2.転移したら妹ができました
だいぶ空いてしまいましたが、楽しんでいただければ幸いです。
ーーー残りVirtuous Point 503___規定により最上位精霊-英霊召喚を行います。
残りVirtuous Point 203___要望により転移世界の選定を行いました。
残りVirtuous Point 153___対象者の発言により固有アビリティ『適応者』を獲得しました。
残りVirtuous Point 103___次回の使用に備えます。
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「転移した……のか?」
暗闇で覆われていた視界が突如として森林に包まれる。
視野一杯に映える緑。
耳に心地よい鳥の囀り。
息を吸うと日本では感じたことがないほどハッキリとした土の香りが胸に流れる。
転移されたばかりにしては頭が冴え、体も軽い気がする。五感も敏感になっているような。
状況把握をしようと思い立ったところで、ふと腰下の温もりに気がついた。
なんだ? と思って目をやれば、そこにいるものと目が合った。
「?! え、えっと?」
そこには俺の足に抱きつく一人の少女。
くりくりとしたアメジスト色に輝く瞳が俺の顔をじっと見つめている。
まだあどけないその表情は前世で見てきた美少女たちのそれに勝るほど可愛いく美しい。
そう、至って普通の可愛らしい女の子なのだ。肩口ほどの綺麗な銀髪と共に生える犬耳を除いては。
「やった!! できたー! えへへ」
俺の驚きなど気にする様子もなく、満面の笑みで喜びを露にした。
「えっと、できたって……?」
「精霊召喚だよ!」
「君が俺を召喚したの?」
「うん!」
どうやらこの銀髪猫耳美少女が召喚主のようだ。正直、こんな小さな女の子に召喚されるなど思ってもいなかった。なにせこれでも俺は英霊だからだ。
てっきり壮年の魔法使いとか、どっかのお偉いさんとか、教会とか、何かしらの祭壇で召喚されるものだと思っていた。
なにせこれでも英霊だからだ。
こんな俺は腐っても英霊だからだ。大事なことなのでいくらでも言っておく。
とはいえこの事実は覆らないしな、色々把握しないと。
「そうか、召喚してくれてありがとな。えーっと、俺はフウガっていうんだ。君の名前は?」
「リルだよ!」
「リルか! 可愛い名前だな」
元気に答えるリルの頭をそっと撫でてやる。
っておいおい、そんな緩んだ顔で笑うなよ! めっちゃ可愛い! 和む!
転移早々素晴らしい気分だ。
「リルはどうして俺を召喚したんだ?」
「……笑わない?」
「ああ、笑わないよ」
こんな小さな子が精霊を召喚するんだ。どんな複雑な事情があっても不思議じゃないしな。
「えっとね…………その、お兄ちゃんが欲しくて」
「……」
この子は天使か?! 天使なのか?! なんというこの世で一番素晴らしい理由だ! 全米が熱狂するレベルだぞ! ビックリマークが止まらない!
「やっぱり変かな……」
「ーーいやいや! 全然変じゃないぞ! 少なくともこの世の全男達を昇天させられるぐらいには変じゃないぞ!…………リル、ちょっと俺のこと呼んでみてくれ」
「へ? えっと、ふーがお兄ちゃん!」
"ふーがお兄ちゃん" "ふーがお兄ちゃん" ふーがお兄ちゃん"
その柔らかな響きが俺の脳内をこだまする。
ーーー俺には前世で兄貴がいた。10も年の離れた兄貴で、あまり遊んでくれた覚えもない。
そのせいか甘えさせてくれる年上のお姉さんに目がなく、前世では熱狂的なまでに先輩へのめり込んだものだ。
だが今この瞬間、転移することによって俺は生まれ変わった! そう、言わばネオフウガ! お兄ちゃんというその響きたるや……最っ高ッ!
「だ、大丈夫……?」
「あ、ああ。危うくロリコン爺さんの所に舞い戻るところだった、あぶないあぶない」
舞い上がった心を落ち着かせる。
再度あたりを観察すると、俺とリルがいる場所だけ少し開けていた。が、10メートル離れたところから先は厚い木々によって見通すことも出来ない。
上空は雲一つない青空で、真上からは太陽が一帯を照らす。
太陽の位置からして昼時のようだ。
「でもふー兄が私のお兄ちゃんで良かった! 普通の人間だったらどうしようかと思ったよー」
「……え? 俺も普通の人間だけど?」
聞き流したけど、ふー兄ってすごく暴力的な響きだな。このままでは俺の余命はそう長くないかもしれない。
だってさっきから胸がキュンキュンするんだもん。めっちゃ締め付けられるんだもん。
「え? ふー兄も私と一緒でしょ?」
「へ? どういうこと?」
「だってお揃いだもん!」
リルは自分の耳をふにふにと触る。そう、その犬耳を。
「え……まさかっ」
俺は慌てて即頭部に手を当てた。しかし、そこには前世で慣れ親しんだものが無かった。
恐る恐る頭頂部に手をやると、柔らかなものが手に触れる。そう、それはまさにリルの耳と同じ感触であった。
「俺ってばケモ耳属性ついたの……」
今思えば神様が言ってたわ、召喚主によって姿が変わるって。
それってこういう事だったのか……
「お耳だけじゃなくて尻尾もでしょ」
「?!」
な、なんという事だ。俺のプリティなお尻からキュートなもふもふの尻尾が!
