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E4 ~魂の肖像~  作者: たま ささみ
6/12

第5章  使徒、襲来

第3次移民が毛利市近郊の居住区に入って3か月。第1次の移民開始から半年が過ぎていた。

 移民総数は1万人を越え、ほとんどの移民は市内中心部から8キロ程度離れた仮住まいの宿舎で暮している。それとは別に、区画整理された山麓で立派な戸建てやまるでホテルのようなアパルトモンで暮らす高所得層もいるのが実情だった。

 毛利市は元々人口500万の町だが、その生活環境は移民と従来からの毛利市民、お互いにとって必ずしも芳しい状況だったとは言えない。

 外国人を相手にするスーパーや医者、ブランド旗艦店などは盛況であったし、元来からの高所得層は、毛利市内に多額のお金を落していく。


 だが、全部が全部そういう恵まれた人々ばかりではない。

 移民でも日本国民となったからには納税の義務はあったが、移民として日本国に渡ってきたものの仕事に就けない者も多くいた。すると生活保護を受給する家庭が一気に増え、毛利市の財政は瞬く間にパンクし財政再生団体に転落した。俗にいう財政再建団体、会社でいえば倒産である。

 民間会社の倒産は民事再生法等によって会社整理をするが、財政再生団体は復活のパターンが違っている。そもそも、倒産破産で市町村が無くなることはない。どこか周辺の市町村と合併すれば話は別だろうが、借金だらけの町を吸収してくれる市町村は無いに等しい。


 従来から毛利市に居住する市民は、税金が高い割に受けられるサービスが低下したと言って再びデモ行進を繰り返した。そんな中で移民居住区に入り込み放火を繰り返す輩も出てきて、治安が徐々に悪化していった。

 槇野総理は国からの財政優遇措置を通常よりも厚遇するとともに、マイクロヒューマノイドを100体ほど投入し、町、特に移民居住区の治安維持を図ったが、政策を打ち出せば打ち出すほど、市内や居住区の治安は反比例するように悪化の一途を辿った。


 毛利市民の中には、一大決心をした者も多い。

 未だ移民に関係のない金沢市や伊達市、新潟市や青森市、九州市、札幌市などには、毛利市を離れた一般市民が転居し始めていた。新しい仕事が見つからなければ、生活保護を受給する憂き目に遭うと知っていたのかどうか。

 いずれ、毛利市は益々財政的に安定しない町へと変貌しつつあった。

 

 現在は、転勤などで引越しする際にはリロケーション(転勤者の留守宅を一定期間賃貸する)業者に依頼し、安全安心と収入の一石二鳥で転勤生活を謳歌する家庭が多いが、毛利市に元々居を構え、別都市に移った住人はリロケーションすら出来やしない、と肩を落として嘆く。


 金沢を境に西日本の要所として栄えている毛利市には、警察府や各種公的機関、国立第3研究所など多くの公共機関がある。そのなかで何千人もの公務関係者が業務に携わっていたが、家族を他の都市に移し、自分だけが毛利市内で単身赴任をする者が増えていた。

 だが毛利市は元々、華族の町である。華族はどんなに治安が悪くなろうとも、自腹でマイクロヒューマノイドを調達し、税金を納めていた。まるで、サービスには興味がないと言った風情で。

