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E4 ~魂の肖像~  作者: たま ささみ
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第2章  インスパイア

翌々日の昼、密航船は無事に伊達市の港に着いた。

 乗客の3分の1ほどが降りる。

 これから金沢市と毛利市を経由し、また済州島に向かうらしい。

 槇野総理が、それまで行われていたマイクロヒューマノイドの弾圧を辞めたことで、国外に逃げ出していたマイクロヒューマノイドたちが続々と日本に戻ってきているのだった。


 誰かが迎えに来ている者もいれば、そのまま1人で歩き出す者もいた。

 迎えに来たのは家族だろうか。

 マイクロヒューマノイドは独身の1人住まいと思われがちだが、実際には家族がいる者も多い。

 結婚後にマイクロヒューマノイドになる者も結構いるのだ。


 杏と不破は、タラップを降りながら剛田の車を探していた。

 剛田が船の発着場に愛車のスカイラインGT-R32型で迎えに来ていた。

 二人を見つけるなり、剛田の車は船に近づいた。窓を開けて、後ろに乗れといわんばかりに親指で後部座席を指す。

「遅かったな」

 二人は剛田の車に乗り込んだ。開いた窓から吹き込む風に、杏は伸びた髪をなびかせている。

「普通でしょ?何もトラブルなかったし」

 ふん、と顔をしかめる剛田。

「そうか、どうにも心配でな」

 杏は運転席の方に身を乗り出す。

「あたしたちを心配してくれるのは剛田さんだけよ」


 3人は2年前に後にした家に戻った。

 ちょっぴり荒れ果てたような家の中。

 フローリングには埃が溜まり、窓は雨風を受けて汚くなっていた。

 完全密閉がゆえに白カビが発生している場所もあった。

 剛田は溜息とも何とも言えない息を吐き、家中を見回る。

「2年もそのままだと家も傷むようだ」


 不破は片付けるのが面倒なのかもしれない。気軽に言ってのける。

「別のアパルトモン借りますか?」

「いや、片付ければ何とかなるだろう。まず、窓を開けて換気するか」

 次々と部屋の窓を開け、換気していく剛田。


 北斗のワンルームの部屋がお気に入りの不破は、残念、という目つきで剛田の後を追う。

 杏はのっけから、掃除機ロボットが欲しいと叫びながら各部屋の掃除を始めた。

 やっと掃除が終わったのは夕方だった。

 元いた家に、また帰れる。

 杏は心の何処かで帰る場所がまたできたことに魂が戻る場所があったような喜びを感じていた。


 剛田が不意に不破の前に立つ。

「ところで」

 不破は驚いた様子で剛田を見つめた。

「なんですか」

「魂は肉体に宿り、生命の源として心の働きを司るのに対し、意識は毅然とした自律的な心の働きである」

「あ」

「考えてなかったな。2年も猶予を設けたのに」

「すみません、ゲームに夢中で」

「五十嵐はどう思う」

 杏は持論を展開した。

「肉体をもった人の魂は、その肉体にあり続けるうちは本能的に生きるのに対し、意識は、ある種凝り固められたパッシブな生き方であり、必ずしも肉体を伴わない。というのが、あたしが導き出した答え、かな」

「不破は今の言葉を聞いてどう思う」

「今の今では何とも言えませんけど、杏の言葉は魂の本質をついているような気がします」

「こちらに戻ってE4が再生したら、皆にも聞いてみようと思う。さて、どれだけの人間が思い出せるか楽しみだな」


 翌日、3人は伊達市にある第2国立科学研究所、通称第2科研に足を運んだ。2年もの間オーバーホールをしていなかったため、オーバーホールが可能か、どこまで研究所が再建されたか確認に来たのだった。

 研究所は仮設の建物で研究を続行していた。春日井の弾圧で地下に潜り込んだ研究者たちが続々と地上に現れ、マイクロヒューマノイドのオーバーホールはいつでも可能だという。