しかも銀色の毛が生えている。
もしかすると髪の色も瞳の色もリルと同じなんじゃないか? いや、もしかするとじゃなくてそうなんだろうな。
「私と同じ白狼の獣人なんて初めて会ったよ!」
「なるほど、どうりであんなにはしゃいでたのか。それとリルって犬じゃなくて狼だったんだな………あれ、初めてってリルの家族は?」
言った後、すぐに気づいたがもう遅かった。
「……家族はいないんだ。お母さんもお父さんも」
「……そうか、今まで寂しかったよな。でももう大丈夫だぞ、何てったってお兄ちゃんが一緒だ!」
俯くリルを見て、考えもなく口走った俺を恨んだ。
変に思い詰めないように、明るい口調で話す。
励まそうと頭をくしゃくしゃ撫でてやると、リルの尻尾が左右に振れる。やっぱり可愛い。俺の妹可愛い。
「うん、ふー兄がいるもんね!」
「おう! 俺が付いてるからな!」
召喚主と精霊の関係などではなく、ただ純粋な兄妹として一緒にいよう。
この小さな少女を守り抜いて幸せに暮らさせてやる事こそ、英霊としての俺の使命なのだろう。この使命を全うしよう。
そう心に誓う俺である。
「ところでここはどこなんだ?」
「うーんとね、昔会った猫人がラシムの森って呼んでたよ」
「ラシムの森か。リルはこの森から出たことはないのか?」
「うん。ずっとこの森で暮らしてるよ。昔、犬人の人達にお世話になってたけど五年前からは一人で暮らしてる」
今度は特に気を落とす様子もなくサラリと言ってのける。
リルは見た目から言って10歳くらいだろう。ということは5歳の頃から一人で暮らしているということになる。
小さな女の子が森の中で一人で暮らす。それは壮絶もない生活だったはずだ。
その生活をサラリと言ってのけるリルの姿に俺は心を打たれるものがあった。
これが庇護欲と言うやつだな! 噂に聞いてたけどこの感じ、庇護したい。ああ、庇護したい。
出会って間もない女の子にシスコンなんてふざけた話だと思うだろうけど実際に体験してみ?
有無を言わさず虜になるから、絶対。
「リルはすごいな。俺なんかよりずっと強い子だよ」
心の底からそう思った。
「ふー兄だって強いでしょ? 自慢のお兄ちゃんだよ」
「どうなんだろうなー。まあ、お兄ちゃんもせいぜい頑張ってやるぞ」
一応英霊だから強くなってたりするとは思うんだけどな。今のところ実感は湧いていない。
そんな和やかな雰囲気で癒されていると、森の中からなにかが走ってくるような音が聞こえてきた。
その音は軽やかなものではなく、一歩一歩で地面を凹ませるような重々しいものである。
「なにか走ってきてるな」
「うん、多分イノシシだと思う」
リルも気がついた様子。今までにない真剣な面持ちで音のする方を睨みつける。
その鋭い視線は、リルがただの少女ではないことを容易く知ることの出来るものだった。
それもそうだ、なにせこの少女は5年間も森を一人で生き抜いてきたのだから。
「イノシシか……襲いかかってきたら俺の後ろに隠れろよ」
おかしいな。結構なスピードで走ってきてると思うんだけど、まだ現れないのか。足音が聞こえてからそこそこ経ったはずだけどな。
……まてよ、俺っていつから足音だけで走ってくるやつのスピード、体重まで分かるようになったんだ? 英霊になったからか、それともーー
「ーーきたっ」
木々の間を縫うようにして現れたのは俺の知っているイノシシではなかった。
全身は確認できないが頭の幅だけで2メートルはあろうかという大きさである。
口からは人の半身ほどの牙が2本生えている。
「おいおい、実写版もの〇け姫かよ」
咄嗟にリルを庇うようにしてイノシシと向き合った。
ただの人間が素手でどうにかなるやつじゃないな。
でもこの感覚、今の俺ならやれそうだ。
やっぱり英霊補正はすごいのかね。
何を根拠にそう思ったのかは分からないが、俺の目にはこの獣が敵ではなく一種の獲物のように写っていた。
ーーBMOOOOOOO!!
俺たちを双眸で捉えると、足元の土が震えるほどの重低音で唸り声をあげる。
まさに猪突猛進してくる相手。イノシシも俺たちを獲物と捉えているのだろう。
真っ直ぐ向かってくるやつほど恐くないもんはないわ。
俺は手馴れた動作で体を捻り、残り5メートルにまで迫った獲物の首を蹴り飛ばそうとする。
しかし、俺が蹴りを放つことはなかった。
「ーーサンダーボルト」
背後の少女がそう呟くと、俺の真横を閃光が駆ける。
空気を裂くその光は稲妻のような轟音とともにイノシシの鼻面に直撃した。
ーーGAgaAAaa……
全身をがくがくと痙攣させると、喉から絞り出すように声を上げた。
覚束無い足取りで数歩近づいてきたものの、いつの間にか丸焦げになった顔から地面に崩れる。
あたりに肉の焦げた臭いが漂う。
呆気に取られる俺をよそに、はしゃいだ様子で肉塊に近づくリルの姿。
「おーー、これはご馳走ですぜ兄貴!」
キラキラ輝いた笑顔で俺を見る、銀色の尻尾をぶんぶんと振りながら。
うん、可愛い。はしゃいでて可愛い。だけど、欲しかったおもちゃを買ってもらった子みたいな目でその塊を見ないでくれ。
というか大事なことを忘れていた。
さっきから何度も俺は英霊だって言ってたけど、俺を召喚したのってこの子だったわ。
ただの女の子に英霊なんて召喚できねーよな、そりゃ。
楽しげな妹を前に色々と考え直す兄であった。