転生木箱の零れ話2
本編60.5話になります。
昼尚暗い広大な魔の森の中心にぽっかりと空いた空間にアレスが斧を打ち付ける音が響いていた。
アレスは一振り一振りに全神経を集中し、己の動きを確認しつつ無駄な動きを削ぎ落としていく事で作業効率を上げて行く。
試行錯誤を繰り返す事が己の強さに繋がるのだと言う主の言葉を信じ、唯只斧を振り続けていた。
そんなアレスの邪魔をするかの様にタニアの悲鳴が響き渡った。
「ヒイイイィィィ!アレス様ぁ!助けてえええぇぇぇ!!いぃやあああぁぁぁ!!来ないでえええぇぇぇ!!」
魔物から逃げつつ矢を放つタニアだが、その矢が当たる事は滅多に無く、足止めにもなっていなかった。
「まったく・・・何度言ったら解るのだ!大声を出すから魔物が寄って来るのだと言ったであろう!!」
「ヒイイィィ!わっ、わっ、解りましたから助けて下さいいいぃぃぃ!!」
一直線にアレスの元へと向かうタニアの直ぐ後ろに狼の様な魔物が迫り飛び掛って来た。
「ぬんっ!!」
アレスがタニアを交わしながら持っていた巨大な斧を掛け声と供に振るい、魔物の頭を斬り飛ばした。
ここへ来てからと言う物の、タニアの間抜けっぷりにアレスは如何した物かと頭を悩ませていた。このままでは主に頼まれた開拓が進まぬ、タニアにはせめて最低限の自衛手段を身に着けて欲しい物だと。
アレスは当初、タニアが魔物に追い掛けられ、追い詰められれば自然と物になると思っていたのだが、思惑通りには行かなかった。
何故そう思っていたのかと言うと、アレスは戦闘種族であり幼少から試験場で多種族から隔離された環境で育った為に、タニア・・・サキュバスが戦闘に不向きな種族だと言う事が理解出来ていなかったのだ。
そしてライラの存在にも問題があった。コボルトでさえ努力次第で進化し、本来敵う筈の無いオーガである自分すら軽く越える事が出来たのだからと。
更に言えば、魔族領でサキュバスの将軍を見てしまった事がそれに拍車を掛けていた。同じ種族で将軍に成れる者が居るのだから、それなりに戦える様に為る筈だと。彼女がかなり特殊な例である事など知りもしなかったのだ。
そして悩みに悩んだ末、アレスは一つの答えを出した。
「タニアよ、そなたは今から常に後ろ向きで移動せよ。けして前には進むな」
「へっ?!」
「へ、ではない。前には進むなと言ったのだ。我が良いと言うまで常に後ろ向きに移動するのだ」
「・・・・・あ、あの~・・・それは一体何の為に・・・・・」
「なんだ?そなたは背後に矢を射る事が出来ると言うのか?出来ぬのだろう?ならば常に敵を自分の正面に捕らえたまま逃げながら矢を射る事が出来る様にするしかないではないか。その為には後ろ向きで逃げるしか無かろう」
「・・・・・・・・・・」
アレスのぶっ飛んだ理論にタニアは暫く呆然と立ち竦んでしまった。
「何を呆けておる。どのみち普通に走ったとて逃げ切れんのだ。一からやり直したとしても戴して変わらんだろう」
確かに普通に走っても逃げられないし、弓矢を使える分ましなのか?いやいや、そんな訳は無いだろうと思いつつも良い反論も代案も思いつかずに黙っていたのがいけなかった。
「では、我が追い掛ける故、そなたは死ぬ気で逃げるが良い」
その日、タニアはアレスに昼夜を問わず動けなくなるまで追い立てられ、回復するとまた追い立てられるのを繰り返す事となるのだった。
ここまで読んで頂き有り難う御座いました。