第10章 掃討作戦
2週間後、毛利市における電脳汚染は一応終息の目途がたった。
約1か月での終息宣言は、槇野総理にとってもご満悦だったらしく、現場を訪れたほどだと聞く。
E4を初めとする先鋒隊はその任を解かれることになり、九条らW4の特別隊2人を含めた杏たち7人は毛利空港からオスプレイで伊達市に戻った。
一条の亡骸は、毛利市内にある一条本家に引き渡された。
九条は、未だに一条の死を引き摺っていたようだった。新種のカビだったのだから仕方がないと三条が慰めても、自身を責め悩んだらしい。
E4では何もできず、ただただ一条の冥福を祈るばかりだった。
伊達空港に着くと、剛田が空港に迎えに来ていた。
E4に戻る前に、全員が第2科研にて検査を受けることとされた。カビが体内に悪影響を及ぼしていないか確認するためである。
杏、不破、九条の3人はマイクロヒューマノイドとして、オーバーホールが行われた。
その他の人間は、検査が終わり次第E4に戻っていた。
オーバーホールが終わった3名を、剛田が運転してE4に戻る。
剛田は、運転席から皆に聞えるように声を掛けた。
「オーバーホールご苦労だった。早速だが、バグたちが録音したところによると、2週間後に新潟市の南岸に中華国の海兵隊一個中隊200人余りを呼び寄せる計画があるらしい。覚醒剤の運搬と、新種のカビのサンプルを持ち込む予定のようだ」
九条が驚いたように前に身を乗り出した。
「中華国が新種のカビを作っていたということですか?」
剛田が小さく頷く。
「そうだ。毛利市における電脳汚染も、向こうで精製されたカビを持ち込んだ上での人体実験だとみていい」
杏が低い声で怒鳴り気味に剛田に食って掛かる。
「スパイたちは?羽田李華を初めとした」
「五十嵐、そう怒るな。設楽たちが定点カメラで常時居所を追っている。今はまた伊達市に戻っている」
不破が溜息を吐く。
「室長、カビも専門学校がすべて保管していると思います。今度は新潟市で電脳汚染を企んでいるのでは?」
「恐らくそんなところだろう」
杏は車の中で暴れ出す。
「焼き討ちにすればいい!スパイも銃殺刑だ、特に羽田は!」
九条が驚いて後ずさりしている。
「僕らは暗殺主体だから気にしないけど、E4においてその発言は・・・」
不破が杏を思いやる。
「元仲間が悲惨な形で亡くなりましたから。それは九条さんも同じか」
九条は、しばし真剣に考えていたようだったが、どうやら意を決したようだ。運転席の剛田に話しかける。
「本来は剛田室長の指示に従うべきところですが」
剛田に向けて前置きした九条。
「お願いがあります。五十嵐さんと僕で、スパイ掃討作戦を決行させてもらえませんか」
剛田の顔が渋くなった。
「君の気持ちはよくわかるし、どうにかしてやりたい気持ちもある。だが・・・」
杏も九条に加勢する。
「別に皆殺しにするわけじゃないわ。口を割らせる必要だってあるだろうし、その辺は大丈夫よ」
剛田と不破が大きく溜息を吐く。
「その、『大丈夫』が一番心配なんだよ、俺は」
「俺も、室長に一票」
杏が拗ねる。
「じゃあ、不破も一緒に。ならいいでしょ。海兵隊が来るまでにはケリつけるから」
剛田はなおも溜息交じりに運転していたが、OKのサインが出た。
「不破を必ず連れて行け。それなら許す」
「剛田さん、ありがとう」
杏が後部座席から運転席目掛けてハグをしようと試みる。ハンドルを持つ剛田の腕が揺れた。
不破の機転によってその手は取り払われ、事故の災難を免れることが出来た。
もちろん、杏が剛田と不破からどえらく怒られたのはいうまでもない。
2週間後に海兵隊が呼ばれたということは、そろそろ出航準備に取り掛かるはず。
そろそろキツネを仕留めなければ。
E4に戻った杏たちは、設楽や八朔から事の次第について、事細かな報告を受けた。
まず、羽田李華。
Nシステムで追跡したところ、彼女は紗輝が亡くなった日に、自ら車を運転し、青森の研究所に出掛けていた。運転免許すら持っていないと紗輝に告げたことも嘘だった。
