1.ナカハラフウガは英霊となる
ゆったり更新で行きたいと思います。
「ナカハラフウガよ。お主は今日から英霊となったのじゃ!」
そう声高に宣言するのは杖を持った老人。純白の衣を纏い、色の抜けたあごひげをたっぷりと蓄えている。
まさに日本人がイメージする神さまそのものの姿であった。
そんな神を前に、俺ーー中原風雅は困惑していた。
何せ、目を覚ましたらこの爺さんが目の前に突っ立っていたからだ。
「え……えっと、なんの話?……てかここどこ?」
突然の展開に思考の整理が追いつかない。
「ここはいわば魂の世界じゃ。そしてお主は今この瞬間から英霊となったのだ!」
「いや、それはさっきも聞いたんだけど……ん? ここが魂の世界だって?」
「そうじゃ。忘れたのか? お主は子供を庇って車にはねられたろ」
そう、この男ーー中原風雅は、一人の少女を信号無視のトラックから救ったのだ。その子の代わりに、そのままトラックに轢かれてしまったのだが。
………そっか、俺は死んだのか。魂の世界って言ってたしな。
人間は簡単に死ぬっていうけどアレって本当だったんだな。でも、俺の代わりに女の子が救われたのならどこか清々しい気持ちもする。
何せあの女の子、将来有望なお顔してたもん、うん。
にしても急な事すぎて実感が湧かない。
……それもそうか、突然出てきたチンケな爺さんに「お前は死んだ」なんて言われたって実感が沸く方が難しいってもんだ。
「おい、お主! 失敬なやつじゃな。誰がチンケな爺さんじゃ。どつき回して地獄に送ったろうかの?」
「いやいや、俺の思考に割り込んでくんなよ! てか、何さらっとえげつないこと言っちゃってんの!?」
「ほっほっほ。死んでも威勢がいいのう。ちなみにあの女の子は儂もタイプじゃッ!」
「いや聞いてねえから! 萎えるわ〜、ロリコン爺さんとタイプが同じとか知りたくなかったわ〜」
「なんじゃなんじゃ、さっきから辛辣じゃのう。儂、これでも神様じゃからな? もっと取るべき態度というものがあるじゃろ」
「すまんが俺は無神論者なんだ。目の前に神さまを名乗るロリコン爺さんが現れても無神論者なんだ。心の底から無神論者なんだ。たとえ、爺さんが神様名義で運転免許証持ってたとしても無神論者なんだ」
「めっちゃ強調するじゃん! 無神論者めっちゃ強調するじゃん! 運転免許証見せても信じてもらえないとか、筋金入りの無神論者じゃん!! 教祖様も真っ青だわー」
「ああ、そうだ……で、そんな無神論者からの質問だが、さっき言ってた英霊って何なんだ?」
意外と激しめのツッコミをしてくる爺さんに内心感心するが、最初にかけられた言葉を忘れはしない。
「やっと聞いてくれるんじゃな。このまま一生こんなやり取りをするのかと思ったわ。まあ、神様に一生なんてないんじゃが!ほっほっほ」
「いや、そういうのいいから。もうお腹いっぱいだから」
「むむ、ノリの悪い奴じゃのう。まあよい………説明しよう!! 英霊とは、前世において徳の高い行いをした者だけがなることのできる最上位精霊なのだああああ!!」
なんでこの爺さんはこんなにツッコミどころ満載なんだ? めっちゃブッ込んでくるじゃん。もしかしてアレか、ずっと一人ぼっちだったせいでテンション間違えてんのか。神様とか言っといてただの孤独死を間近に控えた老人じゃん。まあ死なないんだろうけど
…………こうやって考えてればどうせ伝わるからツッコまなくてもいいよな。
「徳の高い行いってのは俺が女の子を助けたみたいなことか?」
「うん、儂、なんか悲しい。もうお主の思考読むのやめた。ガラスのお胸がズタボロじゃ。儂が神じゃなかったら慰謝料請求してるところじゃ………ちなみに答えはイエスじゃ。人間の場合は主に人命の救助じゃな。特にこれといって徳を積めなかった者は、記憶を抹消して転生の形を取る。じゃが、徳ポイントを稼げた者たちは記憶維持をしたまま精霊として転移することが可能になるのじゃ。中でも徳ポを荒稼ぎした者だけが到達できる頂きこそ英霊なのじゃよ」
「いや、神様が徳をポイントにすんなよ。てか徳ポってなんだよ、トクホか? なんか体に良さそうじゃねえか!……ん、待てよ。てことは俺って徳を結構積んでるってことなのか?」
「ああ、そうじゃ。お主が今までの21年間で救った者は8人。その者たちが失うハズじゃった余命の合算が436年分。さらに、88歳まで生きるハズじゃったお主の場合、人命救助によって失った余命が67年じゃから、それも足して503徳ポじゃ」
なにやら懐から紙を取り出し読み上げる。
「ちょ、、ちょっと待ってくれ。確かに今回の女の子の他に2人ぐらい助けはしたが、8人も救った覚えはないぞ」
他の2人というのは強盗に襲われかけた美人のお姉さんと海で沖に流されていた胸の大きな素晴らしいお姉さんだ。
その後、連絡先を交換したのは言うまでもない。
「いや、確かに8人じゃよ。例えば、お主の中学の同級生であるニノミヤセイジじゃが、お主と出会っていなければ16歳の頃に自殺しておった」
「ええ”! あのニノちゃんがか!? それはそれで驚きだけど……なるほどな。間接的な人命救助も含まれるってことか」
確かにそれなら8人へ達しているかもしれない。こう見えて人には慕われる方だったし、リーダーシップを発揮する方でもあった。
