終章
全てが終わった。
中華国本国海兵隊の船は手榴弾と焼夷弾で甲板を焼かれ、船長室には無数の弾痕が残り、見る影もないほどに朽ち果てていた。海上保安庁に捕まったことがニュースになったらしいが、杏は見ていない。
八朔がまたモニターモニターと騒いでいるのを聞いたが、別にモニターを見る気はしなかった。
珈琲サーバーに溜まった、少し苦い珈琲をほんのちょっと口にした。
本国では、今、杏たちが破壊した船を自国の物だとは認めないだろう。
勿論、死んでいった兵士やスパイが自国の民などとは、口が裂けても言えないはずだ。
それだけ、中華国と日本自治国のエセ友好関係を崩すわけにはいかない大人の事情があるには違いないのだろうが。
杏にはそれを天秤にかけることすら馬鹿馬鹿しい気がしてならない。
あの殲滅から、1週間。
杏たちE4のメンバーは、伊達市海岸近くの教会で紗輝の葬儀を執り行った。
参列者は、E4のメンバーだけ。
紗輝の信仰していたカトリックの葬式では、故人の罪を神に詫びて許しを請い、永遠の命を得られるように祈る。
聖書朗読や神父の説教を行う「言葉の典礼」、パンやブドウ酒を祭壇に奉納する「感謝の典礼」からなるミサが行われるのだそうだ。
祭壇に花を捧げる献花を執り行い、皆が白いカーネーションを捧げた。
最後に一同を代表して、剛田が言葉を添えた。
「紗輝君、君の安らかな眠りをお祈りします」
杏は、羽田から取り返した拳銃と、紗輝の部屋から見つけたAK-47を花とともに棺に入れた。
『ライ麦畑でつかまえて』の本と一緒に。
北斗が肩を落としながらも紗輝の遺影に向かって叫んだ。
「キミには、この言葉が一番似合ってるよ!」
ライ麦畑のつかまえ役、そういったものに僕はなりたいんだよ。
馬鹿げてることは知ってるよ。でも、ほんとうになりたいものといったらそれしかないね
I’d just be the catcher in the rye and all. I know it’s crazy, but that’s the only thing I’d really like to be
教会を出て海岸に向かった杏。
お前はシャイな奴だったんだな。
本当の姿に気付いてあげられなかった。
私を許してくれるか?
紗輝が不憫でならなかった。
杏は、もう一冊持っていた『ライ麦畑でつかまえて』を唐突に掴み、紗輝が破いたページをビリビリと破り、海に投げ入れた。バグやビートルも、海岸の淵でライ麦畑の一節を呟きながら紗輝を見送った。
でも、紗輝は最期、苦しそうな顔ではなかった。今思えば、あの時、寧ろ笑っているようにさえ見えた。
紗輝にとって何が一番良かったのか、今でもわからない。
杏はいい方向に捉えようと笑顔を作る。
紗輝の魂も、それを望んでいるように思えたから。
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同時刻。
ESSSでは、西條監理官が立って何かを話している。相手は、九条及び三条。
「あそこは基本、暗殺部隊ではない、テロ制圧部隊だ。キミたちも心してかかるように」
「了解しました」
九条と三条が敬礼した。