設楽が3人を集めて電脳を繋ぐと言う。
杏の心は近頃逸り気味だ。
(設楽。スパイどもは今日、どの辺にいる)
(やつらの根城は専門学校の一角です。生徒がいなくなった夜に集まっています。昼間は仕事をしたり情報収集、或いは本国との情報交換に使っていますね)
(面倒だ。夜に一気に始末する)
杏はそう言って、九条と不破を見る。
(九条さん、どう思う)
(昼間にドンパチはまずいかもしれない)
九条が考えあぐねていた。おびき出す手がないかと。
杏は設楽を突いた。
(おい、あの女、今は働いているのか)
八朔が設楽と変わった。
(今はカフェで働いています)
(なら、不破、お前行け。ステキ顔でE4の自慢して来い)
(げっ、なんで僕なんですか)
(お前のステキ顔を苦しみに変えるのがあの女の使命だろうが)
九条が杏を見て大笑いを始める。
(それとも三条に任せますか。イケメンだし、若いですよ)
(あいつらはE4の情報が欲しいんだ)
(五十嵐さん、随分言葉遣いが変わりますね)
(ビジネス用だ、気にしないでくれ)
九条は笑いが止まらないようで、杏も流石に恥ずかしくなる。
これは、その。
チーフとして皆を取りまとめる為には必要不可欠なのだと説く。
それでも九条の笑いは止まらない。
九条につられてか、設楽や不破まで笑い出した。
不破が笑いながら杏をからかう。
(もう、女言葉辞めたらどうです?)
(そういう問題ではないんだ、この場合)
杏も半分可笑しくて、口元が上がってきた。
だが、やはり言葉遣いは改まらない。
(さ、ご愛嬌は此処までだ。九条さん、不破。計画を詰めよう)
専門学校にいるスパイは4名。
毛利市で一条に危害を加えた人物だ。
設楽たちのお蔭で、男性3名の氏名が判明した。ま、偽名かもしれないが。
一番執拗に脳を揺さぶっていたのは、下野啓太。
頭にハイキックをしていた、村井洋介。
倒れた一条の脳目掛けて蹴りを入れていたのは、浅野幸三。
唯一の女性が、羽田李華である。
杏は脳内で記憶を整理している。
スパイ4人のうち、羽田はE4に出入りしていたのだが、E4が一旦解散したためそちらから情報を得ることは叶わなくなった。
また、唯一会話のあった紗輝はE4を自ら辞めてしまった。
最初はそれでも何かしら情報を持っていると踏んでいたようだが、E4に興味の無かった紗輝の本心を知るや、掌を返し紗輝を殺害した。
事実関係は、そんなところだろう。
一条はどうして襲われたのか。
E4、あるいはW4に対する宣戦布告。
最初から何かを聞き出そうとした節はない。
カビを身体に取り入れたからには第3科研で隅々まで検査されたことだろう。
それを嫌って殺害に及んだ可能性はある。
いずれ、スパイたちは杏の逆鱗に触れた。
命あっての物種という趣旨の諺を、スパイたちは知らないのだろうか。
もう、ここまで来たらお前たちの命はいただく。
不破は違う考えを持っている。
殺す以前に、命は助けるから知っていることを皆話せというタイプ。
杏と不破は、どこで考えがクロスするようになったのか。
それは、沸点の違いかもしれない。
杏はどちらかと言えば怒りっぽい。
不破は違う。自分の中で溜めて溜めて、ついには爆発する。
誰から見ても、怖いのは不破の方だが。
そんな些末なことを考えていても仕方がない。
杏としては、夜に学校に入り込み、開かずの間を焼き払ったうえでスパイたちを皆殺しにするつもりでいた。
不破は反対するだろうが、九条はどうか。
考えていても答えはでない。杏は九条ではないのだから。
本人に聞いてみるのが一番だ。
(九条さんは、どうしたい)
(僕ですか・・・もう、だめですね、今回の場合。陸軍の拷問の方がまだマシだった)
(不破。2対1でお前の負けだ。これ以上、口を出すな)
不破は文句が言いたげだったが、紗輝と一条を失くしたことには一定の配慮をみせてくれた。
(殺すなとは言いません。新潟市にくる海兵隊のことを洗いざらい喋らせて、それが済めば、煮ようが焼こうが好きにしてください)
