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外伝 英雄と呼ばれた男2

王都ベルトラの北門前に到着し部隊は解散となった。


自宅に兵舎にと各々帰るべき場所へと帰って行く。

俺は報告書を提出する為に城へと向かいながら、一体何人が兵士として残るのだろうと考えていた。

今回の遠征で3千人が亡くなった。生き残った者でも戦い続けられる者は少ないだろう。守るべき民を守れずにこの国は疲弊して行くのだと奥歯を噛み締めた。

王城の馴染みの門番に報告書を渡し、東門近くに借りている自宅へと向かう。


妻に実父であるハイリアス師匠の死を何と詫びたら良いのだろう。遺品すら持ち帰れなかった以上何も言い訳など出来る筈も無く、離縁もやむ無しと覚悟を決めた。


「お帰りなさい、あなた」


「父さんおかえり!」


全てを知っている筈だと言うのに普段通りに出迎えてくれた妻アンジェと息子ハリスを抱きしめ涙を堪えながらリビングへ向かう。

妻も息子も何も無かったかの様に遠征の事に触れなかった事がかえって責められている様で辛かった。


やがて夜も更け息子が眠りに着いた後、妻に頭を下げて詫びた。

止める事も助ける事も出来ず、遺品さえ持ち返れずにすまなかったと。

だが妻は首を横に振り謝る必要は無いと言った。


「戦士の家に生まれた以上、何時かはこう為ると、覚悟はとうの昔に出来ていましたから・・・貴方が帰って来てくれた・・・・・それで十分ではありませんか」


五歳年上のアンジェは俺にとって姉であり母だった。

俺の何処が良かったのかは教えてくれなかったが、彼女は幾つもの縁談を断り、俺が成人するのを待って求婚してきた時は自分の耳を疑ったものだ。

師匠に引き取られてからずっと、今もこうして俺を支えてくれる。

正直、俺の様に戦う事しか出来ぬ男には勿体無い程良い女だと思う。

妻を抱きしめ涙を流しながら寝室へと向かった。


深夜に悪夢を見て目が覚めて「戦で病んだ心を女を抱いて癒す」と言う話には限度が有るのだと思い知らされた。

あの時見た地獄の様な光景よりも奴の金色の瞳が俺の脳裏に焼き付き、何処へ行こうとも逃げられないのだと悟らされた。

傍らに眠る妻の髪を撫でて横になって眼を瞑り、俺には戦う事しか出来ぬのだと己を苛む恐怖と戦い続けた。


翌早朝、日の出と共に起き上がり、妻を起こさぬ様にベッドを抜け出して外へ出る。

王都に居る時の日課で、各地区の中央広場を繋ぐ大通りを通って王都を一周して我が家へ帰ると、息子が水の入った桶と布を用意して待っていた。


「父さんおかえり。今日はじめてちゅうおうひろばを休まないで二しゅうできたよ」


「そうか、良くやったな」


今年五歳になる息子は誰に言われるでもなく身体を鍛え始めた。俺や師匠の様に国を守れる戦士になりたいと言って。

息子から渡された桶と布で身体を拭い、三人で朝食を取った。


魔王と魔族が攻めて来ればこの国・・・いや、世界は容易く滅ぼされるだろう。今の俺が戦う相手は俺自身と魔族と戦おうとする者だ。先ずは陛下に進言し、魔族領への派兵を止めさせる。裏切り者、売国奴として処刑されるかもしれない。だが、俺の書いた報告書を正しく理解して頂ければ陛下も納得してくれると信じている。先を見据えて今は力を蓄える時だと。


息子にせがまれ、庭で剣術の基礎を教えていると城から迎えの馬車がやって来た。謁見用の正装に着替え、妻と息子に見送られて城へと向かった。


城門を潜り城内へと入る。何度来ても慣れぬものだ、ここは俺の様な者が来る所では無いのだと師匠も良く溢していた。だが、武勲を上げればこうした事も必要になるのだとも言っていた。


迎えに来た近衛に案内されて執務室へと入る。謁見の間で無いのは俺の発言を公式に残さない様にとの陛下の配慮だ。


「失礼します。王都特別隊副隊長レイル只今参りました」


執務室に入ると片膝を付き頭を下げて陛下に礼を尽くした。

室内には陛下と近衛以外に宰相と騎士団長も中央の席に着いて居た。


「良くぞ帰って来てくれたのう、レイルよ。しかし相変わらず硬いのう、そなたに此処で会う意味を解っておらぬでは無いか。ともあれ頭を上げよ、そこに座れと言っても聞かんのだろう?」