 毛利市が消滅しなかったのは、公共機関の多さや、そういった華族のプライドがあったからかもしれない。


 そんな国の中の事情などお構いなしのE4。

 設楽が定点カメラを見ながら、一緒に見ていた杏に話しかける。

「今のところ、新潟に動きはありません」

「そうか」

「他の地域の定点カメラも確認しますか?」

「どうしてそう思う」

「いや、僕なら新潟に目を向けさせて、別の場所に海兵隊を呼ぶかなと思って」

 八朔も設楽に同調した。

「あの日の会話だけが全てじゃないですよね。北斗がミスったことで、やっこさん、計画内容を変えたかもしれない」


 二人の話を聞いて、至極尤もな意見だと想察する杏。

「そうだな。でも北斗には言うなよ。だいぶ凹んでいるからな」

 E4に戻って以来、バグやビートルと遊んでいる時間の多い北斗に会うため、杏は地下に降りようと部屋を出た。

 地下2階で起動させている掃除ロボットは、人工知能(AI)で悪いところばかり身に着けたのか、未だに四角い部屋を丸く掃く。

 設楽や八朔がメカチームの仕事を放棄しているわけではなく、AI自体のの操作性能の問題だという。


 掃除ロボットの怠慢を見るたび、杏の脳ミソは沸騰する。

 研究所に頼んで、別の掃除ロボットを貰おうかとさえ本気で考える杏。

 すると、北斗が遊びを一段落させ、杏の方に寄ってきた。

「どうしたんですか、チーフ」

「いや、何でもない。上にいても暇だしな」

 北斗はやはり例の学校のことで今も凹んでいるようで、頭を掻きながら下を向いて杏に詫びた。

「あの部屋、覚醒剤があると思って急ぎ過ぎました。でも、後悔は役に立たないなって思います」

「元々あそこには麻取の囮捜査官が入っているとも聞く。覚醒剤はそっちに任せようじゃないか」

「それならいいんですが」

「それよりも、私はバグたちが録音した内容が気になる」

「本国、海兵隊、新潟。簡単に考えれば、本国から海兵隊を新潟に送る。ですよね」

「どう思う」


 そういいながら、杏が鋭い視線を床を見つめるままの北斗に向ける。

 すると北斗はすぐに顔を上げ杏の目を見て、間髪入れずに杏の疑問に答える形をとった。


「あの時点では、新潟にマフィアの船が来る予定だったのだと思います」

「中華国そのものが動いたとは思わないか」

「今迄の経験上、あの国が動いたのは見たことがないし動く動機もありません。国内からゲルマン民族1万人を日本に向けて追い出したばかりですから」

「李首相にとっては鼻高々というところか」

「あとは、もっともっと日本に向けて移民を送り込むつもりかと」

「毛利市は財政破綻したじゃないか」

「他の市には送らないと思いますよ、政府としても」

「財政破綻が目に見えているからな」

「電脳化は国の事業ですけど、ライフラインその他諸々の整備は地方自治体ですからね」

「脱線したな。もし、新潟以外の場所に船が接岸する心当たりがあったら、教えてくれ」

「わかりました、チーフ」


 結局、毛利市は国直轄の地方自治体となった。昔通りの税金とサービス。

 それであれば、と戻った人もいれば、新しい環境に慣れたので戻らない人もいた。

 金沢市に通勤している人は高速を使って通勤できるので戻らない人が多かったし、新しい土地で仕事を得られなかった人たちは、比較的毛利市に戻った率が高いように感じられた。

 国としては例外を防ぎたかったに違いないのだが、毛利市の場合は、国が推し進めた事業でもあり、責任は国にあったと言わざるを得ないだろう。



◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇


 毛利市が国の直轄となって3か月。

 国中がやっと落ち着いたかと思われた、その日。

 空は青く澄み渡っていた。


 金沢市のとある中学校で、教師が1名、謎の電脳障害を起こした。周囲が見て分かったのは、呼吸困難の症状があったということだけ。肺炎かとも思われたが、その教師は体育科が専門で、全身を義体化しており、前日まで普通の生活を送っていたということだった。

 看取った病院を通じて厚生省から文部省に連絡が入った。若くて元気な教師がなぜ急に呼吸困難になったのか死因が不明であることから、解剖して死因を究明したいとの申し入れだったが、文部省ではこれを拒否し、家族の意向で直後に遺体を荼毘に付したという。


 しかし、事態はそれだけでは終わらなかった。


 金沢市に本拠地を置く野球チームの人気投手と控えの野手が、やはり急な呼吸困難の末に命を落とした。

 野球チームの選手たちは、揃いも揃って電脳化し、その殆どが全身を義体化している。そもそも怪我を防止するためで反則とは見做されておらず、禁止薬物のように身体をボロボロにする危険行為とはされていない。