新潟市に来る中華国海兵隊。
覚醒剤やらなにやらを持ってくるに違いない。
一定期間であれば、スパイから連絡が入らなくてもどこかの海岸に船をつけるだろう。
しかし、スパイからの連絡が途絶え2週間も音信不通になれば、船は引き返すかもしれない。
この機会を逃してはならない。
1週間、いや、せめて3日。
スパイとの連絡が3日くらい不通になったとしても、それくらいなら海兵隊はすぐそこまで来ているはずだから、日本国海軍が出て行けば拿捕できるだろう。
最終的にどうするかは別として、今は伊達市にいる4名のスパイを泳がせておくとするか。
学校方面に張り込んでいたところ、羽田は八朔の言葉どおり、カフェで働いていた。
下野は無職らしくたまに競馬場に出掛けるくらい。
村井は学内で教鞭をとっている。
浅野はコンビニでアルバイトをしているようだ。
そこで、不破を羽田の勤めるカフェに派遣、競馬場には三条を、コンビニには北斗を回し様子を見させる。
不破は偶然を装って羽田との会話に成功したらしい。
なんとも不破らしい。
羽田も、不破の顔は覚えていたのだろう。
すぐに思い出したふりをしたのだとか。
待っていろ。
お前もじきに紗輝の下へ送ってやる。
いや、お前がいくのは黄泉~地獄だ。
張り込みはローテーションを組んでいたが、カフェだけは、羽田がE4の面子を知っているため、不破の他は、三条が行くしかない。九条は最後に登場するメインキャラなので、今は顔を出さなかった。
三条は余程胆が据わっていると見え、羽田とすぐに仲良くなったとか。
北斗はすっかり驚いていた。
村井だけは校門や裏門を張るしかない。倖田と西藤に役割を頼んだ。勿論、カメレオンモードになって。
村井は一旦学校から出ても、真夜中には戻ってくるらしい。その間は、羽田のいるカフェで時間を潰しているという。
1週間、相手を見逃さないようにしていたE4だったが、羽田の動きだけは男性では追いにくかったらしく、たまに見逃す時もあった。
それでも、最後には学校に戻る。
残り6日。
残り5日。
残り4日。
明日は、杏と九条の出番である。
皆からの報告を受けながら、時間との勝負を感じる杏。
絶対に逃がしはしない。
ところで、槇野総理には今回の中華国海兵隊出動の一報が入っているはずだった。
しかしニュースでは海軍を新潟に集結させるような話は聞かない。ESSSにも出動命令はでない。出動させる気もないのだろう。
若しくは、報道規制。
設楽に調べさせたところ、メディア間の報道規制は敷かれていなかった。
槇野総理か。
国内政策は、ある程度順調に推移しているが、移民政策平和強制といい、新潟市で起ころうとしている中華国海兵隊への海軍不出動といい、どうも外政は不得意と見える。春日井、槇野。二人とも国外には弱い総理のようだ。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
海兵隊の日本到着まであと3日。
杏と九条、不破、3機のレディバグと3機のレディビートルはいずれもカメレオンモードになり授業時間が終わると同時に校内に入った。
夜に4人が入ってくる裏門は、カード式キーで開くらしい。
杏たちは学内に人がいなくなると、すぐに警備室に入り込んだ。
不破が機械式警備を全てOFFにして、敷地内にはバグやビートルを随所に待機させている。
北斗が学校の内面図を準備してくれたので、どこが覚醒剤等の隠し場所か、4人の寝る部屋は大体どの辺かなど、すぐに把握できた。
その日も、スパイ4人はバラバラに専門学校に戻ってきた。
カフェで働いている羽田と、その客の村井は一緒に戻るのかと思いきや、時間差攻撃を使ってくる。
皆が寝入る時間に合わせ、杏が覚醒剤部屋のドアを針金で器用に開ける。
九条は目を見張っていた。
(すごい。そっちの方面でも食っていけそうだ)
(九条さん、チーフの逆鱗に触れるからやめてください)
(二人とも、何か言った?)
