってな」

「はい」


 ミューズはというと、話しながら食べるという器用な芸当をこなしながら、どちらかというと食べるほうに夢中だった。意外なことに彼女は食いしん坊キャラだったのだ。話しては咀嚼し、飲み込んでは口を開ける。そこで話が止まるので、ヨハンナがボクを睨む。なのでボクは無心でミューズの口へと粥を運ぶ全自動飯運びマシン。

 皿こそ二組あったがスプーンなどないので素手で食べる。匙はないのかと尋ねると貴族でもあるまいしと返された。珍しいものなのかとミューズに尋ねると、答えて曰く『あるにはあるが、私は使ったことがない』だそうだ。あれはもしかするとジョークだったのだろうか。

 ともあれ、指に触れるミューズの唇や舌の柔らかさに全神経を集中させていたので、気付いたときにはすでに皿の中が空になっていたのいだ。

 最初に一口食べたきり、あとは全て欠食児童の如き食欲のミューズに与えてしまった。だって吸い付いてくるんだもん。すごいかわいいの。指チュポンってすんの。


「ねえ、それで、それからどうなるんだい?」

「うん。それから――」


 なので先程からおかわりを要求しているのだが、全て理不尽に却下あるいは無視されている。

 湯はあるのだ、もういっそピンクのマジカルガマグチからカップ麺でも出そうかと、ミューズのよだれでベロベロになった手をシャツで拭いていると、ボクの膝の上で『ぐ~』と間抜けな音が鳴った。


「ああ、ごめんね。やっぱり足りなかったよね」

「ううん、そんなことないの」


 ダメ押しのようにもう一度『ぐ~』


「あらま、お腹は正直みたいだね。でも困ったね。本当になにもないんだよ。スプーマはもう食べちゃいけないし」

「すぷーま?」


 ヨハンナが心底申し訳なさそうな顔をした。もしかして言葉通り最後の食料だったりしたのか。なんか、悪いことしたな。でも、なんだろうスプーマって、ボクのファンタジー知識にはない単語だ。


「だから、いま食べただろ?」

「九分九厘ミューズが、だけど。あれってなんかの穀物とかじゃないの?」


 そう言い返すと、ヨハンナどころかミューズまで驚いた顔をした。


「あんた、ほんとに貴族かなんかなのかい? スプーマを知らないなんて」

「食べたことないの?」


 おっとしまった、なんてごまかそう。


「ボクの故郷にはないなー。そうか―、スプーマっていうのか―」

「スプーマがない土地なんかあんのかね?」

「ほら、ボク遠くから来たから」

「だからって、ここに来て昨日今日ってわけじゃないんだろ? なら食ったことないわけないだろ」

「……あ、あるけど誰も名前なんて教えてくれないし。ね」

「ふーん」


 ヨハンナがものすごく胡散臭そうな表情をして、ミューズは首を傾げている。おいおい、愉快に行こうぜブラザー、金曜の夜だぜ。だからそんな顔しないで、おしっこ漏らしそう。


「あー!」

「なんだい急に」

「ボク食べ物持ってるから、みんなで食べよう! ね?!」


 ガマグチに控えめに手を入れるとビニール状のものに触れたので突き返す。空気よめっての。しばらくするとフンワリ柔らかい感触があった。引っ張り出すと、食パンが……丸々一本、キレてないっすよ。市販の袋入り食パン二本分だが、これは何斤に相当するのだろうか。


「ハイ」

「ハイって。そんなデカイのどっから出てきたんだい」

「いい匂い!」


 ミューズ、ヨダレを拭きなさい。あ、拭けねぇか。


「まあまあま」

「いやいやいや。っていうかこれ、焼き立てじゃないのさ。どうなってんの?」


 そうね、ホカホカだもんね。墓穴ほった感ハンパない。これはもうダメだ、諦めよう。


「そうだよボクは変なエルフなの! 変わってるの!」

「お、おう」


 おせっ……おせっ! もう開き直るしかない。


「色々あるの!」

「そう! あるの! わかったから食べよ!」

「ナイフを持て! パンを切れ! 面舵いっぱいヨーソロー!」

「ヨーソロー!」


 ミューズが前のめりで加勢したので、ヨハンナは目を白黒させながらもナイフと壺入りジャムを持ってきてくれた。


「おいしい!」

「真っ白で、ふわふわして。こんないいもの初めて食べたよ」


 喜んでもらってなによりだが、たぶん、そんないいものではない、いたって普通の食パンだ。ボクとしてはヨハンナお手製の木の実ジャムのほうが新鮮だった。何の実だろう。

 山盛りジャムの厚切り食パンを、ミューズは瞬く間に食い尽くした。ピラニアか君は。そのぺたんこのお腹のどこにそんなに入っていくのか。胃袋が異世界につながっているかもしれないミューズのために二枚目を用意する。


「その、スプーマってやつ? 食べちゃだめなの?」


 両手でパンを持ちながらヨハンナにきいた。現在ボクの右手はミューズ専用食パンスタンドになっている。


「よくしらないけど、日に一回だけ一掴み、それ以上鍋に入れちゃいけない、ってことになってるね」

「なってるって、なんで?」

「さあ? しらないけど、昔からそうみたいだよ」

「神様がつくったんだよ。人が飢えて死なないようにって。ねえもう一枚いい?」

「もう食べたの!? 早っ!」


 神話に詳しいミューズが教えてくれた。なにかエピソードがあるのかもしれない。しかし一日に食べられる量が習慣として決まっているって、そんなものあるだろうか。


「それさえ食べてりゃ死ぬことはないらしいんだけどさ、あんまり腹が膨れないんだよね」

「私、スプーマ嫌い」

「君めっちゃ食ってましたやん」

「嫌い」


 作ってくれたヨハンナの前だというのに、礼儀正しい食いしん坊ミューズがきっぱりと否定した。口の周りジャムだらけですよ。


「ヨハンナに悪いと思って言わなかったけど、美味しくはないよね」

「不味いし臭い。あたしだって好きで毎日食べてるわけじゃないけど、死ぬよりマシさ。なんたって安いし」


 神の作り給うた不人気な主食。っていうか臭いも酷いのか。大量の香草は臭い消しだったらしい。


「食べてみる?」

「生で食べれるの?」

「まあね。言っとくけど不味いよ」


 ヨハンナが桶のようなものを持ってくる。中には白い粉状のものが入っていた。小さなかたかたまりを摘んで口に入れる。うわっ、おそろしく青臭い。


「植物なの?」

「そのへんにも生えてるよ。感想は?」

「……脂身油抜き」

「いい線いってるよ」


 あるいは乳抜き脱脂粉乳。どこかで食べた味のような気がするけど、何だっけ。食感も最悪だ、ザラザラしていて、うわ、ドロドロになってきた。


「……あー、わかった。あれだ」

「なんだい?」


 ボクの前世の話だ。

 引きこもり過ぎて少し表を歩くだけで息が上がるようになってしまった。なので健康のために運動を始めると、これがなかなか楽しい。そうなると道具にもこだわりだして、その頃のボクは、ちょっとした筋トレマニアだった。

 スプーマはその頃に飲んでいたものに似ている。もちろんそれにはココアとかイチゴとかの味がついていて、それに牛乳に溶かして飲むものだったけども。


「そうだね、プロテインだね」

「なんだいそりゃ」


 こっちのセリフだよ。


関係ないけどエスプーマっていう前衛料理がある。プロテイン飲んだことないから描写にこまった。食パンは市販の一袋が一斤らしい。なんかグーグルにお世話になる回だった。

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