「ご配慮感謝いたします。ですが、陛下と席を同じくするなど有ってはならない事ですので」


「・・・はぁ・・・・・仕方の無い奴じゃ。さて、報告書は読ませて貰った。ここに書いて有る事が真実であるならば、北砦の在り方も改めねばならんな」


「はい・・・彼の者がその気であったなら我らが生きて帰れた道理も無く、また北砦も無意味でしょう」


「だが、撤退する訳にも行かんか・・・・・暫くは様子見かのう。教国も暫くは動けぬであろうし、何も言ってはこんだろう・・・・・それで、今回と今までのそなたの功績に報いる為に領地と爵位を下賜したいのじゃが・・・・・受け取って貰えんか?」


「陛下、それはなりません。そ奴は明確な命令違反を犯しております。爵位なぞ持っての外。与えるなら罰を、『魔の森』の開拓を命じては如何でしょうか」


「・・・・・レンホールよ、そなたは報告書もまともに読めんのか?そなたとハイリアスの確執は知っておるが職務に私情を挟むで無い。良いか、この男は一人で六百人近くを救ったのだ。その中には他国の王族も含まれておったのだぞ。その功績を称えずに罰を与えるなぞ周辺諸国の笑い者に為るであろうが」


「陛下、レンフォール殿の言う通り私は罪を犯しました。それに爵位と領地に縛られては国の大事に動けません。ですからお受けする事は出来かねます」


「はぁ・・・そなたならそう言うと思っておったよ。では、これならどうだ?ハイリアスの後を継ぎ『王都特別隊隊長』の任に付き、魔物の被害に遭っている町村を廻り魔物の討伐を命ず」


「はっ!全力を持って事に当たります!」


「ならば先ず『魔の森』へ行け。あそこが一番被害が大きい」


「・・・・・レンフォール殿は余程任務放棄をしたい様だ・・・あそこは騎士団と守備隊の管轄。それに・・・貴方に私への命令権はありません」


「ほう、貴様伯爵である私に逆らうと言うのか?」


「この身は国の為、忠誠は陛下にのみ有り。私は他の誰にも従いません」


「平民風情が!その生意気な口を二度と利けなくしてくれる!」


レンフォールが席を立ち一歩前に出て腰の剣へと手を伸ばした瞬間、背後からレンフォールの首筋に剣が当てられた。


「控えよ、レンフォール卿。陛下の御前で命無く剣を抜けば反意有りとみなして斬り捨てる。そもそも卿は勘違いをしている。我ら近衛と王都特別隊は王家直轄だが騎士団は軍務大臣の部下でしかない。どちらの立場が上か解らんとは言わさんぞ。詰まらん私情で一族諸共逆賊として連座処分されたいと言うなら抜いて見せるが良い」


「御主等そこまでにしておけ。ハーグス、各地より上がっている被害報告の内、緊急性の高い物から順にレイルに当たらせよ」


「はい、二、三日中に自宅へ届けるよう手配致します」


「うむ、遠征に必要な物資の手配も忘れぬように頼むぞ」


「陛下、一つ御願いが御座います・・・・・私以外の隊員で兵士を続けられる者は守備隊へ編入して頂きたいのです」


「・・・・・そなた何を考えておる。よもや死にに行く気ではあるまいな」


「その様な事は御座いません。此度の件で多くの兵を無くし王都の守りも薄くなりました。私が多くの兵を率いて移動すれば費用も嵩みます。それに・・・もう、部下達が死ぬ所なぞ見たくは無いのです。私一人であれば逃げ回る事も出来ましょう。万が一が有っても損失は最小限で済みます。どうかこの我侭を聞き入れて貰えませんでしょうか」


「・・・はぁ・・・・・どうせそなたの事だ、部下達を置いて一人で行くのであろう?良い、そなたの好きにせよ。だがそれでは隊を名乗るのは可笑しいのう・・・・・そうじゃな『王家特務兵』と改めてそなたに付いて行ける者が現れた後、部隊にするとしよう」


「ご配慮感謝致します」


陛下の下を辞去し自宅へと帰ると、妻と息子に今後の説明をして旅支度を整えた。

二日後に城から指令書が届き、翌早朝に妻と息子に見送られ出立した。


レイルはこの日から二十年に渡り国内を廻り、魔の森以外の魔物をほぼ狩り尽くし『救国の英雄』と呼ばれる様になる。

そして周囲の者達が止めるのも聞かずに魔の森へと入り、五十を超えるオークの集落を一つ潰し、二十近くのオーガを倒したが左膝を治癒魔法でも治らない程に損傷し、現役を退いて守備隊の教官に就任した。

ベルトラム陛下はこれまでの功績を称え、爵位と領地を入らぬと言うレイルに王都の貴族街に邸宅を用意しガーランドの名と共に与えた。


そして八年後、その実践で磨かれた技とベルトラン王国の命運を孫に託し、五十歳と言う若さで死去。最後の言葉は『出来るだけの事はした、これで漸く眠る事が出来そうだ』であったと言う。

ここまで読んで頂き有難う御座います。

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