(いえいえ、何も・・・)
校舎の2階にある、20畳弱の部屋。やはりそこには覚醒剤や大麻などがどっさりと保管してあった。
第1のミッションは、ここを焼き払うこと。
杏は近くにあった紙に火を付けると、5段ほどの棚に全部火を回し、最後に室内の火災報知機を銃で何度も撃ち壊した。
(バグ!大麻草のビニールハウスに火を放て!)
(ハイハーイ)
杏たち3人は素早く出ると、すぐにドアを締めて、窓を開けた。どうやら防火仕様の部屋らしく、煙はまだ外に漏れてこない。
まあ、火災報知機が鳴るのは時間の問題なのだが。
消防車が到着するまで、あと10分というところか。
(バグ!ビートル!お前たちは退避!E4に戻れ!)
(ハーイ)
そのとき、叫びながら誰かが廊下を走ってくる音が聞こえた。
「誰だ!」
一番最初に到着したのは、浅野。
一瞬のことだった。
九条が、銃を取り出し脳幹に1発撃ち込んだ。浅野は血を吹いて仰向けに倒れた。
不破が慌てて止めに入る。
「話聞いてからの約束じゃないですか」
「ん?あと3人いるでしょ」
九条は悪びれる様子もない。
次に到着したのは、村井。
九条はまたもや脳幹目掛け1発放ち、村井はすぐにこと切れた。
不破はまたしても、という表情で九条に文句を言う。
「あー、また!あと2人しかいないんですよ」
「どうにかなるって」
下野が誰かに電話しながら覚醒剤部屋に向かって走ってくる。
九条は手元を撃つ。
電話は壊れ、下野は手を負傷した。
「い、痛い」
「こっちはそれより痛い目に遭ったんだ。それくらい我慢しろ」
九条の拳銃は、下野の脳幹にぴったりと当たっている。
「どこに電話していた」
「・・・・・」
下野は口を割らない。
「おまえらの国の海兵隊は、いつこちらに到着する」
「・・・・・」
九条は少し笑いながら、浅野と村井の死体を蹴った。
「こうなりたくなかったら、話せ」
二人の死体を見て、相当驚いたに違いない。
「あ、あ」
「早く言え、こちらに来るのはいつだ」
「明後日」
「そうか、本当だな」
微かに頷く下野を見て、九条は銃の引き金を引いた。
「ほら、喋ったでしょ」
不破の出る幕もない。
最後に歩いてきたのは羽田だった。
3人が息絶えている姿を見ても、叫び声を上げるでなく落ち着いた行動。
九条が銃を構えたのを見て、杏はその右腕を掴み降ろす。
「こいつはあたしの獲物」
そういって、杏は銃を構える。
対して羽田は、ヒヒヒと笑っている。
E4に来るときとは180度違う。同人格とは思えない厭らしさがあった。
「あたしは全身を義体化したの。青森の研究所でね。マイクロヒューマノイドになったあたしは強いよ」
そう言って、羽田は杏の拳銃をキックで打ち落とした。
パンチやキックを多用し、杏を後ろに下げる羽田。
杏はそれを凌ぎながら対応する。
「あの研究所のパトロンは中華国か」
「当たり~」
「一条が感染したカビは、お前たちが持ち込んだものか」
「そうだよ。本国で作製した電脳汚染サンプル。効力みるためにゲルマンの居住区でばら撒いたの」
「なぜゲルマン居住区だった」
「決まってんじゃん。いくらか殺して、本国からもっと日本に送るため」
杏は一息ついた。
そして、杏は今までよりも眼光鋭く羽田を見る。
「なぜ紗輝を殺した」
「紗輝?」
そういったまま、言葉を濁すのかと思った羽田は、大声で笑い出した。
「何が可笑しい」
「だって、心中しようっていったら『僕を最初に殺して。キミの涙を見たくない』なんて、可笑しくて笑っちゃうよね」
ひっひっひと卑屈に笑う羽田を見て、杏の沸点は完全に上がりきった。
「お前もあの世へ行け」