 その後も教師やスポーツ選手の電脳障害は続き、野球を初めとしたスポーツ界では何かの伝染病ではないかという噂が流れ、ストライキに入る団体も見受けられた。


 金沢市内におけるスポーツの祭典が半年後に迫る中、練習も行えず、さりとて電脳障害に対し動揺を隠しきれなかった選手たちを巡って、活字オンラインやテレビなどは取材しようと試みたが、選手たちは一様に狼狽しており、一刻も早い原因及び治療法の解明が急務とされた。

 西藤は自身がアメリカンフットボールやラグビーを経験しており、E4で起きているときはいつもスポーツ観戦。

 なんでも、軍隊上がりの友人や知り合いなどが出場しているのだという。

「そこだ!走れ!」

「なにやってんだー」

 と独り言をぶちまけながら楽しんでいる。

 なのに、テレビ中継がほとんど無くなってしまった。

 

 西藤は三白眼になったまま、杏の前に立つ。

「チーフ」

「なんだ」

「これって偶然なんでしょうか」

「何が」

「スポーツ選手や教師の電脳障害です」

「というと」

「共通項があるように思えます」

 

 西藤は誰に話すわけではなかったが、この一連の出来事を自分なりに推理していたようだった。

 亡くなったスポーツ選手や教師は、全身を義体化したマイクロヒューマノイドだったという。全身を義体化している場合、免疫抑制剤を服用している場合が多い。今回の電脳障害も、教師とスポーツ選手の間に何か共通項があり、呼吸困難を引き起こし死に至るのではないかと。

 いわゆるところの電脳汚染ではないのか。

 北斗が青森の山中で聞いたあの言葉。

 あれが実際に起こっているのだとしたら。


 電脳障害事件が起こってから2か月後、金沢市にある第1国立科学研究所=第1科研がひとつの仮説を打ち出した。

 亡くなった教師やスポーツ選手たちは、カビ=真菌が血管内に侵入してさまざまな臓器を侵し、電脳を狂わせる侵襲性肺アスペルギルス症を発症したのではないかというものだった。

 免疫抑制剤や長期のステロイド内服剤を使用し免疫が極度に落ちている、免疫に問題がある電脳関係者の場合、使用していない一般人に比べ格段に侵襲性肺アスペルギルス症を発症しやすいという。

 死亡率は30~70%とも見積もられており、予後はかなり悪い。

 治療法としては抗真菌薬を服用していくというものだが、やはりそれでは足りずにステロイドをそのまま続ける場合もあるといわれる。


 一般人でも罹る可能性のあるアスペルギルス症は、アスペルギルス(アスペルギルス・フミガーツスともいわれる)というカビによって発症する。

 通常元気な人に対しては病気の原因とはなりにくい菌であり、抗真菌薬やステロイドを服用するなど、近年治療法が格段に進歩したため死の病ではなくなっていた。


 勿論、他の細菌などが原因であると結論づける識者もいたが、呼吸困難になるという部分で肺が冒されていることをまだ証明できないでいた。


 だが、第1科研の見解が示されると、電脳障害=電脳汚染は一般人にも容易に移るというデマが国内で流れ始めた。

 国民はパニック状態になり、スポーツ界は一切の試合を止めた。

 すると今度は、スポーツ選手、あるいは教師などを狙った傷害事件なども発生し、国全体が混乱の渦に巻き込まれていったのだった。


 剛田がE4の皆を呼び寄せる。

「今日はオンラインメモで話す。北斗は活字オンラインを見ろ」

「わかりました」

 北斗を除いた皆は、腕に付けている時計の右端にあるボタンを押した。

(金沢で起こった電脳障害だが)

 杏が剛田を遮った。

(結局、なんだったの)

 剛田が口を挟むなと言わんばかりに2回、咳払いをする。

(第1科研の仮説どおり、侵襲性肺アスペルギルス症と判明した)

