外伝 遺志を継ぐ者8
唯只怒りに任せて拳を振るった。
一撃毎に相手は吹き飛び、倒れ付してその命を散らして行った。
己が身を返り血で紅に染め上げ、悪鬼の如く拳を振るい続けた。
気が付けば全ての兵を倒し、恐怖に顔を歪めて涙を流し腰を抜かしたミゲイル・レンフォールを見下ろしていた。
この男は言った『ガーランド家の者は一人も生かしておかぬ』と。その中には私の愛するライラと二人の子供も含まれているのだ。
今まで怒りに身を委ねた事など無かった。個人に対して明確な殺意を持った事もだ。
この男だけは許せんと拳を振り上げた時、『ミゲイルは生かしたまま捕らえよ』そう言った陛下の怒りとも悲しみとも付かない何とも言えない顔が浮かび私は手を止めた。
私は這い蹲って逃げようとするミゲイルを昏倒させ、砦内の地下牢へと向かった。
* * * * * * * * * *
ガーランド家では朝食後のお茶をアイリスと楽しんでいたライラが向かって来る不穏な複数の気配を察知していた。
「・・・・・お義母様、皆を連れてパンドラ島へ避難して下さい」
「あら、パンドラさんの言った通りになったみたいね。ジェームス、皆に指示を。ライラはお城へ向かうのでしょ?マークスを宜しくね」
「はい。トールとリックには私から言っておきます。それと、子供達を宜しく頼みます」
ライラはそう言うと窓を開け放ち、バルコニーから飛び出して門へと駆け出した。
「トール、リック、間も無くここに敵がやって来ます。数は五十程ですから、ここは任せます。私は城へと向かいますから」
「解りました、ライラ姉さん。ここから先には一歩も通しゃしませんから、心置きなく暴れて来て下さい」
「フフフ・・・私の出番なんて無い方が良いんですけどね」
ライラがその場を二人に任せて、城へと文字通り真っ直ぐに向かって行った。
「・・・・・流石姉さんだな・・・屋敷飛び越えて行ったぞ・・・・・」
「まぁ・・・な・・・・・そう言や俺らと会う前に、ここで守備隊三十人再起不能にしたって話し聞いた事有るか?」
「ああ・・・訓練用の木剣で、ってやつだろ・・・・・俺達にも出来ると思うか?」
「あの頃の姉さんに追い付けたとは思えねぇけど、俺達に任せて行ったって事は出来るって事なんだろ・・・・・これで少しは恩を返せた事になれば良いが・・・・・お、御出でなすった様だ」
二人は閂を外して門を開け放ち、怪訝な顔をする集まった兵達の前に立ちはだかり、顔を見合わせてから気合を入れるかの様に大声を張り上げた。
「「ここはガーランド家の邸宅だ!用向きを聞こう!!」」
「・・・舐めた真似を・・・・・我々はこの屋敷の者を誰一人として生かしておく気はない!物共、掛かれえええぇぇぇ!!」
指揮官と思しき男の号令で雪崩れ込んで来る兵達の間をトールとリックは擦り抜ける様に移動しながら攻撃を入れて行く。
全ての攻撃を避けつつ打ち倒して行くその様は、敬愛するライラと良く似ていたと言う。
城へと向かっていたライラは視線の先に見えて来た城門に門番が居ない事に気が付き、先ずは守備隊の現状を探る為に城門を飛び越え城壁内へと降り立った。すると脇に有る門番の詰め所前に五人の兵士が立っていた。
「あなた達は敵ですか?味方ですか?」
ライラの問いに五人の兵士は答える事は無く、血の気を失った顔をして逃げて行ったが、ライラは兵士達を追わずに門番の詰め所に入って行き、室内に縛られている兵士達を解放した。
「助かりましたライラ様。まさか内部から襲われるなど思いもせず・・・・・」
ライラは結婚してから、マークスに頼まれ度々守備隊の訓練に参加していて、その見た目にそぐわぬ強さから近衛や騎士、兵士達の間で知らぬ者は居ない位有名になっていた。
「礼には及びません。それよりも他の者達を助けに行きましょう。私一人では制圧に時間が掛かってしまいますから」
『時間が掛かる』とは言ったが『一人では出来ない』とは言わなかったライラに頼もしさを感じると供に、味方で良かったと胸を撫で下ろす門番達であった。
ここまで読んで頂き有り難う御座います。