紗輝の最期を知った杏。
なおも紗輝を嘲笑い続ける羽田を見て、腰に付けていたもう一丁の拳銃を取り出した。
怒りに任せて本気で羽田のこめかみに押し当てる。
紗輝はどんなに悔しかったことだろう。
信じていた女に裏切られて。
そう思うと、一気に殺す気さえ起きなかった。
じわりじわり、相手を見る。
不破が必死に杏を諭す。
「こいつだけでも生き証人として捉えないと。殺すな、杏」
杏は揺れた。
紗輝のことを考えれば、直ぐにでも殺してしまいたい。
なぜこいつだけがのうのうとして生きていられる。
このままでは、交換条件としてこいつは本国に強制送還されるだけだろう。
そんな時だった。
羽田が紗輝から奪った銃を腰から取り、杏の脳幹にピタリと当てた。
「どっちが早いか試してみる?」
羽田はどうやら本気らしい。
杏との間で、じりじりとした時間が流れる。
それは突然のことだった。流れを破る音とともに、羽田が無言で床に蹲った。
杏が周囲を見渡す。
九条が羽田の右手を撃ち拳銃を弾き飛ばしたのだった。
床に落ちた拳銃を、杏は拾い上げた。
紗輝の、形見。
すぐに腰に仕舞い込むと杏は、拳銃に黄燐焼夷弾を装填した。
それを見た羽田は何事かと押し黙り杏を睨んだ。
その一瞬だった。
杏は焼夷弾を羽田の両目に立て続けに打ち込んだ。
悲鳴を上げる羽田。
徐々に顔全体が火傷し膨れていく。
皮膚や呼吸器を侵食し、もう話すことも息をすることすら叶わず、羽田はもがき苦しんだ。
「お前は永遠に魂を失くせ」
杏はそういうと、羽田の最期を見届けることなく、その場を立ち去った。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
辺りが騒がしくなってきた。
3人はカメレオンモードになり開けた窓から飛び降りた。そのまま門に向かって走っていく。裏門は比較的昇り易い。
最初に不破が飛び上がると、次に九条が飛びあがり外へと姿を消した。
杏がどうしようか迷っていると、そこにバグが現れた。
「ノッテー」
バグは羽ばたき、門の外へ杏を運んだ。
「ありがとう、バグ」
「ドウイタシマシテー」
学校の外には消防車が何台か集まり、消火活動に入ろうとしていた。
「バグ、お前はE4に帰れ。私たちは北斗のアパルトモンに向かう」
「ハーイ、ホクトニヨロシクー」
杏たちはカメレオンモードを解かずに、北斗の家まで歩く。北斗は歩いてちょうど20分と言っていた。
20分後、3人はカメレオンモードを解いて北斗の部屋に上がり込んでいた。
北斗がクンクンと杏たちの拳銃の匂いを嗅ぐ。
「チーフの、なんとなく匂いが違う」
「少量の黄燐焼夷弾を実装したんだ。直ぐには死ねないようにな」
不破が溜息を吐きながら杏を諭す。
「チーフ。それって殺すより酷いかも。ましてや、相手は女性ですよ」
「女性も男性もあるか。あいつは紗輝を殺した。それだけがあいつがこうなる理由だ」
九条は笑い出した。
「五十嵐さんは男前ですねえ。僕なら一発で殺してしまうところだった」
不破は首を捻り、九条を見る。
「いや、男前とかそういう問題じゃないと思う」
「北斗、シャワーを貸してくれ。こんなに血の匂いがしてたら警察の御厄介になりかねん。それと、E4まで送ってくれないか」
「いいですよ、チーフ。お安いご用です」
不破がきょとんとして杏を眺めた。
「E4に戻って何をするんです?」
「明日青森に行って、研究所を破壊する」
「まさか、研究員も?」
「嘘つきは嫌いだからな。そうしたいところだが、足を撃つくらいで止めておく」
不破はコメントを欲しそうに九条を見た。