 設楽はおおおっと叫んでいる。

(それって通常は10万人に1人か2人にしか感染しませんよね)

 剛田はしかめっ面で頷いた。

(設楽の言うとおりだ。だが今回は1000人以上の感染者を出し、うち600人は亡くなった。慢性呼吸器疾患の患者も多いからだが)

 今度は八朔が口を挟む。

(金沢だと1000万人いますから、100人~200人計算ですか)

 剛田がまた頷いた。

(そう思うと、この患者数が異様なのがわかる)

 不破もそういった情報を活字オンラインで見聞きしていた。

(感染しているのは、免疫力のありそうな教師やスポーツ選手。亡くなる前日まで皆ピンピンしていたとか)

 剛田は何故か杏を見つめる。

(そうだ。これを単なる電脳障害とみるか、さもなくば電脳汚染と見るか) 

 杏は思い出した。

(FL教の電脳汚染・・・)

 西藤も友人たちの状況を心配していた。

(ただの電脳障害ではないような気がします)

 

 杏が西藤の右腕をつつく。

(どうだ、久しぶりに青森まで行く気はないか)

 不破が右手を上げる。

(僕も行きましょう。倖田はどうする)

(狙撃の機会はないように思うから、今回はパス)

 剛田が最後を締める。

(では、五十嵐と西藤、不破は青森の旧FL教研究所に急いでくれ。今は何もないはずだが、もしかしたら何か見つかるかもしれない)

 北斗がその時手を上げた。

「自分はあの研究所の概要を知っていますし、拳銃も撃てるようになりましたから連れて行ってください」

 杏がさも残念そうに北斗を見る。

(北斗、あの研究所は春日井の出した軍により、たぶん全部吹っ飛んでる)

(あ、そうですか)

 それでも剛田は北斗の肩を2度、優しく叩いた。

(いや、北斗がいて助かることがあるかもしれん。では、4人で行ってくれ)

 嬉しそうに頬を染める北斗を初めとして、杏たちは立ち上がって敬礼した。

(了解)


 4人はすぐさま地下1階に降りた。射撃練習場の隣にある銃器類の保管庫からオートマチックの銃を手にする杏と不破。リボルバーが好きな杏としては物足りないのだが、万が一に備えて、オートマチックも持っていた方が無難ではあるため致し方ない。

 北斗も一緒に拳銃を持つ。

 西藤は拳銃を持つことは持ったが、接近戦で素手を使うのが彼の得意技。

 しかし、相手の出方が分らない以上、持たないわけにもいかない。


 不破が2000GTを地下の車庫から出し、杏は助手席に乗る。北斗はNSXを運転して、西藤が助手席に座った。

 不破がいつもどおりギャギャギャッとタイヤを鳴らし走り出したかと思うと、北斗はスムーズにアクセルを踏み、ギアを操作する。

 FL教の麻田導師の運転手を務めたこともあり、北斗もかなりの運転技術を持っていた。

 剛田から、バグとビートルを任務遂行のため出撃させるよう49階からダイレクトメモで指示があった。

(こういう時に出動し、使用頻度を高めねばならん)



◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇



 ビルから出た4人と2匹は、かなりのスピードで青森を目指していた。

 杏がダイレクトメモを流す。

(西藤、北斗に伝えてくれ。不破に付いて来なくてもいい。不破はスピードの出し過ぎだ)

(こちら西藤。北斗の運転はとても心地いいです。さすが麻田導師の運転手を任されただけはありますよ。それなりにスピードも出てますし。この道を随分通いましたから、と言ってます)

(そうか、無理だけはするなよ)

(バグ、お前はどうだ。疲れないか)

(ホクトノタメナラナンノソノー)

(ビートルは?)