 杏と不破は、今日中にもオーバーホールが出来るということで、研究所内の準備を待つことになった。

 杏が不破に本音を漏らす。

「昔はね、オーバーホールの度に魂を削られる気がしてね、嫌だった」

「実のところ、俺も」

 二人は笑い声をたてないように、お互いを見て笑った。


 研究員たちから最初に不破が呼ばれる。

 不破を見送ったあと、杏は研究所の外に出た。

 杏がいつも膝を抱えて座っていた場所は、もうなかった。軍が建物を破壊したときに玄関さえも皆吹っ飛ばしたのだろう。

 新しい気持ちでオーバーホールを受け入れろと言われているような気がした。

 外に出たまま深呼吸していると、剛田が後ろから現れた。

「もう、過去のお前は消えた。これからは魂の趣くままに、意識を感じるままに生きればいい」

「覚えててくれたのね、ありがとう」

 剛田は照れ笑いしているように見えた。

「今日を境に、みな忘れよう」


 1時間もすると、不破が研究室から出て、今度は杏の番が来た。

 ああ、また魂を削られるのか。

 やはりオーバーホールは嫌いだった。

 しかし、2年もの間身体を放っておいたわけだから、MAXのパフォーマンスができるよう、オーバーホールで身体を取り替えなければならない。

 今回はプラスαの装備も無く、やはり1時間ほどでオーバーホールは完了した。

 

 あとは自宅に帰るばかりだ。

 剛田は何処に行ったのか、姿が見えない。

 その時だった、玄関ロビーにいる杏と不破に後ろから剛田の声が響いた。

「五十嵐、不破」

 二人が後ろを振り向くと、なんとそこにはレディバグとレディビートルが1機ずつ、足を振りながらこちらを見ている。

 杏は思わずバグとビートルに駆け寄った。

「バグ!ビートル!」

「ハアイ、アン」

「フワモイッショナンダネ」

「ホクトハ?」

 思いがけないことで涙腺が緩んだ杏。はらはらとその頬に涙が光る。

「ああ、北斗も今度会いに来るから」

「マタイッショニオシゴトデキルノ?」

「頼んでみる。また一緒に仕事をしよう」

 研究員の一人が近づいてきて、杏にICチップを見せた。

「2年前に頂いたこれをもとに、フルカスタマイズしました。もう、試用機ではありません」

 杏は涙を拭いて頭を下げた。

「ありがとうございます。もし一緒に仕事ができるなら、これからはフルに稼働させます」

「コキツカウノハヤメテネ」

 また、涙が溢れる杏。

「馬鹿者。北斗の為に働くんだ、我慢しろ」

「ハアイ」

 

 2機を研究所に頼み、杏たちは帰り支度をする。

 剛田の運転で研究所を出た杏は、何度も涙を拭うのだった。

 車の中で、剛田は真剣な口調で杏と不破を呼んだ。

「五十嵐、不破。俺はもう一度E4を立ち上げようと思う。勿論、以前のメンバーも呼ぶし、バグやビートルも研究所から引き取る」

 不破が安心したように笑った。

「北斗に会いたがっていますからね、早く会わせてあげないと」

 E4の再開には、まず、警察府に申請しなければならない。それと同時に、全メンバーを現部署から引き抜くことも必要になる。

「日本自治国警察府監理官の西條来未さいじょうくみ、覚えているか?彼がE4存続に尽力してくれている」

 杏は一度きりしか会っていないが、覚えやすい容姿だった。

「あのお公家様みたいな人?」

 剛田の話によれば、済州島での生活資金も、西條監理官が警察府に掛け合って出してくれたから、2年も済州島で暮せたのだという。

「そうだったの?」

「頭が上がらないぞ、警察府のマイクロヒューマノイドを国外に逃すとともに、生活費を支援していたんだ」

 剛田は振り向くことなく、杏たちに告げた。

「明日から俺は忙しくなる。食事は2人で食べててくれ」

 杏と不破が同時に車の中で敬礼する。

「了解」

 いつになったらマイクヒューマノイドは1日1回の食事で済むことを覚えるのだろうと、杏は可笑しくなる。それだけ心配している証拠でもあるのだが。


 

 ここに、剛田はE4の再設置を警察府に正式申請することとした。


 細かな提出書類を揃えるため、剛田は1週間ほど自宅には戻らなかった。

 倖田、西藤、八朔、北斗、設楽の5人を現部署から引き抜くための根回しも必要だったのだろう。2年満期で異動させたわけではなかったから。


 警察府SAT、特殊急襲部隊に属した倖田は、仕事ぶりは評価されていたもののスナイパーが飽和状態であることを理由に、SATからの異動は容易くOKが出た。

 警察府ERT、緊急時対応部隊に異動していた西藤は、殆ど出番がなく直ぐに内示が出た。

 警察府SSS、通称スリーエス。SATを支援する特殊部隊支援班に異動した八朔と北斗。八朔はすんなりOKが出たが、北斗は勤勉さを買われE4への異動に難色を示された。

 そこで西條監理官のお出ましとなり、北斗も何とかスリーエスから異動することが決まった。

 警察府SIT、特殊事件捜査班に異動していた設楽。向こうでも口数は減らなかったようで、技術と見合う働きができないという理由書をぶら下げて、E4に戻ってくることになった。