「九条さんは?」
「僕は研究所に関わりが無いので。明後日新潟に来る海兵隊掃討の準備でもしています」
北斗が活字オンラインを見ている。
「本当に海軍は出ないんですかね」
九条は常に飄々としている。北斗との会話ですら。
「出さないと思う。国防は軍隊、国内治安は警察の任務のはずだけど、E4は国防までをも任される事態となるのだろうね」
明け方、北斗にE4まで送ってもらった杏と九条、不破は、剛田に全てを語った。
一条の復讐、そして紗輝の復讐。
青森の研究所のパトロンが中華国であること。
第2の電脳汚染が、中華国にいるゲルマン民族を日本に向けて一掃することで中華国の存続を狙った電脳汚染だったこと。
剛田は一言だけ、杏と九条に告げた。
「何をしても、死者は蘇らない。五十嵐、九条。お前たちは常に前を向け」
杏は話を聞いていなかったのか、今度は青森に行くと剛田に告げた。
ゴン!!
拳骨をくらう杏。
「いったーい。あの研究所は危ない。あたしの魂が呼びかけるのよ、潰せって」
「前を向けと言ったばかりだろうが」
「向いてるわよ、だから行くの」
剛田は呆れ果ててモノが言えないといった雰囲気だった。
「言い出したら聞かないからな、お前は。仕方ない、誰か1人くらい連れて行け。あとの人間は新潟に急行しろ」
不破が1人だけ手を上げた。
杏は珍しく礼をいう。
「ありがとう」
「青森の件が終わったら、お前たちも新潟に行け。わかったな」
「了解」
夜が明けた。
太陽が眩しい。
昨夜の作戦が終わったことで、新潟の海兵隊到着に何か支障はないだろうか。
海軍すら出ない今、200名の相手を6人プラス6機で行うことは非常に難しい。
かといって、今の総理は中華国とお友達にでもなるつもりなのか、海軍のかの字も言おうとはしない。
とにかく、ひとつひとつ、片付けるしかない。
杏と不破が2000GTに乗って青森の研究所に急ぐ。
不破に2000GTを運転してもらいながら、杏は紗輝がこの世に未練を持っていなかったことを哀しく思った。
自分だって、そういう部分はあるけれど。
誰かの為に死ねない、そんな思いがあるからこそ、今もこうして生きている。
それは、剛田であり、不破であり、家族と呼べる者たち。
紗輝は死ねないと思わせるほどの誰かがいなかった。
あの女はそれを利用した。
やはり許せなかったし、あれでいいんだと今も後悔していない。
そうこう思っている間に、車は研究所に近づいていた。
ライフルを10丁、拳銃を20丁ほど準備してきたから、二人でも何とかなる。焼夷弾で焼き尽くせば早い。
車を入口近くに止め、施設内に入っていく杏と不破。
互いに頷き合い、室内のドアをドン!と蹴った。
驚く研究員たち。
前回同様、研究員たちのこめかみに銃を当て、足を撃ち、もう一度こめかみに銃を当てた。
それでも言うことが理路整然としない連中はいた。
不破が、相手の肺付近に2,3発入れた。マイクロヒューマノイド以外なら死んでしまうだろう。
だが、彼らは生きていた。
研究員の話から、全員がマイクロヒューマノイドであると実証された。
杏は、脳幹目掛けてリボルバーで5発、撃ち抜いた。
5人が血を吹きあげながら床に倒れた。
不破が注意する。
「みな殺さないように。話をさせないと」
「大丈夫、100人いるもの」
やはり、どの部署でも裏切り者はいる。
杏がある研究員の脳幹に銃を当てると、研究員は観念したように腕を降ろした。
羽田李華は紗輝を殺す前から手足を義体化していたという。
もしそれが本当だったとすれば、紗輝は物凄い力で首を絞められたことになる。