(バグニオナジー。スピードデテテオモシローイ)


 ダイレクトメモを切って横で運転している不破を見る杏。

 運転好きな不破だが、今日は珍しく眉間にしわを寄せている。

 向こうでまた、何かあるのかと緊張しているのだろうか。

 それとも、アクセル全開でハンドルを持つ手に集中しているのか。


 不破は顔もいいし皆の前ではシャープでクールだが、本当は違うんだよなと杏は笑いが込み上げてくる。

「何笑ってんの」

 不破には、杏の笑った横顔が見えているらしい。

「くっそ真面目に運転してるな、って」

「八朔のチューンナップが甘いせいで、ハンドルがぶれる。帰ったら説教しないと」

 E4では、車の整備も設楽と八朔が担当している。主担当は八朔だ。

 不破はかなりご立腹らしいから、八朔は首を洗って待つよりほかあるまい。


 途中休憩を入れて3時間ほど走っただろうか。

 もう跡形もなくなっているかと思われた、あのFL教の研究施設に着いた杏たちは、目を疑うこととなった。


 なんと、研究施設は蘇っていた。

 杏と不破が春日井から弾圧を受けた際にこの場所で陸軍に応戦したため、元々の研究施設は壊滅状態に追い込まれた、そう、そのはずだった。

 だが今は、昔のようにSRC構造ではなかったけれど、こじんまりとした平屋建ての研究棟が何棟か並び、中では研究員たちが白衣を着て研究に没頭しているようで、杏たちの車に気が付く様子も無い。


 これには杏も驚いたようで、直ぐに拳銃に手を伸ばしダイレクトメモを流す。

(拳銃を持て。私が最初に入る。向こうが応戦するようなら足を撃て。北斗以外はダイレクトメモを使え)


 杏はゆっくりと玄関を開けようとした。鍵がかかっているものだとばかり思っていた研究棟は、鍵すらなかった。

「随分不用心だな」

 杏の独り言。


 ダイレクトメモで話すと、杏の言葉に不破と西藤が呼応する。

(やはりFL教の残党が残っていたとみるべき、だな)

(てことは、FL教による電脳汚染か)

(でも、オリジナルは拘置所の中ですよ)

 北斗も目の前の景色が違っていたことで頭が混乱したのか、茫然とした表情で施設を見ていたが、視点は皆と違っていた。

「まだ人の脳を弄っているのかもしれない」


 北斗にとってあの瞬間は、魂を揺さぶられるようなモノだった。

 次々と研究棟に運び込まれる公務員関係者。それらは皆、脳を切り取られ戻って行ったという。W4の三条、彼は非常に冷静だったが、何発も研究員を撃つような真似だけはいただけないと思った記憶が鮮明に蘇ってくる。

 その三条も今は活動できない状態だと聞く。


 北斗がいたため全員がカメレオンモードになることもできないが、研究員くらいなら制圧できる。逃げるやつは外のバグやビートルが捕縛してくれるので問題ない。

 そんなことを頭の隅でふっと考えた杏。

(不破と西藤は別の施設を制圧しろ)

(了解)

「北斗は私についてこい」

「了解」

(バグ、ビートル。お前たちは外に逃げ出した研究員を捕縛せよ)

(ハーイ、ガッテンダー)


 バグたちの緊張感の無さに一抹の不安を抱える杏だが、廊下をそっと5mほど歩きながら、ドアの前に着く。

 足でドアを押す。

 やはりドアにも鍵は掛けられていなかった。

 

 ドン!!


 杏がドアを蹴破った。

 拳銃を手に、研究員たちに告げる。

「皆、立ち上がり手を頭の高さまであげて、後ろで組め」

 

 蹴破る音と杏の恫喝めいた声に驚いた研究員たちは、すぐさま言われた通りに立ちあがった。

 どうやら、この部屋には拳銃武装している者はいないらしい。

(不破、西藤。今一度言う。拳銃武装している者がいたら足を撃て)

 直ぐに不破から返事が来る。

(あと少しで研究室内に到着予定)

(こちらは武装している者はいないようだ)

(じゃあ、こちらも大丈夫ですかね)

(いや、充分に用心してかかれ)