友達も多く、人の相談に乗ることなどもあった方だ。
「そうじゃ。そしてお主の稼いだ503徳ポはこの現代社会において類を見ない数値なのじゃよ」
「そうなのか? それぐらいなら結構いそうな気もするけどな。医者とか消防者とかの方が人命救助してそうだし」
「医者や消防者というのは一種の職業じゃ。人命救助の志は素晴らしいものがあるが、そこには対価が存在するからの。そこまで徳ポには繋がらんのじゃ。それゆえお主のポイントを見た時は驚きすぎて、儂でも入れ歯が外れそうになったほどじゃ……ッ!」
「入れ歯のカミングアウトいらねえから。なに、「は、ハメられたのじゃ! 入れ歯はハメてるんだけども!」みたいな顔しちゃってんの?」
ツッコミは置いておいて、確かに対価のない人命救助というのは滅多にないかもしれない。俺の場合は連絡先という対価を十二分に貰っているつもりだが。
「ごほん……まあそれは良しとして、お主の徳ポの使い道じゃよ」
「え? 徳ポイントに使い道なんてあるの?」
「ああ、ポイントというからには勿論使い道がある。英霊になるためには300徳ポ必要じゃが、余った203徳ポはお主の好きなように使えるぞ。転移する世界を選べたり、英霊としての格を上げたり使い道は様々じゃ」
「お、おお。それはなかなかに素晴らしいな徳ポ」
自分の次の生活環境を選べるなど願ったり叶ったりだ。実に素晴らしいシステム、徳ポ!! 意外といい奴じゃんこの爺さん。
「ほっほっほ、やっと徳ポの素晴らしさが分かったようじゃの。して、何か希望はあるかの?」
「うーーん、とりあえず退屈しない生活を送りたいな。毎日が楽しいみたいな。それこそ勉強も仕事もない世界とか! 朝から夜まで趣味に時間を使うってのもいいな。あとはやっぱり、現代社会では味わうことのできない癒し的な? 気分爽快的な? 異世界無双的な?」
「ふむふむ、全くもって意味不明じゃが何事にも縛られない生活と言ったところか」
「そう! そんな感じだ。流石、神さま分かってるねえ。こう見えて俺は多趣味だしな、気ままな生活がいいかな」
「儂からしたら、お主の趣味は趣味の範囲を逸脱しているというか……まあよい、気ままな生活じゃな。召喚主は誰がいいとかあるかの?」
「召喚主? ってなんだ?」
「おっと、まだ言っとらんかったの。さっき説明したように徳ポを持つ者たちは精霊として転移するのじゃが、転移するには別の世界で誰かが召喚を行う必要があるのじゃ。そこが転生と異なる点でもある。転移した者は召喚主の精霊として生まれ変わるのじゃよ」
「なに?! それって言わば召使いみたいなやつじゃないのか? 召喚主にこき使われたりとかは嫌だぞ」
せっかく徳を積んだのに休みのない労働者なんてたまったもんじゃない。それなら転生したほうがマシだ。
「ああ、その心配はない。召喚主の目的や精霊の用途によっては罪霊と呼ばれる徳ポマイナスの輩が召喚されるゆえ」
「な、なるほど。それは良心的と言うかなんというか……」
「儂は神じゃからな、実に良心的じゃ。で、希望はあるかの?」
「いや、特にないな。さっき言った俺の希望が通るのであれば召喚主は誰でもいいぞ」
欲を言えば美人お姉さんだが流石に欲を出しすぎな気がする。俺からしたらそれだけで500徳ポ使ってもいいぐらいだもんな。
「そうか。では余った徳ポはどうするかのう……」
「うーーん、正直転移した後の環境次第だよなー。魔法がある世界だったら魔法使いたいし、スキルがある世界なら強力なスキル欲しいし……そう言えば、転移自体はどんな感じなんだ?」
転移後のイメージが湧かないことには難しいところだ。
「希望に沿った召喚主が現れれば随時転移という感じじゃからなー、儂としてもどのような世界に転移するかは分からんのじゃ。あと、言い忘れとったが、召喚された姿が今の姿とは限らないゆえ要注意じゃぞ」
「え、それってめっちゃ重要じゃね? え、めちゃんこ重要だよな? 蛇みたいな体で英霊転移とか嫌だからな?!」
「え、そうは言われても。それは召喚主次第じゃからなあ……って、あれ。。!?」
立派な眉毛が驚きでピクリと痙攣したかと思えば、神妙な面持ちになる。
「ん? どうした? ……って何だコレ!」
俺と神様が驚くのも無理はない。何せ、俺のつま先が白い光の粒となって消え去ったのだから。そして、つま先だけでは留まらず、足首、ふくらはぎと次第に上半身へと向けて消えていく。
「……転移始まっちゃったっみたいっ、テヘッ」
「いや、テヘッ。じゃねえから! いくら何でも早すぎだろ!」
爺さんの驚き方からするに本来はもっと時間がかかるものなのか。ってもう腹のあたりまで来てるし!
「ま、まあ仕方ないじゃろ! た、達者での」
「なに開き直ってんだよ! てか、俺の余った徳ポはどうなるの?」
「あ”っ…………さらばじゃ英霊ナカハラフウガよ!お主の活躍を見守っておるぞ!」
「なに全部上手くいったみたいな締め方してくれてんだよ!! ちょ、まっ、、俺の徳ポおおおぉぉぉおお!!!!ーー」
俺の叫びも虚しく、全身が光の粒となり転移は完了した。
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