可哀想な紗輝。
そして紗輝の扼殺は成功し、その後、羽田はこの研究所でマイクロヒューマノイドになった。杏たちとの戦闘を予想したものと考えられる。
いくら聞いても、それ以上の情報は出てこなかった。
杏は、反抗的な態度をとった研究員だけは脳幹に向けて銃を構え、引き金を引いた。
何人かの研究員は、床に崩れ落ちた。
最後の施設のドアを開けた。
杏は肩に掛けたライフルを一発窓に向けて撃ち、窓が割れ研究員たちが怯んだところを、足下目掛けて拳銃をぶっ放す。
一部屋に20人から30人ほどの研究員がいたが、研究員の足を次々と撃って逃げられないようにした後、辺りに焼夷弾を撃ちこんだ。
悲鳴が上がり、騒ぎ声が大きくなる。
そんなことはお構いなしに、研究員たちを見れば足を狙い、次々に倒していく。
辺りにはパン!パン!パン!と乾いた音が響く。
およそ30分で研究所内は焼夷弾で焼き尽くされた。
研究所には100人からの研究員がいたはずだ。
中に人がいようがいまいが、何人生きようが死のうが、杏にとっては全てどうでもいいことだった。
こいつらは、カビに負けないマイクロヒューマノイド作りと言ったが、実際にはカビを作る研究でもしていたのだろう。
お前たちの行いは、人道にもとる行為なのだ。
甘んじて、罰を受けろ。
杏は目を細めながら、研究所を振り返ることなく車に向かった。
不破は、アクセル全開で新潟へとハンドルを切る。
海兵隊が到着するのは、明日。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
新潟の南に位置する海岸は、時々半島からの船が接岸されているという。
海兵隊が来るとすれば、ここに接岸するに違いない。
E4では、倖田がオスプレイに乗り込み、空から船を捜索していた。
すると、海上に何か場違いな船団が発見された。
ダイレクトメモを飛ばす倖田。
(室長、それらしき船団が見えます)
(ご苦労。一旦こちらに戻ってくれ)
(了解しました)
倖田が一旦E4に戻り、海域のどの辺りかを剛田に知らせ、また高速道を爆走して新潟へ向かう。
剛田から、皆にダイレクトメモが飛んだ。
(明日朝には、10隻ほどの船団が新潟市南岸に到着する。中華国の海兵隊と思われる。海軍からの爆撃許可も下りた。本日これより、中華国海兵隊掃討作戦を実行に移す)
日本ではオスプレイに攻撃の役割を持たせている。
設楽も、E4のIT室で武器搭載システムを起動させ、オスプレイに射撃装置を搭載した。
西藤がオスプレイに乗り込み、明日朝6時、空からの攻撃を始める予定だ。
地上では、杏、不破、倖田、九条、三条がそれぞれバグとビートルに乗った。
バグとビートルは羽根があり、垂直に離着陸できるよう設計されている。
杏はバグの背に乗り、立って海兵隊の方に向かっていく。
ついでにいうと、元々バグは主に守備補助、ビートルは攻撃補助を担っていたが、陸軍に破壊されたICチップから再生したバグやビートルは、守備補助も攻撃補助も担えるように設計し直された。
それにしても、海軍は爆撃許可を出すくらいなら何故自分たちで稼ごうとしないのか、杏は不思議に思いながらも、今はそんなことを考えるより、目の前の敵に向かっていかなければならないと頭を振る。
西藤は、船団の中央にいる船目掛けて上空から爆撃を開始した。
それと同時に、バグやビートルに乗った杏、不破、九条、三条がカメレオンモードになり縦横無尽に動き回り、1人あたり2~3隻の船と船員たちを壊滅させる算段だ。
倖田は焼夷弾を活用し、主として船団のひとつひとつに焼夷弾を撃ちこんでいく。