 北斗は杏の後ろにいた。

 以前の研究所で働いていた顔は、見渡す限りどこにもいない。

 後ろから杏に囁く。

「以前の研究員たちはこの中にはいません」


 杏は、一番近くにいた研究員に尋ねた。

「お前たち、ここで何をしている」

 研究員は口をもぐもぐさせていたが、杏が拳銃を突きつけると震えだした。

「何をしているか話せ」


 研究員は、他の研究員たちを振り返る。皆観念したようで、首を縦に振る。同意を得たようだった。

「マイクロヒューマノイドの研究です」

「マイクロヒューマノイド?」

「はい、電脳汚染に侵されないマイクロヒューマノイドの研究をしています」


 杏は一旦拳銃をおろし、後ろで銃を構えていた北斗にも命じる。

「一旦お前もおろせ」

 北斗は未だ相手がFL教の研究員と信じているようで、声が掠れていた。

「いいんですか」

「ああ、何かあれば私が撃つ」


 そして再び研究員を見る杏。

「国立科学研究所の者ではないな」

「はい」

「どこに雇われている」

「それが・・・」

「早く言え」

 

 拳銃を顔の高さにまで上げる杏を見て、研究員たち全員が震えるような態度を見せた。

「わからないのです」

「なんだと?」

「スポンサーが誰か分らないのです」


 杏は辺りを見回した。皆、研究員のいうことに賛成とでも言わんばかりに押し黙っていた。

「パトロンが誰かわからず、どこから資金を得ている」

「施設あての通帳に毎月お金が振り込まれています」

「金額は?」

「毎月1億ほど」

「1億?」

「はい」

「お前たちの給与はどうしている」

「1億の中に含まれています」

「研究費は毎月どれぐらいになる」

「給料を差し引くと、研究費は毎月7千万ほどになります」


 ダイレクトメモで不破や西藤に確かめる杏。

(こちらではパトロンを知らないそうだ。そちらで知っている者がいるかどうか確認しろ)

 暫く、不破達の返事を待つ。

 1分もしないうちに、不破の声がした。

(こちらでも判らないようです)

(そうか、あと2棟ほど研究棟があったな。そっちもパトロンを調べてくれ)

(了解)


 杏は再び研究員を睨む。

「FL教ではないのか、お前たちのパトロンは」

「違うと思います。そういった方方はこの施設にはお見えになっていません」

「それは、誰か顔を出す人間がいるということだな?」

「いや、その」

「何だ、知っていることがあったら言え」

  

 杏は研究員の額に拳銃を突きつける。研究員は真っ青になり他の者たちに助けを求め、手を振る。

 そこに女性の研究員が名乗り出た。

「毎週花屋さんが来ます。その方々に研究成果報告書をお預けしているだけで、それがどこに流れているのか、全くわからないんです」


 杏はダイレクトメモで不破に告げる。

(女はこういうときに強いな)

(うちのチーフもそうですから)

(笑い話はあとだ。そちらで同じことがあるか聞いておけ)


 女性研究員に近づいた杏は、なおも男性研究員に拳銃を額に押し当てたままだった。

「花屋とは、男性か、女性か」

「両方の時もあれば、片方だけの時もあるし・・・」

「人相は」

「特徴のある顔ではありません、その辺に転がっているような普通の顔立ちです」

「さっき言っていた【電脳汚染に侵されないマイクロヒューマノイド】とは、どんな研究内容だ」

「いえません」

「ここにいる全員の脳が吹っ飛ぶぞ」


 その途端、恐怖のあまり手を頭の後ろに回したまま、逃げようとする輩が出てきた。

 瞬間。

 杏の拳銃から研究員の足首目掛けて弾が飛んだ。

 痛みに耐えきれず、その研究員は大声を張り上げる。

「そんなに逃げたいなら、黄泉まで逃がしてやろうか?」


 全員がその様子を見て、杏の言葉を聞いて、逃げ切れないと判断したらしい。

 先程まで額に銃を突きつけられていた研究員が、ぼそぼそと語りだした。


 マイクロヒューマノイドは免疫抑制剤を使用しているため、真菌=カビによる侵襲性肺アスペルギルス症になり得る要素があること、侵襲性肺アスペルギルス症の致死率は50%前後であること、侵襲性肺アスペルギルス症を治療するためには抗真菌剤を投与するしか今のところ手立てはないこと。