 西條監理官の口添えで人事異動は進み、その他にも西條監理官はE4立ち上げのために奔走してくれたという。

 ESSSの隣にあるビルの49階と地下1と地下2階。今迄根城にしていたビルを押さえることができたのも西條監理官のお蔭だった。

 第2科研に預かってもらっていたレディバグとレディビートルは、地下を押さえた翌日に、杏と不破が第2科研に迎えに行った。今回は2機。必要があれば、増産してくれるという。業務にどれくらい須要か見極めた上で、再度第2科研に依頼することになるだろう。

 今回、バグたちがカメレオン部隊のオーバーホールまで終わっていたのも、即戦力として十分すぎるくらいの出来だった。


 それから1週間が過ぎた。


 49階に集められた設楽、八朔、倖田、西藤、北斗、不破と杏。

 相変わらずお喋りなIT担当の設楽快斗したらかいとが雄たけびを上げている。

「チーフ、不破。よくぞご無事で。もう、嬉しいっすよ」

 ITサブ担当の八朔聖都ほずみせいとは涙を流す。

「2年間、この日を待ち続けてました」

 狙撃担当の倖田祥之こうだよしゆきは自前のライフル、ヴィントレスを持参していた。

「これからまた、このメンバーで仕事ができるんですね」

 肉弾戦を得意とする西藤均さいとうひとしも半泣き半笑いで頷く。

「この2年、E4が懐かしかったです」

 スパイ専門の北斗弓弦ほくとゆずるは、銃を片手にしていた。

「あれから、練習続けてきました。命中率もあがったんですよ」


 杏や不破は、皆と固い握手をしてハグしあい、再会の喜びに浸った。

 今日、剛田はいない。西條監理官と一緒に、金沢の警察府に挨拶に行くと言っていた。

 杏は皆をまじまじと見つめた。

「皆、これまでご苦労だった。西條監理官や剛田室長のお蔭でやっと再生に扱ぎつけた」

 設楽がオーバーに表現する。

「え?あの目の細くて背の高いお公家様ですか?」

「そうだ、彼の尽力無くして、E4の再生はありえなかったそうだ」

 八朔は涙を拭いて鼻をかんでいる。

「また挨拶来ますかね。敬礼しないと」

 杏はふっと笑う。

「たぶん、今日か明日辺りくるぞ。酒は飲むなよ」

 設楽と八朔はバツの悪そうな顔をしている。そんな二人を見て、周りが笑う。


 杏は、次に北斗の名を呼んだ。

「北斗、お前に手土産がある」

「なんでしょう?」

「おい、不破。地下に案内してくれ」

「了解」


 不破が先頭に立ち、足早に地下室を目指す。北斗は射撃訓練の何かだと思ったらしい。

「僕の腕、ご披露しましょうか」

 不破は笑って手を振った。

「その前に、地下2階に行こう」

 エレベーターで地下2階に降り、不破は思い切り力を込めてドアを開けた。


「キャッ、ホクトダ!」

「ホクト~」

 レディバグとレディビートルが北斗目掛けて走り寄ってくる。

「バグ!ビートルも!」

 北斗は途端に、顔を真っ赤にして号泣した。

 2年前、最期にさえ立ち会えず泣くばかりだった。

 ああ、そのついでに誘拐もされたっけ、と2年前を振り返りながら泣く北斗。


 また試用体ではないかという疑念が湧きあがる北斗は、心配そうな目で不破を見た。

 不破はまたもやステキ顔になる。

「あの時のICチップでフルカスタマイズしたそうだ。もう試用機じゃない」

「よかった・・・」

 北斗はそのまま、地下でバグやビートルと追いかけっこをして遊びだした。

 不破は1人で49階に戻った。


 杏が戻った不破に声を掛ける。

「どうだ、サプライズだっただろ」

「しばらくこちらには来ないんじゃないですか」


 聞きたがりの設楽。

「北斗へのサプライズ?何です?僕たちにサプライズは?」

「今回は北斗専用だ」

「で、何なんですか」

 杏はニヤリと口元を上げる。

「バグとビートルだ」

 


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