九条と三条は早々に相手の船に乗り込み、次々と船員を一発射殺していく。
不破は快く思っていないようだったが、一番手っ取り早い方法は、船員の一発射殺だった。
不破も船に乗り込み船員の足と肩を銃撃、動けないようにするが、やはり一発射殺のほうが弾を有効的に使える。
仕方なく、不破も一発射殺に切り替えた。
杏は最初から船員の脳を狙い定めて一発射殺していたが、相手からの砲撃がたまたまバグに当たってしまった。
海上に落ちていくバグに乗ったまま、如何ともし難い状況に陥った杏。
バグは、海上スレスレのところをやっとの思いで飛んでいる。
待機していたもう1機のバグが、杏を迎えにいった。怪我をしたバグは、全速力で地上へと帰っていく。
「大丈夫か・・・」
不破の声が空を切る。
10隻の船団からなる攻撃力は、E4の力をもってしても敵うものではなかったが、杏たちの奇襲が功を奏した格好になり、船は殆どが焼野原の状態となって海兵隊は殲滅した。
バグやビートルへの負荷軽減のため武器類も最小限にしていたため一人当たりオートマチック4~5丁までしか身体に備え付けることが出来なかったが、九条たちの一発射殺が首尾よく運んだ一因だった。
その時だった。
汽笛とともに、海上保安庁の船団が現れた。
(海保だ、逃げるぞ)
杏の一言で、皆は陸地を目指し始める。
三条と九条は、素早くビートルに乗り、海兵隊の船から離れていく。同時に不破もバグに乗り杏の下に行き、一緒に地上に向かった。
倖田もそのまま海上を離れた。
(Japan Coast Guard=日本国沿岸警備隊)のロゴを付けたその船団は、中華国海兵隊を取り囲み、船の中を検閲し始めた。
コーストガードは、諸外国からすると軍隊同様の力を持つと言われる向きもあり、中華国海兵隊と言えども危害を加えて良い船艇ではない。
日本国の経済水域に侵入したとして、海兵隊船団は海上保安庁に拿捕されることになった。あとで聞き及んだところでは、このとき覚醒剤が船から見つかり、中華国VS日本自治国では経済的な問題にまで発展したらしい。
バグに乗りながら伊達市に戻る杏。ダイレクトメモを全員に飛ばした。
(このまま伊達市に戻る。西藤、お前も伊達空港に飛べ)
(了解)
不破が杏に向かって話しかける。
(チーフ、海軍ではないけど、似たようなのが出てきましたね)
(海軍は出さないが海上保安庁は出したわけだ)
大声であははと笑う杏。
一方の九条と三条は無口だった。一切押し黙ったまま、伊達市まで戻っていく。
まるで、E4の働きを認めていないかのようだった。
伊達市に着き、E4に入った杏たちは、皆一様に疲れ果てていた。
九条と三条を除いては。
2人は剛田に頭を下げるとE4を後にし、毛利市に行った。一条の墓前に報告するためだという。
杏は攻撃をしている時から九条たちを見ていたが、流石に暗殺部隊と呼ばれたチームは動きに無駄がないと思った。
E4が特段劣るわけではないが、テロ制圧部隊と暗殺部隊とでは、ここまで思い切りが違うのだなと参考になる。緊張感なら暗殺部隊にも負けないが。
九条はすぐ毛利市に帰ってしまったから議論することもできなかったけれど。
これから一緒に仕事をする機会があれば、タフさを教えて欲しいと願った。
やっと、総てが終わった。
紗輝の仇もうった。
専門学校のあの部屋も火の海にした。
青森にあった研究所も破壊した。
本国海兵隊も殲滅させた。
それにしても、杏にはわからないことがひとつだけあった。
金沢市内で起きた安室射殺事件は迷宮入りの様相を呈していた。
一体、誰が、何の為に。