「これが我々の見解であり、このカビを身体の中で繁殖させないために、オーバーホールの際に何かできないか、あるいは免疫抑制剤をカビに強いものに精製できないかというのが我々の研究内容です」


 杏は拳銃を降ろした。

「本当にパトロンはわからないんだな?」

「はい、知りません」

「そうか」


 杏は部屋を出るよう北斗に促し、自分も後から部屋を出た。

(こちらではパトロンを知らないようだ。そちらで、花屋が出入りしているという話は出ているか)

(はい、2つの研究棟で同じ証言が取れました)

(では、残りのひとつは私と北斗が行く)


 残り1棟。

 そこでも、証言は同じだった。

 花屋に研究報告を渡している。パトロンは知らない。そこで行われていたのは、国立科学研究所をも凌ぐマイクロヒューマノイドの研究。


 その花屋とは一体何者なのか。


 杏たちは研究棟を出て、4人で集まった。

 その時だった。

 北斗が何か考えていた。


「どうした、北斗」

 杏の言葉が耳に入っていないかのように考え込む北斗。

「どうした」

 はっと気が付いたように前を向いた北斗は、バグとビートルを呼び寄せるよう杏に頼む。

「それは構わないが、どうしたんだ」

 少し恥ずかしそうに躊躇う北斗。

「関係ないとは思うんですが」

「何だ」

「このまえ追い出された学校にも花屋が出入りしてました。あの、紗輝の・・・」

 バグが叫ぶ。

「サキノカノジョーーーーーッ」

 北斗がバグの口を塞ぐ。

「そんなに大声でいうなよ。彼女の写真を撮っていたんです、こいつらが」

「学校に出入りすること自体は、まあ、営業だからな」

「それはそうなんですが。紗輝の写真は手に入りますか?」

「不破、設楽に連絡して紗輝の写真を転送させろ」

「了解」


 杏は腕を組み、空を流れていく雲を見つめていた。

 北斗は、紗輝と花屋の女性、2人を疑っている。

 杏も少しだけ北斗の意見が真実味を帯びているような気がした。


 不破が杏に必要事項のみ伝える。

「紗輝の写真、バグとビートルにも送りました、両名分印刷します」


 ジジ、ガガ。

 バグは紗輝の顔を、ビートルは花屋の女性の顔を。

 両名分印刷し終えると、杏たちは1棟ずつ研究室に入り、顔写真を見せた。

 3棟目まで見せ終えた。

 皆、知らないという。


 北斗の考え過ぎか。

 しかし、残りあと1棟ある。


 杏はさして気にも留めず、4棟目の建物に入った。

 そして、紗輝と女性の顔写真を研究員全員に見せた。


 すると、研究員の中で、1人だけ目が泳いだ者がいた。100人近くいる研究員の中で、たった一人。

 これをどう見るべきか。

 研究員が紗輝を見たことがあると言うだけで、別に紗輝を疑っているわけではない。

 杏は心の中で自分に言い聞かせる。


 でもその事実は明確に、紗輝がこの現場に出入りしていることを物語っている。

 一体、何のために。

 パトロンと紗輝の繋がりは。


 とにかく、一刻も早く伊達市に戻らねば。

 もしも何かしら危ない集団に属しているとしたら、紗輝が危ない。

 杏の魂が激しく揺さぶられている。


 ダイレクトメモで不破たちに話しかける杏。

(急いで伊達市に戻る。紗輝が心配だ)

 北斗には西藤が伝えた。


 不破と杏、北斗と西藤、バグ、ビートル。

 2台の車が、空が紅く染まる高速道をフルスピードで駆け抜けていった。



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